EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
世界経済の地殻変動を受け、見直しを迫られるサプライチェーンと関税管理
世界を揺るがせたトランプ関税の発表以来、世界経済の不透明感は大きく高まっている。企業の経営者、各現場もその対応に追われている。特に、サプライチェーンや関税を担当するチームは多忙を極めているのではないか。地政学リスクの高まる時代、企業には経営戦略や組織体制の見直しが求められている。
世界経済の「常識」が変わろうとしている。関税を振りかざす米トランプ政権によって、世界は「新しい常識」の時代に入ったのかもしれない。
「あるいは、第2次世界大戦以前の『古い常識』に戻ったということかもしれません。いずれにしても、80年かけて構築された自由貿易、グローバル化の流れからの揺り戻しが起きているのは確かです。これまでにもブレグジットなど、その兆候はあったのですが、西側の企業や政策コミュニティはあまり気にしていませんでした」と語るのは、EYストラテジー・アンド・コンサルティング パートナーの小林暢子氏である。
「トランプ政権の主張は『自由貿易によって米国は搾取されている』というものであり、それに共感する多数の米国民がいます。グローバル化による全体のパイの拡大よりも、米国が取れるパイのシェア最大化を優先する姿勢は明らかでしょう。ビジネスにおいても地政学リスクが前景化しました。これまでも国際ルールへの対応には各国で差異がありましたが、現在は米国も従来の枠組みに対して独自の姿勢を示す動きが見られます」
ただし、米国の方針が変わる可能性もある。2026年の中間選挙の結果や国民の支持率などを見て、トランプ氏が態度を翻すかもしれない。いずれにしても、将来は不透明だ。その不透明度はここ数年で大きく高まっている。
「80年かけて築かれた仕組みがすぐに壊れることはありません。米中以外の国々、企業にとってはこれを守る意識が重要です」と小林氏は言う。では、経営者はどのような構えを持つべきだろうか。
「一企業にできることには限界がありますが、企業も自由貿易に対する態度を何らかの形で示す必要があるのではないでしょうか。そして、経営者は『よって立つ価値観』を考え、明確にすべきだと思います。自由貿易や人権問題などのテーマについて、『当社のグローバルでの見解はこのようなもので、だからこのような取り組みを進めています』と明らかにする。経営者がコントロールできる範囲で確固たる方針を示せば、それは世の中の変化に対する防御壁になります。どこかの政治家の発言を受けて、いちいち動揺しなくて済みますし、プロアクティブに動けるでしょう」
経営者が揺るがぬ方針や価値観を持つことで、自社の安定性を高めることができる。一方、構造的な変革と短期的な対応を迫られている現場もある。サプライチェーンの運用を担うチーム、関税の最適化に取り組むチームはその代表格だ。トランプ関税の影響度を評価するとともに、対応策の準備に追われているに違いない。EYストラテジー・アンド・コンサルティング パートナーの志田光洋氏はこう指摘する。
「従来、地政学リスクの主な要因は中国と考えられていました。そこで、中国を市場とする企業は地産地消の取り組みを進める一方で、生産拠点は東南アジアを念頭に『チャイナ・プラス・ワン』による一種の迂回輸出を図りました。しかし、米国が東南アジア諸国に高関税を課せば、この手法は通用しません。今後は、米国でも地産地消を進めつつ、それ以外の市場についてはサプライチェーンを再構築する必要があるでしょう」
従来の「サプライチェーンを徹底的にリーンにする(無駄をなくす)」という考え方は成り立たなくなった。
「ある程度効率を犠牲にしてサプライチェーンを複線化する、場合によってはネットワーク化する必要があります。一つの供給網が途切れても、別の供給網から調達できるようにしておくのです。相当の時間がかかりますが、変化に対して柔軟に対応できるサプライチェーンづくりが求められています。コスト最優先を見直し、戦略的なサプライチェーンの設計・運用を考える必要があります」と志田氏は語る。
トランプ関税への対応も事業部門や調達、経理などの現場にとっては難題だ。
「これまで多くの企業は『関税障壁は、WTO体制の下、今後段階的に引き下がっていく』との前提で、サプライチェーンのシステムを構築してきました。関税の大きな変動、頻繁な変動は想定していません。そのため、各海外子会社における申告状況や関税支払い状況・節税状況をSKU(Stock Keeping Unit)単位で正確に把握できている企業は少ないです。為替変動や市場動向に則して製品・部品価格のシミュレーションができる企業も、関税では同等の精度でシミュレーションができないのです」と、EY税理士法人 パートナーの大平洋一氏は語る。
従って、現状では多くの企業が多大な工数をかけて影響度を評価し、対策を検討していることだろう。「サプライチェーンに関するデータの解像度を上げ、シミュレーションのできる仕組みづくりを急ぐ必要があります」と志田氏は言う。
同時に、関税の管理においては、各法人での輸出入実務にフォーカスした部分最適にとどまる運用から、グループ全体のコストとリスクを戦略的に下げる全体最適を目指す管理の視点を持つことが重要になるだろう。
「日系企業が貿易を行っている国々において突発的に関税・非関税障壁が発動されやすい今日の環境下では、あらゆる通商・関税上の事象に対して機敏に対応できる体制が重要になってきます。その実現には組織面での改革が欠かせません。例えば、データに根差したグループ全体の関税コストとリスクの削減に責任を負う通商・関税戦略部のような部門の創設です。法人税はビジネスの結果に対して課税されますが、関税はビジネス活動そのものへの課税。ビジネスへの影響は、より直接的かつ大きい。新たな組織づくりを検討すべきだと思います」(大平氏)
関税変更などグローバルサプライチェーンを取り巻く環境変化に対して、多くの企業では経理や法務、事業部門などそれぞれが自らに関係する部分のみ対応しているのが実態だ。その責任と権限を一元化した組織をつくれば、よりスピーディーかつ適切な対応が可能になる。
また、関税については短期的な対処が可能な領域もあると大平氏は言う。
「関税評価や原産地の見直し、関税分類の見直しなどで影響を緩和する余地はあります。こうした施策と中長期視点の施策を並行して進める必要があります」
現在、世界経済は深い霧の中にある。次にどのような地政学リスク、その他のリスクが顕在化するかを予測することは困難だ。だからこそ、多様なリスクに備えなければならない。その一方で、日々のオペレーションもおろそかにすることはできない。こうした課題に対して、EYストラテジー・アンド・コンサルティングとEY税理士法人をはじめとするEY Japanのメンバーファーム(以下、EY)は、それぞれの専門領域に基づき、連携を通じて包括的な支援を行っている(図)。
「例えば、日系グローバル企業の経営体制。連邦経営か中央集権かは一つの論点ですが、両極の間にはさまざまな形態があります。最近関心を集めているのは、世界を幾つかのリージョンに分け、各リージョンが自律的に運営するスタイルです。どこかの国で大きなリスクが顕在化しても、他のリージョンには影響が及びにくい。その場合でも、本社の役割は大きい。グローバルで何をどの程度まで統一すべきか、事業ごとの資源配分をどうするかといった判断は極めて重要です。本社の機能やスキル強化も欠かせません。こうした戦略策定から実行フェーズまで、私たちは幅広い領域を支援しています」と小林氏は話す。
EYがサプライチェーンの見直しをサポートする機会も増えているようだ。志田氏はこう説明する。
「サプライチェーンのプランニングにおいても、本社とリージョンの役割分担は重要なテーマです。本社が計画を立てるべき分野、権限委譲されたリージョン内で完結すべき分野があります。また、オペレーショナルな情報でも、その性質によって誰と共有すべきかという判断は変わってくるでしょう。当社はサプライチェーンのデザインやオペレーティングモデルづくりを、関税の観点を含めてサポートしています」
地殻変動ともいえる世界経済の動向を注視しつつ、多くの企業が新しい時代に合うオペレーティングモデルを模索しているはずだ。関税管理もその一つだ。
「今後、企業がグローバルサプライチェーンのデザインを変革させていく中で、関税管理もアップデートが必要になります。関税はサプライチェーンに占める非常に大きなコストであり、今後そのコストはますます上がっていきます。そうした中、いかにそのコストをサプライチェーンの川上から川下まで俯瞰的に抑え込んでいくかが、製品競争力の向上と市場アクセスの改善につながります。例えば、商品企画段階から関税を含めて検討し準備していれば、突発的なリスクにも対応しやすくなります」と大平氏。EYがこの種の相談にも対応できるのは、関税に特化した専門家が世界中にそろっているからだ。グローバルな専門知のネットワークは、EYの大きな強みである。
「最近の調査で興味深い結果がありました。トランプ政権の動きに対して、欧米企業の経営者は大きなショックを受けていますが、日本の経営者はそれほどではなかったそうです。これを危機感の低さと見るか、右往左往しない安定性と見るか、解釈はさまざまでしょう。パニックになる必要はありませんが、世界経済が転換期にあるという認識を持つことは重要です」と小林氏。日本企業の経営者の特性が冷静な思考力にあるとすれば、ボラティリティの高い世界と向き合う際にも大きな強みになるかもしれない。
※本記事はダイヤモンド・オンラインに掲載されたものです。文章・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。
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