EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
2022年6月8日、欧州議会は、EU排出量取引制度(以下、「EU ETS」)の改正案、新しい炭素国境調整メカニズム(以下、「CBAM」)および社会気候基金等からなる気候変動関連の包括法案を否決しました。
当該議会における主要な争点の一つは、EU ETS規制の改正の一環である、EU内の特定の産業に与えられているCO2排出量の無償割当の段階的廃止計画でした。社会民主進歩同盟1と緑・欧州自由同盟2は、当該議会において、現在の包括法案から期待できる規制は欧州委員会の「Fit for 55」3政策パッケージの文脈で設定された気候変動に関する野心を十分に達成しておらず、また、欧州議会の環境・公衆衛生・食品安全委員会(ENVI)の手続きにおいて、重要な点が著しく希薄化されたとの主張を展開しました。
今回の包括法案の否決は、「Fit for 55」政策パッケージを撤回するものではなく、また今後の実施スケジュールの大幅な遅れを示唆するものでもないことに留意する必要があります。
現在、包括法案は欧州議会委員会に差し戻され、欧州議会メンバーの過半数によるコンセンサスを達成することを目標に修正されることとなります。当該目標の達成には、EU ETSとCBAMを担当する委員会の間で、より野心的な規制に合意し、整合性を取る必要があります。
一部のメディアは、2022年夏の終わりまでに新しい法案が欧州議会で投票できるよう策定される可能性があると報じています。他方で、立法手続き上、欧州議会での採決が可決された後にEU加盟国の代表者との別途交渉が必要となること、また、(一部の)EU加盟国が再び特定の産業界において有利な立場となる可能性があることを踏まえると、これらによる多少の遅延が発生する可能性があります。
今回の欧州議会の議決により、現在計画されているCBAMの実施時期の不確実性が増大したと言えます。例えば、輸入品に含まれる含有排出量の報告義務が発生するCBAM移行期間は、当初2023年1月1日の開始が予定されていましたが、予定通りの開始となる可能性は低いと思われます。今後欧州議会とEU加盟国がコンセンサスに達し、議題を迅速に前進させることができれば、当該移行期間が2023年内に開始される可能性がある一方で、欧州議会とEU加盟国の交渉段階で意見の相違が続く場合、数年遅れる可能性があります。
気候変動関連の包括法案が再策定され、それに続く政治的議論が行われれば、EUの脱炭素対策の実現時期、およびそれに応じた企業の準備時期についてより明確な示唆が得られることになります。直近でEY が携わったCBAMおよびEU ETSのインパクトアセスメントなどのクライアントプロジェクトの経験から、複雑な組織がCBAMへの準備(サプライチェーンやITシステム機能等の変更を含む)を整えるために、数カ月から数年かかる可能性があると考えられます。最近の議論および欧州議会の決定において、EU ETSとCBAMの制度上のメカニズムは問われていないことから、今後も同等の準備時間が必要と考えられ、企業は早期からの準備を検討する必要性があります。
EUのエネルギー・温暖化政策の目標は、排出量を削減し、全体的な気候目標を達成することが緊急に必要であることを反映しており、非常に明確です。実施時期等いくつかの点については不確実性が残りますが、企業はその動向を注意深く監視し続け、影響の分析を開始することが重要です。
また、この影響はEU域内にとどまらず、企業のグローバルな調達および流通体制全体、さらには取得データや報告要件にまで及ぶと考えられます。また、製造過程で発生する炭素排出量が企業にとって追加コストとなった場合、当該コストにより製品競争力、調達、サプライチェーン、投資戦略および企業価値等様々な分野に影響が及ぶ可能性があります。したがって、企業はこの変化に積極的に向き合い、ビジネスモデルを調整する準備を進めていく必要があります。
「Fit for 55」政策パッケージおよびCBAM については、下記EY税務アラートをご参照ください。
なお、これまでの経緯は、CBAMに焦点を当てたウェブキャスト((1)&(2)、英語のみ)でも概説されています 。
巻末注
関谷 浩一 パートナー
岡田 力 パートナー
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