EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
2024年11月23日から25日にかけて、「第13回国連ジネスと人権に関するフォーラム(13th United Nations Forum on Business and Human Rights)」がスイス・ジュネーブの国連欧州本部で、対面とオンラインのハイブリッド形式で開催されました※1。本フォーラムは、2011年に国連で承認された「ビジネスと人権に関する指導原則(以下、「指導原則」)」の普及と実践を目的として開催されている、ビジネスと人権に関する世界最大の年次総会であり、人権に関する個別のテーマを冠した多数のセッションで構成され、世界各国から企業、市民社会、国際機関、大学・研究機関などの関係者が参加します。
「企業活動における人権保護のための『施策のスマートミックス』の実現(Realizing the “Smart Mix of Measures” to protect human rights in the context of business activities)」をテーマに掲げた今回のフォーラムでは、人権デューデリジェンス(以下、DD)義務化の動きとその是非が論点の一つとなりました。グローバルサウスと言われる国々のステークホルダーを含む、先住民族や移民労働者等の脆弱なステークホルダーとのエンゲージメントの在り方も議論され、企業が意味のあるエンゲージメントを実施していく必要性が改めて指摘されました。また、環境劣化や気候変動が人権に与える影響はフォーラムの内外で議論が進行中の分野であり、今後注目が必要と言えます。
本フォーラムのテーマにある「スマートミックス」は、主には国家・企業による人権尊重における義務化(mandatory)と自発的(voluntary)のスマートな組み合わせを指します。複数のセッションにおいて企業活動に関係する人権侵害の防止・軽減、停止・最小化、是正・救済の実現の観点で効果的なアプローチ及びそれを実現するための人権DD義務化の是非が議論されました。
市民社会団体からは、これまでの企業による人権DDの取り組みは、先住民族や移民労働者をはじめとする脆弱なステークホルダーを含むことができていないと指摘があり、また、自発的な取り組みでは不十分であるとして義務化を主張する声が上がりました。この点と関連し、本フォーラムで特に議論の焦点の一つとなったのが、2024年7月に発効した人権・環境DDを義務付けるEUの指令(コーポレート ・サステナビリティ・デューデリジェンス指令〈Corporate Sustainability Due Diligence Directive/CSDDD〉)です。EUの加盟国であるオランダ政府の登壇者は、同国では過去10年間にわたって自発的取り組みを促進してきたが先進企業を中心とする展開にとどまる結果となり、今後はより多くの企業による人権DDの実践が必要であるとしてそれを義務付けるCSDDDを肯定的に評価しました。
他方で、義務化の提唱に対して懸念の声も上げられました。類似する法規制が増えることによる企業への負担増加がその懸念の一つです。本フォーラムの2週間ほど前に開催された欧州理事会の非公式会合で、EU域内産業の競争力強化に関する宣言が採択されました。その内容には規制対応や報告義務の負担軽減のための規制の簡素化が含まれています。本会合後の記者会見でフォン・デア・ライエン委員長が、CSDDD、企業持続可能性報告指令(Corporate Sustainability Reporting Directive/CSRD)、タクソノミー規則の3法について、各規則自体は有益であり存続させる一方で、報告義務には重複があるとして、これらの法を1つにまとめる「オムニバス」法案提案の方針を示したことが話題となりました※2。人権DD義務化やその負担から、人権DDが形式ばかりの取り組みに陥るおそれがあることを認識し、本質的なリスクの低減や救済につながるよう、根本原因の分析とその対応が可能となる施策を検討していくことがスマートミックスのポイントと言えます。
本フォーラムでは、25分間の短いセッションで登壇者と参加者が活発に議論をするスナップショットセッションが25設けられました。そのうち7つがステークホルダーエンゲージメントのトピックを掲げ、移民労働者の権利、児童労働や地域住民の土地の権利といった脆弱な立場にあるステークホルダーの課題においてどのようなエンゲージメントが求められているのかが議論されました。
国連開発計画(UNDP)のビジネスと人権専門員のハープリート・カウール氏は、強制労働の課題においては企業の取り組みの前進は評価できるものの、ジェンダーの視点が依然として不足していることを指摘しました。また、多くの場合、エンゲージメントが人権DDの最後のステップとして実施されることを挙げ、より早い段階でサプライチェーンの労働者の声を聞くことが人権侵害を未然に防ぐこと及び根本的な解決につながると強調しました。
別のセッションでは、国連ビジネスと人権作業部会のメンバーであるピチャモン・イェオパントン氏が登壇し、「地域コミュニティとのエンゲージメント」を考える時に、どこに利害関係が生じているのかを把握することや、企業と地域コミュニティ間に存在する不均衡なパワー関係を提起することが、意味のあるエンゲージメントにつながることを語りました。また、フィリピンの先住民族の人権活動家であるジョアン・カーリング氏が登壇したセッションでは、先住民をはじめとする地域コミュニティの権利を尊重することを明記した方針を企業が有していることが重要であり、土地の法的な状況に関わらず、住民の権利を尊重すべきであることが訴えられました。
一部の日本企業において適用となるCSDDDでも、「意味のあるステークホルダーエンゲージメント」の実施が定められています※3。「意味のある」と明記されていることは注目に値し、企業は、自社の事業活動及びサプライチェーンにおいて、自ら声を上げることが困難であるようなステークホルダーがどこに存在するのか、グローバルサウスと言われる国々に所在するステークホルダーの声を聞くことができているか等を考慮し、脆弱なステークホルダーに積極的に関わっていくことが求められています。
環境劣化や気候変動が人権に与える影響は近年注目されています。汚染、生物多様性の毀損といった環境劣化や気候変動が、人権への負の影響を引き起こしていることに着目する考え方で、健康、食料、水や衛生をはじめとする人権の課題と関連しています。本フォーラム開催期間中に国連機関から公開された実務者向けツールにおいても、企業が環境劣化や気候変動に起因する人権への影響を特定し対応するための考え方や事例が整理されています※4。
本フォーラム中のセッションにおける議論では、環境劣化が人権に与える影響の一例として、ダイヤモンド等の鉱物資源の採掘による環境課題と人権への影響が取り上げられました。例えば大量の水を貯めて鉱物を堆積させる鉱滓ダムと呼ばれる選鉱の施設による水の枯渇や、ダムの不適切な管理による洪水は周囲に住む人々の生活へ大きな影響を及ぼします。実際にダムの洪水等の問題が発生したタンザニアの鉱山でのケーススタディを通じて、環境劣化と人々の暮らしの密接な関係について報告されました。
気候変動による人権に対する間接的・累積的な影響は、CSDDDの採択に向けても議論されてきました。最終的には、気候変動による影響は「人権・環境に対する負の影響」とは定義されず、ひいては、気候変動緩和を目的とした企業の取り組みはデューデリジェンスの構成要素には位置付けられませんでした。気候変動が中長期的に人々の生活環境に悪影響を与える懸念などを巡って訴訟が起きる等、本テーマに対する注目度は高い一方で、人権への負の影響との関係で具体的にどのような気候変動対応が企業に求められるのかという点ではまだ議論が成熟していない段階にあり、今後の議論の進展を注視する必要があると言えます。
CSDDD適用となることが見込まれ対応を検討中である日本企業も存在する中で、さらなる人権DD義務化の是非が議論されたフォーラムとなりました。指導原則は、国家は実効的な政策、立法、規制等を通じて人権侵害を防止する等適切な措置をとる必要がある、と謳っています。これはまさに、義務化と自発的な施策のスマートミックスを指しています。本フォーラムのハイライトでもあったCSDDDは、スマートミックスの一要素としての試金石であり、今後人権DD義務化に関して日本を含む世界各地でどのような議論が展開されていくか注視する必要があります。
EYは、企業のバリューチェーン上の人権・環境影響に対する企業のDD責任に関する国連や国際機関でのルール形成に関し、日本政府代表としてのルール交渉や日本政府のガイドライン策定の検討委員を経験しているメンバーを擁しています。
日本においては、2015年から人権リスク対応支援や、サプライチェーン上の人権・環境リスクに対するDD体制の構築・運用に関する支援を提供してきました。グローバルなサプライチェーン上の人権・環境リスクに対応するため、関係国を拠点にするEYの海外メンバーと連携するグローバルな支援経験も豊富です。
EYは、専門的知識と豊富な支援経験に基づく実践的な助言、各国の人権・環境DD関連規制の最新動向の把握、そして、グローバル連携などを強みとして、実務に即して、事業者の皆さまにおける人権・環境DD体制の構築支援が可能です。
脚注
※1 13th United Nations Forum on Business and Human Rights
www.ohchr.org/en/events/sessions/2024/13th-united-nations-forum-business-and-human-rights (2024年12月12日アクセス)
※2 EU首脳、産業競争力強化の方針を再確認、欧州委はCSRDとCSDDDの再編の方向性示す www.jetro.go.jp/biznews/2024/11/31815ac353ad8046.html (2024年12月16日アクセス)
※3 CSDDD13条
※4 Practical Tool for Business on Human Rights Due Diligence and the Environment (HRDD+E)
www.undp.org/rolhr/publications/practical-tool-business-human-rights-due-diligence-and-environment-hrdde (2024年12月17日アクセス)
【共同執筆者】
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部
三浦 舞子、石橋 美咲、村元 貴子、関口 裕美、石川 瑳咲、ハリソン 光理、木戸 紫織、浦野 響、中山 祐奈
※所属・役職は記事公開当時のものです。
2024年11月に開催された国連主催の「ビジネスと人権に関するフォーラム」では、効果的なアプローチ及びそれを実現するための人権DD義務化の是非が議論されました。本フォーラムのハイライトでもあったCSDDDは、スマートミックスの一要素としての試金石であり、今後人権DD義務化に関して日本を含む世界各地でどのような議論が展開されていくか注視する必要があります。
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国連で2011年に承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」は、企業のバリューチェーン全体において、自社の事業と関係する人権侵害に対処することを要請しています。また、人権デューデリジェンスの実施義務を課す法律や現代奴隷法などが世界各国で制定され、企業はビジネスと人権に関して透明性をさらに高め、継続的な改善を促すことが求められています。 EYでは、人権方針案の策定から本格的な人権デューデリジェンスの実施支援まで、貴社のご要望に合わせた各種支援を提供しております。
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