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EY新日本有限責任監査法人
公認会計士 松川由紀子
2022年6月30日に、日本公認会計士協会より、会計制度委員会研究資料第7号「ソフトウェア制作費等に係る会計処理及び開示に関する研究資料~DX環境下におけるソフトウェア関連取引への対応~」(以下「本研究資料」という。)が公表されています。
本研究資料は、クラウドサービスにおけるソフトウェアやゲームソフトの制作費に係る会計処理及び開示について、これまでの日本公認会計士協会における調査・研究の結果及びこれを踏まえた現時点における考えを取りまとめたものです。
なお、本研究資料において示されている会計処理等は、現時点における調査・研究の成果を踏まえた考察であり、あくまでも現時点における一つの考え方を示したにすぎないことから、実務上の指針として位置付けられるものではなく、また、実務を拘束するものでもないとされています。
ベンダーの会計処理については、ソフトウェアの機能そのものをユーザーに提供するという、ソフトウェアの受注制作やソフトウェアを市場で販売するのとは異なるソフトウェアの提供形態である SaaS を対象にソフトウェアの会計処理の検討を行っています。
まず、現行の実務において、SaaS のベンダーがサービス提供のために利用するソフトウェアがどのように扱われているかを検討するため、SaaSベンダー企業の監査人に以下の項目についてアンケートを行った結果の分析が行われています。
そして、アンケート結果を踏まえた現状の課題が記載されており、その概要は以下のとおりです。
SaaS 取引のように、研究開発費等会計基準の設定後に新たに生じた取引については、どのように会計処理すべきかが必ずしも明らかではないと考えられるため、ソフトウェアとしての資産計上の要否や、資産計上する場合の分類、資産計上の開始時点、償却方法や償却期間等の判断に困難を伴う可能性がある。特に、自社利用のソフトウェアと市場販売目的のソフトウェアという分類や、収益獲得を目的とするソフトウェアを自社利用のソフトウェアとして分類した場合における資産計上の開始時点の取扱いは現行の実務に合わない可能性がある。
一般事業会社が SaaS を利用するケースを中心に、ユーザー側の会計処理(サービスの提供を受けることに対して継続的に支払う費用及びユーザーが支払う初期設定費用やカスタマイズ費用の会計処理など)が検討されています。
クラウドサービスのユーザー側の会計処理について、現行の実務における課題が記載されています。その概要は以下のとおりです。
ア. 初期設定費用、カスタマイズ費用の資産計上の可否
ユーザー側はソフトウェアに対する支配を有してないと考えられること、かつ、会計基準上の明示的な定めがないことから、これを自社のソフトウェアとして計上することは難しいと考えられ、この場合、契約当初に一時に支払った初期設定費用やカスタマイズ費用について、支払時に一時の費用として計上することが考えられる。
一方、ASBJが2006 年 12 月に公表した討議資料「財務会計の概念フレームワーク」では「資産とは過去の取引または事象の結果として、報告主体が支配している経済的資源をいう。」(同第3章第4項)とされ、そして「ここでいう支配とは、所有権の有無にかかわらず、報告主体が経済的資源を利用し、そこから生み出される便益を享受できる状態をいう。経済的資源とは、キャッシュの獲得に貢献する便益の源泉をいい、実物財に限らず、金融資産及びそれらとの同等物を含むとされ、経済資源は市場での処分可能性を有する場合もあれば、そうでない場合もある。」(同第3章脚注2)とされている。この定義をSaaS における初期設定費用及びカスタマイズ費用に当てはめてみると、当該費用がキャッシュの獲得に貢献する便益の源泉であるとすると、経済的資源に該当することになると考えられる。そして、経済的資源に該当することを前提とすると、他の費用削減や収益獲得に資するものであることから、そこから生み出される便益を享受できるため、支配が存在している可能性があると思われる。このことから、SaaS に係る初期設定費用及びカスタマイズ費用について資産性の定義を満たす可能性があると考えられる。
イ. リース取引への該当の有無
SaaSにおいては、あるベンダーが不特定多数のユーザーに対してサービス提供しているものであることが通例であることを前提とすると、借手、貸手の双方にとって使用する物件がリース取引の定義における「特定の物件」であると整理されるケースは少ないのではないかと考えられる。
ウ. 資産計上できると判断された場合の勘定科目
SaaSに係る契約に伴って契約当初に支払われた初期設定費用、カスタマイズ費用については、当該ソフトウェアをベンダーが有していることから、現行の会計基準の定めを前提にすると、ユーザーが自社利用のソフトウェアと同様に「ソフトウェア」として計上することは難しいのではないかと考えられる。
このとき、初期設定費用、カスタマイズ費用が、「一定の契約に従い、継続して役務の提供を受ける場合、いまだ提供されていない役務に対し支払われた対価」という前払費用の定義を満たすものであれば、(長期)前払費用として計上することが考えられる(企業会計原則注解(注5)(1))。ただし、ユーザーが負担した費用の性質の詳細が必ずしも判然としないことで、長期前払費用に該当するかどうかの判断が、実務上困難となるケースがあると思われるため、何に対する費用であるかの判断が今後の課題となってくるものと考えられる。
エ. 資産計上された場合の費用化の期間
初期設定費用等を長期前払費用として計上した場合、通常はその契約期間で償却するものと考えられる。ただし、SaaSに係る契約の更新が見込まれる場合に、当該契約更新も見越して費用化の期間を決定すべきかどうかについては、その実態を検討する必要があるものと思われる。
初期設定費用等を無形固定資産として計上した場合、その利用可能期間を合理的に見積もって、費用化の期間を決定することになり、SaaS 利用者が受けるサービスの実態はソフトウェアの利用であるところからは、自社利用のソフトウェアと同様に、原則として5年を上限として費用化の期間を決定することが考えられる。
オ. その他の論点
自社利用のソフトウェアについて、全てを自社開発してソフトウェアを計上するのではなく、一部分はクラウドサービスを利用するケースも多くなっているものと思われる。そのようなケースでは、前述の論点が同様に課題となってくる。また、自社開発部分に関しては資産化の始期と終期の決定することになるが、近年、いわゆるアジャイル型の開発手法が広がりを見せており、ソフトウェアの利用による将来の収益獲得又は費用削減が確実であると認められる時点の判断が困難なケースが生じ、資産化されるべき費用とそうでない費用の峻別が一層困難となっている可能性もあるものと考えられる。
上記を踏まえ、現状の課題がまとめられています。その概要は以下のとおりです。
クラウドサービスのユーザーにおいては、自社で購入するソフトウェアの会計処理と比較して、資産化の可否を中心に、その会計処理が実務上しばしば論点となる。この点、実務上は長期前払費用として計上しているケースがあると考えられるが、企業間によって処理が異なることがないよう、資産性の要件などを明確化していく必要があるものと考えられる。
はじめにコンテンツ産業の内訳と動向や、ゲームの分類について整理した上で、コンピューターゲームの開発会社におけるゲーム制作費用の会計処理について検討を行っています。
一般消費者向けゲームの製造・販売を行う企業の監査人に実施したソフトウェア資産の取扱いについてのアンケート及びインタビューの結果の分析と考察が行われています。その概要は以下のとおりです。
ア. 貸借対照表上の計上科目
【無形固定資産として計上する考え方】
【流動資産(棚卸資産)として計上する考え方】
イ. 費用配分の方法
一定期間にわたり按分する方法を採用しているケースが多い状況であり、以下の点を考慮しているとの回答を得た。
ウ. 研究開発費とソフトウェア制作原価の区分
棚卸資産として計上している企業においては、研究開発費と制作原価の区分を行わず全て制作原価として処理する傾向、無形固定資産として計上している企業においては、研究開発費との区分を行っているという傾向が見られる。ソフトウェア制作に係る資産計上の開始時期については各社の取扱いに幅があるものの、コンピューターゲーム市場の不確実性を反映して一連の制作プロセスの後半から資産化する傾向が強く、結果として業界全体の傾向として、早期の費用処理が志向されているようである。
上記を踏まえ、現状の課題がまとめられています。その概要は以下のとおりです。
コンピューターゲーム業界の実務においては、現行の研究開発費等実務指針などの定めを基礎として各社が実態に応じた会計処理を選択して適用している状況である。これにより、具体的にはゲーム開発費に関する資産計上の開始時期、償却開始時期、償却方法、貸借対照表上の表示科目等に多様性が見られるものの、どのような会計処理を選択しているのかを推し量る注記開示等も十分ではなく、必ずしも財務諸表を読み解くに当たって十分な情報が提供されているとは言い難い。
ゲーム開発費用の資産化を開始する具体的な時期、資産計上後の費用配分の方法、資産の一時費用化(減損)の時期など、コンピューターゲームに関する無形資産の会計処理に関する会計方針の開示の取扱いが明確ではないものと考えられる。
実務上の課題に対応するためには研究開発費等会計基準と研究開発費等実務指針からソフトウェアに関する取扱いを切り出して、現状のデジタルトランスフォーメーションの加速化に対応したソフトウェアに係る会計基準を開発することが望ましいものと考えられると提言されています。そして、現状認識している具体的な実務上の課題とそれに係る提言がまとめられており、その概要は以下のとおりです。
(1) 市場販売目的ソフトウェアと自社利用ソフトウェアの区分
市場販売目的のソフトウェアに該当するソフトウェアのライセンスの販売と、自社利用のソフトウェアに区分されているものと考えられるクラウドを通じてソフトウェアを不特定多数の利用者に利用させるサービス提供は、契約形態が異なることにより、会計処理が大きく異なることとなり、実態が大きく異ならないサービス提供に係る制作費が異なる会計処理となる懸念がある。市場販売目的のソフトウェアの会計処理が要請されるものは何か明確にすることにより、市場販売目的のソフトウェアとして区分すべきものについての考え方を明確にする必要があると考えられる。
(2) ソフトウェアの区分に基づく会計処理の相違による問題点
クラウドを通じてサービス提供を行うソフトウェアが自社利用のソフトウェアに区分される場合、実態としては、第三者から収益を獲得するためのソフトウェアであり、市場販売目的のソフトウェアに性格が近いものと考えられる。この場合、償却方法、償却期間及び減損の取扱いは、市場販売目的のソフトウェアの取扱いを参照したほうが実態に合う場合もあると考えられる。
一方で、ソフトウェアのライセンス販売は市場販売目的ソフトウェアに区分されるが、ソフトウェアのライセンスのみを供与し、ソフトウェア自体が移転するものではない点を捉えると、市場販売目的のソフトウェアではなく自社利用のソフトウェアとして取り扱うほうが実態に合うとも考えられる。ソフトウェアに係る収益認識との関係も考慮し、ソフトウェアの区分によるソフトウェアの制作費の会計処理の規定が実態に合っているか検討する必要があるものと考えられる。
また、減損に関しては、市場販売目的のソフトウェアは、固定資産の減損会計の対象範囲に含まれないことから、減損会計の適用との関係についても整理する必要があると考えられる。
(3) ソフトウェア制作費の資産計上要件
クラウドサービスを提供するソフトウェアの制作費が自社利用のソフトウェアとして区分される場合、資産計上要件は、将来の収益獲得又は費用削減が確実であることとされているのみであるため、各社の判断に依拠する部分が大きくなり、同様の形態のサービスを提供するソフトウェアであった場合でも、資産計上の要否の判断が異なる可能性がある。同様のソフトウェアの開発を行う場合において資産計上の開始時点が各社で判断が大きく相違することが生じないように、資産計上の開始時点の判断に関するガイダンスが必要であるものと考えられる。
(4) クラウドを通じてソフトウェアを利用するサービスを受ける場合の処理
自社でソフトウェアを取得するのではなく、汎用(はんよう)的な第三者のソフトウェアを一定期間利用するサービスを受ける場合は、通常、利用料を費用処理するものと考えられる。
一方、クラウドサービス契約時に支払う導入初期費用は、どのように会計処理するのか明確ではなく、現状の実務においては、同様の取引において、一時に費用処理する場合と利用期間で費用処理する場合があると考えられる。同様の取引に同一の会計処理が行われるように導入時の支払額についての会計処理の考え方を明確にする必要があると考えられる。
(5) コンピューターゲーム・ソフトウェアの制作費
ソフトウェアとコンテンツは、原則として別個のものとして会計処理することとされていることから、別個のものとして会計処理する場合、コンピューターゲームの動作を制御するプログラム部分についてはソフトウェアとして処理することになる。このソフトウェアに関しては、オンラインアップデートを行わない従来のパッケージ販売と性質が同じであるオンラインを通じたダウンロード販売の場合、市場販売目的のソフトウェアに区分されるものと考えられる。一方、オンラインを通じてゲームサービスを提供するサービスの場合、クラウドサービスのベンダーと同様に、市場販売目的のソフトウェアと自社利用のソフトウェアのいずれに区分して処理するのが実態に合うのか考え方を明確にする必要があるものと考えられる。
なお、本稿は本研究資料の概要を記述したものであり、詳細については本文をご参照ください。
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