情報センサー

高解像度財務分析手法でどう見抜く? 小売業の不正


情報センサー2020年3月号 Digital Audit


品質管理本部 アシュアランステクノロジー部
公認会計士 山本誠一

2008年、当法人入所。製造業、建設業、サービス業などの上場会社およびIPO関連業務の監査に従事。18年より仕訳の異常検知システム EY Helix GLADの開発・運用に従事し、Digital Auditの推進に取り組んでいる。


品質管理本部 アシュアランステクノロジー部
公認会計士 小島久人

2010年、当法人入所。製造業、農業などの上場会社および金融機関の監査に従事。19年より仕訳の異常検知システムEY Helix GLADの開発・運用に従事し、Digital Auditの推進に取り組んでいる。


Ⅰ  はじめに

前号の「仕訳データによる高解像度財務分析手法」では、集計値である期末残高を分析する従来の財務分析には粒度に限界があるため、集計される前の仕訳データを利用する高解像度の財務分析手法について紹介しました。
当法人で開発した仕訳の異常検知システムEY Helix General Ledger Anomaly Detector(GLAD)は自動的に通常の仕訳パターンから乖離(かいり)する仕訳を検知するものですが、データのビジュアル化についてもさまざまな機能を有しており、これらを用いると仕訳データに含まれる情報を利用して多面的な分析を行うことが可能になります。
今号では、小売業を営む会社を分析対象として高解像度財務分析手法の一例を紹介します。

 

Ⅱ 小売業のビジネス

一般的に小売業とは、製造業や卸売業の企業から仕入れた商品を消費者に販売する業種をいいます。小売業には、百貨店、総合・専門スーパー、コンビニエンスストア、ドラッグストア等のさまざまな業態があります。
小売業の業態はさまざまではあるものの、幾つかの共通した特徴があります。まず代表的な特徴として、商品を販売する店舗数が多いことが挙げられます。次に店舗数が多くあるため、各店舗で使用する現金および商品の種類・数量が多くなります。最後に食品業や薬品業等のリベートの商慣習がある業態では、リベートの会計処理が発生します。

 

Ⅲ 小売業の不正の手口

これまでに発生した小売業の不正は、先に述べた小売業のビジネスの特徴を反映しています。店舗数が多く本社からの統制が効き難いことから、店舗の従業員等により現金や商品等の着服といった「資産の流用」が多く発生しています。また商品の在庫数量を改ざんし棚卸資産を多く計上することにより利益を捻出することや、仕入先からのリベート(仕入割戻、販売奨励金)を多く見積計上することにより、利益を積み増しすること等の「不正な財務報告(粉飾)」は、利益確保のプレッシャーがある部署で行われることが多い不正です。例えば、棚卸資産を計上する際の

(借方)棚卸資産  (貸方)期末棚卸高(売上原価)

またリベートを計上する際の

(借方)未収入金  (貸方)仕入割戻(売上原価)

といった仕訳について、実際の金額より多く計上することにより、売上原価を少なくすることができ、売上総利益や営業利益を多く見せることができます。
その他にも、固定資産の減損を回避する目的で意図的に店舗損益を改ざんするケースも見られます。例えば、費用について

(借方)費用(A店舗)  (貸方)費用(B店舗)

といった仕訳を計上することにより、業績の悪いB店舗の費用をA店舗に付け替えることができ、B店舗の店舗損益を良く見せることができます。
店舗の従業員等による「資産の流用」は、頻度はある程度発生しているものの少額の場合が多く、財務分析で検出することは非常に困難です。他方「不正な財務報告」は、頻度は少ないものの多額の場合が多く、財務分析で異常を検出できる可能性があります。
次の章では、前述の不正の手口について、「Ⅳ リベートの分析」および「Ⅴ 店舗別の分析」を例に、高解像度財務分析手法を紹介します。

 

Ⅳ リベートの分析

小売業におけるリベートは、製造業や卸売業より受領する仕入割戻や販売奨励金等で構成されています。通期や半期ごとに金額が確定するため、年度末や半期末に計上されことが多くなります。
<図1>は、リベート(マイナスの費用勘定)の推移を示した図です。X軸は計上日を表し、Y軸は金額(借方計上額はプラス、貸方計上額はマイナス)を表しています。

図1 リベートの日次変動額(リベートの過大計上分析)

<図1>の各時点を説明します。

①2013/1/1:2012/12/31に見積計上した戻し
(借方)リベート 14M (貸方)未収入金 14M

②2013/1/31:2012/12/31の実績額を計上
(借方)未収入金 13M (貸方)リベート13M

③2013/12/31:見積額を計上
(借方)未収入金 18M (貸方)リベート18M

④2013/12/31:見積額の修正
(借方)リベート 18M (貸方)未収入金 18M
(借方)未収入金 15M (貸方)リベート 15M

⑤2014/1/1:2013/12/31に見積計上した戻し
(借方)リベート 15M (貸方)未収入金 15M

⑥2014/1/31:2013/12/31の実績額を計上
(借方)未収入金 10M (貸方)リベート 10M

まず<図1>では、見積と実績について留意する必要があります。①と②はほぼ一致していますが、⑤と⑥は乖離していることが確認できます。次に④では、見積計上された仕訳について修正している可能性を確認できます。期末の残高のみでは、見積を修正している可能性を把握できませんが、見積計上と同日に借方仕訳があるため、修正している可能性があることが分かります。
このように時系列の分析を利用することで、勘定科目の推移を詳細に見ることができるため、見積と実績の乖離、前回の処理との相違、見積の修正等を一度に把握することができ、異常の検知が容易となります。
また、リベートの相手勘定である未収入金について分析することも効果的であると考えます。時系列の分析を利用することで、未収入金の回収の推移を詳細に把握することができます。例えば、回収されていない未収入金を検知できる可能性があります。
さらに、仕訳の付帯情報にある仕入先の状況を利用することで分析の深度を増すことが可能です。例えば、仕入先ごとに時系列の分析を行うことや、仕入先ごとに仕入高とリベートの科目間の関係性を分析することで、異常が発生している仕入先のリベートを詳細に把握でき、より有効な分析になります。

 

Ⅴ 店舗別の分析

固定資産の減損会計は、どの業種においても重要性の高い論点になることが多くあります。前述のとおり、小売業では店舗を多く保有している特徴があります。小売業は、多数の店舗が独立したキャッシュ・フローを生成する単位となる場合が多く、特に重要な論点になります。そして店舗ごとの固定資産の減損の兆候を把握するためには、店舗ごとの損益を詳細に分析することが必要です。
<図2>は、当年度の実績について、店舗ごとに売上高と営業費用(売上原価及び販管費)の関係性を示した図です。X軸は売上高の金額(貸方勘定科目のためマイナス表示)を、Y軸は営業費用の金額(借方勘定科目のためプラス表示)を表し、店舗ごとに点がプロットされています。また、損益分岐点を黒い点線で示すと、損益分岐点から左下に行くにつれて利益が増加し、逆に右上に行くにつれて損失が増加することを表しています。

図2 営業利益の店舗別分布:当期実績(店舗間の費用の振替分析)

<図2>を見ると、すべての店舗が損益分岐点より左下にあることから利益を計上していることが分かります。
続いて<図3>は、<図2>と表の構成は同じですが、<図2>と異なり、前年度と当年度の実績の増減について、店舗ごとに売上高と営業費用(売上原価及び販管費)の関係性を示した図になります。

図3 営業利益の店舗別分布:前期からの増減(店舗間の費用の付替分析)

<図3>では、A店舗が前年度より利益が最も減少していることと、B店舗が前年度より利益が多く増加していることを一度に把握することができます。A店舗の利益の減少およびB店舗の利益の増加の結果をもとに、再度<図2>を分析します。<図2>では、A店舗は利益に余裕があるものの、B店舗は損益分岐点に最も近く利益に余裕がない店舗になります。<図2>と<図3>の二つを考慮すると、A店舗とB店舗の間に付け替えが行われたリスクがあります。
このように科目間の関係を店舗といった側面で分析にすることにより、視覚的に異常を把握することが可能になります。
さらにA店舗およびB店舗について、店舗ごとの時系列分析を組み合わせることにより、店舗ごとの営業利益の日次推移から、詳細に異常を検知できる可能性があります。また「Ⅲ 小売業の不正の手口」にて述べたように費用の振替に着目すると、入力者、入力日と仕訳日の日数差等の側面を使用することも、有効な分析になります。

 

Ⅵ 非財務情報を用いた分析

前章までは仕訳データを利用した高解像度財務分析手法を紹介しましたが、財務情報と非財務情報を組み合わせた分析を紹介します。
<図4>では、X軸は計上日を表し、Y軸は売上高の金額(貸方がプラス)を表しています。また緑色と赤色の線はそれぞれの年度の月次予算を表しています。

図4 店舗別売上高の累積変動額(売上高の予算実績比較)

小売業は店舗別の月次予算管理を行っていることが一般的であるため、非財務情報である店舗別月次予算を入手することができれば、予算との乖離を把握することができます。<図4>は、売上のデータになっていますが、営業利益や最終利益を店舗別に行うことも有用です。
例えば、<図4>の中の拡大したグラフは、期末日付近の累積売上高推移を示しており、2014年(青色)の推移が極端に上昇しています。これを非財務情報である店舗別の売上高の予算(赤線)と合わせて比較することで、売上高の予算の達成は期末日付近の数日の売上高の計上に起因していることが分かります。

 

Ⅶ おわりに

今号では小売業について、高解像度財務分析手法として、リベートの分析と店舗別の分析を紹介しました。二つの分析手法は、ほんの一例にすぎません。小売業の中でも会社や業態ごとにさまざまな分析手法が考えられ、非財務情報を用いた分析も有効です。
次号も、業種ごとの不正の手口を踏まえた分析手法を紹介する予定です。

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2020年3月号

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。