旬刊経理情報 連載『女性リーダーからあなたへ』 第83回 心身の悩みを周囲に打ち明けられるために

松下 結妃
一般社団法人Allyable 代表理事


Entrepreneurial Winning Womenの企画・協力で、旬刊経理情報に『女性リーダーからあなたへ』を連載しています。2024年3月10日号に掲載された記事をご紹介します。


「こんな私が、フルタイムでまともに働けるわけがない」―これは、私が就職活動を控えた2016年の夏、日記に書いていた一文です。当時大学院の卒業を控えていた私は、高校2年生から苦しんでいた摂食障害の闘病真っただ中でした。

摂食障害とは、食べられない拒食、食べ過ぎてしまう過食、そして食べた後の罪悪感から排出行動(自己誘発嘔吐や下剤乱用等)を行うなど、食事の異常行動を伴う心の病気です。アメリカでは全人口の約9%、日本では16~23歳女性の有病率が約13%程度といわれるほど、罹患者の多い疾患ですが、日本においては適切な治療にアクセスすることは容易ではありません。専門家が少ない、日本の精神科医療がひっ迫している…等さまざまな背景がありますが、やはり一番の原因は正しい社会的認知が低いために、周囲に打ち明けられないことにあると思います。

私自身、友達やパートナーと楽しく食事を終えた後に「実は吐いてしまっている」なんて言い出すことはできず、ほぼ誰にも相談できないまま闘病していました。人と食事を楽しめなくなってからは、自分の心身はもちろん人間関係もボロボロになり、バイトも大学の授業も休みがちになりました。そんなとき、就職活動を目前にして絞り出したつぶやきが、冒頭のセリフです。「こんな私が、フルタイムでまともに働けるわけがない」。もしかしたら非正規雇用で転々と職場を変えながら、時に貧困に苦しみ、誰かと関係を築くことすら出来ないのかも…限られた学生の知識で、そんな暗い未来ばかりを思い描いていました。

今では、約8年間の闘病生活を経て摂食障害を克服し、外資系企業で戦略人事として就業しながら、社外で一般社団法人を立ち上げ、摂食障害治療支援サービスの運営を行っています。もし克服できていなかったら、今見ている景色はまったく違うものになっていたはずです。

たとえ病気の種類は違っても、誰にも言わずにひっそりと苦しみ、キャリアと自身の疾患の間で葛藤を抱える方々はたくさんいらっしゃると思います。今話題のパパママの産後うつや更年期、ガンなどだけではなく、潜在的な悩みはあるはずです。そんな当事者の声なき声を顕在化させ、社会を変えていけるのは、原体験のある個人です。私自身、体験をもとに声を上げるのはとても勇気が必要でしたが、声を上げたら同じように悩み、社会を変えたいと願う仲間が見つかりました。そんな仲間と一緒なら、自分の踏み出した小さな一歩を、社会を動かす大きなうねりにしていくこともできるはずです。

同時に、自分の身の回りのひっそりとした悩みに誰もが想像を膨らませてほしいと思います。今自分が当事者性を感じられない課題も、あなたの職場やご家族、友人など身近な誰かが実は苦しんでいる可能性がある。その方が声を上げたときに、一番の心強い味方になってほしいのです。

摂食障害を含むさまざまな心身の健康に悩まされる方が、希望を捨てずにキャリアを歩むことが出来る未来に辿り着けるよう、当事者として、また周辺者として、一緒に歩んでいただけたら嬉しいです。



松下 結妃

松下 結妃(まつした・ゆいき)
一般社団法人Allyable 代表理事

略歴

早稲田大学大学院日本語教育研究科卒業。自身の摂食障害闘病経験や大学院での日本語教育現場での経験から「生きづらさを感じる全ての人が、自分や自分の所属コミュニティを好きになれる仕組みやきっかけを作れる人になりたい」というライフミッションを掲げ、新卒から人事のキャリアを志す。2017年4月から外資系消費財メーカー人事部に配属され、多様な組織の人事戦略立案・実行の他、全国的な障がい者雇用を担当してきた。自分の問題意識の中枢にある摂食障害に直接対峙したいという想いから、摂食障害治療支援事業を運営する一般社団法人Allyableを立ち上げ、現在は大企業勤務と起業家というパラレルキャリアを歩んでいる。


EWWライブラリー

女性経営者・エグゼクティブに役立つ情報を提供します。
「これだけは知っておきたい!シリーズ」ビジネスプラン入門編・税務入門編・管理入門編・会計入門編と、Entrepreneurial Winning Women の企画・協力で旬刊経理情報に連載されている『女性リーダーからあなたへ』のコラムをご紹介します。