EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
Digital Audit推進部 公認会計士 加藤信彦
製造業や小売業の会計監査に従事した後、現在は金融機関における会計監査、アドバイザリー業務に従事。2020年7月新設のアシュアランスイノベーション本部イノベーション戦略部およびAIラボ 部長に就任予定。主な著書(共著)に『Q&A コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コード』(第一法規)がある。公認会計士、米ニューハンプシャー州公認会計士。当法人 Digital Audit推進部 部長。
2020年5月(執筆日現在)、新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)の流行により実生活に限らず社会やビジネスにも大きな困難をもたらす一方、企業のリモートワークや教育現場のオンライン授業など、これまでなかなか進まなかった取り組みが一気に加速しているのも事実です。
COVID-19流行後に多くの会社で決算日を迎えた日本においては、決算作業が抱えるさまざまな課題が浮き彫りになりました。例えば、リモートワークをする自宅からはセキュリティの関係で会社のファイルサーバーやシステムへのアクセスが困難であったり、契約書や請求書、会計伝票などの証憑(ひょう)が紙媒体であったり、上席者の承認には押印が必要であったりと、財務報告作成プロセスのデジタルトランスフォーメーション(DX)への着手が進んでいない企業ほどリモートワークが困難になっています。
COVID-19の終息が完全に見通せない中、アフターコロナと呼ばれる今後のビジネス環境においては、決算作業のみならず、さまざまな領域でのDXへの取り組みとその成果が、企業の競争優位に大きな影響を及ぼすでしょう。レガシーシステムからの脱却、ビジネス文書のデジタル化、対面営業の見直しなど、DXへの取り組みを加速化させていくことがビジネス上急務となると思われます。
会計監査業界では以前から、監査業務のDX(Digital Audit)※1を進めてきました。COVID-19流行の兆しが見え始めた2月後半より在宅勤務を開始したり、大手4法人が出資した会計監査確認センター※2を利用してウェブによる残高確認を実施したり、クライアントとの資料の授受や海外拠点監査チ―ムの監査状況の把握にウェブベースのオンライン監査業務プラットフォームを利用したりしたほか、ビデオ会議や電話会議を活用しクライアントの経営者や監査役と機動的なコミュニケーションを図るなど、柔軟なリモートワークを実践してきました。一方で、監査証拠が紙であることも多く、監査現場ではリモートワークによる業務効率の低下もみられます※3。
データの利活用の観点では、旧来型のいわゆるレガシーシステムからのデータ取得が困難であたり、データ形式が標準化されていなかったりなどさまざまな課題も残っています。
EY新日本は20年2月26日、次代のデジタル監査・保証ビジネスモデル「Assurance 4.0」でプロフェッショナルサービスを強化させる旨を公表※4しました。20年7月1日付で理事長直轄の「アシュアランスイノベーション本部」を設置し、「オペレーション」「アナリティクス」「オートメーション」の各専門分野の人材と知見を集結した専門組織(Center of Excellence:CoE)の強化、リアルタイムなリスク識別に向けたテクノロジーの開発を担う「AIラボ」の設置を進め、23年6月末までに総勢800名体制を構築する予定です。
テクノロジーやデータを利用する今日の会計監査においては、効率的な監査業務や会計監査の知見とデータの融合、データの範囲・頻度の拡大とサーバーなど利用環境の整備、リスクやインサイトをクライアントに伝えるリテラシーなど新たな課題も生じています。これらに対してEY新日本は、監査の担い手とプロセスの変革、データの連携と分析手法の変革、人材とプロフェッショナルサービスの変革という三つの変革で対応していきます。
近年、新規株式公開(IPO)を目指す企業は増加していますが、監査事務所との需給のミスマッチ等により、必要な監査が受けられなくなっているとの問題が指摘されています※5。今後の日本企業の成長や日本経済の発展に重大な影響を及ぼしかねない社会課題に、EY新日本では監査の担い手とプロセスの変革を通じて挑戦していきます。
例えば、オペレーションCoEの監査アシスタントは、監査プロフェッショナル(公認会計士、IT・税務などの専門家)の補助業務や専門的な判断業務以外の付随業務を往査先または新潟市に設置したデリバリーサービスセンターから支えます。データドリブン監査の進展でニーズが高まるデータの抽出、加工、分析にはその道の専門家(アナリティクスCoE)が担当し、監査の担い手としてソフトウェアロボット(オートメーションCoE)の活用をさらに進めます(<図1>参照)。
監査のプロセスには、監査プロフェッショナルの業種(セクター)に対する知見とデータ分析の専門家のアナリティクスの経験を融合させる「セクターアナリティクス」を導入します。これまで気付かなかった視点でのインサイトが生まれるだけでなく、不正リスクシナリオを可視化させることで不適切会計への対応にも役立てることを想定しています。
このような監査の担い手とプロセスの変革により、監査プロフェッショナルは、クライアントのリスク識別の精度の向上やリスクやインサイトに関するコミュニケーションに注力できるようになるため、サプライズのない監査業務の提供が可能となります。
大企業から新興企業に至るまでさまざまな業種・規模の企業の会計監査のみならず、新会計基準適用やIFRS導入の支援など、監査業務経験もある会計士にこそできるプロフェッショナルサービスの提供を通じて、日本の資本市場の信頼性向上に貢献できると考えています。
20年2月、日本公認会計士協会は会長声明を発出し不適切会計へ警鐘※6を鳴らしました。COVID-19の影響で将来の不確実性が高まるとともに、クライアントのビジネスや内部統制の環境の大きな変化が想定されるため、不適切会計のさらなる増加が懸念されています。
EY新日本では、これまでも不正会計予測モデル(Dolphin)※7や会計仕訳異常検知アルゴリズム(Helix General Ledger Anomaly Detector)※8を開発し、不正会計への対応を強化してきました。今後はさらに利用するデータの範囲を拡大させ、その入手頻度を高めることで、リアルタイムに近い継続的なリスク評価(Continuous Risk Assessment)を実現して早期に不適切会計の兆候をつかむことを目指しています。
具体的には、新たに設置する「AIラボ」にて、公表財務諸表、子会社や関連会社の個別財務諸表、総勘定元帳および補助元帳※9などの財務データのほか、ERPシステム上のワークフローのイベントログ(Helix Process Mining)※10や契約書(Document Intelligence)などの非財務データも活用し、監査手続におけるリスク識別の精度を向上させる監査ツールを開発する予定です。さまざまな財務・非財務データを活用して将来の損益やキャッシュ・フローの予測分析(Forecast Analytics)を行うことで分析の精度を向上させ、のれん、貸倒引当金、繰延税金資産、固定資産の減損など経営者の見積の評価に役立てる研究も進めていきます。
クライアントのERPシステムやデータウェアハウスとのデータ連携の自動化(Real Time Connect)を進めることで、データ抽出に関するクライアントと監査人双方の生産性を向上させることに加え、データ分析ツールとの自動連携によってリスク識別の適時性も向上させる予定です(<図2>参照)。EY Globalでは、現在、クライアントのERPシステムにEYの分析モジュールを組み込み、クライアントにデータを保持したままデータの特徴を視覚化したダッシュボードのみをEYに転送し、分析する仕組みを試験的に導入しています。EY新日本ではその仕組みを日本仕様に応用し、日本のクライアントに展開することを想定しています。このような分析環境を設計できれば、監査法人のサーバー環境にデータを転送させる必要がないため、監査で入手するデータの範囲が拡大してもセキュアかつ効率的なデータ分析が可能となります。
なお、データの入手頻度は、クライアントの状況に応じて四半期、月次、日次、リアルタイムと高めることを想定しています。この結果、監査プロフェッショナルがリスクをより早期に発見しコミュニケーションをとることが可能になるため、クライアントのガバナンスの強化にも貢献すると考えられます。
米国公認会計士協会(AICPA)は試験制度の改革※11を検討しています。検討中の公開草案では、会計・税務・監査の知識以外に今後の会計士に必要なナレッジやスキルとして、①ビジネスの理解、②データアナリティクス含むデジタルとデータドリブンマインドセット、③委託会社の財務報告に係る受託会社の内部統制の保証報告書(SOC1)の三つを掲げています。クライアントが利用するデータやテクノロジーの重要性を鑑み、今後の米国公認会計士の試験科目への導入を検討しているようです。
EY新日本でも次代の監査・保証サービスを提供できるような人材の育成とデータやテクノロジーを活用したプロフェッショナルサービスの強化に向けて準備を進めています。具体的には、監査プロフェッショナルを対象にデータやテクノロジーに対するリテラシーを向上させるための社内資格認定制度「EY Badges」も活用しながら、データドリブン監査(<図3>参照)を実践し、クライアントにデータから得られるリスクやインサイトを提供できる人材への変革※12を進めています。
また、EY Globalのイノベーションセンターである「EY wavespace™」※13も活用しながら、クライアントのDXとの共創で「Smart Audit=Smart Work × Digital Audit」を実現させるとともに、デジタル社会に貢献する「Digital Trust」を提供できる体制を構築することも想定しています。
このDigital Trustとは、クライアントのビジネスにおいてAIやブロックチェーンなど最先端のテクノロジーや膨大なデータの活用が進む中、その利用状況や管理体制などを監査法人が監査の中で評価したり、第三者として保証したりするサービスです。その評価対象には、例えばAIやRPAを組み込んだ財務報告に関する内部統制、ブロックチェーン技術を活用した複数企業参加のコンソーシアム型のプラットフォーム※14、ビッグデータやサイバーセキュリティの管理体制などが含まれます。今後、EY Globalの組織として先端テクノロジーのビジネスへの導入で成果をあげている「Client Technology Hub」(20年7月に日本に設置予定)とAIラボが一体となって、このDigital Trustや前述したReal Time Connectなどのアシュアランステクノロジーの開発・導入を進めていきます。
このほか、監査で入手したデータと監査で活用しているテクノロジーを最大限活用しながら、ESG/SDGsなど非財務報告の開示についても保証対象を拡大することも視野に入れています。
このように、財務報告を監査するという本源的価値を超えて、監査の中でリスクやインサイトを早期に提供するという付加価値を提供したり、テクノロジーを利用した財務報告や非財務報告などに保証対象を拡大したりすることで、資本市場の信頼性向上に加え、デジタル社会の健全な発展に貢献※15していくことを目指していきます。
EY新日本は、これまで紹介した取り組みを通じて5,000名超の監査プロフェッショナルの時間を生み出し、監査プロフェショナルがビジネスの本質の理解を一層深め、クライアントとの対話や専門的な分析・判断業務により注力することで、資本市場の信頼性向上とデジタル社会の健全な発展に貢献していくための体制を整えていきます(<図4>参照)。
仕事の生産性向上、ビジネスを通じた価値の創造、そのためのテクノロジー活用は、企業と監査法人双方に共通する課題です。企業側のビジネス文書のデジタル化※16や内部統制のワークフロー化、経営のためのデータ利用の範囲拡大やデータ形式の標準化などの課題は、より効率的で深度ある監査に必要不可欠です。COVID-19の影響でビジネス環境が大きく変化する中、私たちEY新日本も新たな戦略で自らの変革を加速させ、真のビジネスパートナーとしてクライアントの皆さまや社会から一層信頼される監査法人となりうるよう努力してまいります。
※1 本誌19年4月号「デジタル技術は会計監査をどのように変革させるのか-未来の監査に向けた課題への対応」
※2 本誌19年8月・9月合併号「会計監査確認センターの利用による電子確認への移行」
※3 20年4月「第4回新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査等への対応に係る連絡協議会での日本公認会計士協会説明資料」(JICPA)
※4 20年2月「次代のデジタル監査・保証ビジネスモデル『Assurance 4.0』でプロフェッショナルサービスの強化へ」(EY新日本)
※5 20年3月「株式新規上場(IPO)に係る監査事務所の選任等に関する連絡協議会」報告書の公表について(金融庁)
※6 20年2月会長声明「最近の不適切会計に関する報道等について」(JICPA)
※7 16年6月「不正会計予測モデルを用いた監査の品質管理の強化について」(EY新日本)
※8 本誌20年2月号「仕訳データによる高解像度財務分析手法」
※9 本誌20年5月号「総勘定元帳および補助元帳を利用したデータアナリティクス」
※10 本誌19年2月号「会計監査におけるプロセスマイニングの活用」
※11 19年12月「AICPA Targets Technology and Core Skills with CPA Exam Practice Analysis」(AICPA)
※12 本誌20年新年号「未来を切り開くデジタル人材の育成とAssurance 4.0」
※13 本誌19年12月号「未来の監査に向けたデザイン思考の活用」
※14 本誌19年10月号「ブロックチェーン技術が実装されつつある社会」
※15 本誌20年3月号「デジタル社会における信頼の重要性-Trust by Design」
※16 本誌19年7月号「ビジネス文書のデジタル化と内部統制」