情報センサー

米国新リース会計基準適用における実務上の検討事項


情報センサー2020年3月号 JBS


EYロサンゼルス事務所 公認会計士・米国公認会計士 川西 立

2005年、当法人に入所。製造業をはじめとする国内および海外企業の会計監査を中心とし、内部統制に関するコンサルティング業務にも従事。EYロサンゼルス事務所に14年に赴任、17年に転籍し、米国会計基準と国際会計基準を中心に、現地日系企業や米国企業の会計監査を担当している。


Ⅰ  はじめに

米国財務会計基準審議会(FASB)が2016年2月に公表したリース会計に関するAccounting StandardsCodification(ASC)842(新リース基準)が、19年度に米国の上場企業において本適用となりました。当該基準は、ASC840(旧リース基準)ではオペレーティング・リース取引として貸借対照表に計上されていない取引のうち、リース期間が12カ月以内など一定の要件を満たすものを除き、全てのオペレーティング・リースについて使用権資産およびリース負債を貸借対照表上で計上することをリースの借手に要求するものです。そのため、基準の公表当初から総資産および総負債が膨らむことが懸念され、実際、世界規模で展開する米国の大手ハンバーガーチェーンA社や大手コーヒーチェーンのB社では新リース基準の適用に伴い、適用前の総資産の30%を超える巨額の使用権資産およびリース負債が認識されることとなりました。
一方、非上場企業においては、19年11月にFASBが新リース基準の本適用を1年延期することを正式に決定したことに伴い、新リース基準の非上場企業への本適用は20年12月15日より後に始まる事業年度からとなり、追加の準備期間が与えられる形となりました。まだ本適用までには時間がありますが、19年度に新リース基準の本適用を終えた米国の上場企業の大半が当初想定していたよりも多くの時間・労力をその準備に費やしているため、本稿では米国の非上場企業が効率的に準備を進めるために何に注意するべきなのか、米国の上場企業が直面した問題の中から二つの項目に絞って解説します。なお、文中の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

 

Ⅱ リース契約の網羅的な把握

新リース基準を適用するに当たり、会社が網羅的に締結しているリース契約を把握することが非常に重要視されています。これはリース契約の貸借対照表への計上漏れを防ぐために、管理体制の変更(例えば今まで支店や工場で管理されていたリース契約を今後は本社等で集約的に管理する)を求められることが一つの理由ですが、より重要な理由は、サービス契約の中にも会計上リースとみなされる項目(リース構成要素)が含まれている場合があり、リース構成要素にも新リース基準を適用しなければならないからです。
旧リース基準では、会計上、サービス契約、オペレーティング・リース契約のどちらであっても費用を認識するのみで、使用する勘定科目を除いて会計処理に大きな違いはありませんでしたが、新リース基準では、サービス契約であれば費用を認識するのみでよいのに対し、サービス契約内にリース構成要素が認識されれば、それに係る使用権資産およびリース負債を認識しなければなりません。このように、新リース基準ではサービス契約がリース構成要素を含むかどうかで会計処理が大きく異なるため、リース契約だけではなくサービス契約についても注意して検討を行うことが必要です。また、サービス契約にリース構成要素が含まれるかどうかを判断するには契約書を細かく確認する必要があるため、サービス契約を数多く締結している企業においては非常に時間を要する作業となります。

 

Ⅲ リースに関する会計方針の選択

新リース基準では、旧リース基準からの移行時の対応として企業の実務上の負荷を考慮し、幾つかの簡便的な方法が認められています。例えば、旧リース基準で評価済みの既存の契約における次の事項ついて、企業は新リース基準では再評価しないことを選択できます。

①契約がリース契約かまたはリース構成部分を含むか

②リースの分類

③初期直接費用が資産化できるか

当該簡便法を選択すれば、既存の契約を新リース基準で再評価する手間が省けるため、多くの米国の上場企業が当該簡便法を選択しました。また、ほとんどの非上場企業が選択するであろうと見込まれています。しかし、新リース基準適用後に締結される新規のリース契約についてはこのような簡便法はなく、新リース基準に即した検討が必要となるため、移行時の作業を簡略化することに集中するあまり、新リース基準を日々の業務の中にどのように取り込むのかを事前に検討できていなかった上場企業は、適用後もリースに関する業務フローや内部統制の変更、必要な情報収集に追われることとなりました。
また、移行時の簡便法以外にも使用権資産およびリース負債の算定に使用する割引率については、非上場企業のみ算定が複雑な追加借入率ではなく、国債等のリスク・フリーレートの使用が認められています。当該簡便法により、非上場企業は追加借入率を検討する時間を節約できるメリットがある一方で、リスク・フリーレートの方が追加借入率よりもパーセンテージが低いため、次のようなデメリットがあります。

①計上される使用権資産およびリース負債の金額大きくなる

②リース分類の検討時に算定される支払リース料の割引現在価値が大きくなるため、それがリース資産の公正価値と実質的に等しくなり、リース契約の分類がオペレーティング・リースではなく、ファイナンス・リースとなる可能性が高まる

このように、簡便法とは言ってもメリットとデメリットがあり、状況によっては簡便法を選択しなかった場合よりも企業に負荷がかかり、業務が非効率になる可能性もあります。また、新リース基準適用時に選択した会計方針を事後的に変更するには会計方針変更の正当な理由が必要となるため、企業は新リース基準の本適用前に、長期的な視点でどの方法を選択するのが最も望ましいのかを慎重に検討する必要があります。

 

Ⅳ おわりに

本稿では項目を二つに絞って解説しましたが、その他にも、新リース基準適用のために新しいシステムを導入するかどうか、外部に作業を委託するかどうか等も企業にとっては非常に重要な検討項目となっています。また、本稿の内容は、21年に新リース基準の適用が迫っている米国子会社を持つ日系企業のみに関係するものではありません。日本の会計基準においても19年3月に企業会計基準委員会(ASBJ)が、現状で資産および負債が認識されているファイナンス・リース取引のみならず、全てのリースについて資産および負債を認識する会計基準の開発に着手することを決定しました。細かい基準内容についてはまだASBJにて検討中ですので、日本の新リース基準が米国の基準とは内容が大きく異なる可能性はありますが、公表された際には、米国の上場企業の事例を参考にしつつ、早期の対応を検討することが重要です。

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