組織再編に伴う労働関係の調整に関する議論

企業の資金調達実務に大きな影響をもたらす「企業価値担保権」の導入に関連して、今般、労働関係の調整の観点からも重要な法改正の動きがあります。そこで、企業価値担保権の概要を簡潔にご説明しつつ、今回問題となる、企業価値担保権実行時における事業譲渡とそれに伴う労働関係の調整に関する新たな整理について、企業側で必要な対応も含め解説いたします。


1. 企業価値担保権の概要

企業価値担保権とは、無形資産を含む事業全体を担保目的とする新しい担保権制度を指します。わが国における従来の融資実務は不動産担保や経営者保証に過度に依存してきた一方で、近時は産業構造の変化に伴い、スタートアップ企業を中心に、技術やノウハウ、顧客基盤等の無形資産を競争力の源泉とする企業が増加してきました。このような状況の中、「事業性融資の推進等に関する法律」(以下「事業性融資推進法」と言います)が制定され、無形資産を含む企業の事業価値に着目した新たな担保権制度として期待される企業価値担保権の導入が図られることとなりました(なお、事業性融資推進法は、2026年5月25日の施行が予定されています)。


2. 担保権実行時における事業譲渡等と労働者保護

企業価値担保権については、担保権の設定を受ける企業が債務不履行に陥った場合における担保権の実行について、裁判所から選任された管財人が主導し、原則として事業譲渡の方法により、スポンサーとなる第三者へ事業自体を承継させることとなります(事業性融資推進法第157条1項)。

この点、通常の事業譲渡の場合には、事業譲渡について使用者である企業が各労働者から個別に承諾を得る必要がありますが(民法625条1項)、譲渡対象となる事業の価値を維持・向上させるためには、各労働者から十分に理解を得た上で労働関係を承継させることが不可欠と考えられます。加えて、企業価値担保権の実行の場面において当該企業は経営的に厳しい状況に置かれているところ、スポンサーへの事業譲渡は労働者にとって雇用の安定に資する側面もあります。

上記の観点を踏まえ、事業譲渡における労働契約の承継に必要な労働者の承諾を実質的に担保し、併せて労働者と使用者との間での納得性を高めることを目的として、「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」(以下「事業譲渡等指針」と言います)の一部改正が行われることとなりました。


3. 事業譲渡等指針の改正内容

事業譲渡等指針の改正については、「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針の一部を改正する件」(令和8年厚生労働省告示第11号)が2026年1月20日に告示され、同年5月25日から適用されることとなっています。主な改正内容は以下のとおりです。


(1)管財人が行うべき事項:改正事業譲渡等指針第2 3(1)

①団体交渉その他の権利行使に必要な情報の労働者への提供

事業性融資推進法においては労働組合に対して団体交渉等の権利行使に必要な情報を提供することの努力義務が定められていますが(事業性融資推進法第122条)、改正事業譲渡等指針では個々の労働者に対しても上記の情報を提供すべきことが指摘されています。


②労働組合からの団体交渉の申入れに対する誠意ある対応

管財人は、企業価値担保権の実行手続きにおいて、一時的に労働組合法上の使用者の地位を承継すると解されています。そこで、会社の労働組合から団体交渉の申入れがあった場合には、当該労働組合と誠意をもって交渉に当たらなければならない旨指摘されています。


③労働者及び労働組合等との協議等

事業譲渡に当たり、会社の労働者や労働組合との間で協議を行うべきことも指摘されています。具体的には、事業譲渡を行う背景や理由、対象企業や承継先のスポンサーにおける債務の履行の見込みといった事業譲渡に関する全体の状況に加え、承継先のスポンサー企業における労働条件(労働者との協議の場合)や承継予定労働者の範囲、労働協約の承継(労働組合との協議の場合)といった事項について、十分な説明を行いつつ事前に協議を行うことが想定されます。


(2)会社が行うことが望ましい事項:同(2)

労使間のコミュニケーションの促進

会社においては、企業価値担保権の設定時には、会社が置かれている環境や経営課題等について、会社の状況に応じて労働者と意見交換を行い、労働者や労働組合等の意見も踏まえながら、労働組合等に対する情報提供等の促進に向けて取り組むべきとされています。


4. 企業実務への影響、企業の側で対応が求められる事項

上記3.のとおり、企業価値担保権の実行時において、企業の使用者として労働組合や労働者に対し情報提供を行い各労働者から事業譲渡の承諾を得るのは管財人の役割です。企業側としては、改正事業譲渡等指針にあるとおり、平時の場面において、自社の環境や経営課題等について、労働者や労働組合に対し積極的に情報提供を行いながら対話を行っていくことが求められることになります。

改正事業譲渡等指針においては、上記の対応は企業として行うことが「望ましい事項」とされており、管財人について「行うべき事項」とされていることとの比較では、対応の必要性の強度としては一段弱いものであるようにも見えます。しかしながら、経営危機時において労働関係の承継が円滑に進むためには、労使間における平時の段階からの十分なコミュニケーションが重要となることは言うまでもありません。加えて、企業価値担保権については、融資審査やその後のモニタリングにおいて金融機関等の側も事業価値の評価を精緻に行うことが想定されます。係る評価において、平時からの労使間のコミュニケーションが十分に行われていない場合、経営危機時における労働者の離脱を招く可能性があるため、金融機関等における評価に対してマイナスに作用するリスクがあると考えられます。その意味で、企業価値担保権を検討する企業にとっては、今回の改正内容を遵守していることを金融機関等に対して説明できることが、資金調達を有利に進めるに当たり実務上重要なファクターとなるものと考えられます。



EY弁護士法人では、今回の労使間のコミュニケーションに関する具体的な実務対応を含め、企業価値担保権の導入等に向けた全般的な対応につきご支援させていただくことが可能です。お気軽にご相談ください。


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津曲 貴裕 パートナー

※所属・役職は記事公開当時のものです