EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
Section1
日立ハイテクでは約20年ぶりにERPを刷新し、S/4HANAへ移行しました。ですがポイントはシステム移行ではありません。業務改革を行い、その結果として次の10年につながるDX基盤を構築したことです。時には泥臭く、丁寧にコミュニケーションを取りながら、確実に変革を成し遂げました。
SAP ERPは業務そのもの、つまり企業の強みそのものを左右する基幹システムです。だからこそ、SAP ERPのマイグレーションや運用は企業にとって重要な課題であり、どのように進めればいいのか、その人員やリソースをどう確保するか、思い悩む担当者は少なくないでしょう。
EYストラテジー・アンド・コンサルティングのテクノロジーコンサルティングでは、約900名の体制でS/4HANAの導入をグローバルに支援し、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を後押ししてきました。同部門の外部顧問である鈴鹿氏は、JSUGの前会長として活動し、コミュニティを通した知見の共有を推進してきた人物でもあります。
鈴鹿「EYストラテジー・アンド・コンサルティングでは、DXプロジェクト推進に当たって、構想から実装、アフターサポートまで一気通貫でご支援できます。また、世界各国に拠点があるため、海外展開されているお客さまをグローバルレベルでご支援できることも強みの1つです」
多くの企業が今、もがきながらDXに取り組んでいます。半導体や医療業界向けの検査・分析装置を開発、生産している日立ハイテクも例外ではありません。同社は、次の10年のビジネスを飛躍させる基盤となるシステム作りを目指してDXプロジェクトに取り組み、その一環としてS/4HANAへの移行をほぼ完了しました。
酒井「DXプロジェクトとは、S/4HANAというシステムのプロジェクトではなく、業務革新プロジェクトです。この方針に基づき、業務のシンプル化、経営情報のデジタル化を主眼にプロジェクトを進めてきました」
日立ハイテクの取り組みにおける最大のポイントは、ERP本体にカスタマイズを加えるのではなくシンプルに保つ「clean core」を徹底していることでしょう。
それまで国内営業、製造、サービス、海外という4つのインスタンスで運用してきたERP Central Component 6.0(ECC 6.0)を、S/4HANA Cloudのパブリックエディションとプライベートエディションの2ティア構成に変更しました。そして、両者の間にBTPを置いてSide by Side開発を行うことで、以前は約9,000あった本体のアドオンを91%削減し、800本弱に簡素化しています。
酒井「今までのしがらみをすべて捨てて新しいところへジャンプし、clean coreを実現しました。ビジネス上の意思決定に貢献でき、変化に迅速に対応できるようになるなど、さまざまな効果が得られましたが、最大の利点は、バージョンアップの工数が劇的に削減でき、AIをはじめとする新技術のビジネスへの適用が容易になったことです」
もちろん、その道筋は簡単なものではありませんでした。元々数年がかりの計画を立てていましたが、何度もリスケジュールを余儀なくされたといいます。
まず全社共通で目指すべき「To Be」を定め、「Fit to Standard」という方針を掲げて現場へ落とし込んでいきました。しかし現場からは「いや、そんなことを言われても」とさまざまな反発が生じたといいます。無理もありません。現場としては「自分の仕事」が大事だからです。
そうした現場の声に対し、マネジメントも本気で向き合いました。「To Beに向けてこのプロセスを変えていくことで、後々の工程が改善され、経営全体の改善につながる」と納得のいくまでディスカッションすることで、一つ一つ課題を乗り越え、業務改革を進めていったそうです。
タイミングの悪いことに、コロナ禍に加え、その後に続いた世界的なサプライチェーンの混乱など多くの要因に翻弄(ほんろう)されたプロジェクトとなりました。酒井氏が役員会で遅延について説明したことも一度や二度ではなかったそうですが、業務改革をやりきるという強い意志の元で進めていったそうです。
酒井「このままでは稼働が間に合わないという話が出ることもたびたびありました。しかし業務改革プロジェクトである以上、稼働を遅らせてでも業務を変えるのだと強く訴え、推進してきました」
また、エンドツーエンドでシステム全体を変えるのではなく、スモールスタートで少しずつ試行錯誤を繰り返し、動く部分から移行を進めていったこともポイントです。手軽に、何度も試せるクラウドならではの良さを生かし、ユーザー自身に何度も試してもらい、「自分たちでできる」という意識を醸成しながら移行を進めました。
約20年ぶりのERP刷新プロジェクトだけに、「徹夜は避けられないかもしれない」という思いもよぎったそうですが、実際には拍子抜けするほどスムーズに動き出し、定着しています。この移行を機に、日立ハイテクではさらなる業務改革を進めています。
Section 2
日本社会は今、女性のジェンダーギャップや地域格差、そしてIT人材不足をはじめとしたさまざまな問題に直面しています。MAIAは、SAPを軸にデジタル技術を活用することで、女性が自分らしさや特技を生かして働ける場を作り出し、この3つの課題の解決に取り組んでいます。
あらゆる業界で人手不足が叫ばれている昨今ですが、特にIT人材、SAP人材では不足が顕著です。そんな中MAIAでは、女性活躍と地域、ITを掛け合わせ、多くの女性が地方にいながら力を発揮し、活躍する「SAP女子創出」を支援する活動を行ってきました。こうした活動が評価され、月田氏が代表を務める同社は「SAP Japan Customer Award 2023」を受賞しています。
すでにさまざまな報道でも指摘されているとおり、日本社会においては、女性の活躍、地域、そしてITという領域それぞれに課題が存在します。
まず、日本のジェンダーギャップ指数は146カ国中118位1にとどまっています。非正規雇用が多く、所得がなかなか上がらず、さまざまな事情でキャリアを中断せざるを得ない女性が少なくありません。また地方と都市部の間の賃金格差も歴然としており、都市部への人材流出が続いています。一方で、国内企業の9割がIT人材の不足を感じており、特にSAP人材は需要に対して供給が大変に不足しています。
月田「MAIAではこの3つの課題を掛け合わせ、地域の女性が、地域にいながらリモートでSAPをはじめとするデジタル関連の仕事をすることで、自分たちのライフスタイルに合わせて高単価で働ける環境を作っています」
MAIAではSAP、グラミン日本と共同で「でじたる女子活躍推進コンソーシアム」を立ち上げ、約1,500人の人材を育成し、働く場を用意してきました。
複数の地方自治体と連携し、SAPのほか、RPAやAIなどに関するデジタル人材育成カリキュラムを実施し、女性のリスキリングを行っています。ただ、カリキュラムを終えただけでは経験に欠けるのも事実です。そこでMAIAでは、ワークシェアリングを活用し、チームとして働く仕組みを整えることで、働く女性側、雇う企業側双方が安心して仕事に取り組める枠組みを用意しました。これは、育児などさまざまな事情を抱えており、フルタイムでの勤務が難しい女性にとっても働きやすい方法です。
月田「およそ4カ月間で140時間程度をかけ、皆さんが支え合いながらSAPを学んでいます。お客さまの芯に当たる業務知識を理解した上で業務に当たれることを重視し、販売管理、会計、営業支援といった幅広い範囲で活用できる内容を学習しています」
すでに、こうした学習を行った女性たちは、SAP関連のテストやデータ移行支援、マニュアル・ドキュメント作成やユーザー教育など、幅広い領域で活躍しています。中には、全社DXの一環としてS/4HANA移行を進める中でユーザーサイドのテストを担う、あるいは、移行に当たってグローバルから寄せられる質問に対応するヘルプデスクを担う例もあるそうです。
月田「いずれの場合も、チームを組んでモチベーション高く取り組んでいます。それもリモートで、自分の住む地域から仕事ができるということで喜ばれています」
ただ、まだまだ改善すべきところもあるという月田氏。個々人のさらなるスキルアップ、キャリアアップを支援する策やマネジメント体制の整備などに取り組みながら、引き続き、女性と地域、ITをつないでの課題解決に取り組んでいきます。
Section 3
日立ハイテクでも、S/4HANAへの移行プロジェクトをはじめ、さまざまな場で女性人材が活躍しています。性別に関係なく、スキルと意欲を持つ人材にどんどん機会を与え、チャレンジできる組織作りのポイントとは何でしょうか。
実は日立ハイテクでも、アプリ開発部門など女性人材がさまざまな場で活躍しており、女性比率は全体の24%となっており、管理職の育成も進めている段階です。
酒井「グローバルにプロジェクトを展開していこうにも、今やリソースが絶対的に足りない状態になっています。女性だから、男性だからではなく、新しいテクノロジーに取り組んでいこうとしたら、自然と女性が増えていくのだと思います」
DXプロジェクトにおいて、S/4HANAを各国・地域でロールアウトする際にも、欧州やASEAN諸国、中国など現地に女性担当者が出張して支援を行いました。時にはプロジェクトに問題が発生した際に解決に当たることもあり、スキルとコミュニケーション力が生かされているといいます。
酒井「女性だけで行くと軽く見られる、という話も聞きますが、結局は実力です。一度話してみると『この人で良かった』と思ってもらえ、それ以降もずっと頼りにされていることもあります」
意思や可能性があれば性別関係なく機会を与えるという考え方で、女性が海外駐在を経験することや、海外カンファレンスに参加することもあります。中には、SAP TechEd Japanなどのイベントに登壇するような人材も登場しています。酒井氏はさらに、UIやデザインといったセンスが求められる分野での活躍にも期待したいと述べています。
男女関係なく機会を与え、活躍できる文化はどのように醸成されているのかという月田氏の問いに、酒井氏はむしろ、制度面での整備が重要だと答えました。
酒井「昔は人事制度が整備されておらず、結婚後に転勤の話が持ち上がると働き続けられずに優秀な人材が抜けてしまう過去がありました。最近は会社の制度もだいぶ変わり、いろいろな下地が整いつつあります」
女性側だけでなく、男性の育休100%取得を目指すなどさまざまなチャレンジを続け、垣根をなくす取り組みを進めていく方針です。
月田氏は、MAIAでSAPを学んだ女性たちが、自分たちそれぞれの特技を生かして新たな表現をする「SAPチャレンジ」の様子を紹介し、「女性たちが、自分の思いや強み、特技を生かしながら、SAPを介して、より素晴らしいライフスタイルを築いていってもらえれば」とエールを送り、セッションを終えました。
鈴鹿:S/4HANAの導入、そして女性活躍というそれぞれ異なる視点から、力強く変革を推し進めるユニークな取り組みを紹介していただきました。皆さまの変革のヒントになる、興味深いセッションになったのではないでしょうか。
脚注
SAPは企業の業務を支える重要なデジタル基盤ですが、本質は、新たなシステムへの移行を通していかに業務改革をやり遂げるかにあります。そして、こうしたプロジェクトを推進するには、性別や地域に関係なく、スキルを身につけ意欲のある人材を生かしていくことが重要です。
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