改正開示府令に基づく開示事例の分析 前編

改正開示府令に基づく開示事例の分析 前編


情報センサー2020年12月号 会計情報レポート


会計監理部 公認会計士 髙平 圭

品質管理本部 会計監理部において、会計処理および開示制度に関して相談を受ける業務、ならびに当法人内外への情報提供などの業務に従事。2016年から18年の間、金融庁企画市場局企業開示課に勤務し、主に開示制度に関する国内外調査および開示府令改正等の企画業務を担当。

Ⅰ  はじめに

2020年3月期以降の有価証券報告書において開示される記述情報※1及び「コーポレート・ガバナンス等の状況」に記載される「監査の状況」のうちの一部の項目については、18年6月の金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ報告」(以下、DWG報告)における提言を踏まえて19年1月に改正された「企業内容等の開示に関する内閣府令」(以下、改正開示府令)が原則適用となり、改正後の規定に基づく開示が行われています。
本稿では、2回に分けて、改正開示府令及び「記述情報の開示に関する原則」(以下、記述情報原則)の内容をあらためて確認するとともに、今後の有価証券報告書の作成に当たり、参考になると考えられる当該改正等を反映した開示例について紹介します。なお、文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

 

Ⅱ 経営方針、経営環境及び対処すべき課題等

1. 改正開示府令の内容

DWG報告において、経営方針及び経営戦略に関する開示は、全体としてみると、企業の中長期的なビジョンに関する具体的な記載が乏しく、MD&A※2やリスク情報との関連付けがない等の企業が相当程度みられるとの指摘がなされていました。そこで、改正開示府令では、有価証券報告書の「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」で記載が求められる経営方針・経営戦略等の記載に当たっては、企業構造、事業を行う市場の状況、競合他社との競争優位性、主要製品・サービスの内容、顧客基盤、販売網等といった経営環境についての経営者の認識の説明を含めた上で、事業の内容と関連付けた記載を求めることとされました(<表1>参照)。

表1「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」の改正ポイント

2. 記述情報原則の内容

有価証券報告書の記述情報の開示の考え方、望ましい開示の内容や取組み方を整理することを目的として、プリンシプルベースのガイダンスとの位置付けで、19月3月に金融庁より記述情報原則が公表されています。そこでは、経営方針・経営戦略等は、企業がその事業目的をどのように実現していくか、どのように中長期的に企業価値を向上させていくのかを説明するものであり、投資家がその妥当性や実現可能性を判断できるようにするため、企業活動の中長期的な方向性のほか、その遂行のために行う具体的な方策についても説明することが求められるとされています。また、経営方針・経営戦略等の背景となる経営環境についての経営者の認識が併せて説明されることで、投資家は当該認識の妥当性や、経営方針・経営戦略等の実現可能性を評価することが可能となるとされています。こうした観点から経営方針・経営戦略等の望ましい開示に向けた取組みがまとめられており、企業はこのような考え方を念頭に置き、開示内容を検討する必要があると考えられます(<表2>参照)。

表2 経営方針・経営戦略等の開示における望ましい開示に向けた取組み

3. 開示例

以下では、改正開示府令の下で記載が求められている「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」の記載事項として、実務上参考になると思われる事例を紹介します。
A社の「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」の開示では、経営環境として新型コロナウイルス感染症が世界経済に与える影響や、今後の見通しといった全般的な事項を記載した上で、主要なセグメントごとにそれぞれの事業の経営環境について分析した結果が記載されています(<図1>参照)。そこでは、経営環境の記載にとどまらず、当該経営環境を前提としたセグメントごとの今後の経営戦略に関連付けた記載が確認でき、記述情報原則の考え方を踏まえた開示が行われていると考えられます。

図1 A社の「経営方針・経営戦略及び対処すべき課題等」の記載内容

また、A社は新中期経営計画を有価証券報告書で開示し、その内容について詳細な説明が行われています(<図2>参照)。そこでは、冒頭で新たな経営理念について記載し、今後3年間の定量的計画として設定したKPIの目標値や具体的な取組みを開示することで、企業が今後どのように中長期的な企業価値創造に取り組んでいくのかを明確にしています。これらの情報を経営者が認識している経営環境と関連付けることによって、投資家による経営戦略の適切性や実現可能性の判断に資する有用な情報となるものと考えられます。

図2 A社 有価証券報告書

Ⅲ 事業等のリスク

1. 改正開示府令の内容

DWG報告では、リスク情報の開示について、全体としてみると、一般的なリスクの羅列になっている記載が多い、外部環境の変化にかかわらず数年間記載に変化がない開示例が多い、また、経営戦略やMD&Aとリスクの関係が明確でなく、投資判断に影響を与えるリスクが読み取りにくいなどの指摘がなされていました。
そこで、改正開示府令では、経営者が経営成績等の状況に重要な影響を与えると認識している主要なリスクについて、当該リスクが顕在化する可能性の程度や時期、当該リスクが顕在化した場合に経営成績等の状況に与える影響の内容、当該リスクへの対応策について、具体的に記載することが求められました。また、記載に当たっては、リスクの重要性や経営方針・経営戦略等との関連性の程度を考慮して、分かりやすく記載することが求められています(<表3>参照)。

表3 「事業等のリスク」の改正ポイント

2. 記述情報原則の内容

記述情報原則では、リスク情報の開示について、翌期以降の事業運営に影響を及ぼし得るリスクのうち、経営者の視点から重要と考えるものをその重要度に応じて説明するものとし、取締役会や経営会議における議論を適切に反映することが重要とされています。そして、このような考え方を受けて、望ましい開示に向けた取組みがまとめられています(<表4>参照)。

表4 事業等のリスクの開示における望ましい開示に向けた取組み

3. 開示例

以下では、改正開示府令の下で記載が求められている「事業等のリスク」の記載事項として、実務上参考になると思われる事例を紹介します。
B社の「事業等のリスク」の開示では、まずリスクマネジメント体制についての説明がなされています(<図3>参照)。B社グループでは事業活動に関するリスク管理を所管するリスクマネジメント委員会を設置し、取締役会で指名された執行役がリスク管理体制の構築と運用に当たっており、グループ経営上重要なリスクの抽出・評価・見直しの実施、対応策の策定、管理状況の定期的な確認といったリスクマネジメントプロセスについて、図を用いて分かりやすく説明しています。また、B社グループの重要なリスクを特定するフローを図で示し、各リスクの影響度と発生頻度を踏まえて重点的に管理すべきリスクの抽出する方法について具体的に説明しています(<図4>参照)。このような開示が行われることにより、投資家は企業において適切なリスクマネジメントを行うためのリスク管理体制が構築されていることを確認し、適切なリスクの管理又は対応が行われていることを理解するための有用な情報となるものと考えられます。

図3 B社「事業等のリスク」記載内容(リスクマネジメント体制)
図4 B社「事業等のリスク」記載内容(リスクマネジメントプロセス)

次に、B社においては、重要なリスクの特定フローの評価により把握した重要なリスク項目それぞれにおいて、発生可能性、発生する可能性のある時期、影響度の現在の経営者の認識を記載した上で、当該リスクの内容及び対応策について詳細に説明しています(<図5>参照)。20年3月期の新型コロナウイルス感染症拡大の影響については、一部の工場で操業停止や減産などの対応を行ったなど、企業活動のどの分野でどのような影響が生じたのかについて具体的に説明しています。そして、経営者が認識している重要なリスクに対して今後どのような対応を行っていくかについて、従業員の働き方を含めた企業の取組みを詳細に記載しています。

図5 B社「事業等のリスク」記載内容(重要なリスクへの対応)

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2020年12月号

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。