情報センサー

テクノロジーがもたらす農業へのインパクト-スマート農業(アグリテック)の現状と法的課題


情報センサー2020年2月号 Innovative Business & Law


EY弁護士法人 弁護士 西尾暢之

トランザクション法務、一般企業法務をはじめ、スタートアップ支援にも力を入れている。EY弁護士法人への加入前にはEY税理士法人の国際税務・トランザクション・サービス部に在籍し、国際税務のアドバイス経験を生かした、幅広いアドバイス提供を行っている。


Ⅰ スマート農業とは

最近では日本における農業人口の減少及び高齢化が進んでいることが問題視されています。農林水産省は、「ロボット技術やICTを活用して超省力・高品質生産を実現する新たな農業」を「スマート農業」※1と呼び、農業現場の高齢化等の問題に対する新たな活路となることに期待を寄せています。
本稿では、スマート農業の現状の概観を整理したのち、今後生じ得る法的問題について考察します。

 

Ⅱ スマート農業の現状

1. スマート農業の現状

農業が幅広い知識と経験が必要となる産業であるため、一口にスマート農業といってもさまざまな技術があります。
以下では具体例として、ドローンと植物工場について整理したいと思います。

2. ドローン

ドローンは農業に限らずさまざまな分野での活用が期待されていますが、農業においては、<表1>のような場面での活用が期待されています。

表1 ドローンの農業分野で期待される活用場面

これらの技術は組み合わせてより成果を上げる場合もあります。例えば、農薬の散布は、センシング技術と組み合わせることで、画像から葉が変色している箇所を特定し、ホバリングによってピンポイントに農薬を散布することが可能となります。これにより農薬の使用量を大幅に減らすことができ、農地汚染や残留農薬を減らすことが期待されています。

3. 植物工場

植物工場とは、施設内で植物の生育環境(光、温度、湿度、二酸化炭素濃度等)を制御して栽培を行う施設園芸のうち、環境及び生育のモニタリングを基礎として、高度な環境制御と生育予測を行うことにより、野菜等の植物の周年・計画生産が可能な栽培施設をいいます※2。植物工場は、(1)閉鎖環境で太陽光を使わない「完全人工型」と、(2)半閉鎖環境で太陽光の利用を基本とする「太陽光利用型」※3との二つに大別されています。LEDにより完全人工型のコストは減少してきていますが、生育に強い光が必要となるトマトのような植物においては、なお太陽光利用型が適しているとされています。
虫が付着しないことや土や雨による影響を受けないことから、屋外で生育した植物と比べ、可食部分を大きくできるという特徴があります。また、植物工場を都心部に設置した場合には、①出荷の輸送コストを低減でき、②飲食物の廃棄を肥料に活用できることにより肥料調達コストを低減でき、さらには③災害等による交通インフラが麻痺(まひ)した場合であっても、食材を供給できるというメリットがあります。

 

Ⅲ アグリテックに関する法的問題

前述のように、幅広い技術がさまざまな場面で活用されてきていますが、それに伴い、さまざまな法的問題が生じる懸念があります。

1. ドローン飛行に関する規制

ドローンは幅広い範囲での活用が期待されていますが、使用に当たっては①電波法②航空法及び③農薬取締法について留意が必要となります。

①ドローンの操縦や画像データの通信において電波を利用するため、原則として、総務大臣の免許を受ける必要がありますが(電波法第4条)、技適マークのあるドローンであれば許可は不要とされています。

②人口が集中している地区等一定の空域で無人航空機を飛行させる場合には、航空法に基づき、国土交通大臣の許可が必要となります(航空法132条)。さらに農薬を運び、散布を行う場合には、「危険物輸送」「物件投下」に該当するため、飛行の方法について国土交通大臣の承認を得る必要があります(航空法132条の2)。

③農薬を散布する場合には、農薬取締法に基づき、(ⅰ)特定農薬(その原材料に照らし農作物等に害を及ぼす恐れがないことが明らかなものとして農林水産大臣及び環境大臣が指定する農薬)を使用する必要があり、また、(ⅱ)農林水産大臣及び環境大臣が定める基準に従って使用する必要があります(農薬取締法25条3項)。以前は使用方法が「無人ヘリコプターによる散布」となっているもののみ、ドローンでの散布が可能でしたが、平成29年12月25日より使用方法が「散布」となっている農薬もドローンで配布することが可能となりました※4

2. データの活用

スマート農業ではデータの活用がポイントとなります。技術的には、農業データ連携基盤(WAGRI)が構築され、サービス間等の相互連携の促進を図っています。
他方、法的には、データは農業における重要な知的財産であることから、開示したデータが目的外に利用されることや、第三者への流出することを契約により防ぐことが重要となります。農林水産省は「農業分野におけるデータ契約ガイドライン」を策定し、農業におけるデータの正しい活用のための契約書ひな形を公開しています。弁護士と相談し、個別の事案に即して修正する必要がありますが、ひな形の活用によりデータ保護がより進むものと考えられます。
なお、今後データ活用が進み、国をまたいでデータ移転が生じる場合には、特に詳細な検討が必要となる点に留意が必要です。

3. ドローン・トラクター等の事故

農地は、市街地や公道に比べて人通りや交通量が多くないため、ドローンやトラクター等の自動運転の実証実験を行いやすい環境といえます。しかし、ドローンの落下やトラクター等が農地から公道に侵入するといった危険性はなお残っています。農林水産省は「農業機械の自動走行に関する安全性ガイドライン」を策定し、多重安全の考えに基づき、使用者にはロボット農機を監視することを求めています。
しかし、さまざまな原因が重なって第三者に損害を加えることとなった場合、技術の開発者が責任を負うケース、使用者や監督者が責任を負うケースなどが想定され、利用を委縮させないよう責任の所在が明確化されるべく議論を深めていく必要があると考えられます。

 

Ⅳ おわりに

昨今のIoT技術の発展等により、デジタル化・データ活用が農業分野でも進展してきています。法令やその運用も普及を阻害しないよう日々見直しがなされています。
技術と法令がともに進化することで、スマート農業がより大きく発展していくことを願っています。

※1「『スマート農業の実現に向けた研究会』の設置について」農林水産省(平成25年11月26日)
http://www.maff.go.jp/j/kanbo/kihyo03/gityo/g_smart_nougyo/pdf/setti.pdf

※2農林水産省(平成25年8月)www.maff.go.jp/j/heya/sodan/1308/01.html

※3いわゆるビニールハウスとは高度な環境制御と生育予測を行う点で区別される。

※4ただ、「散布」とされている農薬の希釈倍数は一般的に濃度が高くないため、ドローンでの効率的な散布には適していないとの指摘があり、さらなる改善の余地があるといえる。

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※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。