EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人 ニューヨーク駐在員 公認会計士 田中清人
1998年に太田昭和監査法人入所後、日本で大手企業等の監査業務に従事。2005年~09年米国Ernst & Young LLP(EY)ロサンゼルス事務所にて監査マネージャーとして駐在。帰国後、米国会計基準に基づくSEC上場企業の監査パートナーを担当し、2019年より米国EYニューヨーク事務所に日系企業担当ダイレクターとして駐在。当法人 シニアパートナー。
公開企業会計監視委員会(Public Company Accounting Oversight Board:PCAOB)は、2020年10月29日にInterim Analysis Report - Evidence on the Initial Impact of Critical Audit Matter Requirements(PCAOB Release No.2020-002)および関連する二つのホワイトペーパー※を発行しました。これは、大規模早期提出会社(Large Accelerated Filer)において2019年6月期以降の監査に適用されたCritical Audit Matter(CAM)に係る利害関係者への初期影響に関する分析を報告するものです。日本における「監査上の主要な検討事項」(Key Audit Matters:KAM)は、2021年3月31日以後に終了する連結会計年度等から監査報告書への記載が求められていることから、日米の財務報告制度や実務上の相違等を踏まえてPCAOBが行った分析報告のポイントを解説します。
PCAOBスタッフは、アウトリーチ活動として監査法人および監査法人への調査や監査委員長、財務諸表作成者への質問および投資家への調査等を実施し、結果を取りまとめた上で検討を行いました。これらには定性的かつ定量的な分析結果が含まれており、特に監査パートナーや監査法人のCAMへの対応、投資家によるCAMの利用、および監査委員会および財務諸表作成者による実務対応の観点で分析されています。
この分析により、以下の三つのポイントが報告されました。
調査の結果から、監査法人はツール・ガイダンスや審査体制の整備、専門家の教育を含めた内部体制の構築に加え、パイロットテストやドライランの実施など、監査法人の規模で差はあるものの、CAM導入の前に多くの投資(準備)を行ったとされています。また、個別監査業務レベルでは平均して約1%程度の監査時間の増加になったことが報告されています。
また、調査に参加した監査パートナーの2%以下が監査委員会との協議に制約を感じたものの、約40%はよりコミュニケーションが高まったと回答しています。同様に約40%が財務諸表の開示情報等に変更があったと回答しています。さらに、自由回答では、CAMが導入されたことによる投資家への追加的な価値は限定的であった、負荷が比較的大きいと感じられる、最低一つはCAMが記載されるべきといったプレッシャーがあった、ことも報告されています。
全般的な結果として、調査に回答した1/3以下の投資家がCAMを見ている状況にあり、約60%超の投資家はCAMについて認識はしていると回答したことから、CAM導入以前に比べ大きな進歩がみられるものの、投資家によるCAMの認識はいまだ発展途上にあると分析されています。実際に、投資家は、監査人が実施した業務や財務諸表の注記に関する理解や経営者への質問の作成に利用したとされています。一方で、約20件の自由回答では、当該回答者の過半数は今後CAMを利用する予定もしくは可能性があるとしたものの、その他は、CAMが十分に有用なほど具体的でないか、現在の開示情報に追加的な価値を与えていないと回答しています。
前述した監査法人による事前の準備が、円滑な会社対応に貢献したと回答しており、導入以前に懸念されたネガティブなコミュニケーションへの影響はなく、さらに、未公表の情報が提供されることに関する懸念はなかったという結果になっています。また、開示についての重要な変更はなかったが、予定する注記情報とCAMのドラフトとの比較は行われた、また、投資家から会社への直接のフィードバックはないものの、投資家にとって有用な情報が提供されていると回答しています。なお、内部コストと追加監査報酬に関して、増加は見られるものの、ほとんど全ての回答者がそれらに重要性はなかったとしています。
CAM導入に係るPCAOBによる中間分析報告からは、大規模早期提出会社によるCAM導入初年度において比較的スムーズに進み、重要な変化やコスト増などは見られなかったように読み取れます。しかしながら、当該報告の検討に際し、日米の財務報告に係る制度上または実務上の差異を考慮する必要があると考えられます。すなわち、一般的には、有価証券報告書と米国上場会社の開示書類であるForm 10-Kにおいて提供される情報の量に差があります。米国では特に財務諸表の注記やManagement's Discussion and Analysis(MD&A)およびリスク情報では、日本と比較するとより詳細かつ具体的な情報(定量的な情報含め)が開示され、注記情報においても長文形式で会計方針や会計事実の説明、見積りの前提等の記載がなされます。例えば、経営者の判断や見積りが含まれる公正価値評価(のれんや固定資産の減損等)や収益認識、企業結合等に関して、具体的かつ詳細な注記や開示が財務報告において要求され、実務上も会社ごとにより個別的な記載がなされています。その結果、CAM導入後も多くの点で重要な変化が識別されず、各利害関係者の作業負荷、コスト面およびさまざまなコミュニケーション等含め、全般的には影響が少なかったとの回答につながっている可能性があります。同様の理由で、投資家の認識のレベルや有用性に関する評価の分析結果は、財務諸表利用者が必要とする情報の十分性に大きく影響を与えなかったことを示唆している可能性があります。
PCAOBは、CAMが米国における70年以上の歴史がある監査報告に関して、最も重要な変更であると説明しています。日本でのKAMの導入に際し、本稿が少しでも参考になれば幸いです。
※ PCAOB "Staff White Paper - Stakeholder Outreach on the Initial Implementation of CAM Requirements" and "Staff White Paper - Econometric Analysis on the Initial Implementation of CAM Requirements."