EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 第5事業部 公認会計士 小川 春樹
2012年に新日本監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)入社。自動車業を中心として上場会社の監査業務に従事。
EY新日本有限責任監査法人 第5事業部 公認会計士 奥山 浩平
物流業、建設・不動産業を中心に上場会社等の監査業務に従事。共著に、『Q&A固定資産の会計実務』(中央経済社)、『不動産取引の会計・税務Q&A第4版』(中央経済社)がある。
要点
企業会計基準委員会(以下、ASBJ)から2024年9月13日に企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」(以下、本会計基準)及び企業会計基準適用指針第33号「リースに関する会計基準の適用指針」(以下、本適用指針)等が公表されました。適用時期は2027年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から原則適用となり、2025年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から早期適用することが認められています。
本会計基準は、2023年5月2日に会計基準等の公開草案(以下、本公開草案)が公表されてから、同年8月4日まで本公開草案へのコメントが募集され、複数回の審議を経て公表に至っています。現行の会計基準における借手のオペレーティング・リースについてもオンバランスされることになり、自動車・物流業の財務報告においても大きな影響がある可能性があります。本会計基準は、このように多くの企業に影響を与える可能性があり、早期に検討する必要があると考えられるため、本会計基準が企業に与える影響について借手の会計処理及び論点を中心に解説します。
なお、文中意見に係る部分は筆者らの私見である旨、あらかじめ申し添えます。
一般に、自動車(四輪車)は2万~3万点の部品から構成されているといわれており、完成車メーカーではこの部品の大半をサプライヤーから調達しています。また、完成車メーカーに直接部品を納入するサプライヤーだけではなく、その委託先となるサプライヤーや、素材を提供する素材メーカーなど、サプライチェーンが複雑かつ多岐にわたる点が自動車産業の特徴です。完成車メーカーによって製造された自動車については販売会社(ディーラー)を通じて消費者に販売されることが一般的であり、購入時には金融機関や完成車メーカーの金融子会社によって、自動車ローンや残価設定型ローン、リースなどの金融サービスが提供されるケースも多く見受けられます。
自動車業界においてサプライヤーは、完成車メーカー(あるいは委託元のサプライヤー)から要求された仕様を満たす部品を製造するために、専用の金型を取得または製作する場合があります。
このとき、完成車メーカー(あるいは委託元のサプライヤー)が、当該金型の代金を支払うことがあり、支払いに当たっては、毎月定額払いするケース(例えば、24カ月均等払い)や一括払いするケース、部品代に上乗せして支払うケースなど、さまざまなパターンが見られます。
現行の会計実務においては、専用金型を取得したサプライヤー側において、金型に対する支配の移転状況に応じて、金型の売却として会計処理するケースが見受けられます。他方、完成車メーカー(あるいは委託元のサプライヤー)側においては部品代の支払いとして費用処理するケースが見受けられますが、本会計基準の適用に当たっては、契約の形態にかかわらず経済的実態に基づいてリース会計基準を適用するかどうかの判断が求められるため、当該金型取引がリースを含むか否かを判断する必要があると考えられます(本会計基準第25項)。具体的には、本適用指針第5項から第8項、及び本適用指針設例1に記載のフローチャート(<図1>参照)に沿って、契約にリースを含むか否かを検討することとなります。
金型取引がリースを含むと判断される場合、リースの貸手となる委託先のサプライヤーにおいては、一般に金型取引は中途解約不能、かつフルペイアウトのリース契約のケースが多いと考えられるため、ファイナンス・リースの会計処理を行うことになると考えられます。また、完成車メーカー(あるいは委託元のサプライヤー)はリースの借手として、リース開始日に使用権資産及びリース負債を計上することとなります。
図1 リース識別のフローチャート
※ 金型取引では、顧客、サプライヤーについて、それぞれ以下が該当する。
出所:本適用指針設例1を基に筆者作成
自動車業界は車両や部品の製造・組立に多数の機械装置等の設備が必要であり、貸借対照表に占める固定資産の割合が高いケースが多く見受けられます。また、電動化への対応や競合他社との競争激化による事業環境の変化、サプライチェーンの混乱等が販売・生産台数に大きな影響を及ぼすことから、固定資産の減損会計が重要な検討事項となる可能性があります。本会計基準の適用によって、減損テスト対象となる帳簿価額、また、回収可能価額の算定に用いられる使用価値それぞれに影響があります。
帳簿価額への影響としては、従来はオペレーティング・リース取引の借手として資産を計上していなかったリース取引も含め、使用権資産として貸借対照表に計上されることから、固定資産の帳簿価額が増加することとなります。
使用価値への影響としては、将来キャッシュ・フローにおいて将来のリース支払額はリース負債の返済に係るキャッシュ・アウト・フローとなるため、資産グループに係るキャッシュ・アウト・フローには含まれないこととなり、使用価値がリース支払相当額の現在価値分増加することになります。
結果として、固定資産の帳簿価額と使用価値それぞれが増加することになり、減損テストの結果に重要な影響を及ぼさない場合も考えられます。一方、減損テストの使用価値の算定に用いられる割引率は一般的にはWACC(加重平均資本コスト)を用いますが、使用権資産の算定に用いられる割引率については貸手の計算利子率を知り得る場合には当該利率、知り得ない場合には借手の追加借入に適用されると合理的に見積もられる利率であるため、両者の割引率の差異により、減損の測定額に影響を及ぼす可能性があります。
完成車メーカーの中には、グループ会社の不動産管理会社がまとめて販売店舗の土地や建物を所有し、各販売会社とリース契約を締結するケースがあります。このような場合、販売会社でオペレーティング・リースの借手として会計処理していた不動産の賃貸借契約について使用権資産及びリース負債の計上が必要となることや、貸手となる不動産管理会社においては連結外部から賃借した物件をグループ会社に貸している場合にサブリース取引の会計処理の検討が必要となるケースが考えられます。また、連結財務諸表上はこれらのグループ間のリース取引を適切に消去するための連結調整仕訳の検討も必要となります。
物流業では、自社所有のほか、他者が所有する倉庫などの不動産や、船舶、航空機、車両などの輸送手段を使用して事業を営んでいます。それらは、比較的多額となる取引が多く、本会計基準導入による影響が、一般的に大きい業種とされています。
本会計基準では、借手のリース期間におけるリース料を基礎として使用権資産とリース負債を計上するため(本会計基準第33項から第35項)、リース期間がオンバランスする金額に大きく影響します。リース期間は、解約不能期間に借手が行使することが合理的に確実であるリースの延長オプションの対象期間及び借手が行使しないことが合理的に確実である解約オプションの対象期間を加えて決定することになりますが(本会計基準第15項)、実務上、延長オプション及び解約オプションの行使見込みに関する判断は困難を伴うことが少なくありません。
物流業ではリース料が多額となる取引が多く、リース期間も長期になりやすいため、その判定が財務諸表に与える影響も大きくなるものと想定されます。<表1>は、オプションの行使見込みの判断において考慮すべき経済的インセンティブを生じさせる要因の例です。例えば、医薬品や精密機械など、温度や湿度など特別な状態での商品の保管・運搬が必要な場合、リース資産に設備改良が施されることがあり、そのようなリース資産はリース期間がより長期に及ぶと判断される可能性が高まるものと考えられます。また、企業の物流網の根幹となる配送センターなどは、その立地や機能に営業上の重要性がある場合が多いため、延長オプションを行使すると判断される可能性が一般的には高まるものと考えられます。これらはあくまで考慮すべき要因の例示であり、実務上は、さまざまな要因を総合的に勘案し、借手に契約期間を延長する(または解約する)経済的なインセンティブがあるか否かを判断する必要があります。
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出所:本適用指針第17項
本会計基準では、契約にリースが含まれるかの判断に当たっては、資産が特定されていることや特定された資産の使用を支配する権利が移転されていることなどの要件をもとに判定する必要があるものとされています(本適用指針第5項~第8項)。現行のリース会計基準(企業会計基準第13号「リース取引に関する会計基準」)では、リースの識別についての詳細な判断基準が存在しなかったため、これまでリース取引として会計処理されていなかった契約に、リースが含まれると判断される場合があります。物流業では、特定の資産を使用したサービス要素を含む契約が存在するため、高度な検討が必要となる場合が想定されます。
例えば、倉庫を使用した保管サービスを提供する契約がある場合、当該契約は保管サービスの提供なのか、倉庫(の一部)のリースなのかの判断が必要となります。また、運送契約についても、輸送サービスの提供なのか、船舶、航空機、車両などの運送手段のリースが含まれるのかの判断が必要です。
これらの判断に際して、考慮すべきポイントの一例は<表2>のとおりです。ただし、これらはあくまで例示であり、その他の契約上の制限や要因も考慮した上で、最終的な判断を行う必要があります。また、<表2>は契約にリースが含まれるか否かの判断の際の要点のみを抜粋したものであり、実際に判定する際には、本適用指針設例1のフローチャート(第Ⅱ章 自動車業 <図1>)等を参照し、慎重に検討する必要があります。
表2 契約にリースが含まれるか判断する際の一例
※ いずれもYESの場合、リースが含まれていると判断される。
出所:情報センサー2021年2月号「IFRS第16号『リース』が物流業に与える影響」を日本基準に合わせて、筆者作成
自動車業・物流業に限りませんが、本会計基準の適用により、リース負債が多額に計上され、最終事業年度に係る貸借対照表の負債の部に計上した額の合計額が200億円以上となる場合、現行の会社法を前提とすると、大会社に該当し会社法監査の対象となると考えられます(会社法第2条第6号、第328条)。そのため、新たに会社法監査の対象となるグループ会社の有無について留意が必要です。
本会計基準の適用に当たり、会計処理方針や業務マニュアルなどのルールのほか、契約情報の収集・管理やリース判定などのプロセスや、契約管理やリース会計のシステムの導入・改修など多岐にわたる項目の見直しが必要になる可能性があります。
これまでの会計基準の導入と比較しても、導入までに多大なコストと時間を要する可能性があるため、早期に対応していくことが望まれます。
新リース会計基準が自動車業・物流業の企業に与える影響について、借手の会計論点を中心に解説します。
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