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2020年3月期有価証券報告書の記述情報の開示における留意点


情報センサー2020年新年号 会計情報レポート


会計監理部 公認会計士 髙平 圭

品質管理本部 会計監理部において、会計処理および開示に関して相談を受ける業務、ならびに当法人内外への情報提供などの業務に従事している。


Ⅰ  はじめに

企業情報の開示の充実に向けて、2018年6月の金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ報告」(以下、DWG報告)における提言を踏まえ、19年1月に「企業内容等の開示に関する内閣府令(以下、開示府令)」が改正されるとともに、19年3月に金融庁から、「記述情報の開示に関する原則」および「記述情報の開示の好事例集」が公表されています。本稿では、20年3月期の有価証券報告書の作成に当たり、記述情報について、「記述情報の開示に関する原則」に即した開示を行うために留意すべき点について解説します。また、「記述情報の開示に関する原則」においては、経営者目線での開示、また、取締役会や経営会議における議論を反映することが重要であるとされていることから、企業情報開示に経営者がどのように関与することが求められているかについても併せて解説します。なお、文中の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

 

Ⅱ 企業情報開示の充実に向けた取組み

1. 企業情報開示の役割とは

現預金に偏重しない最適な資金フローの実現に向けた、わが国の資本市場の機能の強化を命題として、政府主導で諸般の取組みが進められています。わが国企業の企業価値の向上を目的として、機関投資家の行動原則を定めたスチュワードシップ・コード、また、上場企業の行動原則を定めたコーポレートガバンナンス・コードが策定される中、投資家による適切な投資判断が行われ、中長期的な視点に立った投資家と企業との建設的な対話が促進されるために、企業情報の開示の充実が重要な役割を担うものとして位置付けられています。こうした取組みにより、わが国企業の企業価値が中長期的に向上し、企業収益向上の果実が家計に及び、資本市場に再投資されるという好循環が実現することが期待されています(<図1>参照)。

図1 資本市場の強化に向けた企業情報の開示の充実

こうした中、企業情報開示について、18年6月のDWG報告の提言を踏まえ、有価証券報告書の記載内容の充実に向けた取組みが行われています。19年1月には、有価証券報告書の記述情報※の見直しを目的とした開示府令の改正が行われており、19年3月期の有価証券報告書から、コーポレート・ガバナンス情報(役員報酬、政策保有株式等)の記載が拡充され、20年3月期の有価証券報告書から、経営戦略、リスク情報等に関する記載及び監査関係の情報に関する記載の充実が求められます。
また、金融庁より19年3月に「記述情報の開示に関する原則」(Ⅲ Ⅳ参照)が公表されました。当原則は、開示ルールへの形式的な対応にとどまらない開示の充実に向けた企業の取組みを促し、開示の充実を図ることを目的として作成されたものです。20年3月期の有価証券報告書における記述情報の作成の際には、同時に公表されている「記述情報の開示の好事例集」(Ⅴ参照)も参考に、当原則に即した開示を行うことが期待されています(<図2>参照)。

図2 有価証券報告書の記述情報の見直し

2. なぜ記述情報の開示の充実が必要とされるのか

記述情報には、投資家が経営者の視点から企業の状況を理解するための情報を提供することや、主に過去情報から作成される財務情報全体を分析・理解するための文脈を提供すること、また、企業収益やキャッシュ・フローの性質やそれらを生み出す基盤についての情報を提供するといった役割や目的があるとされています。財務情報だけでなく、それを補完する役割を担う記述情報が充実することにより、投資家による適正な投資判断を可能とするだけでなく、投資家と企業との建設的な対話の促進が図られることにより、企業価値の向上に寄与していくことが期待されています(<図3>参照)。

図3 記述情報の目的

「記述情報の開示に関する原則」は、企業情報の開示について、開示の考え方、望ましい開示の内容や取組み方を示すものであり、新たな開示事項を加えるものではないとされています。開示書類の作成や関与する経営者、作成事務担当者、IR担当者等においては、本原則に即した開示が行われているか自主的な点検を実施し、継続することが期待されています。また、投資家が企業との対話を行う際に利用することも有用とされています。

 

Ⅲ 「記述情報の開示に関する原則 -総論-」に関する留意点

1. 企業情報開示における記述情報の役割

ここでは、「記述情報の開示に関する原則 Ⅰ. 総論」の記載内容をもとに、記述情報の開示に当たり留意すべき点について解説します。前述のとおり、記述情報は財務情報を補完し、投資家による適正な投資判断を可能とすることのみならず、投資家と企業との建設的な対話を促進し、企業の経営の質を高めるためのツールとして利用されることが期待されています。従って、経営者は、企業情報開示ないし記述情報のこのような機能を念頭に置きながら、開示書類の作成に早期の段階から主体的に関与していくことが必要と考えられます。

2. 取締役会や経営会議の議論の適切な反映

有価証券報告書における記述情報のうち、特に、経営方針・経営戦略等、リスク情報、MD&Aに関しては、経営判断と密接に関する事項であるため、開示に当たっては経営の意思決定が行われる取締役会や経営会議における議論を適切に反映していくことが重要となります。こうした開示が行われることにより、投資家は取締役会や経営会議で議論されている企業の現況の認識や、企業の経営方針・経営戦略等の内容の理解に必要な情報を入手することができ、投資家は財務情報のみからでは判別できない経営の方向性を理解し、将来の経営成績等の予想の確度を高めることが可能となります。
これらの実現に向けて、経営者は開示についての方針を社内に示すことが重要です。複数の部署が開示書類の作成に関与している企業においては、開示担当の役員が各部署を統括する体制を構築し、取締役会や経営会議の議論が反映された一貫した情報に基づく開示書類を作成することが期待されます。

3. 重要性

有価証券報告書においては、開示府令の定めに従って、投資家の投資判断に重要な情報が過不足なく提供される必要がありますが、投資家の投資判断における重要性は、企業の業態や企業が置かれた時々の経営環境等によってさまざまであると思われます。このため、記述情報の開示に当たっては、経営者はある開示事項について、個々の課題、事象等が自社の企業価値や業績等に与える重要性に応じて判断し、説明の順序や濃淡等を示すことにより、読み手が当該情報の重要性を理解できるように工夫することが期待されます。例えば、事業等のリスクについては、リスクが顕在化した場合に経営に与える重要性の順に記載したり、前年度からリスクの程度が変化した場合には、それが理解できるような開示を行うなどの検討が必要と考えられます。

4. セグメント情報

企業経営の多角化が進む中、適切な投資判断を行うためには、企業全体の情報だけでなく、経営管理の実態などに応じて区分された事業セグメントにおける深度ある情報が開示されることが重要です。セグメント情報は財務諸表の注記にも開示されていますが、必要に応じて、これに加えて経営方針および経営戦略等の説明に適した区分ごとの情報を開示することが考えられます。

5. 分かりやすい開示

記述情報の開示に当たっては、読者がその内容を容易に、より深く理解することができるよう、図表、グラフ、写真等の補足的なツールを用いることや、前年からの変化を明確に表示することなど、分かりやすさを意識した記載が行われることが期待されます。有価証券報告書では、EDINETにおける提出書類ファイルの容量上可能な範囲で、このようなツールを用いることも可能とされており、企業が決算説明資料や統合報告書などの任意開示において使用している図表やグラフなどを有価証券報告書にも取り入れていくことが考えられます。一部の企業では、有価証券報告書に経営ビジョンの記載とともに、経営トップの顔写真を掲載し、メッセージ性を強化するなどの取組みも行われています。

 

Ⅳ 「記述情報の開示に関する原則 -各論-」に関する留意点

1. 経営方針、経営環境及び対処すべき課題等

(1) 経営方針・経営戦略等

開示府令において、「経営方針・経営戦略等」の記載については、経営環境(例えば、企業構造、事業を行う市場の状況、競合他社との競争優位性、主要製品・サービスの内容、顧客基盤、販売網等)に関する経営者の認識の説明を含めて、企業の事業の内容と関連付けて記載することが求められています(第二号様式記載上の注意(30)a、第三号様式 記載上の注意(10))。
この記載は、企業がその事業目的をどのように実現していくか、どのように中長期的に企業価値を向上させるかを説明するものであり、投資家がその妥当性や実現可能性を判断できるようにするため、企業活動の中長期的な方向性のほか、その遂行のために行う具体的な方策についても説明することに留意が必要です。

(2) 優先的に対処すべき事業上及び財務上の課題

開示府令において、「優先的に対処すべき事業上及び財務上の課題」の記載については、その内容、対処方針等を経営方針・経営戦略等と関連付けて具体的に記載することが求められています(第二号様式 記載上の注意(30)b、第三号様式 記載上の注意(10))。
この記載は、事業を行う市場の構造的変化や、事業に与える影響が大きい法令及び制度の改変など、経営成績等に重要な影響を与える可能性があると経営者が認識している事項を説明するものであり、投資家が経営者による課題認識の適切性や十分性、経営方針・経営戦略等の実現可能性を評価することができるように、経営方針・経営戦略等との関連性の程度や、重要性の判断等を踏まえて説明することに留意が必要です。

(3) 経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等

開示府令において、「経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等(以下、KPI)」がある場合には、その内容を開示することが求められています( 第二号様式 記載上の注意(30)a、第三号様式 記載上の注意(10))。
KPIには、ROE、ROICなどの財務上の指標のほか、契約率等の非財務指標も含まれますが、KPIが開示されることにより、投資家は経営方針・経営戦略等の進捗状況や、実現可能性の評価等を行うことが可能となります。KPIの内容には、目標の達成度合いを測定する指標、算出方法、その指標を利用する理由について説明することや具体的な目標数値を記載することが考えられ、セグメント別のKPIを設定している場合には、その内容も開示することに留意が必要です。

2. 事業等のリスク

開示府令において、「事業等のリスク」の記載については、有価証券報告書に記載した事業の状況、経理の状況等に関する事項のうち、経営者が企業の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フロー(以下、経営成績等)の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスクについて、当該リスクが顕在化する可能性の程度や時期、当該リスクが顕在化した場合に企業の経営成績等の状況に与える影響の内容、当該リスクへの対応策を記載するなど、具体的に記載することが求められています。また、記載に当たっては、リスクの重要性や経営方針・経営戦略等との関連性の程度を考慮して、分かりやすく記載することが求められています(第二号様式 記載上の注意(11)、第三号様式 記載上の注意(31)a)。
事業等のリスクは、翌期以降の事業運営に影響を及ぼし得るリスクのうち、経営者の視点から重要と考えるものをその重要度に応じて説明するものとされています。一般的なリスクを羅列するのではなく、経営成績等の状況の異常な変動、特定の取引先・製品・技術等への依存、特有の法的規制・取引慣行・経営方針、重要な訴訟事件等の発生、役員・大株主・関係会社等に関する重要事項等、投資家の判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項を具体的に記載することが求められます。その際に、取締役会や経営会議において、そのリスクが企業の将来の経営成績等に与える影響の程度や発生の蓋然(がいぜん)性に応じて、それぞれのリスクの重要性をどのように判断しているかについて、投資家が理解できるような説明を行うことに留意が必要です。
ここで、リスクの記載の順序については、時々の経営環境に応じ、経営方針・経営戦略等との関連性の程度等を踏まえ、取締役会や経営会議における重要度の判断を反映することが考えられ、社内の組織としてリスク管理部門が設置されている場合には、その体制や枠組みについても記載することが考えられます。また、リスクの区分については、リスク管理上用いている区分に応じた記載をすることが考えられます。

3. 経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況(MD&A)

(1) MD&Aに共通する事項

開示府令において、「経営者による経営成績等の状況の分析」については、事業全体及びセグメント情報に記載された区分ごとに、経営者の視点による認識及び分析・検討内容(例えば、経営成績に重要な影響を与える要因についての分析)を経営方針・経営戦略等のほか、有価証券報告書に記載した他の項目の内容と関連付けて記載することが求められています(第二号様式 記載上の注意(32)a(e)、第三号様式 記載上の注意(12))。
MD&Aは、経営方針・経営戦略等に従って、事業を営んだ結果である当期の経営成績等の状況について、経営者の視点による振り返りを行い、経営成績等の増減要因等についての分析・検討内容を説明するものとされています。この開示により、投資家は、企業が策定した経営方針・経営戦略等の適切性を確認することや、経営者が認識している足許の傾向を踏まえ、将来の経営成績等の予想の確度を高めることが可能となります。
MD&Aの記載に当たっては、単に財務数値の前年対比の増減を説明するだけでなく、事業全体とセグメント情報のそれぞれについて、当期における主な取組み、当期の実績、増減の背景や原因についての深度ある分析、その他、当期の業績に特に影響を与えた事象について、経営者が認識している足許の傾向も含めて経営者の評価を提供することに留意が必要です。この際に、企業が設定したKPIと関連付けて目標数値の達成状況を記載することも考えられます。

(2) キャッシュ・フローの状況の分析・検討内容並びに資本の財源及び資金の流動性に係る情報

開示府令において、「キャッシュ・フローの状況の分析・検討内容、資本の財源及び資金の流動性に係る情報」については、資金調達の方法及び状況並びに資金の主要な使途を含む資金需要の動向についての経営者の認識を含めて記載するなど、具体的に、かつ、分かりやすく記載することが求められています(第二号様式 記載上の注意(32)a(f)、第三号様式 記載上の注意(12))。
企業経営においては、経営方針・経営戦略等を遂行するため、その資産の最大限の活用が期待されており、経営方針・経営戦略等を遂行するに当たって必要な資金需要や、それを賄う資金調達方法、さらには株主還元を含めて、経営者の認識を適切に説明することが重要です。こうした開示により、投資家は、企業が経営方針・経営戦略等を遂行するに当たっての財源の十分性や、経営方針・経営戦略等の実現可能性を判断することが可能となり、成長投資、手許資金、株主還元のバランスや、企業の資本コストに関する経営者の考え方を理解することが可能となると考えられます。
なお、開示に当たっては、以下の点を踏まえて記載することが有用とされています。


  • 資金需要の動向
    企業が得た資金をどのように成長投資、手許資金、株主還元に振り分けるかについて、経営者の考え方を記載する

  • 成長投資への支出
    経営方針・経営戦略等と関連付けて、設備投資や研究開発費を含めて、説明する

  • 株主還元への支出
    目標とする水準が設定されている場合には、配当政策など、他の関連する開示項目と関連付けて説明する

  • 緊急の資金需要のために保有する金額
    その金額の水準とその考え方を明示し、現金及び現金同等物の保有の必要性について投資家が理解できる適切な説明をする

  • 資金調達の方法
    資金需要を充たすための資金が営業活動によって得られるのか、銀行借入、社債発行や株式発行等による調達が必要なのかを具体的に記載し、資金調達についての方針を定めている場合には、併せて記載する

  • 資本コスト
    企業における定義や考え方について、上記の内容とともに説明する

(3) 重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定

開示府令において、「財務諸表の作成に当たって用いた会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定」のうち重要なものについて、当該見積り及び当該仮定の不確実性の内容やその変動により経営成績等に生じる影響など、会計方針を補足する情報を記載することが求められています(第二号様式 記載上の注意(32)a(g)、三号様式 記載上の注意(12))。
重要な会計上の見積りに用いた仮定に基づいて算定された金額と実績の金額との差異などにより、企業の業績に予期せぬ影響を与えるリスクがあります。会計基準における見積り要素が増大している中、投資家の投資判断に影響を及ぼすと考えられる会計上の見積りに関する情報を提供することで、事前に想定していなかった事象が発生し、投資家が誤った投資判断を行うリスクを減少させることが可能となると考えられます。
会計基準の高度化・複雑化が進む中、投資家が企業の財務情報を正しく理解することを容易にするためにも、企業の内容を熟知した経営者の視点で会計上の見積りに当たり、どのような仮定・前提を置いているかについて記載することに留意が必要です。

 

Ⅴ 記述情報の開示の好事例集

19年3月、金融庁は企業全体の開示のレベルの向上を目的として、企業が充実した開示を行うための参考となる開示の好事例をまとめた「記述情報の開示の好事例集」(以下、好事例集)を公表しています。好事例集では、「記述情報の開示に関する原則-各論-」における各原則に対応する形で、企業の実際の開示例が紹介され、好事例として着目したポイントが示されています。好事例集は随時更新が行われるものとされていますが、19年11月29日付で、「6. 役員等の報酬」が追加されています。また、好事例集とは別の位置付けで、「政策保有株式:投資家が期待する好事例のポイント(例)」が公表されています。20年3月期の有価証券報告書の作成の際には、「記述情報の開示に関する原則」の内容とあわせて、これらの開示例を参考に充実した開示が行われることが期待されます。(<表1>参照)

表1 対応表(19年12月6日現在)

Ⅵ おわりに

わが国の上場企業における企業情報の開示は、一部の企業においては、決算説明資料や統合報告書といった任意開示書類により充実した開示が行われているものの、多くの企業は主として有価証券報告書や決算短信により投資家向けの情報開示を行っています。わが国全体の中長期的な企業価値の向上を図るためには、開示に積極的な一部の企業だけではなく、上場企業全体が十分な開示を行っていくことが必要であり、有価証券報告書の開示の充実が求められています。そして、経営者が株主・投資家への説明責任を果たすといった観点からも「経営者目線」での開示が必要と考えられ、このような背景を踏まえて、上場企業においては、中長期的な企業価値の向上に資する積極的な情報開示を行うことが期待されます。

 

※ 有価証券報告書における記述情報とは、一般的に財務情報以外の情報のことを指しており、具体的には、「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」「事業等のリスク」「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)」等が該当する。

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