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会計監査に対する監査役の任務懈怠(けたい)責任 ~令和3年7月19日最高裁差し戻し判決から~

2022年6月30日 PDF
カテゴリー 特別寄稿

情報センサー2022年7月号 特別寄稿

獨協大学 法学部教授 高橋 均

一橋大学博士(経営法)。新日本製鐵(株)(現、日本製鉄(株))監査役事務局部長、(社)日本監査役協会常務理事、獨協大学法科大学院教授を経て、現職。専門は、商法・会社法、金商法、企業法務。会社法等の専門家としての法理論と企業勤務経験に基づく実務面の双方からのアプローチを実践している。近著として『グループ会社リスク管理の法務(第3版)』中央経済社(2018年)、『実務の視点から考える会社法(第2版)』中央経済社(2020年)、『監査役監査の実務と対応(第7版)』同文舘出版(2021年)。

Ⅰ はじめに

監査役の間で、会計監査に対する監査役の任務懈怠責任が問われた最高裁判所の判断(令和3年7月19日判決。以下、本件最高裁判決)が話題になりました。本件は、下級審で判断が分かれた点に注目が集まったことに加え、監査役に任務懈怠責任(会社法423条1項)が肯定されただけでなく、会計帳簿について、監査役はどこまで監査を行うべきか、実務的にも大きな影響を及ぼす事案と考えられたからです。

監査役の監査は、業務監査と会計監査があります※1。このうち、会計監査人設置会社であれば、会計の職業的専門家である会計監査人は、会社の計算書類及びその附属明細書、臨時計算書類ならびに連結計算書類を監査する権限があり(会社法396条1項前段)、このために、いつでも会計帳簿またはこれに関する資料を閲覧・謄写し、取締役や使用人に対して、会計関係の報告請求権限があります。会計監査人設置会社であったとしても、経理部門出身の監査役であれば、会計監査人とは別に会計帳簿や会計資料について、直接確認することを否定されるわけではありません。しかし、通常は、会計監査人設置会社の監査役は、会計監査人に会計帳簿の適正性を含めた個別の監査は任せて、会計監査人による監査の方法又は結果が相当でないと認めたときに、その旨及びその理由を監査役(会)監査報告に記載することで足ります(会社計算規則127条2号・128条2項2号)。

一方、会計監査人非設置会社の監査役は、自ら会計監査を実施した上で、計算関係書類が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかについての意見を監査役(会)監査報告に記載しなければなりません(会社計算規則122条1項2号・123条2項1号)。計算関係書類は、あくまでも会計処理の結果を表示したものですので、適正な表示か否かを判断するためには、会計帳簿とどう向き合うかが重要になります。

会社法上の大会社(資本金5億円以上又は負債総額200億円以上)は、会計監査人を設置しなければなりませんが(会社法328条1項・2項)※2、グループ会社等では、会計監査人非設置会社も数多く見受けられますし、会計監査人非設置会社の監査役を兼務している大会社の監査役も一定数存在しております。

そこで、本稿では、会計帳簿や会計資料の監査について、本件最高裁判決を参考にして、監査役の任務懈怠責任の観点から実務的な留意点を考えてみます。

Ⅱ 最高裁判決の概要と判旨

1. 事案の概要

本件は、非公開会社で一般製版印刷を業とする資本金9,600万円のX株式会社(原告・上告人。以下、X社)が、会計監査限定の監査役Y(被告・被上告人。以下、Y監査役)に対して、経理業務を行っていた従業員(以下、本件従業員)の横領によって被った会社の損害の支払を求めた事案です※3

X社の本件従業員は、平成19年2月から平成28年7月までの約9年半の間に、X社名義の当座預金口座(以下、本件口座)から自己名義の普通預金口座に合計126回にわたって総額2億3,523万円余を送金することにより横領を行っていました。本件従業員は、自己名義の口座に振り替えた金額を会計帳簿に計上しなかったために、会計帳簿上の残高は実際の残高と差異が生じることになりました。そこで、本件従業員は、横領の事実を隠蔽(いんぺい)するために、本件口座の残高証明書を都度、偽造するなどの行為に及んでいました。

Y監査役は、公認会計士及び税理士の有資格者であり、昭和42年7月から平成24年9月までの間、X社の監査役に就任していました。この間、Y監査役は各期において、X社の計算書類及び附属明細書の法定監査を実施していました。Y監査役は、各期の会計監査において、本件従業員から提出された残高証明書が偽造されたものであるとの疑いを持たないまま会計帳簿と照合した結果、計算書類等の表示と会計帳簿の内容が合致しているとしました※4

この結果、X社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示している旨の意見を監査役監査報告に記載していました。なお、平成19年5月期の監査の際に、Y監査役に提供された本件口座の残高証明書は、本件従業員によりカラーコピーで偽造されていましたが、平成20年5月期以後の残高証明書は、白黒コピーで偽造された写しでした。

その後の平成28年7月、取引銀行からの指摘を受けて、本件従業員の横領が発覚しました。そこで、X社は、Y監査役に対して、本件口座の残高証明書の原本確認等を行わなかったという任務懈怠があったことから本件従業員による継続的な横領の発覚が遅れてX社が損害を被ったとして、総額1億1,100万円(控訴審は8,996万円余)の支払を求めました(会社法423条1項)。

これに対して、第一審の千葉地裁は、X社の請求のうち、5,763万円余を認容※5したために、X社及びY監査役双方が判決を不服として東京高裁に控訴しました。東京高裁は、Y監査役の主張を認めX社の請求を棄却※6したことから、X社は最高裁に上告しました。

最高裁は、審理の結果、X社の請求を認めて原判決の判断を破棄し、審理を東京高裁に差し戻しました。

2. 本件最高裁判旨

本件最高裁判旨の重要な箇所についてそのまま引用いたします(下線は筆者による)。

「監査役設置会社(会計限定監査役を置く株式会社を含む。)において、監査役は、計算書類等につき、これに表示された情報と表示すべき情報との合致の程度を確かめるなどして監査を行い、会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかについての意見等を内容とする監査報告を作成しなければならないとされている(会社法436条1項、会社計算規則121条2項、122条1項2号)。・・・(中略)。

計算書類等が各事業年度に係る会計帳簿に基づき作成されるものであり(会社計算規則59条3項)、会計帳簿は取締役等の責任の下で正確に作成されるべきものであるとはいえ(会社法432条1項参照)、監査役は、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではない。監査役は、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである。そして、会計限定監査役にも、取締役等に対して会計に関する報告を求め、会社の財産の状況等を調査する権限が与えられていること(会社法389条4項・5項)などに照らせば、以上のことは会計限定監査役についても異なるものではない。

そうすると、会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うにあたり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではない。

・・・(中略)・・・。そして、Y監査役が任務を怠ったと認められるか否かについては、X社における本件口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らしてY監査役が適切な方法により監査を行ったといえるか否かにつき更に審理を尽くして判断する必要があり、また、任務を怠ったと認められる場合にはそのことと相当因果関係のある損害の有無等についても審理をする必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする」

Ⅲ 本件最高裁判決から何を学ぶか

1. 原審の判断との差異

原審の東京高裁は、会計限定監査役は、会計帳簿の内容が計算書類等に正しく反映されているかどうかを確認することが主たる任務であるとして、計算書類等の監査において、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかであるなど特段の事情のない限り、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認していれば、任務を怠ったとはいえないとしました。ここで、「特段の事情」の具体的な内容は示されていませんが、基本的には、計算書類等に表示された情報と会計帳簿の記載値を照合して合致していることを確認してさえいれば、会計帳簿そのものの適正性を確認することまでを監査役に要求するものではないとしています※7

一方で、最高裁は、会計帳簿の内容の信頼性の有無にかかわらず、単に計算書類等に表示された情報と合致していることを確認するだけでは、監査役としての任務を果たしたとは言えないとしている点が東京高裁の判断と異なっています。言い換えれば、最高裁は、会計帳簿の内容が正しいということを当然の前提とするのではなく、会計帳簿の虚偽記載の可能性も含めて、監査役として懐疑心を持って確認する必要があると判示しているといえます。

2. 本件の射程と実務上の留意点

本件は、会計監査限定監査役の事例です。しかし、会計監査人非設置会社の監査役は、何らかの方法で、自ら会計監査を実施する必要がありますから、本件最高裁判決の射程は会計監査限定監査役に限るものではないことに注意が必要です。そこで、以下、会計監査人非設置会社の監査役が会計監査を行う上で留意すべき点について、本件最高裁判決を踏まえて考えてみます。

(1) 会計帳簿の信頼性の確認

会計帳簿は、計算書類等の正確な表示につながる基礎資料となります。したがって、会計帳簿そのものが不備であったり、不実の記載があったりした場合には必然的に計算書類等は不正確なものとなります。会計監査において、会計帳簿の数値が正確に計算書類等に反映されているか否かについて相互に照合することは当然ですが、現在は会計システムを利用し、会計帳簿の数字をインプットしたり、もしくは会計帳簿そのものをシステム化したりし、人の手を介在しないで計算書類等の作成に当たっている会社も多く存在しています。このような状況下では、正確な会計帳簿であることが前提となって、初めて計算書類等の信頼性が担保され、会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示していることになります。

しかし、本件最高裁が判示したところによれば、監査役は、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではなく、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるとしています。言い換えれば、本件最高裁判決から監査役として留意すべき点としては、①会計帳簿と計算書類等が主要な部分で合致していることを確認するだけでは妥当でないこと、②監査役自身が会計帳簿の信頼性の判断を行う心証形成を行うこと、となります。心証形成の手段として、本件最高裁判決では、取締役等に報告を求めること、または会計帳簿の基礎資料を確かめることを例示しています。

監査役の実務では、会計帳簿の一部が紛失していたり、記載漏れが散見されるなど明らかに信頼性を欠いたりしているものであれば当然のことながら、そこまでの状況でなかったとしても、会計帳簿に不実の記載となり得る余地があるか否かを確認する必要があることになります。具体的には、経理担当が一人(本件事案)や少人数のみで対応しており、担当者の数及び事務処理能力の点から問題がある場合、長期配置のベテラン経理担当に長年実務を任せきりで定期的な人事ローテーションが行われていない場合、会計処理について、経理部門内でのチェック体制が機能していないなどの状況下であれば、会計不正が発生する可能性が高いといえます。したがって、監査役としては、このような会計不正発生の可能性の有無について、経理担当取締役・部長等から報告を受けたり、人事ローテーション等については、人事部門からもヒアリングしたりするなど、会計帳簿の信頼性についての心証形成を具体的に行うことが大切です。

(2) チェックリストや第三者の活用

財務・会計に知見のある監査役であれば、会計帳簿の基礎資料を直接確認したり、サンプリングチェックなどを通じて確認したりすることが可能と思われます。他方、営業出身の監査役等、財務・会計の知見が必ずしも十分でないと自覚する場合には、会計監査のためのチェックリストを活用することが考えられます※8。チェックリストで記載された項目に沿って、自ら確認することになります。チェックリストにおいて、原本で確認等をすべきとの指示がある場合には、提出された基礎資料がコピーでないか十分に確認する必要があります。

また、全てを監査役自身で直接行うのではなく、第三者の活用も考えられます。会計監査人非設置会社の監査役が、公認会計士や税理士等の有資格者に対して任意の会計監査を依頼することも十分にあり得ます。その際、期末時期のみに限定するのか事業年度を通じて必要に応じて監査を委託するのか、もしくはアドバイザリー契約を締結して都度、指示を仰ぐ形態とするのか、自社の経理部門の体制状況や費用との関係で決定することになります。会社全体としても、会計不正が発生することは絶対に回避しなければなりませんし、公認会計士等に委託する報酬は、監査役からみれば監査費用に位置付けられますので、執行部門はその支払を法的には拒否できません(会社法388条)。公認会計士等に委託することは、監査役が自らの職責を放棄したことになるのではないかと懸念する向きもあるかもしれませんが、財務・会計に知見のある有識者を活用するという判断は、善管注意義務を果たすための一環であり、また公認会計士等による監査の方法や結果を監査役自身が説明を受けて、必要に応じて執行部門に是正を申し出ることなどを行えば、監査役としては十分に職責を果たしていると考えられます。

なお、グループ会社の監査役であれば、親会社の経理部門や内部監査部門によるグループ会社へのヒアリングやモニタリングなどに同席したり、それらの結果報告を受けたりすることも一つの手段としてあり得ます。

Ⅳ おわりに

コーポレートガバナンス・コードでは、「監査役には、適切な経験・能力及び必要な財務・会計・法務に関する知識を有する者が選任されるべきであり」と記載されています(原則4-11)。財務・会計の知識は、会計監査について会計監査人設置会社であるか否かを問わず、監査役として計算書類及びその附属明細書の会計監査結果を監査報告にまとめなければならないこと、法務に関する知識は、取締役の法令・定款違反について同様に監査報告にまとめる職責がある以上、コーポレートガバナンス・コードの記載は肯定できます。

しかし、今回紹介した事例の監査役は、公認会計士・税理士の有資格者であったにもかかわらず発生した事案であることを考えると、経理部門の実務体制や社内のチェック体制など、財務・会計の専門的知識とは別の内部統制システムの体制整備状況の確認も重要となります。特に、会計監査人非設置会社の監査役としては、計算書類と会計帳簿の内容の照合等の監査と併せて、リスク管理の観点から会計帳簿の信頼性を判断することが肝要です。

なお、内部統制システムの視点を重視すべきということは、財務・会計の領域に限らず、法定書類や重要な契約書等の監査を行う際にも、これら書類の信憑性を判断する上で同様に重要であることを監査役として留意しておくべきです。この点からも、この度紹介した最高裁判例は、会計監査人設置会社の監査役にとっても、参考にすべき事案であると言えます。

※1 非公開会社の監査役であれば、定款に定めれば会計監査に限定することも可能である(会社法389条1項)。

※2 非大会社であっても、会計監査人を設置することは可能である。

※3 X社は、Y監査役以外に横領した従業員にも損害賠償の支払を請求したが、事件発覚後、当該従業員は死亡したために、最終的には、Y監査役のみが被告となった。なお、本件では、取締役と監査役の連帯責任ではなく、監査役のみに損害賠償の支払請求を行っていることの妥当性も論点としてはあり得る。

※4 実際の実務は、Y監査役が代表を務める会計事務所の所員が補助者として行っていた。

※5 千葉地判平成31年2月21日金融・商事判例1579号29ページ

※6 東京高判令和元年8月21日金融・商事判例1579号18ページ

※7 東京高裁の判決については、研究者の間では否定的な意見が多い。弥永真生「判批」『金融・商事判例』No.1582(2020年)2~6ページ、受川環大「判批」『新・判例解説Watch』商法No.129(2020年)4ページ、滿井美江「判批」『金融・商事判例』No.1598(2020年)2ページ・5~6ページ。

※8 一例として、日本監査役協会が公表しているチェックリストがある。日本監査役協会「会計監査人非設置会社の監査役の会計監査マニュアル(改訂版)」『月刊監査役』1月臨時増刊号No.794(2020年)。また、参考書籍として、EY新日本有限責任監査法人編『監査役監査の基本がわかる本(第4版)』同文舘出版(2021年)80~98ページ参照。

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