EHSへの投資はどのように明確な商業的価値を生み出すのか


不確実性の高い時代、EHS(環境・労働安全衛生)への戦略的投資が、企業の競争力を強化します。


要点

  • EHS(環境・労働安全衛生)への投資は、レピュテーション(評判)、レジリエンス(強靭性)、業務効率の向上を通じて、企業の商業的価値を高める。
  • EHSは、企業が変化の激しい環境で確信を持って成功を目指すための支えとなる。そのため、回答企業の78%がEHS施策への支出拡大を見込んでいる。
  • デジタルツールは、EHSのリスク低減とインシデント予測・防止の能力を強化し、企業価値の創出を後押しする。


EY Japanの視点

EHSについての企業の取り組みは、従来のように工場などの現場レベルにとどまらず、サプライチェーン全体を含め、経営戦略と一体化した全社的な対応が求められています。
本レポートは、組織のEHSの成熟度に関する調査報告であり、2024年2月に発表されたレポートに続くものです。
前回のレポートでは、EHSの取り組みの進展や成熟が、企業価値の低下を防ぐだけでなく、価値の向上にも寄与していることが示唆されました。
本レポートでは、この点についてさらに検証するため、世界34カ国の企業のEHS担当役員など500人以上を対象に調査を実施しました。
その結果は、前回のレポートの示唆をさらに裏付けるものであり、EHSが事業のレジリエンスやパフォーマンスの向上に寄与すること、またその戦略的な投資がレピュテーションや事業効率を高め、商業的価値をさらに向上させる可能性を示しています。


EY Japan の窓口
多田 久仁雄
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 
シニアマネージャー 
※所属・役職は記事公開当時のものです

不確実性と変化が常態化している現代社会において、環境・労働安全衛生(Environmental Health and Safety、以下EHS)は、ビジネス価値を高める強力な推進力として存在感を高めています。EHSへの取り組みは、単なるコンプライアンス順守にとどまりません。ステークホルダーとの信頼構築、業務効率の向上、組織のレジリエンス強化において重要な役割を担っています。これらの要素は、企業の商業的価値を高め、市場における競争優位性の獲得につながります。

EYグローバル EHS(環境・労働安全衛生)に関する成熟度調査2025(EY Global EHS Maturity Study) (pdf)では、EHSへの戦略的投資がどのように価値創造の促進要因になり得るのかを、幅広い観点から考察しています。幅広い業界・地域の上級EHS実務担当者と経営幹部の両方から得たインサイトを基に、EHSの取り組みを重視することで得られるメリットについて、実例とともに示しています。

本調査では、EHSに戦略的に投資する組織と、当座のビジネスニーズや業務効率の要請に応じて受動的に対応する組織との違いを明らかにしています。長期にわたってEHSに戦略的に投資してきた組織(本調査では「EHSリーダー」と呼ぶ)は、受動的な対応の組織に比べ、より優れた成果を上げています。

EHSリーダーは、EHSへの投資によって、予期せぬ事態時におけるコストの削減を実現したと回答する傾向にあり(73%)、他の回答企業(64%)を上回りました。また、自社のEHS対応が業務効率の顕著な改善につながったと考える割合も、他の回答企業が73%だったのに対し、EHSリーダーは94%と高くなっています。全体として、EHSリーダーは、組織のEHS対応が商業的価値の向上に寄与していると考えており(81%)、他の回答者(59%)を大きく上回っています。

EHSを包括的な戦略へ組み込もうと考える組織にとって、この調査はロードマップとなるでしょう。調査ではさらに、EHSへの投資が企業のパフォーマンスとレジリエンスを新たな水準へと引き上げる方法についても示しています。

のEHSリーダーが、EHS対応は商業的価値の向上に寄与したと回答
Professional Heavy Industry Engineer Worker Wearing Safety Uniform and Hard Hat, Using Tablet Computer. Serious Successful Female Industrial Specialist Walking in a Metal Manufacture Warehouse.
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第1部

EHSへの投資がもたらす商業的メリット

企業のEHSに対する積極的な姿勢は、ステークホルダーとの関係強化、業務効率の改善、レジリエンス向上に寄与します。

ステークホルダーからの評価向上は、事業戦略の中核要素としてEHSに投資する最大のメリットの1つです。非政府組織の回答者の4分の3以上(77%)が、EHSへの取り組みによって投資家の関心が高まっていると回答しています。顧客ロイヤルティ(信頼、愛着)の向上も、さらなる利点です。政府・公共セクター組織の3分の2以上(68%)が、EHSへの姿勢が市民やステークホルダーからの評判と信頼を高めていると考えています。

 

業務効率の面でも大きなメリットがあります。回答者のほぼ5人に4人(79%) が、EHSに取り組んだ結果、業務効率が大幅に改善したと回答しています。具体的には、生産性の向上やインシデントの減少、イノベーション能力の強化などが挙げられています。EHSへの取り組みが進んでいる組織では、事故や負傷、稼働停止や設備の損傷の発生頻度が低下する傾向にあります。

 

EHSは組織のレジリエンスも強化します。予期せぬ事業中断の発生時において、EHS施策に積極的に投資している組織の52%は、業務パフォーマンスへの影響が最小限またはゼロだった、あるいは大幅な改善さえ見られたと報告しています。3分の2(67%)は、不確実な状況の中、EHSへの取り組みはアジリティ(機動力)の向上につながったと回答しています。

 

EHSパフォーマンスの高い組織は、市場で優位に立てる可能性があります。なぜなら、そうした組織は顧客の獲得や維持、投資家からの資本調達、事業運営の効率化、そして予期せぬ事態への対応で力を発揮しやすい傾向にあるからです。その結果、収益増加やコスト削減といった商業的利益が期待できます。

 

組織がEHS業務を価値創造の重要な源泉とみなしていることは、EHSへの継続的な投資意欲の高さにより裏付けられています。回答企業の4分の3以上(78%) が、今後3年間でEHSへの支出が増えると予測しています。支出は主に、企業のサステナビリティ目標の達成、従業員の健康とウェルビーイングの促進、技術の進展に向けられる見込みです。

の組織が、EHS施策によって業務効率が大幅に改善されたと回答
Oil worker is checking the pump near oil derrick on the sunset background.
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第2部

EHS投資の重点分野

現在のEHS投資は、戦略、リーダーシップと企業文化、ガバナンスに重点が置かれていますが、テクノロジー分野への注力はまだ不足しています。

価値創造を実現するためには、EHSは組織の戦略的優先事項であるべきです。しかし、事業戦略の重要な要素としてEHS施策を重視し、戦略的に投資しているのは半数(50%)に過ぎません。残りの半数は、当座のビジネスニーズに対応するため(36%)、あるいはコンプライアンス上の必要性から(13%)EHSへ投資しているのが実態です。なお、1%はEHS投資を重要事項と位置づけていません。

回答者は、組織の評判を守る上で最も重要なEHS施策としてEHS戦略を挙げており、次いでリーダーシップと企業文化、ガバナンスと続きます。これらが上位になるのには十分な理由があります。EHS戦略は、組織におけるEHSの最優先事項を明らかにし、その達成に向けたアプローチを定める上で欠かせません。EHSリーダーシップは、チームに先進的な手法を根付かせるには不可欠であり、企業文化への投資は新たなプロセスの導入支援に重要です。そしてEHSガバナンスは、説明責任をより一層持たせ、EHSプログラムの中核要素を監督する上で不可欠です。

技術ツールの活用により、EHS部門では施策のモニタリングや影響度の測定、リスクの緩和、インシデントの防止、トレンドの把握、コンプライアンス義務の順守が可能となり、EHSパフォーマンス全体の向上につなげることができます。こうした取り組みを通じて、EHS部門は組織に新たな価値をもたらす存在となります。

約3分の2の組織(64%)が、EHS業務の管理・改善に向けて、単一の統合EHSプラットフォーム(20%)または複数のEHSプラットフォーム(44%)を活用しています。プラットフォームを利用している組織のうち86%が、リスクの軽減およびインシデントの予測・予防に関する能力が向上したと回答しています。ほぼ半数(49%)は人工知能(AI)ツールを活用しています。AIツールは大量のデータセットを処理して傾向を把握し、リスク軽減を強化することで、効率的なEHS管理を支援します。

しかし、デジタルツールにはEHSパフォーマンスを加速させる可能性があるにもかかわらず、組織はその価値創造能力を十分に活用できていません。過去12カ月間において、テクノロジーを重点領域のトップ3に挙げた組織は、わずか27%でした。だからこそ、今後企業にEHSテクノロジーへの投資を拡大する動きが見られるのは、非常に期待が持てます。

の組織が、EHSプラットフォームによってリスク軽減およびインシデントの予測・予防に関する能力が向上したと回答
A male walking the upstairs inspection visual record storage tank oil stairs on the side shell plate.
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第3部

EHS投資の価値を最大化するには

EHSを戦略に組み込み、デジタルツールを活用して、説明責任を重視する文化を構築します。

組織はEHSを重要な戦略的優先事項として認識する一方で、レピュテーションの向上、業務効率化、組織のレジリエンス強化を実現するEHS施策への投資には課題が存在します。大きな課題の1つは、予算がひっ迫し市場環境も厳しさを増す中で、EHSへの投資に説得力を持たせることです。また、EHS投資のリターンを定量的に示すことも、組織にとって難しい場合があります。例えば、事故を未然に防いだことによる商業的影響など、一部の効果は数値化しにくいからです。

さらに、EHS投資から商業的価値を生み出すことを妨げる要因として、リソースの不足、デジタルツールへの投資不足、取締役会や経営幹部レベルにおけるEHSの認知度の低さ、EHS部門と他部門との連携不足などが挙げられます。EHS部門は、サステナビリティ関連部門をはじめとする他部門と、限られたリソースや経営層の関心を巡って競合するケースも少なくありません。

こうした難しい課題を踏まえ、企業がEHS投資からさらに大きな商業的価値を引き出すには、どう取り組むべきでしょうか。本調査から得られた主な提言は以下の通りです。

  1. EHSを組織の価値創造ストーリーに組み込む:EHS施策を組織全体のビジョンや目標と一致させることで、レピュテーションや業務効率、レジリエンスの向上を図り、商業的価値の創出につなげます。EHSは単なるリスク管理ではなく、長期的なビジネスの成功に不可欠な要素として扱われるべきです。

  2. デジタルテクノロジーの可能性を最大限に活用する:EHSパフォーマンスを真に向上させるには、企業のリスク管理システムと統合してデータを戦略的に活用できるテクノロジーへの投資が必要です。デジタルシステムや高度なデータ分析、AIへの投資を拡大することで、企業はリアルタイムで行動に直結するインサイトを得られ、インシデントの発生を事前に予測できるようになります。

  3. 説明責任を重視する文化を築く:EHSを職務記述書やガバナンスプロセスに組み込み、全職員がEHSに対して責任を持つことを確実にします。オープンで透明性の高い双方向のコミュニケーションを大切にし、社内および業界のエコシステム内で知識を共有します。

  4. 協働を促進する:EHS、サステナビリティ、人事、リスクなどの各チーム間の部門横断的な連携を強化し、組織価値の向上を図ります。組織全体にEHS文化が根付くことで、EHS部門は過剰な圧力を受けることなく業務を遂行できます。

  5. 測定と改善:EHS投資に期待する成果を明確にしたうえで、その成果をどのように測定し、進捗を把握してROIを具体的に示すのかを定義します。そして測定から得られたインサイトを活用し、戦略を継続的に改善すると共に、将来の投資判断の材料とします。

現代は不確実性の高い時代です。そしてこの状況は当面続くとみられます。こうした困難な状況において、EHS部門は組織に成功への確信をもたらす存在になることができます。だからこそ、組織は現在のEHS投資水準を維持するだけでなく、さらなる戦略的投資を行うことが不可欠です。EHS投資を停滞・縮小させれば、企業は競争力を失うリスクに直面します。

EYグローバルEHS(環境・労働安全衛生)に関する成熟度調査2025(EY Global EHS Maturity Study)

EHSへの戦略的投資が、組織の価値向上につながる理由とは。

EYグローバル EHS(環境・労働安全衛生)に関する成熟度調査2024(EY Global EHS Maturity Study)

セクター別の結果の詳細については、レポート全文をご覧ください。


サマリー

EHSへの積極的な投資は、長期的かつ持続可能なビジネス成功の基盤であり、組織に真の商業的価値をもたらします。今後の成功のためには、EHSを戦略に深く根付かせることが不可欠です。特に、不確実な現代社会においては、その重要性が一層高まっています。EHSは単なるリスク管理の手段ではなく、ステークホルダー、社会、そして地球のために永続的な価値をもたらす機会でもあります。



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