新たなEU炭素国境調整メカニズム(CBAM)とEU排出量取引制度改正に関する最終規則が公布される:CBAMの移行期間は2023年10月1日から開始

  • 2023年5月16日に、欧州連合(EU)排出量取引制度(EU ETS)の改正と新たなEU炭素国境調整メカニズム(EU CBAM)に関する規則がEU官報で公布された。
  • EU CBAMでは、2023年10月1日から2025年12月31日までが移行期間とされ、四半期ごとの報告義務のみが課せられるが、2026年以降は、CBAM証書の購入が義務付けられる。
  • EU ETSは航空および海運業界に拡大され、新たに創設されるEU排出量取引制度(EU ETS II)では輸送用および暖房用燃料が対象になる。
  • EU ETSに基づく無償割当枠は、2026年から段階的に廃止される。
  • (EU加盟国およびEU非加盟国の)企業は、潜在的な影響を評価し、今年後半から課される新たなCBAM報告義務に備えることが必要である。

 

エグゼクティブサマリー

2023年5月16日に、欧州連合(EU)排出量取引制度(EU ETS)改革と新たなEU炭素国境調整メカニズム(CBAM)に関する法的規則がEU官報で公布されたことで、重要なマイルストーンを通過しました。

当初2021年7月に発表されたCBAMとEU ETS改革が含まれているEUの「Fit for 55」パッケージは、欧州が2030年までに排出量を1990年比で少なくとも55%削減するための重要な実現手段と考えられています。この目標は欧州気候法(European Climate Law)に規定されており、2050年までに温室効果ガス(GHG)排出量を実質ゼロとする気候中立(クライメイト・ニュートラル)を達成するための、より広範な欧州グリーンディール戦略の一環でもあります。

CBAMの移行期間は2023年10月1日から開始し、2025年12月31日に終了する予定となっていますが、移行期間中には四半期ごとに排出量の報告義務が課せられます。対象企業は、今年後半から適用される新たなコンプライアンスや報告の義務への適合準備を進めることや、中長期的なプロセスやコストへの影響を評価し始めることが必要です。

CBAMの主要原則

EU CBAMは、EU ETSの下で炭素排出コストが賦課されるEU域外からの輸入品とEU域内の生産品に対して同等のカーボンプライシングを実現することにより、カーボンリーケージ(EU域内市場が炭素効率の低い輸入品に脅かされ、域内生産が減少すること)のリスクに対処することを目的とした気候対策です。EU ETSはEU域内に拠点を置く施設および特定の生産プロセスや生産活動に適用されますが(以下で詳説するように、適用範囲は拡大される予定)、CBAMはEU域内に輸入される特定の製品に適用されます。

対象製品の範囲

CBAMは以下の製品カテゴリーに適用されます。

  • カオリン、およびその他のカオリン系粘土(焼成されたもの)
  • セメント、アルミナセメント、セメントクリンカー等
  • 肥料(アンモニア、硝酸、スルホ硝酸等)
  • 塊成化された鉄鋼石および精鉱
  • 広範囲な鉄・鉄鋼製品(一部の合金鉄、スクラップ鉄等を除く)が対象
  • 鉄・鉄鋼製品には、ねじ、ボルト、ナット、コーチボルト、ねじフック、リベット、コッター、コッターピン、座金(ばね座金を含む)、およびその他これらに類する鉄・鉄鋼製品などの川下製品が含まれる
  • アルミニウム構造体およびその部品
  • 特定のアルミニウム製貯留容器、タンク、バット、コンテナ
  • アルミニウム製の撚り線、ケーブル、組ひもその他これらに類するもの(電気絶縁をしたものを除く)
  • その他のアルミニウム製品
  • 水素
  • 電気エネルギー

今回の製品リストは、本規則案の初版における製品リストに比べて対象が大幅に増加しており、原材料や半製品だけでなく、川下製品も含まれています。このため、より多くの企業にリストの内容が適用されることになります。

政治的議論では、EU ETSの対象となる製品がEU域内で生産されている場合には、EU ETS対象の製品カテゴリーをすべてカバーするために、2030年までにCBAMの適用をさらに拡大することが支持されているように思われます。その場合、適用対象にポリマー、さまざまな化学物質、鉱物油製品、紙・パルプ、およびその他のカテゴリーが含まれることになるでしょう。

移行期間:2023年10月1日から2025年12月31日

2023年10月1日から2025年12月31日までの移行期間には、以下の移行規定が適用されます。四半期ごとに排出量の報告義務が課せられますが、CBAM証書の購入は任意となります。輸入者(関税申告者、関税代理人)は、暦年四半期に輸入された製品の内包排出量を四半期ごとに報告することが義務付けられることになり、その場合、直接排出量と間接排出量、さらに第三国で実質的に支払われた炭素価格(カーボンプライス)について詳細に報告することが求められます。

注目すべき点は、2024年12月31日以降に適用対象製品の輸入資格を有するためには、輸入者は「認定CBAM輸入者(authorized CBAM declarant)」の地位を持っていなければならないということです。

仕組み

新しいCBAM規則の下では、輸入者は、特定の暦年に輸入された製品に内包される検証済みの温室効果ガス(GHG)総排出量を報告することが求められます。2025年末に終了する移行期間以降、2034年までCBAM課徴金の負担が段階的に増加していくなど、CBAMの財務的影響は徐々に拡大していきます。原産地で支払われた炭素排出コストは、当該コストの支払いを証明する証拠を提供できる場合に限り、CBAM課徴金の支払いから控除することができます。

CBAM課徴金の支払いは、EU ETS排出枠オークションの終値の週平均値に基づいて価格が設定されるCBAM証書の購入と償却を通じて進められます。

輸入者のCBAM登録簿(レジストリ)の管理口座に記録されるCBAM証書数は、暦年各四半期末において年初からの輸入製品の内包排出量の少なくとも80%以上に相当していなければなりません。輸入者は、年1回CBAM申告書を提出することに加え、暦年に輸入された製品の内包排出量に正確に対応するCBAM証書数を償却しなければなりません。

内包排出量の定義

CBAM課徴金は指定された製品カテゴリーの内包排出量に相当しており、申告すべき内包排出量の定義は間接排出量にまで拡張されています。排出量の申告は、実際の排出量に基づいて行うことができ、EU規制当局が提供するスキーマに基づいて算定する必要がありますが、その詳細はまだ確定していません。とはいえ、2023年夏には、さらなる詳細を含む施行法が公表される見込みです。

実際の排出量を申告する場合には、独立した検証機関による認定を受ける必要があります。実際の排出量が入手できない場合は、特定の国または地域で製造された特定の製品の平均排出量を反映した標準「デフォルト」値を使用します。こうした標準値を決定するための信頼できるデータが入手できない場合、EU委員会は、EU域内の最も性能の低い施設のデータに基づいてデフォルト値を決定します。施行法に関する追加のガイダンスは2023年夏に公表される見込みです。

適用除外および拡大された回避行為の例示

スイス、リヒテンシュタイン、アイスランドおよびノルウェーでは、CBAMは非特恵原産地の製品には適用されません。最大150ユーロまでの低価格貨物や特定の軍事品輸入など、適用除外とされるものはごくわずかです。

回避行為として、現在は下記のような行為が公に例示されていますが、これらに限定されるものではありません。

  • 製品にわずかな変更を加え合同関税品目分類表(Combined Nomenclature)の分類を変えようとする行為
  • 出荷を人為的に分割し、上記CBAM適用除外の恩恵を受けようとする行為

EU ETSの主要な変更点

現行制度の大きな変更点の一つに、無償割当枠の段階的廃止があります。実質的に、2026年から2034年にかけて、EUの製造業者に対する無償割当枠は逓減し、その結果、従前と変わらないプロセスで製造する場合、企業の製造コストは増加することとなります。

以下の割合で無償割当枠は段階的に廃止されます。

年度

2026

2027

2028

2029

2030

2031

2032

2033

2034

割合

2.5%

5%

10%

22.5%

48.5%

61%

73.5%

86%

100%

さらに、EU ETS改正による変更点には以下のものが含まれます。

  • 排出削減に向けて2030年までに2005年比62%削減を達成するという、全体的に高い目標を目指す
  • 毎年の排出上限(キャップ)の削減率を、2024年から2027年まで年率4.3%、2028年から2030年までは年率4.4%に引き上げる
  • EU域内の排出枠の総量を2024年に9,000万トン(二酸化炭素(CO₂)換算)、2026年に2,700万トンそれぞれ削減する
  • 市場安定化リザーブ(MSR)から市場へ排出枠を自動的に放出するなど、過度な価格変動に対するメカニズムを強化する。EU ETSの排出枠の24%をMSRに配分し、市場における排出枠の供給と需要の不均衡に対処する
  • 特にエネルギー監査や、場合によっては気候中立(温室効果ガス(GHG)の排出実質ゼロ)計画など、無償割当枠の恩恵を受ける設備に対する条件付き要件を強化する
  • 発電設備に対する適用除外を廃止し、代わりにエネルギー部門の脱炭素化を支援する近代化基金(Modernization Fund)に充当する
  • 航空分野におけるEU ETSの適用範囲を拡大する
    • EU ETSが欧州域内便(英国およびスイスへの出発便を含む)に適用される。また、CORSIA(国際民間航空のためのカーボンオフセットおよび削減スキーム)は、2022年から2027年にかけて、CORSIAに参加する第三国との間のそれ以外の欧州便に往路復路ともに適用される
    • CORSIAによるカーボンオフセットにもかかわらず、世界の航空排出量が2019年水準の85%を超える水準に達する場合には、欧州の航空会社は、CORSIA参加国での排出削減への投資から生じるカーボンクレジットに対応する割合でこれをオフセットしなければならない
    • 航空部門への無償割当枠は2026年までに段階的に廃止される。無償割当枠は2024年に25%、2025年には50%それぞれ削減される予定である
  • 2024年1月1日から2030年12月31日までの間、化石燃料と適格な航空燃料との間に残存する価格差の一部をカバーするために個々の航空機運航業者への配分用にCO₂換算で2,000万トン相当の排出枠を留保する
  • 2024年からEU ETSの適用範囲を海上輸送に拡大する
    • 段階的導入:EU ETSの適用範囲は、2024年に検証済み排出量の40%に拡大され、さらに2025年には同70%、2026年に同100%にそれぞれ拡大される予定
    • ほとんどの大型船舶は当初からEU ETSの対象とし、その他の船舶は「MRV規制」(CO₂排出量の監視、報告、検証)の対象とし、後の段階でEU ETSに含める
    • 合意は地理的な特殊性を考慮する
    • 非CO₂排出量(メタンおよび亜酸化窒素)は、2024年からMRV規制に、2026年からはEU ETSに含まれる予定
  • 2028年からEU ETSに都市ごみ焼却施設を含めることの実現可能性を、2026年までに分析する
  • 2027年(または市況に応じて2028年)までに、以下のように建物と道路交通を並行炭素市場(EU ETS II)の対象とする:
    • 建築物の暖房、道路輸送、その他特定のセクターへ燃料を供給する販売業者に適用する
    • 削減率を2024年から5.10%、2028年から5.38%へと段階的に増加させる
    • 初年度は若干の「前倒し」が予想される
    • 1トン当たりの炭素価格が90ユーロを超えた場合、1年遅れる可能性がある
    • 少なくとも2030年までは1トン当たり45ユーロを上限とする
    • 供給者に国レベルで排出枠のオークション価格と同等以上の炭素税が課されている場合、一時的な免除を可能とする
    • 小規模な供給者に対する要件を簡素化する

輸出リベートや炭素支払いの払い戻しはない点に留意することが重要です。炭素市場からの収益はすべて気候・エネルギー関連プロジェクトに使用されます。

さらに、新しいEU社会気候基金(Social Climate Fund)が2026年に創設される予定となっています。

  • 公平で社会的に包摂的(インクルーシブ)な気候変動対応への移行を確実にするために、エネルギーと交通・輸送の貧困によって特に影響を受ける脆弱な世帯、零細企業、交通利用者を支援するように設計されている
  • EU ETS II排出枠オークションを通じて最大650億ユーロの資金を調達し、さらに25%が各国の拠出によって補われる
  • 総額867億ユーロに達する見込み

企業への影響

CBAMとEU ETS改革は、EU域内の企業のみならず世界中の企業に対して、オペレーション面や戦略的意思決定の面で影響を及ぼします。その影響は直接的にも間接的にも起こりうるものです。バリューチェーン(価値連鎖)とサプライチェーン(供給網)にまたがる包括的なアプローチが求められます。

EU ETSの対象となるEUを拠点とする事業者は、従来型燃料の使用を継続するのであれば、炭素排出コストの増加への対策を講じる必要があります。このように、GHG排出量の多い企業にとっては、炭素排出コストの増加がEU域内のみならず世界中の市場での競争に影響を及ぼす可能性があります。EU ETS IIが新たに施行されることに伴い、従来型燃料の価格がさらに上昇し、EU ETS IIの対象セクターでは変革の必要性が促されることになるでしょう。EUとEU加盟国各国が移行期において企業を支援するために大規模な各種の助成金やインセンティブのプログラムを提供していることは注目に値します。また、炭素市場から得られる追加的収入がEUイノベーション基金を通じて、特に革新的な低炭素技術に投資する企業に対して、さらなる資金調達の機会をもたらすことになるでしょう。

当面必要な対策

CBAMの移行期間は2023年10月1日に開始される予定であり、新たな四半期ごとの報告義務に備えるための迅速な対応が必要です。注目すべきことは、EU加盟国の事業者だけでなく、EU非加盟国の製造業者や貿易業者も同様にCBAMの要求事項を検討する必要があることです。

とるべき対策は次のとおりです。

  • 部門間の枠を超えた対応が不可欠であることから、本制度の管理・運営に関する責任を社内で割り当てる
  • CBAMの対象となるEUの輸入品を特定する
  • 移行期間における報告義務への対応準備(製造場所での内包排出量や炭素価格についての必要なデータに関してデータギャップを評価するなど)

さらに、戦略的な観点から、企業は現在のサプライチェーンに基づいてCBAMとEU ETSの潜在的な財務的影響を評価し、可能な限り、適切な緩和措置を講じるべきです。また、エネルギー税や電気税の分野において見込まれるその他の変更(エネルギー課税指令の改正等)も検討する必要があります。

輸入製品の内包排出量削減に向けた技術的な改善を達成するために、サプライチェーン構造、調達戦略、企業の合併・買収(M&A)活動、生産計画、投資計画などを見直すこともこれらの対策に含まれます。

特に2023年夏には施行法の実施が見込まれることから、企業は今後の動向を注視していくことが重要です。


お問い合わせ先

岡田 力 パートナー

上田 理恵子 パートナー

古市 泰之 シニアマネージャー

Joris van Huijstee シニアマネージャー

※所属・役職は記事公開当時のものです