米国における非財務情報開示の動向と経理財務部門に期待される役割

米国における非財務情報開示の動向と経理財務部門に期待される役割


情報センサー2021年11月号 JBS


EY新日本有限責任監査法人 ニューヨーク駐在員 公認会計士 諸星国彦
当法人入所後、IFRS適用企業を含む上場企業の会計監査および外資系企業の日本法人の会計監査(IFRS、米国会計基準)に従事。2019年9月よりEYニューヨーク事務所に駐在し、日系企業および現地企業の監査業務に従事している。

Ⅰ はじめに

欧州諸国と同様に米国でも気候変動およびESG(Environmental, Social, and Governance)問題に関する情報開示に係る規則制定に向けた動きが加速しています。SEC(U.S. Securities and Exchange Commission)は、2021年3月に気候変動開示に関するパブリックコメントを募集し、500以上の意見を専門家などから受領しています。本稿では、非財務情報開示に関連する米国の動向と、その中で今後経理財務部門に期待されるであろう役割について解説します。

Ⅱ 米国における最近の動向

20年にEYが投資家に対して実施した非財務情報の評価に関する調査では、<図1>に示す通り、投資判断に際して非財務情報開示に関する体系的な評価を行っているとの回答(黄色部分)が18年調査時の32%から72%に増加しました。

図1 投資家の非財務情報の評価に関する調査

投資家が、企業への投資プロセスにおいてESG関連の非財務情報に関する評価を導入する流れは、ESGに関連する無形資産が新たな経営資源として注目され、持続的な企業価値向上の指標となっていることに他なりません。米国においても、SECは20年8月にRegulation S-K(米国証券法に基づく財務諸表以外の開示に関するSECの要求事項)を改定することを公表し、同第101項(c)を修正して、Form 10-K(年次報告書)における人的資本(human capital)に関する開示を義務化しました。なお、人的資本については、ESGのSocialに含まれる項目であると考えられます。当該修正により、企業は、以前から開示が要求されていた従業員数に加え、企業の事業を理解するために重要な範囲において人的資本に関する説明、および事業経営を行う上で重視している人的施策や目的の説明(例えば、人材の採用、育成、維持に関する事項など)が求められることになりました。

21年に入り、SECの非財務情報開示に関する取り組みはさらに加速しています。SECは21年2月に、初めてESGの専門家をSenior Policy Advisorとして採用し、また、同月に気候関連の開示に関する10年版SEC指針の遵守状況を評価し、同指針の内容を更新していくことが指示されました。3月4日には、SECが気候・ESGタスクフォースを設置したことを公表し、気候とESGに関連する開示の審査を強化することが発表されています。さらに、3月15日には、気候変動開示に関するパブリックコメントの募集が発表され、専門家などから広く意見の募集を開始しました。この意見募集では、15の質問項目が掲げられており、主なものとして、より広範なESG開示を義務付けるためにSECが行うべきこと、国際的な規制団体の既存の基準に準じるべきか新たな基準を作るべきかという点、開示義務の内容、開示はどこにどのように行われるべきであるかという点、開示に保証が付されるべきであるかという点などの観点からの質問が挙げられています。パブリックコメントの募集期間は6月15日で終了し、SECが寄せられたコメントをレビューし、今後何らかの提案がなされる予定です。

Ⅲ 経理財務部門に期待される役割

1. 基礎データに関するコントロール

これまでも多くの企業が気候変動やESGに関する一定の開示を任意で行っています。現状、そのような開示のプロセスオーナーは、広報や法務、人事部、あるいは環境推進室といった部門が担っており、経理財務部門の関与は限定的かと思われます。他方で、今後は情報開示の義務化などに伴い、開示情報を作成する過程でより経理財務部門の関与が必要とされる可能性があります。開示情報の基礎となるデータは目的適合的であって、正確かつ網羅的なものである必要があります。この点、会社の中で数値的なデータの収集、保全、処理、または編集などのプロセスに最も精通している部署は経理財務部門かと思われます。経理財務部門のそのようなスキルセットが非財務情報開示プロセスを効果的かつ効率的なものとし、さらには情報の信頼性を高めることが期待されます。<図2>はESGストラテジーの一般的なサイクルを示しますが、黄色部分については、経理財務部門の効果的な関与が期待されます。

図2 ESG strategy as a continuous improvement process

2. 内部統制

気候変動開示などに関する内部統制の整備運用がどの程度の水準で求められるかという点について、具体的な検討はまだなされておらず、対象となる非財務情報の開示が、例えばForm10‐Kのような年次報告書など、どこで求められるかによっても異なるかもしれません。この点については、今後、気候変動やESG関連開示の義務化が議論される中で併せて検討されると思われます。内部統制の整備運用が明示的に求められるようになった場合、経理財務部門はSOX法対応などで得られたノウハウを活用して、経営者評価の観点から、関連文書の作成やコントロールの適切な整備・運用、有効性評価などの点において効果的な役割を果たすことが期待されます。

3. 第三者保証

最後に、非財務情報に関する第三者保証について触れます。現状は、非財務情報について第三者保証は求められていません。他方で、一部の非財務情報(温室効果ガスの排出など)について任意に第三者のレビューや合意された手続きなどによる限定的な保証を得ている企業もあります。この点、AICPA(American Institute of CPAs)とCAQ(Center for Audit Quality)は、21年2月にロードマップ(ESG reporting and attestation:A roadmap for audit practitioners ― February 2021)を公表し、ESG開示や関連するリスク、法的考慮事項などについての議論を行っています。将来的に、非財務情報について何らかの第三者保証を得ることが一般的な実務慣行や要求事項となった場合、経理財務部門には会計監査や内部統制監査などにおける対応ノウハウがあることから、これらのノウハウを活用して保証業務に関する効果的な受査体制の構築における役割が期待されます。

Ⅳ おわりに

SECが実施した気候変動開示に関するパブリックコメントの募集の結果を受けて、米国では今後ますます非財務情報の開示に関する議論が具体化してくると考えられます。その中で、経理財務部門も監査委員会やマネジメントにより、開示情報作成のための基礎データのコントロール、内部統制評価、および保証業務対応といった観点から、積極的かつ重要な役割を担うことが期待されます。わが国においても欧州や米国の動向を受けて、同様の議論がより活発になりそうです。本稿が少しでも参考になれば幸いです。


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2021年11月号
 

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

 

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