大企業が社会課題ビジネスを成功に導くにはーーEYSCに聞く、「社会課題×新規事業」成功のポイント

寄稿記事

掲載誌:翔泳社webメディア「BizZine」
執筆者:EYストラテジー・アンド・コンサルティング EY-Parthenon ストラテジー・アンド・エグゼキューション 岩泉 謙吾・中川 遼


大企業が社会課題ビジネスを成功に導くには

4月21日、『3つのステップで成功!社会課題で新規事業をつくる「ソーシャル×テクノロジー」で生まれるビッグチャンス』が翔泳社より出版された。本書では社会課題から新規事業を生み出すための思考法や着眼点、テクノロジーの活用法などが解説されている。近年、多くの企業が参入を目指す「社会課題×新規事業」の指南書だ。本記事では、執筆者であるEYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社(EYSC)の岩泉謙吾氏と中川遼氏に、本書の内容を踏まえつつ、社会課題ビジネスの作り方や留意点、現在進行形で取り組む企業へのアドバイスなどを聞いた。



大企業が社会課題ビジネスに次々と参入する理由

ーー本書のテーマは「社会課題×新規事業」です。まずは、なぜ今、新規事業の領域として社会課題が注目を集めているのかご解説いただけますか。

岩泉謙吾氏(以下、岩泉):企業が社会課題に取り組むこと自体は、CSRやサステナビリティの文脈で以前から行われており、決して新しい動きはありません。ただし、従来は企業の社会的責任に対する“義務”といった色合いが強く、必ずしも企業価値向上や収益につながっていない面がありました。義務的な活動にコストが費やされるなかで、企業は企業価値向上や収益確保との両立を模索しはじめ、同時に投資家や株主からもサステナビリティなどの活動を価値創出の手段とするような要請が高まってきました。社会課題を新規事業の領域と捉える機運が醸成されてきたことで、課題解決を収益モデルに結び付ける専門的な支援を求める企業が増え、私たちEY ストラテジー・アンド・コンサルティングにも相談が急増しています。

「社会課題×新規事業」の機運を加速させたのがコロナ禍でした。コロナ禍をきっかけにデジタル投資が急激に進み、テクノロジーで解決できる社会課題が少なくないことが広く知られました。たとえば、リモートワークやオンライン授業は、移動に困難を抱える方たちの就業や就学に関する課題解消に貢献しています。そのほかにも、コロナ禍には様々な領域の社会課題がテクノロジーで解消できる可能性が示されました。こうした出来事は、企業が社会課題ビジネスに取り組む大きなきっかけになったと思います。
 

ーー最近では、とりわけ大企業が社会課題ビジネスに取り組むケースが増えています。

岩泉:以前は、「社会課題」というとNPOやスタートアップが取り組む印象がたしかにありました。しかし、近年では、企業価値向上や収益の確保を目指して、国内の大企業が社会課題の解消に取り組むケースが珍しくありません。

また、社会課題ビジネスは人口減少時代の有力な投資先でもあります。人口減少により国内市場が縮小する一方で、社会課題は次々に生まれています。また、国内の大企業の現預金は上昇傾向にあり、有力な投資先を探していることも少なくありません。こうしたなかで、社会課題を新たな投資先と捉え、新規事業の創出に取り組む大企業が増えています。
 

ーー取り組みの事例は増えている一方で、具体的な成果につながっているケースは少ないようにも思います。

中川遼氏(以下、中川):社会課題は極めてスケールの大きな問題であるため、それを起点にして新規事業を創出するには、社会課題に対する解像度を高めたり、そのなかに潜んでいるニーズや新たな市場の可能性を見出したりする必要があります。こうした紐解きを本書では「社会課題が生む商機を見出す」と表現しているのですが、このプロセスが十分ではない企業が多い印象です。商機の掘り下げが十分でない場合、顧客像やニーズが判然としないため、収益性やスケーラビリティにも乏しい事業が生まれてしまいます。具体的な成果が少ないのには、そうした背景があるように思います。
 

ーーなぜ、社会課題ビジネスでは、商機に対する掘り下げが不十分になってしまうのでしょうか。

中川:私は「社会課題そのものを商機と捉えてしまう」というのが大きな原因だと思っています。たとえば、気候変動をテーマとする新規事業であれば、気候変動そのものの解決を目指してしまうといったケースです。広く知られる通り、気候変動は複合的な要因が絡み合った極めて複雑な問題ですから容易には解決できません。そのなかで商機を見出すには、気候変動の問題を分解し解像度を高めて、新規事業が成立するポジションやビジネスモデルを構想する必要があります。

しかし、最近は、課題起点で新規事業を創出する方法論が普及していることもあり、気候変動や飢餓といった巨大な社会課題に一足飛びで取り組んでしまうことが少なくありません。社会課題ビジネスと、一般的な新規事業とは、事業化に至るプロセスが異なるという点は理解しておくべきです。


「社会課題ビジネス」と「一般的な新規事業」の決定的な違い

ーー一般的な新規事業と比較すると社会課題ビジネスにはどのような特徴があるのでしょうか。

岩泉:社会課題に関するビジネスの特異点として「課題を構造的に捉えてビジネスモデルを構築しなければならない」という点があります。たとえば、飢餓の解消を目指すからといって、飢餓で苦しむ人々から直接対価を得て食料を提供するわけにはいきません。複雑な問題を構造的に捉えて、ビジネスモデルや持続可能な仕組みづくりなど、より俯瞰的に事業を構想する必要があります。

つまり、社会課題ビジネスは、社会的なインパクトは大きい反面、収益を得るまでには多くの時間や手間が求められます。従来、大企業が社会課題ビジネスにそれほど積極的でなかった背景には、こうした「足の長さ」があったと思います。

中川:社会課題ビジネスは、一般的な新規事業とは「時間軸」と「空間軸」で大きく異なるということですね。だからこそ、企業側としては、単一の事業をつくるというよりも、新たな産業のエコシステムを形成するといったイメージで取り組むべきだと思います。

EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EYパルテノン ストラテジー シニアマネージャー中川 遼 氏
EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EYパルテノン ストラテジー シニアマネージャー 中川 遼 氏

ーー昨今、社内提案制度など新規事業創出の仕組みを設ける企業が増えています。こうした手法による社会課題ビジネスの創出はあり得るのでしょうか。

岩泉:先ほども述べた通り、社会課題に関する新規事業は極めて規模が大きいため、MVP開発のような「小さく始めて大きく育てる」といったアプローチはあまり馴染みません。

その違いが如実に表れるのが、社内への説得の場面です。社会課題ビジネスは理念や目的に共感は得やすい一方、詳細なビジネスモデルや収益性を示さなければ、「絵空事」「慈善事業」などと見なされて、一蹴される恐れがあります。そのため、着手の段階から全体像を描き、事業として成立することをしっかり示す必要があります。この点は、一般的な新規事業の作り方と大きく異なる点です。

中川:また、不確実性が高いのも社会課題ビジネスの特徴です。事業規模が大きいほど高額の投資が必要ですし、外部環境の影響も受けやすくなります。社会課題の性質上、世の中の動きに左右されることも少なくありません。そのため、たった一つの新規事業にリソースを注ぎ込むのではなく、複数のアイデアのポートフォリオを組み、外部環境の動向を考慮しながらリソースの配分や実行の時期を見極めていくのが重要だと思います。
 

ーーやはり社会課題ビジネスには長期的な取り組みが求められるわけですね。一方で、新規事業には経営者の任期や定期異動などの時間的な制約もありがちです。こうした制約のなかで、取り組みを長期的に継続するポイントはありますか。

中川:私たちは様々な企業の支援に携わってきましたが、時間的制約は直面しがちな問題の一つです。社内の体制変更とともに取り組みが頓挫したり、縮小したりする可能性はたしかにあります。

そうした事態を避けるためにも、私は定期的に取り組みの成果を内外にアピールするのが重要だと思っています。収益を得るまでには至らなくても、他社との提携や実証実験の実施、ロビイング活動など、定期的に進捗を示すことで、取り組みの継続性を担保できるのではないでしょうか。

岩泉:「既存事業へのポジティブな影響」をアピールするのもポイントです。この取り組みが継続することで既存事業にも好ましい影響が及ぶと示せれば、継続性も高まります。逆にいえば、社会課題ビジネスを立ち上げる際には「既存事業との関連性」をある程度確保しておくのが、継続性を担保するうえではよいと思います。

EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EYパルテノン ストラテジー パートナー 岩泉 謙吾 氏
EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EYパルテノン ストラテジー パートナー 岩泉 謙吾 氏

社会課題ビジネスでは「非市場」の活動が肝になる

ーー本書では、社会課題ビジネスを構想するための「3つのステップ」や「9つの検討事項」が解説されています。詳細は本書に譲りますが、お二人が特に重要だと思うステップや検討事項があればお聞かせください。

中川:私は第9章で解説している「社会課題のポテンシャルを引き出すビジネスモデルをつくる」です。これ以前のプロセスは、主に社会課題のテーマや新規事業の戦略を検討するフェーズなのですが、私の実感としてはビジネスモデルの構築からより難易度が高まると感じています。的を射たテーマや戦略を設定できていたとしても、具体的なビジネスモデルを描けなければ収益性やスケーラビリティは望めません。社会課題のポテンシャルを引き出し、マネタイズの仕組みを作り上げるためにも、ビジネスモデル構築のフェーズは極めて重要だと思います。

岩泉:私は第13章の「前提条件を達成するための働きかけの戦術をつくる」です。つまり、ステークホルダーを巻き込むための取り組みですね。社会課題を解消するには企業単独では限界があるため、企業や行政、大学、政府など、様々なステークホルダーを巻き込んで取り組みの輪を広げていかなければいけません。

たとえば、最近では、化石燃料の代替エネルギーとして水素が注目されています。しかし、水素の実用化には生産、輸送、供給、保管などの面で、数々の壁が存在します。これらの壁を乗り越え、水素エネルギーの産業を確立するには、社会全体への働きかけが必要です。

特に、キーポイントになるのが政府をはじめとした公共セクターでしょう。政府への働きかけというと、一般的には補助金や助成金などがイメージされますが、ここではロビイングなどの政策立案や立法への働きかけも含んでいます。市場内での戦略とは別に、ロビイングなどの非市場戦略をいかに実行していくかは、社会課題ビジネスを成功に導くうえで極めて重要だと思います。

書籍:社会課題で新規事業をつくる

ーー最後に、これから社会課題ビジネスに取り組む企業や担当者に向けてメッセージをお聞かせください。

中川:ぜひ好奇心を強く持っていただきたいと思っています。ここまでの話にもあるように、社会課題ビジネスには様々な要素が絡み合っています。ビジネスはもちろん、法律、技術、デジタル、インフラ、ときには政治にも視野を広げなくてはいけません。そうした場合に、取り組みに着手してから勉強を始めるのと、事前にある程度の知識を有していて取り組みを進めるのとでは、結果に大きな差が生まれます。そのため、これから社会課題ビジネスに取り組む方には、常日頃から積極的に情報収集に励み、幅広い領域に対応できる素養を養っておいてほしいです。

岩泉:先ほど、「社会課題というとNPOやスタートアップが取り組む印象が強い」と話しましたが、実際に社会課題ビジネスに関する書籍の多くは、NPOやスタートアップ向けに執筆されています。つまり、大企業向けに社会課題ビジネスを手ほどきする書籍は極めて少ないわけです。それが本書を執筆するうえでの私のモチベーションでした。本書では、大企業の組織や強みを踏まえて社会課題ビジネスを解説しているので、これから取り組む大企業の方にぜひ手に取っていただきたいと思っています。

また、タイトルにも掲げていますが「ソーシャル×テクノロジー」というポイントも強調しておきたいです。テクノロジーの進化により、これまでは想像もできなかった社会変革が実現可能になりつつあります。これまでの人類の歴史を振り返っても、テクノロジーは社会課題と出会うことで社会を前進させてきました。その契機が今まさに目の前に訪れているというのが私の考えです。本書を手に取っていただいた方には、ぜひ歴史の立役者になってほしいと願っています。


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