EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
近年のAIの加速度的な普及は、企業の業務プロセスや意思決定の在り方を大きく変えつつあります。これまでネットワークは、デジタル端末による通話やデータ通信のためのインフラとして活用されており、屋台骨として機能してきました。しかし、AIがエージェント化し、日常業務から現場オペレーションに至るまで広く組み込まれている現在において、ネットワークは企業にとっての戦略的な要素へと変容しつつあります。
一方、ネットワーク自体も技術的な進展に伴い高度に複雑化しており、その構築や運用には従来とは異なる負荷が生じています。特にネットワークインフラを有する通信事業者としては、限られたリソースの中でこの複雑性をコントロールしつつ、AI時代のビジネス機会を捉えて積極的に自社のネットワークを事業に活用していかなくてはなりません。
こうした背景から、AI活用の広がりに対応したネットワーク要件を再設計する「Network for AI」と、AIをネットワーク内部に取り込み自律化を進める「AI for Network」の両軸での変革が、今まさに求められています。
本稿では、この2つの流れを産業横断の視点で整理し、今後の企業に求められる示唆を提示します。
AIの普及に伴い、ネットワーク上でやり取りされるデータ量は急激に増えていくことが予想されています。CiscoによるとグローバルのIPトラフィックは年率25~30%で成長しており、特にデータセンター間のトラフィックが急拡大しています。この要因の一つとして生成AIやLLMの学習・推論の普及が想定されますが、NVIDIAによると1回の学習で数十~数百ペタバイト規模のデータ通信が発生するため、ネットワーク帯域が主要なボトルネックになることが指摘されています。
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一方、AIアプリケーションには現場で取得された画像・動画を含む大量のデータをインプットとしつつ、フィジカルAIなどを筆頭によりリアルタイムで現場側のデバイスにフィードバックすることが求められるようになるため、ネットワークに対してアップリンクの帯域や低遅延性が要求されます。
また、AIアプリケーションの効果の最大化には多種多様なデータが必要であり、時には他社の有するデータが求められるケースも発生します。今後は企業間で特定のデータ群についてリアルタイムに連携しながら企業をまたいだAIアプリケーションが活用されることになるでしょう。その際にも企業間をつなぐ高品質でセキュアなネットワークが求められるのです。
データの大規模化に対する対応として、特に現在注目されているのがデータセンター内およびデータセンター間のネットワークの拡張となります。
例えばハイパースケーラーのGoogleは大規模データセンター向けの物理ネットワーク「Jupiter」と、仮想ネットワーク基盤「Andromeda」を組み合わせ、AI 学習などの超大容量トラフィックに対応する Tbps〜Pbps級の独自ネットワーク基盤の構築を進めており、分散学習で発生する巨大な勾配同期通信を吸収しようとしています。また、MetaもAI Training Fabricという名称で数万GPU規模のクラスタをWANに匹敵するDC内部ネットワークで接続する実証を行っています。通信事業者のVerizonはAmazon Web Service(以下AWS)と連携し、DC間を結ぶAIワークロード専用のファイバー網を実装しており、AI基盤を担う重要なプレーヤーとしてのプレゼンスを高めています。国内でもNTTグループがIOWNのData-Centric Infrastructure(DCI)というコンセプトで同様の取り組みを推進されています。
NVIDIAは「Scale-Across」というコンセプトを提唱しており、かつての単一ノード内やクラスタ内にとどまらず、複数のノード、クラスタ、データセンターにまたがってAIワークロードをあたかも一つのGPUのように動かすことを見据えています。この点でもネットワークの重要性が指摘されており、いかに高速かつ低遅延のネットワークで接続できるかによってGPUやAIアプリケーションの性能が左右されます。NVIDIAはGPU同士をつなぐAI向けのネットワーク規格であるInfiniBandを主導しておりますが、DC間では光伝送を用いることでこのScale-Acrossを実現しようとしています。
また、データセンターからユーザーまでの区間においては、GoogleやAWSなどのハイパースケーラーをはじめとする各社がデータセンター機能の分散配置を進めており、データを中央で集中的に処理するモデルではなく、ユーザーに近いエッジ側で分散的に処理するモデルにシフトしております。
低遅延性の要求に対する対応としては、(1)でも触れた計算資源の分散化が筆頭に挙げられます。計算資源をよりエッジ側に寄せていくことでデータを伝送する区間を短縮し、低遅延通信を実現します。各通信事業者は5Gネットワークの中にMulti-access Edge Computing(MEC)としてエッジ側に計算資源を配置しており、AWSはWavelengthというサービスでこの機能を提供しています。VerizonはAWSと連携し、スタジアムや都市空間でのリアルタイム映像AI解析を、MECを用いて実証しています。また、VodafoneはBMWの工場においてプライベート5GとエッジAIを用いたロボット制御の実証を行っており、有線制御に近い応答性を確認しました。
また、Network Slicing機能を用いて低遅延を保証し、AI向けのトラフィックを優先して制御するような取り組みも出ています。AT&Tは物流ロボットの映像AIを用いた遠隔操作に対し、5GのNetwork Slicing機能を用いてAI推論と制御に係る通信を専用スライスに収容し、安定的な低遅延性を確認しています。
上記のように、各社は計算資源の配置、トラフィック制御などのネットワークアーキテクチャにおける工夫を通じてAIアプリケーションが求める低遅延性を実現しようとしています。
企業間のデータ連携を行う際にもAIアプリケーションの運用に向けては大量のデータ流通や低遅延性の確保が必要となり、さらには外部にデータを伝送するためのセキュリティの確保が求められるため、ネットワークはおのずと専用帯域・閉域網となるでしょう。また、データの主権は誰が持つかはあらかじめ関係者間で整理しておく必要があります。
また、データスペース間の連携という観点では、日本のバッテリートレーサビリティ基盤であるOuranos Ecosystemと欧州のCatena-Xがデータスペース間での相互接続の実証を行いました。このケースではネットワーク上での相互認証やプロトコル、データモデルの整合性が論点となりましたが、企業間でのデータ連携を行う上ではおのずとこれらが主要課題として浮上するでしょう。
人々の生活や企業活動のデジタル化、リモートワークの定着やクラウドの活用が進む中、ネットワークは多層化・複雑化しています。これに伴い、従来の人手中心の運用では、可用性などの要件の厳格化に対してネットワークの品質上の問題や障害を適切に管理することが難しくなっています。また、サイバーセキュリティ上の脅威も多様化する中で、タイムリーかつ適切なセキュリティ対策も求められます。
そのため、AIを活用してネットワークを「自律的に運用」する取り組みが急速に進んでいます。
ネットワーク運用に対するAIの活用はかなり前から議論されてきましたが、標準化の観点では3GPPリリース18からAI/MLをネットワーク運用・制御に組み込む仕組みに関する議論が活発化し、管理フレームワークやデータ分析機能、サービス支援機能などがトピックとして挙げられています。LG Uplusや中国の通信事業者などが本標準に即したAIによるネットワーク運用自動化の実証を行っています。また、Vodafone、Telefonica、NTTドコモなどの複数の通信事業者がO-RANのアプローチを取り入れたAI制御の実証を行っています。
高度化・巧妙化するサイバー攻撃に対し、AIを用いたネットワークの常時監視と異常検知(NDR)が普及しつつあります。AIモデルが通常の通信パターンからの逸脱を検知し、セキュリティインシデントの早期発見・遮断に寄与しています。例えばCiscoは数百万台規模のネットワーク機器から集約されるデータをAIで分析し、脆弱(ぜいじゃく)性や不審な挙動をリアルタイムに検知して対処するプラットフォームを提供しています。
これまで見てきた「AI for Network」 と 「Network for AI」 は本質的に相互依存しています。企業のDX推進では、AIとネットワークを別々の技術として扱うのではなく、一体で設計する視点が不可欠になってきています。
通信事業者としては、AIは自社ネットワークの高付加価値化と運用効率化の両方に貢献するテクノロジーです。まさに多くの通信事業者が多額の投資を行って自社でAIデータセンターを構築し、一方でハイパースケーラーと提携してデータセンター間をつなぐ広域ネットワークやエッジ環境を提供しているように、AIインフラの提供者としてますますその存在価値は高まっていくことになるでしょう。 そのトレンドの中で、通信事業者は自社のファイバーや基地局などのアセットを活用し、AIアプリケーションの実装に最適なバックボーンを構築・提供するとともに、自社でエッジ環境を活用したAIソリューションを展開することで、AIトラフィックの増大を自らの成長機会に変換していくことが重要となります。
IT企業としては、AIとネットワークの両面を押さえることで自社のサービス価値を向上させることが可能です。クラウド環境の提供企業は、データセンターそのものだけでなく、データセンター内、データセンター間のネットワークに対しても投資を行い、高速化・低遅延化を促すことで、大規模AIの学習・推論を可能としAI時代の競争力につながります。
他の産業の企業はどうでしょうか。まず、産業を問わずあらゆる企業がAI導入を推進する上で自社内のネットワークインフラの整備が求められます。AIの活用が進むと社内外で扱うデータ量が飛躍的に増えるため、基幹ネットワークの大容量化や低遅延化、次世代Wi-Fiなどの高性能なアクセスネットワークの導入を検討すべきです。工場や物流の拠点を持つ企業は、AIによるリアルタイム解析などのユースケースを実現するためのプライベートネットワークの導入やTSN(Time-Sensitive Network)への対応といったネットワークへの投資が競争力に寄与します。また、IT部門の観点では社内業務の効率化の一環として自社のネットワーク運用業務に対するAIによる自動化の推進も求められますし、サイバー脅威が多様化する中でのAIを用いたネットワークセキュリティの強化も重要なテーマとなっています。
AIが企業活動に深く根付き始めた今、ネットワークは従来の裏方としての「インフラ」から、企業価値を生むための「戦略的なアセット」へと再定義されています。AIの活用を支える基盤としてネットワークを設計する Network for AIと、AIでネットワークを自律化する AI for Network 。この両面を踏まえ、企業固有の業務構造・データ構造に適合した基盤を設計することが、これからの産業競争力の鍵となります。
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AI時代において、その原動力であるデータ流通の基盤となるネットワークはAIを活用する企業にとって非常に重要な役割を果たします。AIを生かす高度なネットワーク、AIが実現する効率的でセキュアなネットワーク、この両面を踏まえて適切な投資を行っていくことが今後の競争力につながります。