監査法人のDX ~組織とヒトの変革の先にあるサービスの変革

監査法人のDX ~組織とヒトの変革の先にあるサービスの変革


情報センサー2021年11月号 デジタル&イノベーション


EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 公認会計士 加藤信彦
製造業や小売業の会計監査に従事した後、現在は金融機関に対する監査業務に従事しながら、デジタル&イノベーションリーダーとして監査業務変革をリード。主な著書(共著)に『Q&A コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コード』(第一法規)がある。公認会計士、米ニューハンプシャー州公認会計士。当法人アシュアランスイノベーション本部イノベーション戦略部及びAIラボ部長。

Ⅰ はじめに

経済産業省は2018年にデジタルトランスフォーメーション(DX)の定義を「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」※1と定めています。当法人ではデジタルとトランスフォーメーションの両面から監査法人のDXを進めており、第1回※2では主にデジタルの観点からデータとAIの活用を紹介しましたが、第2回である本稿ではトランスフォーメーション(イノベーション)の観点から組織とヒトの変革の変遷とサービスの変革に向けた取り組みについて紹介します。

Ⅱ DXにおける組織の変革

米国P&GでGBS(Global Business Service)部門とIT部門で辣腕(らつわん)を振るってきたトニー・サルダナ氏は、21年2月に開催したEYウェビナーにおいて以下のように述べています。「DXの70%は失敗するといわれています。失敗の原因は、イノベーションやテクノロジーの問題ではなく、明確な目標とプロセスの欠如にあります。ですから、リーダーはそのリスクを回避するにはどうすればよいかを考え、方向性を見極める必要があるのです」※3。まずは、サルダナ氏の著書の中で提唱されている「DXを成功に導くための5段階モデル」に当てはめて、当法人の組織変革を紹介します。

1. 基礎(2015年)

会計監査ではこれまでもクライアントの財務データを利用してきましたが、15年にテクノロジーの活用を本格化しました。具体的には全世界共通の監査プラットフォームを導入するとともに、銀行監査向けのセクター分析ツールの開発など監査業務変革のためのイノベーションプロジェクトが発足しました。

2. 個別対応(2016年)

16年にデータとテクノロジーを活用した未来の監査の実現を目指す研究組織「アシュアランス・イノベーション・ラボ」が設置され、総勘定元帳を対象とした全世界共通のデータ分析ツールの導入や日本でのAI監査ツール開発が本格化しました。また監査の品質管理の強化のため、東京大学大学院経済学研究科の首藤准教授と協働で不正会計をAIで予測する仕組みを導入しました。

3. 部分連携(2017年)

17年にDX推進のための専担部署「Digital Audit推進部」が設置されるとともに、総勘定元帳からAIが取引パターンを学習して異常仕訳を自動的に識別するアルゴリズムを開発し、一部の監査業務に導入しました。

4. 全体連携(2020年)

次代のデジタル監査・保証サービスを目指し、20年に各専門分野の人材と知見を集結した理事長直轄「アシュアランスイノベーション本部」が3年後800名体制を目指して設置※4されました。また、5,000名のアシュアランスプロフェッショナルをクライアントに訴求できるデジタル人材へ変革するために、「デジタル人材認定制度」を導入し、初年度は785名が認定されました。

5. DNA化(現在)

アジャイルな文化を醸成するため、監査プロフェッショナルとテクノロジー人材を融合させるとともに、21年3月にジョブ型人事制度とキャリアフレームワークを導入※5しました。また監査法人のDNAにデジタルとイノベーションを刻み込むために、21年7月に経済産業省が定めるDX認定を取得しました(監査法人業界初)。

図1 DXを成功に導くための5段階モデル - EY新日本における組織変革

Ⅲ DXにおけるヒトの変革

DXに向けた組織の変革は完了しましたが、監査法人のビジネスは監査・保証、アドバイザリーなどヒトによるサービス提供が根幹となりますので、スキル向上、リーダーシップの醸成、マインドセットなどヒトの変革が重要となります。現在進めている監査法人のDXは監査品質の向上だけでなく、クライアントと監査法人双方の生産性の向上、リスクやインサイトの適時な提供によるガバナンスへの貢献など新たな価値※6をもたらすことを目指しているため、そのような価値をEYメンバーファーム一体で創り出すとともに担当している監査チームからクライアントに届けることが重要と考えています。EYでは変革をもたらすためのフレームワーク「Transformative Leadership」を採用していますが、日本でのヒトの変革の取り組みをご紹介したいと思います。

1. 新たな価値を創るため、アジャイルな文化を醸成し、次代のデジタルリーダーを育成

当法人では全世界共通のデータ分析ツールを利用することで監査品質向上に役立てていますが、監査における新たな価値を創り出すためにアシュアランスイノベーション本部においてアジャイル開発とデザイン思考を取り入れています。開発においては、監査チームと監査業務の課題を協議した後、課題に対応したツールやソリューションのプロトタイプを短期間に開発してパイロット導入まで進めるとともに、継続的な機能改善を行っています(アジャイル開発)。推進においては、新たな価値の提供(Why)、共創ロードマップの作成(How)、当期中のアクション(What)をクライアントとコミュニケーションするとともに、その結果についてもクライアントにフィードバックして継続的に改善するよう推奨しています(デザイン思考)。また、アジャイル開発やデザイン思考に関しては、アーキテクト、エンジニア、ストラテジスト、デザイナーなどテクノロジー人材が監査プロフェッショナルを支援しています。

そのほか、未来を切り開くデジタルリーダーの育成を目的とした若手職員向けSTEAM人材※7育成プログラム(GradLab)と中堅職員向けデジタルリーダー育成プログラム(DigiGEN)も導入し、監査現場や開発・推進現場において新たな価値を創ることのできる人材の育成にも注力しています。

2. 新たな価値をクライアントや社会に届けるため、プロフェッショナルを支援

当法人においては、アシュアランスプロフェッショナル向けウェブキャストの配信と監査事業部から選出されたチャンピオンによるフォローアップにより、監査チームがクライアントに価値を届けるのをサポートしています。また、監査チームメンバーのデジタルリテラシーを向上させるため、データやテクノロジーの活用に必要なデータドリブン監査やサイバーセキュリティなどデジタル監査・保証の実務に焦点を当てた「デジタル人材認定制度」を導入しています。具体的には関連する研修、経験、貢献を評価し、ベーシック、コア、アドバンス、マスターの四つのランク別に設定された要件の達成に応じて、デジタル人材として認定しています。

そのほか、全世界共通の仕組みとして、テクノロジー、ビジネス、リーダーシップの三つの専門領域における知識やスキル習得に焦点をあて、要件の達成に応じて、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナのデジタルバッジ(EY Badges)を付与しています。また、16のデジタルバッジと論文提出など所定の履修要件を満たせば無料かつオンラインでMBA経営学修士を取得(Tech MBA)可能となります。

図2 デジタル領域におけるキャリアジャーニー - EY新日本におけるヒトの変革

Ⅳ DXにおけるサービスの変革

DXにより組織とヒトを変革することで、監査法人のサービスはどのように変革していくのでしょうか、また社会やクライアントにどのような貢献ができるのでしょうか。クライアントの経営管理DXに向けた課題に対して、共創により変革した監査法人のサービスがどのように役立つのか解説していきたいと思います。

1. 監査業務の変革による新たな価値の提供 -Smart Audit

データとテクノロジーを活用した監査業務の変革を進めるためには、クライアントが進めているデータドリブン経営との共創が不可欠となります。ERPシステムの導入やデータウェアハウスの整備により経営管理に利用可能なデータ量が増えていますので、会計監査上もデータからリスクやインサイトを識別したり、テクノロジーを活用してデータの抽出・加工・分析を自動化したりするデータドリブン監査※8を中心に据えることでクライアントと監査人双方の生産性と監査品質を同時に向上させることが可能となります。その結果、監査人はクライアントのビジネスの理解やコミュニケーション、会計監査の専門家としての判断業務に集中することが可能となりますが、EYではこのようなデータとテクノロジーを活用した深度ある監査業務(Smart Audit)を提供しています。

2. 業務・プロセスのデジタル化におけるリスクの提言 -デジタル内部統制

ペーパレスによるアナログ情報のデジタル化や業務・プロセスそのもののデジタル化が進むと、業務の生産性が向上したり、データを利活用しようとする意識の変化が芽生える一方で、データの改ざん、漏洩、消失など新たなリスクも増加します。このようにデータを利用した業務・プロセスに関して、新たなリスクに対応したコントロールを組み込んだ内部統制の再構築に向けて会計監査人として提言※9していく予定です。

3. 保証業務やアドバイザリーサービスの変革によるインサイトの提供 -Digital Trust

データドリブン経営が進むと、データやテクノロジーに対するガバナンス面での対応を強化していく必要が生じます。具体的にはランサムウェアなどサイバー攻撃に対する事前・事後の対応(サイバーセキュリティ)※10、データの品質、セキュリティ、プライバシーのほか、ライフサイクルの管理(データガバナンス)が必要となります。また、企業活動の機能分解(アンバンドリング)や再構築(リバンドリング)でクラウドやブロックチェーンのデータベースを複数企業で共同利用する場合などテクノロジーに係る委託先の内部統制を評価する必要も生じてきます。

このような課題に対して、EYではサイバーセキュリティやデータガバナンスなど第三者目線でリスク管理態勢を評価したり、共同利用の受託先に係る内部統制の保証業務※11を提供するサービス(Digital Trust)を提供しています。

Ⅴ おわりに

前述したDX認定事業者は21年9月現在174社となっており、そのうち大手監査法人も2社含まれています。また、監査法人のDXの進捗(ちょく)に応じて、監査業務のアンバンドリングやリバンドリングも進んでおり、日本でも各法人に設置したデリバリーセンターにて一部の監査業務を集中化するほか、大手4法人共同で会計監査確認センターを設立し、金融機関や債権に対する確認事務を集中化しています。

クライアントは近年、サステナビリティを強く意識しながら未来のビジネスモデルを創造し、バックキャスティングでDXを進めています。このため監査業界においても、クライアントのDXによるビジネスやプロセスの変化に対応した監査を目指すアジャイルな文化を醸成するとともに、利活用が進むデータに対してはISO21378「監査データ収集」に代表される監査データ標準化に官民一体で取り組むなど、総力を挙げて資本市場の信頼性向上やデジタル社会の健全な発展に貢献していくことが強く望まれています。

図3 経営管理DXとの共創 - EY新日本におけるサービスの変革

※1 18年12月経済産業省「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン」
※2 本誌21年10月号「監査法人のDX ~データとAIの活用」
※3 EY.com「テクノロジーによる経営改革~ビジネスにおけるDXの必要性とは」
※4 20年2月EY新日本リリース「次代のデジタル監査・保証ビジネスモデル 『Assurance 4.0』でプロフェッショナルサービスの強化へ」
※5 21年3月EY新日本リリース「データ&テクノロジー人材対象の新人事制度(評価・報酬)および育成・キャリア形成を支援するフレームワークを導入」
※6 本誌21年3月号「DX時代のガバナンスに貢献するデジタル監査」
※7 STEAMとは「Science」「Technology」「Engineering」「Arts」「Mathematics」の頭文字を取った造語。これらを包括的に網羅する人材を指し、「DX人材」とも呼ばれる。
※8 EY.com「データドリブン監査手法によって企業の信頼性を高めるには」
※9 本誌21年2月号「バックオフィスのDXにおける内部統制上の留意事項 ~電子契約・スキャナ保存制度~」
※10 EY.com「サイバーセキュリティリスクと監査への影響」
※11 EY.com「ブロックチェーンを活用した受託業務の信頼性を訴求するためには」


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2021年11月号

 

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

 

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