EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 製造業セクター 公認会計士 宮﨑 徹
会計処理および開示に関する相談業務、ならびに研修・セミナー講師を含む会計に関する当法人内外への情報提供などの業務に従事するとともに、これまで製造業、リース業などの監査業務に従事している。
主な著書(共著)に『会社法決算書の読み方・作り方(第19版)』(中央経済社)などがあり、雑誌等への寄稿も行っている。当法人の品質管理本部 会計監理部 兼 第3事業部 シニアマネージャー。
要点
2024年9月に企業会計基準委員会(ASBJ)から公表された企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」(以下、新リース基準)及び企業会計基準適用指針第33号「リースに関する会計基準の適用指針」(以下、新リース適用指針。また、新リース基準と合わせて、新リース基準等)が公表されました。
新リース基準等では、従来の借手のオペレーティング・リース(つまり賃貸借処理)はなくなり、オペレーティング・リースも含めてすべてオンバランスする必要があります。また、これまでリースとして認識していなかった、“リース”や“賃貸借”という名称がついていない契約についてもリースの定義に該当し(本稿では以下、隠れリース)、リースとして会計処理しなければならないケースもあります。製造業では、調達から、製造、保管、販売に至るまで関連する資産が多いため、網羅的にリースを識別することに留意が必要です。
本稿では、新リース基準等を適用することによる影響、特にリースの識別に関する留意点について、製造業の観点から掘り下げて解説します。なお、文中の意見に係る部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
製造業におけるリースを網羅的に識別するための留意点の解説に入る前に、リースの定義について確認しましょう。
リースとは<図1>のとおり、「原資産を使用する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する契約又は契約の一部分」です(新リース基準6項)。具体的に、契約にリースが含まれるかどうかの判断にあたっては、契約が特定された資産の使用を支配する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する場合、当該契約はリースを含むとされています(新リース基準26項)。
すなわち、リースを識別するにあたり、「特定された資産」と「支配」という2つの要件を満たす必要があります。
まず、「特定された資産」については、通常は契約に資産が明記されることにより特定されます。ただし、サプライヤーが資産を代替する権利を持っているような場合や、物理的に区分できないような全体の一部である場合には、「特定された資産」とは言えないということになります(新リース適用指針6項、7項)。
次に、「支配」については、顧客が特定された資産の使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを享受する権利を有しており、また、特定された資産の使用を指図する権利を持っていることが必要です(新リース適用指針5項)。
<図1>リースの定義
隠れリースも含め、リースを網羅的に識別するためには、まずは製造業に関連する主な資産としてどのようなものがあるかイメージすることが有用です。一般的な製造業で利用している資産のイメージは<図2>のとおりです。まず、本社があり、従業員へ賃貸している社宅や社用車を有している場合があります。また、インターネットのサーバーを設置するデータセンターがあることも想定されます。加えて、製造業であるため工場があり、そこで使用している設備があり、また仕入先・外注先が使用している金型や専用機があります。さらに材料や製品を保管する倉庫や、製品を出荷するための傭車(ようしゃ)が考えられます。
このような資産をイメージしながら、リースの識別において、製造業における留意点を説明します。
<図2>製造業に関連する主な資産(イメージ図)
製造業におけるリースの識別に関して留意した方がよいと考えられる具体例をまとめると<表1>のとおりです。
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想定される対象 |
リースに該当する可能性があると想定される取引内容 |
留意点 |
|---|---|---|
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(1)土地及び建物 |
特定の土地(本社土地、工場用地、駐車場など)や建物(工場、事務所など)を賃借しているケース |
現行リース基準ではオフバランスされていたものもオンバランスする必要あり |
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(2)倉庫 |
材料や製品等を保管するため、倉庫の特定の区画等を賃借しているケース |
「特定された資産」の要件、特に実質的な代替権の有無を検討する必要あり |
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(3)データセンターのサーバー、サーバーラック |
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(4)金型・専用機械 |
仕入先が、会社向け製品の製造のために製作又は購入した金型や専用機械の代金を会社が負担しているケース |
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(5)傭車 |
運送業者に運送を委託しているケース |
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(6)発電設備 |
工場敷地内に発電設備を設置している場合など特定の発電設備から電力を購入しているケースなど |
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(7)社宅 |
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(8)その他 |
社用車、複合機など |
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特定の土地(本社土地、工場用地、駐車場など)や、建物(工場、事務所など)を賃借しているケースが考えられます。この場合、現行リース基準ではオフバランスされていたものもオンバランスする必要があります。特に、土地は耐用年数が無限で、建物も耐用年数が長期にわたることから、オペレーティング・リースと判定されていることが多いと考えられるため、新リース基準等の適用によりオンバランスが必要となってくる点に留意が必要です。
材料や製品等を保管するため、倉庫の特定の区画等を賃借しているケースが考えられます。この場合、「特定された資産」の要件、特に実質的な代替権の有無を検討する必要があります。
例えば、ある倉庫にAからEの区画があり、そのうち区画Aを賃借していたケースで、貸主が自由に区画Aから他の区画に変える権利があり、かつ、それによって貸主が経済的利益を享受するような場合(例えば、大口契約が取れたことからその契約を優先するために、こちらの契約は区画Aから別の区画へ移動することによって効率的になりコストが減るといった場合)では、貸主に実質的な代替権があるということになり、特定された資産には該当しないということになります。したがって、リースには該当しないということになります。
一方で、上記のような場合ではないケースでは特定された資産に該当する可能性があり、支配の要件も満たせばリースとして識別されることになるため、留意が必要です。
特定のサーバー機器等を賃借しているケースや、サーバーを保管するために特定のサーバーラックを一定期間使用しているケースがあります。この場合、データ保管サービス契約など、一見してリース契約に該当しないように見える契約の一部としてリースが含まれている可能性があるため、関連する契約を洗い出す必要があります。
また、契約を洗い出してリースの識別要否を検討するにあたっては「特定された資産」の要件、特に実質的な代替権の有無を検討する必要あると考えられます。つまり、賃借しているサーバー機器やサーバーラックなどを代替する権利を貸主が持っているかという点がポイントになると考えられます。例えば、サーバーについて特定のスペックを満たせば入れ替えてもよいとされている契約で、かつ、入れ替えることにより貸主が経済的利益を享受できるようなことがあれば、貸主に実質的な代替権があるということになります。他方、そのようなことがなければ、資産は特定される可能性が出てきます。
仕入先が、会社向け製品の製造のために製作又は購入した金型や専用機械の代金を会社が負担しているケースがあります。
この場合、特に「支配」の要件への該否を検討する必要があります。このケースでは、資産自体は特定されていることが多いと思われますが、当該ケースでのポイントは「支配」であり、金型や専用機械の稼働を会社が仕入先に指図している場合(例えば、当該金型等を利用して部品を今月何個作るように指図するなどといったように使用方法を指図している場合)で、かつ、使用することにより得られる経済的利益をほとんどすべて享受している状況(例えば、当該金型等を使って作る部品をすべて仕入れている場合など)であれば、「支配」していると考えられるため、資産が特定されていることを前提に、リースに該当することになります。
また、金型等の代金の支払方法として、関連する部品等の仕入とは別に分割払いしているケースは把握しやすいですが、部品等の仕入価格に織り込んでいるケースもあるため、実態を把握する必要があるという点に留意が必要です。
運送業者に運送を委託しているケースがあります。この場合、契約によっては資産(トラック)が特定されている場合も想定され、リースの識別要否を検討する必要が生じるケースもあるかと思われます。
特にトラックが指定されておらず、単に輸送条件(日時、場所等)のみが指定されているような契約であれば、特定された資産には該当しません。他方、会社の輸送のためだけに使うトラックが特定されているような場合には、リースとして識別する可能性が出てくると考えられます。
工場敷地内に発電設備を設置している場合など、特定の発電設備から電力を購入しているケースなどがあります。この場合、電力購入契約(PPA)にはさまざまなケースがあり、「特定された資産」「支配」について慎重な検討が必要です。
例えば、工場の敷地内の一角に発電設備を設置して、その発電設備から出力される電力のすべてを購入する契約となっている場合、経済的利益のほとんどすべてを享受するという点は満たすことがあり、発電設備の使用方法についての指図権を持っている場合(例えば、会社の工場の電力需要に合わせて稼働を調整するように指図する権利がある、というような場合)には、「支配」しているということになり、リースに該当することもあり得ます。また、自社の敷地以外の場所に設置した発電設備に係るPPAについても、当該契約に基づき購入する電力が当該発電設備から生じた電力のみであれば、「特定された資産」に該当することもある点に留意が必要です。
PPAがある場合には、その契約内容(発電設備から出力される電力のどの部分をどのような価格、条件で購入するのかなど)をまずはしっかり把握することが重要です。
会社が貸主から賃借し従業員に賃貸するケース(いわゆる借上社宅)や、会社が所有する社宅(社員寮)を従業員に賃借するケースがあります。この場合、借上社宅については、サブリースに該当する可能性があり、借手の会計処理を行うのはもちろんのこと、貸手の会計処理も検討する必要があります。社宅(社員寮)については、会社が所有しているため、借手の話は生じませんが、こちらも貸手のリースに該当する可能性があり、貸手の会計処理を検討する必要があります。
上記のほか、社用車、複合機などを賃借することがあります。複合機であれば、少額リースに該当するケースが多いと思われますが、社用車は少額リースの閾値(300万円)を超えることが多いようにも思われるため、リースとしてオンバランスする可能性がある点に留意が必要です。
グループ会社間のリース、例えば、親会社の事務所の一部や親会社所有の工場の一部を子会社に賃貸するというのは、よくあるケースのように思われます。この時、親会社において貸手のリースとして識別し、子会社において借手のリースとして識別する可能性があります。これは当たり前と言えば当たり前ですが、親子間の取引であるが故に、契約条件が不明瞭であることなどからリースという認識が薄く、識別が漏れてしまうということもあり得るため留意が必要です。個別財務諸表では両社において借手又は貸手として適切に計上した上で、連結財務諸表では自社利用資産を利用している状態にするために、連結相殺仕訳を計上する必要があり、この点も忘れずに対応したいところです。また、親会社が第三者から賃借していて、それを子会社へ転貸している場合には、サブリースに該当するためサブリースの会計処理も検討する必要があります。
オペレーティング・リースや隠れリースがオンバランスされることにより、資産・負債が増加するため、各種の経営指標へも影響します。
例えば、純資産は変わらないのにもかかわらず総資産が増加することになります。これによって、自己資本比率が下落することになります。また、ROA(Return On Assets、総資産利益率)も悪化します。
このように、さまざまな経営指標に対して悪化する方向に影響することが多いため、予算や中期経営計画へどのタイミングでどのように影響を算定して織り込むかといった点について検討する必要があります。
リースに大きく依存しているような国内子会社において、リースを多額に識別することにより、負債が200億円を超えて会社法上の大会社になることも想定されます。会社法上の大会社になると、会計監査人の監査が必要となるため、監査受査体制を整える必要があり、実務上のインパクトは大きいと思われます。この点、該当する国内子会社がないかどうかは早めに確認しておいた方がよいと考えられます。
隠れリースも含め、網羅的にリースを識別できるような業務プロセスや、多数のリース契約について、リース料、リース期間、割引率等を判断した上で、貸借対照表計上額の計算するための業務プロセスの構築が必要になります。これらの業務プロセスを構築するためには、経理部署と契約所管部署とが協力した上で、契約管理プロセスの見直しやリース計算のシステム化が必要となってきます。
本稿では、製造業における新リース基準等の適用における影響、特にリースの識別に関する留意点について確認しました。製造業を営む企業の多くが新リース基準等の適用に向けて検討を進めていることかと思いますが、本稿が製造業の実務に少しでも役立つことができれば幸甚です。
製造業において、新リース基準を適用するにあたり留意すべき点をまとめています。特に、これまでリースとして認識していなかった契約もリースとして会計処理しなければならない、いわゆる「隠れリース」の識別に関して、製造業ではどのような点に留意が必要なのか解説します。
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