情報センサー

業種でみる海外KAM先行事例~自動車産業


情報センサー2019年11月号 業種別シリーズ


自動車セクター 公認会計士 近藤 正智

2005年、当法人に入所。主に自動車業、医薬品業、金融業に対する監査業務を中心に従事。2013年より3年間のEY台北事務所での駐在を経験し、台湾における日系企業のサポートを担当。現在は完成車メーカーおよび部品サプライヤーの監査業務に従事するとともに自動車セクターナレッジ・職員サブリーダーとしてナレッジ発信等を担当している。当法人 シニアマネージャー。


Ⅰ はじめに

改訂監査基準に基づいて、2020年3月決算の監査から「監査上の主要な検討事項」(KAM:Key Audit Matters)の早期適用が始まります。
KAMの導入準備段階では、KAMの記載内容に関する候補選定が行われ、監査人と経営者および監査役等との協議が行われることとなります。この際には、海外における業界の先行事例が有用な情報となります。
本稿では、主に欧州における近年のKAMの記載事例の中で、自動車企業に関する記載の分析結果から、業界に特徴的な記載内容を解説します。

 

Ⅱ 欧州の自動車業界の先行事例

KAMは個々の監査業務における相対的な重要性によって決定されるため、同じ業種に属する企業で統一的な記載を求められているものではありません。しかし、業種によっては、市場環境、規制、商慣習などの共通のリスク環境が存在することによって、業界特有のKAMの記載内容が見られることもあります。日本よりも先にKAMが導入されたドイツやフランスなどの欧州における自動車企業のKAMの記載内容をテーマ別にまとめていくと、共通点が観察されます。
以下は、複数の自動車企業で共通して記載された主なKAMを会計のテーマ別にまとめたものです。


<複数の自動車企業において記載されている主なKAM>

  • 固定資産の減損
  • 製品保証に係る負債
  • 金融サービスに係る債権の評価
  • 偶発債務・引当金
  • 企業結合および分離
  • 繰延税金資産の回収可能性

全体として観察されるのは、見積りの不確実性が高く経営者の重要な判断を伴う財務諸表の領域が、KAMとして多く記載されている点です。また、上記の項目の多くは複数年度にわたりKAMとされていますが、他社の買収等の企業結合の際に行われる取得原価配分(Purchase Price Allocation)など、当該事象の発生年度のみKAMとされているものもあります。
個別の項目では、税務上の繰越欠損金に対して繰延税金資産を多額に計上している場合の回収可能性など、業種を問わず広くKAMとして選定されているものも見られます。一方で、自動車業界に特徴的な項目も観察され、代表的なものとして以下の二つを説明します。

1. 固定資産の減損

自動車企業は、生産のために大規模な製造設備を有し、また製造工程の機械化等の生産効率化のために設備投資を継続的に行う必要があることから、財務諸表における固定資産の金額が多額になる傾向にあります。特にIFRSが適用される欧州企業では、会計基準に定められる要件を満たす開発費は資産計上する必要があることから、定期的なフルモデルチェンジ等に対応するために研究開発を活発に行い多額の開発費を支出する自動車企業では、当該会計基準に従って資産化された開発費も固定資産の一部を構成することになります。
一方で、固定資産は減損会計の対象となりますが、減損会計では回収可能価額の算定における将来キャッシュ・フローの見積りや割引率の決定など、経営者による判断が多く含まれ、かつ減損損失が認識されると金額も多額になる傾向にあるため、KAMに選定されやすい会計分野であると考えられます。
なお、欧州企業の多くの事例では、以下の例示のような会計基準における検討の流れに沿ったKAMの内容の記載がなされていますが、会計基準の説明に終始するのではなく、将来キャッシュ・フローの見積りに際し会社の中期経営計画を使用している点や、会社の経営計画は新技術への対応等により変動し、将来キャッシュ・フローに影響する可能性のある点などに踏み込んで記載している事例が見られました。


<KAMに参照されている会計基準の記載の例示>

  • 減損の兆候がある場合には、減損テストが行われる(IFRSを適用する欧州企業の場合、耐用年数を確定できない無形資産およびのれんについて、少なくとも年1回は減損テストを実施する点も含む)
  • 減損テストにより、帳簿価額が回収可能価額を上回る場合に減損損失が認識される
  • 回収可能価額は使用価値または売却費用控除後の公正価値のいずれか高い金額である
  • 使用価値は割引された将来キャッシュ・フローを基礎として算定される

その他固定資産に関連するものとしては、貸手側のオペレーティング・リース用車両の減損をKAMとしている事例が見られました。オペレーティング・リース用車両の減損は、リース期間が終了し車両が返却される時点における将来の残存価額の見積り等により行われますが、当該将来の残存価額は将来時点の中古車市場の状況等に左右され、複雑な見積りに係る経営者の判断を伴うためKAMとして選定されています。

2. 製品保証に係る負債

完成車メーカーは、保証約款等により製造した車両に対し、一定の年数または走行距離を基準とした製品保証を付すのが一般的です。また、各国のリコール等に係る規制(日本においては、設計・製造過程に問題があったために、完成車メーカーが自らの判断により、国土交通大臣に事前の届け出を行った上で回収・修理を行うリコール制度)に従って、特定の不具合を有する対象車両を回収し、無償で修理を行います。リコール等を行った場合の費用は一義的には完成車メーカーが負担しますが、不具合の原因の全部または一部が部品サプライヤーの供給した部品に帰する場合には、当該部品サプライヤーがリコール等に係る費用の全部または一部を負担することもあります。自動車企業においては、このような製品保証につき将来発生すると見込まれる費用を負債として計上するのが一般的です。その金額の算定には見積りが必要となり、経営者の判断と不確実性を伴うものであるため、複数の自動車企業においてKAMに記載されています。
前述の固定資産の減損に関するKAMの内容では、会計基準における検討の流れに沿った記載が多くなされていましたが、製品保証に係る負債に関するKAMの内容では、当該負債は将来において発生が見込まれる製品保証に関連する費用の見積りによるという点で実質的な内容に大きな相違はないものの、記載の分量や深度は自動車企業ごとの違いがより多く見られます。
日本基準による財務諸表では、製品保証に係る負債は会計方針に関する開示における重要な引当金の計上基準の注記等でのみ触れられる場合が多いものと考えます。製品保証に係る負債がKAMとされる場合には、監査人が企業に関する未公表の情報を含める必要があることも想定され、KAMの記載内容や追加の情報開示の要否について、経営者および監査役等と適時にコミュニケーションを行うことが重要となります。

上記以外にも、自動車企業の中には、車両の販売に当たりディーラーやユーザーに対し金融サービスの提供や車両のリースを行う企業もあり、当該金融サービスやリースにより発生した債権について、将来発生すると見込まれる信用損失を見積もって計上された貸倒引当金をKAMに記載している事例が見られます。
また、海外展開を広く進める自動車企業では、多くの国で各国の法規を遵守しながら事業活動を行っていますが、北米を中心とした製造物責任(PL)訴訟や、近年の欧州を中心とした世界的な環境規制の厳格化により、各国当局の調査や顧客・取引先からの訴訟等を受けることがあり、これらに係る偶発債務・引当金をKAMとしている事例も見られました。

 

Ⅲ おわりに

KAMに関する欧州の先行事例は、幾つかの自動車企業に特徴的な記載が見られました。自動車企業はCASE(Connected「コネクテッド」、Autonomous「自動運転」、Shared「シェア&サービス」、Electric「電動化」)を中心として、100年に一度と言われる大きな変革期を迎えていますが、監査人が職業的専門家として特に重要であると判断する事項も自動車企業の変化に伴って変わっていき、それに応じたKAMの記載がなされていくものと考えます。



「情報センサー2019年11月号 業種別シリーズ」をダウンロード


情報センサー
2019年11月号
 

※ 情報センサーはEY Japanが毎月発行している社外報です。