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IFRSデスク 公認会計士 岩﨑尚徳
当法人入所後、主として化学品等の製造業、プラントエンジニアリング業、小売業、商社などの会計監査および内部統制監査に携わる。2020年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事している。
IASBは、2022年10月31日にIAS第1号「財務諸表の表示」の修正「特約条項付の非流動負債」を公表したため、一部の取扱いが変更されています。
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国際会計基準審議会(以下、IASB)は2020年1月、IAS第1号「財務諸表の表示」の限定的な修正(以下、本改訂)を公表しました。本改訂は、負債を流動又は非流動にどのように分類するかを明確化するものです。
昨今、新型コロナウイルス感染症により多くの企業において財務状況が悪化し、期末日(年度及び四半期)において、借入金契約のコベナンツ条項に抵触するケースが生じていますが、本改訂により負債の分類の実務に影響が生じる可能性が考えられます。
本稿では、本改訂の背景、内容、実務への影響等について解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。
IAS第1号は負債を流動又は非流動のいずれかに分類するための要件を定めていますが、金融機関(貸手)が企業(借手)のコベナンツ条項の準拠の判定(以下、コベナンツ・テスト)を期末日後に実施した場合の企業の負債の分類の解釈等が難しい、また、各要件の関連性が明確ではないとの意見がありました。そのため、IASBは、この問題に対処するための改訂を行いました。
【本改訂により明確化されたポイント】
現行のIAS第1号69項(d)は、「負債の決済を報告期間後少なくとも12か月にわたり延期することのできる無条件の権利を企業が有していない場合」、当該負債を流動負債に分類することを定めていました。一方、現行のIAS第1号73項は、「企業が、既存の融資枠に基づいて、債務について報告期間後少なくとも12か月にわたる借換え又はロールオーバーを見込んでおり、かつ、そうする裁量権を有している場合」、当該債務を非流動に分類すると定めていたため、一方は「無条件の権利」もう一方は「裁量権」というように不整合が生じていました。そこで、IASBは、「無条件の」という用語を削除し、「負債の決済を報告期間後少なくとも12か月にわたり延期することのできる期末日時点の権利を企業が有していない場合」は流動負債に分類する、というようにIAS第1号69項(d)を修正しました。これに伴いIAS第1号73項の「裁量権」を「権利」に修正し、「見込んでおり」という用語も削除することによって両者を整合させました。さらに、IAS第1号72A項を新たに追加し「権利」は実質的なものでなければならないと定めることで、負債の分類の要件を明確にしました。
企業が負債の決済を延期する権利は、現行のIAS第1号74項及び75項において「期末日時点」に存在していなければならないとされていました。しかし、負債の分類の要件を定めるIAS第1号69項(d)では、「期末日時点」との明示はされていなかったため、IASBは、IAS第1号69項(d)及び73項を修正し、負債の分類の基礎となる決済を延期する権利は期末日時点で存在していなければならないことを明示しました。
また、本改訂でIAS第1号72A項を新たに追加し、(1)負債の分類の基礎となる決済を延期する権利がコベナンツ条項への準拠を条件として認められる場合では、企業が期末日時点で当該コベナンツ条項を満たしていることが必要であること、さらに、(2)貸手がコベナンツ条項の準拠の判定を期末日時点もしくは期末日後に行うか否かに関わらず、負債の分類の基礎となる決済を延期する権利は期末日時点で存在していなければならないことをより明確にしています。
IASBは、IAS第1号75A項を新たに追加し、「負債の分類が、報告期間後少なくとも12か月の負債の決済を延期する権利を企業が行使する可能性に影響されることはない」ということを明確にしました。従って、期末日以降(かつ財務諸表の公表が承認される前の)の事象に関するいかなる予測も、期末日時点でなされた負債の分類の検討に影響を及ぼすことはありません。負債がIAS第1号69項の非流動の分類の基準を満たし、期末日時点で決済を少なくとも12か月延期する権利を有している限り、経営者が期末日後すぐに負債を決済することを意図していたとしても、又は、期末日から財務諸表の公表が承認される日までの間に負債が決済されたとしても、負債は非流動に分類されます。なお、期末日後から決算の公表承認日までに非流動に分類された負債の決済が行われた場合は開示後発事象となる点には留意が必要です。
現行のIAS第1号では、転換社債が株式(自己の資本性金融商品)に転換される場合も「決済」に該当するのかが、必ずしも明確でありませんでした。そのため、IASBは、負債の決済には、このような自己の資本性金融商品により負債が消滅する場合も含まれる点を基準上明確にしました。なお、本改訂では、IAS第1号76B項により、転換権がIAS第32号「金融商品:表示」に従って、負債要素とは別個の資本要素として区分処理される場合には、保有者により当該転換権が12か月以内に行使される可能性がある場合でも、それによって負債部分が流動に分類されることにはならないとされています。
本改訂は、総じて、現行の要求事項を変更するのではなく、より明確化するものであるため、企業の財務諸表に大きく影響を与えるとの想定は置かれていませんが、一定の状況において実務上の解釈にばらつきが生じている可能性もあります。特に、期末日時点でコベナンツ条項に抵触する状況では、慎重な検討が必要になります。
期末日までに「企業(借手)及び金融機関(貸手) との交渉に基づく契約修正ないし権利放棄/猶予期間(Waiver)の合意・入手」といった対応がなされていない(期末日時点で実質的な権利が存在しない)場合、当該借入金は、非流動に分類できず流動負債として表示する必要があります。また、実務上、期末日後に金融機関から権利放棄/猶予期間(Waiver)を取得又はコベナンツ条項を変更するケースもあると思われますが、この場合、貸借対照表上は流動負債として表示しなければならず、決算の公表承認日までに入手された場合には開示後発事象となる点には留意が必要です。
本改訂により、負債は流動負債に分類されることが明確化されています。
本改訂は2023年1月1日以降に開始する事業年度から適用が求められ、IAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬(ごびゅう)」に従って遡及(そきゅう)的に適用されます。早期適用も容認されます。
本改訂により、負債の分類の要件が明確化され、より客観的に判断できるとともに実務上のばらつきも減少すると考えられます。また、企業は、現行の融資契約の条件を見直さなければならなくなる状況が存在しないかどうか、慎重に検討する必要があると考えられます。