EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
企業は、デフォルト値ではなく、実際の排出量データを使用して欧州連合(EU)の炭素国境調整メカニズム(CBAM)報告書を作成する方向へ移行しています。本稿では、企業がCBAMコンプライアンスを長期にわたって管理するために、最善の準備をする方法を考察します。
企業がEU CBAMをよりスムーズかつ容易に遵守できるように、EU CBAMは段階的なアプローチによって導入されています。要件の詳細は、これまでのTradeWatchで取り上げてきていますので、そちらをご参照ください1 。重要な点は、CBAM要件には、EUの輸入者が、EUへの輸入品の製造時に放出される特定の温室効果ガス、生産方法の詳細、原産国で支払われた炭素価格、製造設備の具体的な詳細について、報告する義務が含まれていることです。これらの詳細情報は、EU以外の国・地域に拠点を置くサプライヤーから提供されます。
CBAM四半期報告書では、最初の2回の提出期限である2024年の1月と4月において、実際の排出量データが取得できない場合、移行措置によりデフォルト値の使用が許可されていましたが、それが変わろうとしています。デフォルト値が使用できるのは、2024年7月31日までに提出される四半期報告書が最後となります。現行法に基づけば、それ以降のCBAM報告書では、実際の排出量データの使用が要件となります。
2024年7月1日以降、企業は上記の詳細情報の提供に加えて、EUに輸入されるCBAM対象品の具体的な排出量の実際のデータを収集し、報告する必要があります。EUの輸入者は今後、EU以外に本拠を置くサプライヤーに対し、こうした情報をモニター、算出、共有することを求めるようになります。
これらの要件に準拠しない場合、非EU企業は供給契約を失うという商業上のリスクに直面することになります。しかし、実際の排出量データの入手は、現実にはそれほど簡単ではありません。多くの業界で、実際の排出量データを実務的に入手することに苦労している企業が多数存在しています。多くの企業でデータ入手に進展が見られる一方で、EUに拠点を置く企業は、必要とする実際の排出量データを取得する際に大きな問題に直面することが予想されます。重要な点は、EU CBAMの規定に沿って排出量を算出することは、製品カーボンフットプリント(PCF)の他の算出方法と多くの点で異なるということです。従って、PCFデータやベンチマーク値を使用して算出したデータは、CBAMの目的には使用できません。
シュトゥットガルト商工会議所が発表したCBAMに対する理解とその準備度合いに関する最近の調査結果は、EUの輸入者が直面する潜在的な課題に対する懸念をさらに深めるものでした2。
この調査によると、ドイツ企業の42%がCBAMで報告されている公式情報は情報の質が良くないと考えており、良いと評価しているのはわずか3%の企業に過ぎませんでした。最も懸念されるのは、調査に参加した企業のわずか3%のみが、今後サプライヤーから実際の排出量データを受け取ることができると考えているという結果です。
また、EUが独自の排出量計算方法の使用を義務付けていることが、輸入品の実際の排出量データを取得するという課題をさらに難しいものにしています。生産者は、製品の実際の排出量を計算する代替方法を2024年12月31日まで使用することができますが、この日を超えてからはEUの計算方法のみが許可されます。従って、生産者は、求められる実際の排出量データを確実に提出するだけでなく、データの算出において、EUの規定に準拠し認められたモニター方法を使用して実際の値を算出していることを確実にする必要があります。
EU域内の取引相手への輸出継続を望む非EU企業にとって、メッセージは明らかです:非EU企業は、EUに拠点を置く顧客が必要とする実際の排出量データ(必要に応じて、サプライチェーン上流における排出量データを含む)の入手が可能か否か、今すぐ判断しなくてはなりません。もしまだそのデータを入手していないのであれば、この情報を得るために行動を起こさなければなりません。それには、多くの場合、現在実施されているよりもはるかに詳細なデータ収集プロセスが必要となります。実際の排出量データの報告が要件とされる期日が迫っており、非EU企業には、緊急にこのような対処が求められます。
多くの場合、購買契約を修正して、サプライヤーにこれらの要件を伝えるとともに、排出量算出の要件や全般的なデータ共有要件について、サプライチェーン下流のパートナーに教育と知識移転を行い、彼らの意識を高めスキルアップさせることが必要です。ただし、影響を受けるセクターの企業の中で、情報共有が制限または制約される可能性のある、企業競争法の要件を考慮する必要がある場合には、注意と特別な解決策が必要です。
関連情報を確実に入手し、EUの顧客が四半期ごとのCBAM報告書に含めることができるように、サプライチェーン全体を通して提供することは、最初の一歩に過ぎません。これは一度きりの要件ではなく、継続的な義務です。このためには、堅固で繰り返し使用可能なデータ収集および報告プロセスの構築と継続的な管理が必要となります。そしてそれは、サプライチェーン管理、サードパーティ契約、内部統制に至るまで、幅広い分野に大きな影響を与えます。しかし、多くの企業にとって、サプライヤーや生産者から利用可能なデータを入手できないことが課題となっています。欧州委員会が保留中のデータをどのように扱うかについて、より詳細な指針を提供する予定です。しかし明らかに、CBAMの対象となる輸入者は、あらゆる合理的努力を講じてCBAM報告書に記載する詳細情報を整理し、そうした努力を裏付ける証拠を提供しなくてはなりません。欧州委員会と一部のEU加盟国のCBAM当局は、不正確なデータ報告を行う、または規制に準拠するための十分な努力を払わないCBAM申告者は、制裁の対象となることを強調しています。
将来的にもう1つ考慮すべき要因は、2025年12月31日のEU CBAMの移行期間終了時点で、CBAMの要件が再び変更されることです。それまでにも、複数のCBAM規則が追加で導入されると見込まれています。例えば、EU以外の国々の炭素価格スキームの受け入れに関する規則、独立したCBAM検証者の資格と認定に関する詳細、現行のCBAM規定の詳細を調整する変更規則などです。CBAMの要件は大きく変化するため、事業者は全ての変更や追加規則が自分たちにどのように影響するかを追跡する必要があります。
それ以外にも、サプライチェーン全体にわたって詳細なデータを収集することを企業に要求するEUの規則が増えていくことが見込まれます。CBAMがこれから導入される国など、他の国々にこうした要件が広がっていくでしょう。新たに導入される規則の中で、最も重要なものの1つは、2027年の開始が予定されている英国版CBAMです。EU CBAMとは異なり、英国版には移行期間が設けられていません。これらの義務を効率的かつ効果的に処理するために、企業はそれぞれの規則ごとにデータを個別に収集するのではなく、一度にすべての規則に対応できる統合されたデータ収集フレームワークが必要となります。
この複雑で進化する状況に対して、CBAM対象品をEUに輸出する非EUの輸出者は、今どのような措置を講じるべきでしょうか?私たちが推奨する、8つの今後の重点アクションは以下の通りです:
1. 動向のホライズンスキャニングおよびモニタリング:
CBAMの範囲が他の物品や他の国・地域に拡大される可能性に基づいて、内部統制と予測を継続的に更新することが重要です。
2. CBAMの財務的影響のモデリング:
企業は、CBAM証書に関連する将来の潜在的な財務負担を算出し、グループ全体の財務計画作成にそれを組み入れる必要があります。これには、排出量取引制度(ETS)の今後のさまざまな炭素コストに対するシナリオをモデリングすることが含まれます。
3. CBAM製品の関係会社間取引のレビュー:
企業グループ内のそれぞれの会社間でCBAM製品のフローが重複して発生している場合、見直しを行い、合理化する必要があります。これにより、グループ内のCBAM経費を軽減できるのであれば、その分の経費の発生を確実に避けることができます。
4. データ検証:
データを検証し、サプライヤーによって提供されたデータと文書化をレビューして、情報が完全かつ妥当であることを確認する必要があります。これは、企業がデューデリジェンスと合理的な配慮をもって行動していることを証明するため、CBAM内部統制フレームワークの一部として行われるべきでしょう。CBAMデータと文書化が完全であることを保証するために、ベンダー・デューデリジェンスやその他の調査手法の使用が望ましい場合もあります。
5. サプライチェーンの最適化:
CBAMによる潜在的な財務負担を考慮に入れて、企業はサプライチェーンの調整を行うことで、製造工場の脱炭素化の取り組みを最適化する機会を模索することができます。企業は、それが結果的に調達の判断に与える影響を含め、一部のCBAMコストを顧客に転嫁する可能性について理解するための包括的アセスメントを実施することができます。このアセスメントでは特に、調達プロセスにおける炭素集約度と、サプライヤーがCBAM報告書のために包括的なデータを提供できるかどうかに着目すべきです。
6. 支払い済み炭素価格:
EUに輸入されるCBAM対象品の原産国に炭素価格制度が存在する場合、炭素価格の二重支払いを回避するため、CBAM申告プロセスの一環として、報告に必要な情報をまとめるための内部プロセスを設ける必要があります。
7. CBAM証書コストに対する内部責任の割り当て:
定期的にCBAM証書を購入し、年次ベースで納付する内部責任を、いずれかの部門またはチームに対し与える必要があります。EUでは、2026年から証書の購入と納付が要件となります。
8. CBAMガバナンス体制と文書化:
CBAMは、企業内のさまざまな部門の多数のステークホルダーが関与するプロセスです。CBAMを企業の全体的なリスク管理フレームワークに組み込むことが推奨されます。これには、役割と責任、プロセス、タスク、および内部ガバナンス体制を明確に文書化することが含まれます。これは、企業がCBAMの管理に合理的な配慮を払っていることを示すのにも役立ちます。
巻末注
メールで受け取る
メールマガジンで最新情報をご覧ください。
EYの関連サービス