EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
日本では、キャリアラダーは既に崩壊している、と言われて納得する方は半数程度と思われますが、海外ではキャリアラダーは既に信用を失いつつあり、故に新しいキャリア観の提示が求められ始めているようです。そこでラダーに替わるキャリア観として注目を集めているのがポートフォリオです。キャリア・ポートフォリオ、ポートフォリオ・キャリア、いずれもあるようですが若干意味の違いもあるようなので本稿ではキャリア・ポートフォリオとしてご紹介します。なお、概念的に発展途上の言葉なので、近い将来別のワードに派生していくかもしれない点も最初に添えておきます。
まず、キャリアラダー崩壊といっても完全になくなったわけではありません。なくなったわけではありませんが、AIの登場でそもそもキャリアスタートが難しくなっています。スタンフォード大学の米国調査によると、AI影響の大きい職種では2025年のエントリーレベルの雇用が2022年比で13%減少したそうです。ADP社によれば22~25歳のソフトウェアデベロッパーはChatGPTの出現以来20%減少したそうですし、Anthropic社のCEO、ダリオ・アモデイ氏は今後5年でエントリーレベルのホワイトカラーは半減する可能性があるとも言っています。このように入口が減ったことに加え、効率化を求めて周辺業務はアウトソースされ、管理ポジションは極限まで減らされ、その上AIで作業・管理効率は跳ね上がり続ける。そうしてただでさえ「ピラミッド」で競争の世界だった(一定倍率の競争を勝ち残らなければ上がれなかった)キャリアラダーは、もはや存在するか分からないレベルにまで細っている、というのがキャリアラダー崩壊論です。
縦のラインが機能しない企業が、社内で提供できるのは水平異動か異動先新設のどちらかです。MITのドナルド・サル氏による水平異動が従業員の定着率に大きく影響する(賃金の2.5倍の強度でリテンション意欲に影響している)という論が水平異動の効果としてしばしば引用されます。ただ、これはコロナ禍で急増した職の不安定さに対し、水平異動の可能性が保障機能として作用した側面も強いので、この研究だけで水平異動の効果を語ることはできません。一方で、水平異動経験者は未経験者に比べ昇進や賃金上昇の可能性が高いとする論文はコロナ禍以前にも見られ、水平異動を細るラダーの代替にするというアイデアには一定の可能性やメリットがありそうです。
個人目線で考えた場合にも、不確実な環境下ではさまざまな分野や組織で活躍できるようスキルや興味の幅を広げてリスク分散するのが望ましいと言えます。この幅の広げ方として現状議論されているものは、業界、専門性、時間・活動という3次元があります。複数業界に精通するマルチ(インダストリー)スペシャリゼーションについてはリスクヘッジにとどまらず個人のウェルビーイングに好影響を与えるという研究があります。複数領域を掛け合わせるハイブリッドキャリア(異分野融合)は社会人を対象とした研究は少ないもののアカデミック領域では若いうちから複数領域を経験・融合させることが有益という結果が得られています。そして時間・活動の幅を広げるパラレルポートフォリオの代表的な論客が、世界経済フォーラムのヤング・グローバル・リーダーの一人であるエイプリル・リンネ氏です。彼女の、キャリアはラダーではなくポートフォリオである、というHarvard Business Review誌の説を皮切りに、キャリア・ポートフォリオ議論がにわかに注目されるようになってきたのです。
リンネ氏提唱のポートフォリオは家事育児やボランティアなどあらゆる活動がスキルであり、公私を問わないスキルリストアップがキャリア形成につながるというやや極端な説ではありますが、議論を社内に閉じたとしてもLinkedIn社のアニーシュ・ラマン氏の主張のようにラダーからポートフォリオへの視点の転換は時流にフィットした視点の変化と言えますし、そうなってくると水平異動で「これまでのキャリアでは得られなかったスキルセットを獲得する」ことの価値も飛躍的に拡大する可能性があります。おそらく偶然ではないのですが、企業側も先細るキャリアラダーを前に従業員の処遇を案じ、そしてラダー外への異動(リスキルなど)を積極推進しようとしています。キャリアラダー崩壊の影響が直撃するインドのエンジニアたち(AI普及で大手IT企業が大規模解雇に着手し、業界全体で30万人近くが職を失うという見立てもある)に学ぶとすれば、インフォシス社のiLeadプログラムのように、ノンコアプロジェクトへの参画が昇進影響を有する程度に重視される世界も、そう遠くないのかもしれません。
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