EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
2024年9月24日から27日に、タイ・バンコクの国連カンファレンスセンターにおいて、「第6回責任あるビジネスと人権に関するアジア太平洋フォーラム(United Nations Responsible Business and Human Rights Forum, Asia-Pacific)」が開催されました。本フォーラムは、2011年に国連で承認された「ビジネスと人権に関する指導原則(以下、「指導原則」)」のアジア太平洋地域における促進や、企業、市民社会団体、国際機関、大学・研究機関等の間の対話と相互学習を目的に、2017年より毎年開催されています。
本年のフォーラムでは、「救済の設計図:課題を克服し、アクセスを促進する(The Remedy Blueprint “Bridging Gaps and Accelerating Access”)」というテーマのもと、指導原則の3つの柱の一つである、人権デューデリジェンス(以下、人権DD)や通報等を通じて特定される負の影響に対する救済へのアクセスの実現に向けて、企業や国家、市民社会が果たすべき役割や、国・地域間の橋渡しとなる国際的なメカニズムの在り方について討議されました。また、本フォーラムの会期中には、JP-MIRAI(責任ある外国人労働者受け入れプラットフォーム)および東南アジアのサプライチェーンにおける労働問題を扱うNGO団体ISSARA Institute共催のスタディーツアーや、国際移住機関(IOM) 主催のスタディーツアー、IDE-JETRO 主催の日系企業向け実践型セミナー等、日本企業を対象としたサイドイベントも開催されました。
フォーラムやサイドイベントでは、アジア太平洋地域の文脈を踏まえて、移住労働者等の脆弱な立場に置かれるライツホルダーの視点や立場を理解することの重要性や、人権侵害が発生した際に効果的な救済措置を提供するために必要な苦情処理メカニズムの在り方、形式的な取り組みの整備にとどまらない、ライツホルダーの権利の保護・尊重の観点から実効力のある人権に関する取り組みの重要性等の議論がされました。
本フォーラムおよびサイドイベントでは、移住労働者をテーマとするセッションやスタディーツアー等、移住労働者およびその代弁者である市民団体等が、ライツホルダーとしての視点や立場を直接表明する機会が多くありました。その背景として、本フォーラムの開催国であるタイは、ミャンマー、カンボジア、ラオス、ベトナム等の周辺国からの移住労働者がさまざまな労働に従事する一方で、特にミャンマーの内戦など、自身の母国における情勢悪化等に伴い、やむを得ず、家族を連れて非正規にタイに入国し、人権侵害のリスクに直面しているケースが増加していること等が挙げられます。IOM主催のスタディーツアーでは、IOMと連携し、移住労働者の権利保障に取り組む現地NGOから、移住労働者、特に非正規に入国した移住労働者の多くが、医療を含む社会保障制度や医療、司法、教育へのアクセスがないため、結果として劣悪な労働環境で人権侵害を受ける可能性が高く、加えてそういった人権侵害から保護されるどころか、さらなる搾取がなされるといった構造的な負の連鎖を経験していることが指摘されました。
本フォーラムでは、苦情処理メカニズムに対するライツホルダーからの信頼を獲得することの難しさが指摘されており、シンガポールを拠点とする社会的企業のFair Futureは、ライツホルダーの中には、苦情や懸念を表明することで報復を受ける可能性を恐れ、苦情処理メカニズムの利用をためらう例や、苦情処理メカニズムの利用の過程で、自身の苦情や懸念の取り扱いに不信を覚え、苦情を取り下げる例を挙げました。SDGsへの企業の貢献を評価するための指標を開発するワールド・ベンチマーキング・アライアンスの登壇者は、90%を超える企業が苦情処理メカニズムを有するものの、ライツホルダーとメカニズムを共同で設計または運営した企業は5%にとどまることを指摘し、ライツホルダーから認知され、信頼され、実際に利用される仕組みとするためには、苦情処理メカニズムの設計・運用の各ステップにおいてライツホルダーと対話し、信頼を構築することの重要性を強調しました。
一方でフォーラムでは、苦情処理メカニズムによって提供される救済措置だけでなく、その過程で発生する対話のプロセス自体が救済として機能する可能性も示唆されました。人権に関する学術機関であるオーストラリア人権研究所は、ライツホルダーが苦情処理メカニズムを通して声を上げることや、その声が人権侵害の防止・是正に対するアプローチに取り入れられ、主流化されるプロセス自体が、人権侵害を受けた人々の立場や権利の尊重や回復にもつながると指摘しました。
近年、EUのコーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令(Corporate Sustainability Due Diligence Directive)等、人権DDの法制化・義務化が進む中で、フォーラムでは、企業による人権DDの取り組みが、これらの法令の対応に終始し、形式的な体制の整備にとどまることや、人権侵害や法令違反に付随して発生する経営リスクから企業を守るための仕組みと化していくことについての懸念も表明されました。また、企業が人権に関するリスクを回避することばかりに注力することで、脆弱なライツホルダーをサプライチェーンから排除することにつながり、さらに脆弱な立場に追いやることにもつながりかねない等の指摘もありました。ビジネスにおける子どもの権利に関する活動を行うNGOの子どもの権利とビジネスセンターの登壇者は、義務教育終了後の15~17歳の若年労働者は、児童労働の対策の一環として、18歳以上のみを雇用する工場では働けず、結果としてよりリスクの高い労働環境に陥ってしまう可能性を指摘し、企業は、単に自社が人権へのリスクを回避できるようにするだけでなく、脆弱なライツホルダーの人権を尊重する包括的な取り組みを実施すべきと主張しました。
本フォーラムで強調されたとおり、企業は、人権DDの目的はライツホルダーの人権の尊重であることを念頭に、自社のサプライチェーン全体を通して、より実効性のある人権DDや救済の取り組みを実施することが求められます。苦情処理メカニズムの設計・運用についても、各種の事例が紹介され、取り組みの進展が確認できる一方で、ライツホルダーから認知され、信頼され、実際に利用される仕組みとする上でのさまざまな課題についても提示されたフォーラムであったと言えます。製造拠点や調達・取引先等を含むサプライチェーンを通じて、アジア太平洋地域と深いかかわりを持つ日本企業においては、自社のサプライチェーン上のライツホルダーやその代弁者との対話を通して、彼・彼女らの立場や視点を理解し、人権尊重の取り組みに反映することが期待されます。
EYは、日本において、2015年から人権リスク対応支援や、サプライチェーン上の人権・環境リスクに対するDD体制の構築・運用に関する支援を提供してきました。グローバルなサプライチェーン上の人権・環境リスクに対応するため、関係国を拠点にするEYの海外メンバーと連携するグローバルな支援経験も豊富です。また、EYは、企業のバリューチェーン上の人権・環境影響に対する企業のDD責任に関する国連や国際機関でのルール形成に関し、日本政府代表としてのルール交渉や日本政府のガイドライン策定の検討委員を経験しているメンバーを擁しています。
EYは、専門的知識と豊富な支援経験に基づく実践的な助言、各国の人権DD関連規制の最新動向の把握、そして、グローバル連携などを強みとして、実務に即して、事業者の皆さまにおける人権・環境DD体制の構築支援を提供いたします。
【共同執筆者】
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部
村元 貴子、平井 采花、三浦 舞子、石橋 美咲、宇佐美 純、関口 裕美、石川 瑳咲、木戸 紫織、浦野 響、中山 祐奈
※所属・役職は記事公開当時のものです。
開催国であるタイをはじめとするアジア太平洋地域では、移住労働者等の脆弱なライツホルダーの人権の尊重が課題となっています。企業は、ライツホルダーとの対話を通して彼・彼女らの視点や立場を理解し、人権に関する取り組みに反映することで、より実効性のある人権デューデリジェンスの取り組みを実施する重要性が強調されました。
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国連で2011年に承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」は、企業のバリューチェーン全体において、自社の事業と関係する人権侵害に対処することを要請しています。また、人権デューデリジェンスの実施義務を課す法律や現代奴隷法などが世界各国で制定され、企業はビジネスと人権に関して透明性をさらに高め、継続的な改善を促すことが求められています。 EYでは、人権方針案の策定から本格的な人権デューデリジェンスの実施支援まで、貴社のご要望に合わせた各種支援を提供しております。
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