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サイバーセキュリティのガードレールを再構築することで、AIの価値創出をどのように加速できるのか?

より非線形的に、加速的に、不安定に、そして相互接続するようになったサイバー空間において、全社的なAI導入は、サイバーセキュリティのガードレールを設けることでより安全かつ迅速に推進することができます。


要点

    • 最高情報セキュリティ責任者(CISO)が自信を持って、今日の高度に入り組んだサイバーセキュリティ環境を管理し、セキュリティ対策や関連リソースへの投資を進めていくには、複雑に絡み合ったその構造を理解することが重要である。
    • サイバーセキュリティ部門は、詳細に規定され、かつ柔軟性のあるガードレールを構築することが求められている。これにより、自社事業が自信を持ってAIを導入・活用する支えとなる。



    EY Japanの視点 

    日本国内では、目下ランサムウェアによるサイバー攻撃が猛威を振るっています。生成AIを悪用してランサムウェアコードを作製する事案も発生しており、企業を狙った攻撃を助長しかねない状況です。

    一方、従業員が機密情報を外部のAIプログラムに入力する事案や、生成AIから不正に個人情報を引き出す事案も発生しており、意図的かそうでないかにかかわらず、AI利用による情報漏洩もすでに頻発しています。

    AIが企業にとって生産効率や付加価値の向上に欠かせない存在となる中、日本企業にとってもAIシステムに対する一連のサイバーセキュリティ上のガードレール構築が急務として求められています。



    EY Japanの窓口

    小川 真毅
    EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 サイバーセキュリティ共同リーダー/EY Japan金融サービス パートナー

    小村 克彦
    EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 サイバーセキュリティ シニアマネージャー



    2025年10月期のEY Global Responsible AI Pulse Survey(責任あるAIに関するパルス調査によると、半数に及ぶ企業がAIシステムに起因するサイバーセキュリティの脆弱性によって悪影響を受けたと述べています。被害額は大きく、AI関連のインシデントを経験した企業では平均損失額は4,400万米ドルを超えています。

    AIシステムにおける脆弱性
    の企業がAIシステムのサイバー脆弱性により悪影響を受けている

    サイバー攻撃者は、データポイズニング、プロンプトインジェクション、モデル窃取などの新たな手法を用いて、AIシステムを標的に企業を脅かしています。またAI自体も攻撃者のツールの一部となっており、攻撃の速度と範囲を拡大し、予期しない攻撃手法をこの先もたらす可能性もあります。

    この複雑化するサイバー空間において、CISOはどのように全社的なAI導入を安全に進め、同時にその過程で、サイバーセキュリティを「価値を生み出す攻めの機能」へ進化させることができるでしょうか。

    本記事ではまず、EYの調査、インタビュー、2次データを基に、AIにより加速し、相互接続するようになったサイバーセキュリティ環境の全体像を描き出します。さらにCISOが自信を持って全社的なAI導入を推進するにあたって活用できる、サイバーセキュリティ上の「ガードレール(逸脱を防ぐために設定する予防的な仕組みやルール)」の枠組みを提示します。

    Huge thunderstorm over the city with the powerful lightnings in the sky
    1

    第1章

    NAVIにより再定義される新たなサイバーセキュリティの脅威の様相

    サイバーセキュリティ環境は、より非線形的、加速的、不安定になり、相互接続が進むように、つまりNAVIにより変容しています。

    企業は依然としてサイバーセキュリティ機能強化に多額の投資を行っています。EYの調査によると、年間売上高10億米ドル以上の企業のうち72%がサイバーセキュリティに1,000万米ドル以上を費やしており、さらに4分の1以上では1億米ドルを超える投資をしています。Gartnerの予測によると、2025年にはサイバーセキュリティ投資額全体は10%増加すると見込まれています1。しかしながら、サイバーセキュリティ部門はただ課題解決に費用をかけているわけではありません。戦略的かつ革新的な姿勢で投資に臨んでおり、AIを活用した脅威検知・対応能力の開発や、全社的なAI導入と併せてセキュリティの組み込みも推進しています。

     

    これらすべての取り組みは、眼前の脅威に先んじるためのものです。サイバー犯罪者側も豊富なリソースがあり、他方でコーポレートガバナンスのルールのような制約はないため、敏速かつ執拗に実験と革新を繰り返し、相手の防御の隙を突いてきます。

     

    それでも、サイバーセキュリティ武装競争において勝ち負けを競うことは無意味です。サイバーセキュリティにおいて非の打ちどころのない実績を今日まで収めてきた企業が、明日重大な情報漏洩を起こしたとしたら、それまでの実績に果たして意味があるでしょうか。

     

    CISOにとって、現在のサイバーセキュリティ環境における複雑に絡み合った構造を深く理解することこそが有効です。

    NAVIの世界では、次のような急速な変化が伴います。

    • Nonlinear(非線形性):非線形的に進行し、企業は突然の転換点に直面する可能性がある
    • Accelerated(加速性):加速度的に進行し、迅速な対応が求められる
    • Volatile(不安定性):不安定で、方向性の転換が頻繁に起こり、企業の俊敏性が問われる
    • Interconnected(相互接続性):相互的に接続されており、連鎖的な影響を引き起こす

    新たに到来したNAVIの時代のサイバー環境を理解することで、CISOは変化をもたらす根本的な要因や構造的なトレンドを特定し、より的確な意思決定を行えるようになります。

    1. 非線形的な進行

    AIを利用した「バイブコーディング」がコーディング技術者でなくともコードを書けるようにしたのと同様に、「バイブハッキング」にはサイバー犯罪を一般化させる危険性が潜んでいます。最新のAI技術はサイバー犯罪が新たな局面を迎える転換点となり、攻撃者の数ならびに標的となる被害者数も激増しています。

    2025年8月、Anthropicはサイバー犯罪者が同社のAIコーディングアシスタントClaude Codeを使用して、複数国にまたがる17の組織(防衛関連企業、医療機関、金融機関など)に対しデータ恐喝が行われたことを公表しました。攻撃者は偵察、侵入、横展開、データの不正持ち出しといった各段階でClaude Codeを利用し、計画を立て実行に移していました。

    「AIは、サイバー犯罪者が高度な攻撃を実行するためのハードルを下げました」と、EY UK&I Cybersecurity LeaderのRick Hemsleyは述べています。「かつてはサイバー攻撃スキルの習得には多くの時間と経験が必要でした。しかし今では、無料で、簡単に手に入れられるようになり、これまでになく多くのサイバー犯罪者が出現しています」

    脅威となり得る攻撃者数の激増は、企業だけにとどまらず、規制当局にも課題を突き付けています。従来は、規制機関や政府機関は既知のハッカー集団や高度持続的脅威(APT)に集中的に対応してきました。しかし、AIの出現により、新たな地域で未知のサイバー攻撃集団が急速に武装化することや、「一匹おおかみ」の攻撃者が従来の集団レベルの高度なスキルを備えることが可能になり、サイバー脅威の分散化がさらに進むことが考えられます。

    サイバー犯罪者はまた、同時に膨大な数の攻撃対象者を標的とするためにAIを活用しています。フィッシング(phishing)、ボイスフィッシング(ビッシング:vishing)、ディープフェイク音声を使った詐欺などのソーシャルエンジニアリング手法は、説得力が高いほど効果的です。従来は被害者を誘導するための巧妙なわなを作るには時間がかかりましたが、今ではパーソナライズされたフィッシングやビッシングを、生成AIツールを使って一斉に展開できるようになっています。CrowdStrikeによると、ビッシングによる攻撃が2024年後半には442%と爆発的に増加しており、この傾向は2025年も続くものと予想されます2

    ビッシングによる攻撃
    まで、2024年後半にはビッシング攻撃数が跳ね上がっている

    実用化が視野に入りつつある量子コンピューティングの技術革新もまた、サイバーセキュリティのあり方において非線形的な変化となり、転換点となりそうです。量子技術を用いれば、現在広く普及している暗号アルゴリズムを瞬時に解読することになります。これにより、サイバー攻撃を一気に加速させ、現行のデータ保護手法を陳腐化するとみられます。

    2. 加速度的な進行

    CrowdStrikeによると、サイバー攻撃のブレイクアウトタイム(侵入後から横展開までの時間)の平均は2024年では48分となっており、2023年の62分、2022年の79分から大幅に短縮されています。


    ブレイクアウトタイムが加速的に短縮されていることは脅威です。攻撃者がネットワーク内に定着すると、より強力な制御を得て排除が困難になります。2025年9月にヨーロッパで発生したサイバー攻撃では、欧州全域で数日間にわたりフライトのキャンセルと遅延を引き起こしました。攻撃を受けたソフトウェアプロバイダーはシステムを再構築し再稼働させましたが、ハッカーが変わらずに内部に潜伏していることを目の当たりにすることになったのです。

    ブレイクアウトタイム短縮以外にも、サイバーセキュリティ環境の変化が加速しています。近年、SaaS(Software as a Service)市場は急成長しており、IDCの予測によれば、2026年にはエンタープライズアプリケーションの全世界売上高が3,852億米ドルに達する見込みで、2022年比でほぼ40%の増加となります。この成長の大半は、パブリッククラウドソフトウェアへの投資が占めます。クラウド上でアプリケーション構築することで、SaaSプロバイダーの顧客は、イノベーションと効率性の向上、急速な拡大、顧客サービスの改善を果たしています。しかし、熾烈な競争の中で製品や追加機能を加速的に市場展開してきたことに対しては、セキュリティが犠牲となってきた可能性があります。比較的小規模で機動力の高いSaaSプロバイダーに対するサイバー攻撃では、データ共有や技術連携の緊密さから、その顧客にも広く影響が及ぶことがあります。

    企業も同様に社内のAIイニシアチブを加速させていますが、その過程で、経営層はスピードにはリスクが伴うことを認識しています。今回の調査によると、AIデータ保護が十分に確保されていると考えるCEOは、わずか14%にとどまっています。

    わずか
    のCEOだけが、AIデータ保護が自社で十分に確立されていると考える

    「企業がAIやテクノロジーの導入を加速させる際には、初期段階からサイバーセキュリティがもたらす影響を考慮に加えるべきです。適切に実施すれば、サイバーセキュリティは導入の減速要因ではなく、むしろ全社的なイノベーションの実現をより安全で迅速に促進するでしょう」とEY Americas Cybersecurity LeaderのAyan Royは述べています。

    3. 不安定な環境

    地政学的および制度的な不安定性の高まりは、サイバーセキュリティ環境に影響を与えています。世界経済フォーラムによると、2025年には約60%の企業が、地政学的緊張が自社のサイバーセキュリティ戦略に影響を与えたと回答しています3。回答率の高さは当然とも言えます。近年の地政学的な不安定性の高まりは、企業にも政府にも、サイバー領域において多くの連鎖的な影響を及ぼしています。

    地政学的な不安定性
    の企業が、地政学的緊張が自社のサイバーセキュリティ戦略に影響を与えたと回答

    経営者たちは、この不安定性が早晩収束するとはみていないようです。「EY-Parthenon CEO Outlook調査(2025年9月期)」によると、57%もの経営者が地政学的および経済的不確実性は1年以上続くと予測しており、うち24%は3年以上続くと見込んでいます。

    重要インフラ(電力、交通、通信、エネルギーなど)は、地政学的な不安定性の影響を、国家支援型サイバー攻撃という形で被る恐れがあります。こうした攻撃は国家や地域間の緊張を高めますが、一般的には武力衝突までには至らず、宣戦布告なしに敵対的な意思を示す手段として広く取られるようになってきています。企業にとっては、インフラの停止が工場の稼働停止、サプライチェーンや輸送の混乱、資産の損傷などを引き起こす可能性があります。

    重要インフラに関連するサードパーティサプライヤーが攻撃対象となった場合、企業は二次的な被害を受けることになります。サイバー犯罪者は、世論の圧力を利用することで性急に解決を急ぐ方向性をつくり出し、身代金獲得につなげたいという動機を持ち得ます。そのため、空港や鉄道システムなど世間の関心の高いインフラ関連企業を標的にする可能性が高まります。

    制度の不安定さも、企業のサイバーセキュリティ環境に影響を与えています。「政治勢力は各国・地域で再編されつつあり、分極化はますます進んでいます。つまり選挙ごとに、政策が大きく転換する可能性が高まっているのです」と、EY Global Government & Infrastructure Industry LeaderのCatherine Fridayは述べています。

    規制に関しては、サイバースペースは国境のない世界とはなっておらず、特に多国籍企業にとって状況は一層複雑です。現在注目されるのはAI規制ですが、世界各地で規制状況が異なるため、企業は絶えず変化する政策に準拠し続けねばならない状況に陥っています。

    「多国籍企業は現在、複数の法域において、複雑なサイバーセキュリティ、AI、データを含む技術規制に直面しています。最も先進的な企業は、コンプライアンスを技術に組み込んでいます。これにより変動性のある制度に対して、全面的に再構築する必要がなくなり、柔軟な調整によって対応できるようにしています」とEY Global Government and Infrastructure Cyber LeaderのPiotr Ciepielaは述べます。

    4. 相互接続性

    企業は、サプライヤーとの強固なパートナーシップを構築できてこそ成長します。他方、サイバー犯罪は、広範な攻撃対象領域を足場に拡大します。こうした危険な領域は、サイバーセキュリティの成熟度が異なるサードパーティによって構成される相互接続型のエコシステムによって形成されます。

    企業が社内のAI機能を構築する際、多くの場合、大規模言語モデル(LLM)はサードパーティを利用します。LLMをゼロから構築するには莫大な費用と計算資源が必要になるからです。

    外部リソースを活用して社内ツールを迅速に開発するというハイブリッド型のAI開発手法は、他の社内技術の開発方法と大きく違わないものの、スピードの代償としてサイバーセキュリティリスクの高まりが懸念されています。2025 EY Global Third-Party Risk Management Survey(EYグローバルサードパーティリスク管理調査2025年版:英語版のみ)によると、サードパーティリスク管理プログラムの実行では、他のどのリスクよりもサイバーセキュリティリスクの検出頻度が高くなっています。

    組織の複雑性も増しています。EY Global Cyber Risk and Cyber Resilience LeadのRudrani Djwalapersadは次のように述べます。「組織がますます複雑かつ相互接続されるようになり、サイバー環境が絶えず変化する時代において、CISOが担う判断の重要性は高まっています。CISOは、企業全体のAIイニシアチブの安全性を確保するだけでなく、サードパーティと連携してエコシステム全体の安全性も確保する必要があります。」

    EYの調査によると、企業ではサイバーセキュリティ部門だけでも平均で47種類ものツールを使用しています。さらに詳細に見ると、従業員はAIを使用する中でそのリスクに気づいています。EYの別の調査(英語版のみ)では、39%の従業員がAIを責任を持って使用することに自信が持てていないと回答しています。


    Estremadura. Spain.
    2

    第2章

    全社的なAI導入を促進するためのサイバーセキュリティ上のガードレール

    NAVIの時代にあっては、企業のAI導入にはサイバーセキュリティ上の困難な課題が生じます。適切に対応すれば、サイバーセキュリティ部門はAI導入のスピードと安全性の両方を高めることが可能です。

    ほぼすべての業務部門が、AIイニシアチブに初期段階から関与する必要性を訴えており、それぞれに正当な背景があります。サイバーセキュリティ部門にとっては、「シフトレフト(ソフトウェア開発ライフサイクルの早期段階でセキュリティテストを実施すること)」が、説得力のあるステートメントであり、有効な方針でもあります。しかし、「スピードを優先して失敗を恐れない」ことを望む技術者や、競合よりいち早く市場に出たいビジネスリーダーにとっては、過剰な負担に感じられることもあるようです。

     

    NAVIの時代にあっては、単にシフトレフトを実施するだけではサイバーセキュリティリスクの最小化に効果的な戦略とは言えません。技術開発サイクルの短縮と、高度化するサイバー犯罪者への対応には、より強靱なセキュリティ・アプローチが求められています。

     

    AI導入のスピードと安全性の両立には、明確なセキュリティのガードレールの構築に注力することがより効果的と考えられます。サイバーセキュリティ上のガードレールは、既存システムに統合され、AIの導入を加速します。また、ステークホルダーに対しては、導入後すぐに重要リスクが管理されるという安心感を与える、より明確で柔軟なセキュリティの組み込み手法となります。さらにサイバーセキュリティ上のガードレールは責任あるAIの取り組みとの親和性も高く、両者を統合することによって信頼構築とリスク管理が強化され、可視性と企業全体に対するサポートが一層広がります。

    サイバーセキュリティ上のガードレールはまた、先進的なCISOにとっては、より早期から重要な戦略的意思決定にサイバーセキュリティを組み込むことを可能にします。早期に統合することで、サイバーセキュリティ部門による価値創出がより充実したものになります。このことは、2025年度のEY Global Cybersecurity Leadership Insights Study(EYグローバル・サイバーセキュリティ・リーダーシップ・インサイト調査)でも明らかになっています。

    先進的なCISOが、NAVIの世界にあって企業価値を創出し、サイバーセキュリティリスクを軽減するために活用しているガードレール5つを以下に紹介します。

    1. 人的リスク要因の防止策

    先進的なCISOは、人的リスク要因の最小化を目指し、人間とAIのインターフェースの保護を確立すると同時に従業員が最も脆弱な部分として悪用される機会の削減に努めています。「テクノロジーだけでは組織を守ることは困難です。セキュリティへの意識向上、文化醸成、責任の明確化を通じて人的リスクを低減する企業は、ツールにのみ依存する企業よりも新たなサイバー脅威に対しはるかに強靱です」と、EY Americas Cybersecurity Advisory LeaderのBill Frybergerは述べます。

    企業は、より強力な識別情報やアクセスの管理、インサイダー脅威対策の高度化、従業員に対するリスクベースの意識向上トレーニングの導入を進めることで、人的ミスを抑制し、ソーシャルエンジニアリング攻撃を防ぎ、情報漏洩につながりかねない設定ミスを回避しようとしています。

    軽減されるリスク:

    • 人的ミス:日常業務でAIツールを従業員が独自に試すことから、人的ミスを突かれるリスクが高まる可能性があります。今回のEY Responsible AI Pulse調査によると、企業の68%がシチズンデベロッパー(従業員が独自にAIエージェントを開発・導入すること)の活動を許可していますが、これについて正式なガイダンスを提供している企業は6割にとどまっています。
    • AIを悪用した標的型のビッシング、フィッシング、ソーシャルエンジニアリング攻撃:すでにこれらは不正アクセスを得る有効な手段になり、2025年にはAIが生成したフィッシングメールは67%増加しています4
    • 意図しない設定ミスによるデータ漏洩

    2. AIイニシアチブで使用されるデータの保護

    データはあらゆるAIシステムの基盤であるため、先進的なCISOはあらゆる種類のデータの保護に取り組んでいます。これには、ユーザー入力データ(企業固有の文脈に合わせた結果を出力させるために用いるデータ)、学習・ファインチューニング用データ(基盤モデル構築に用いるデータ)、ラベル付きデータ(モデル出力の検証に用いるデータ)などがあります。先進的なCISOはまた、データの機密性、完全性、可用性の保護に注力しており、データポイズニングやインジェクション攻撃への防御策の導入、サードパーティや機微情報の管理強化、強力な暗号化の適用によって、機密情報の漏洩リスクを低減し、AIシステムが信頼できる情報源で学習される環境を整えています。

    軽減されるリスク:

    • データポイズニング:画像認識では最大27%、不正検知では最大22%の精度低下を引き起こす可能性があり、CISOにとって優先度の高い課題となっています5
    • 機密情報、機微情報、個人識別可能情報(PII)をAIシステムやエージェントの学習に使用すること:Microsoft 365 Copilotが厳格なデータ基準をどのように維持しているかについては、次の事例を参照ください。
    • AI出力からの情報漏洩:AIは偶発的または意図的に機密情報を漏洩する可能性があります。例えば、最近のプロンプトインジェクションチャレンジでは、参加者の88%が生成AIをだまして機密情報を引き出すことに成功しています6

    3. AI脅威検知と対応の再設計

    先進的なCISOは、AIの攻撃対象領域全体にわたって可視性と防御を一体化させることにより、AI脅威の検知とその対応を再構築しています。EYの調査によると、現在、企業の4分の3が、サイバーセキュリティの検知プロセスの自動化に取り組んでいます。企業が実施している手法としては、AIによるモニタリング、自動応答、高度な脅威インテリジェンスなどを活用した、プロンプトインジェクションの阻止、出力の無害化、機密データのマスキング、DoS攻撃の緩和、過剰な権限を付与されたエージェントの封じ込めなどが挙げられます。このような統合的なアプローチを採用することにより、企業はAIシステムやそのサプライチェーンを標的とした悪意ある攻撃を迅速に検知・対応し、新たなサイバー攻撃にも適応できるようになっています。特に銀行業界はエージェント型AIの活用において先進的です。MIT Technology ReviewとEYの共同調査によると、銀行業界の経営幹部の過半数が「エージェント型AIシステムはサイバーセキュリティ体制の高度化に高い効果を発揮できる」と回答しています。


    軽減されるリスク:

    • AIシステムおよびAIサプライチェーンへのサイバー攻撃:CISOは、AIシステムに関連した高まるサイバーセキュリティリスクについて認識を強めています。例えば、監査にAIを活用している企業の76%が、より高いサイバーリスクがあると受け止めています8
    • AIエージェントによる過剰な自律性や不適切な出力

    4. AIサプライチェーンの脅威の軽減

    AI開発において生じる相互接続性により、企業は強固なサードパーティリスク管理と攻撃対象領域の可視化を構築する必要に迫られています。CISOは、サードパーティプロバイダーやAIコンポーネント全体に対し透明性、可視性を求め、また最低限のセキュリティ基準を導入することで、AIサプライチェーンに対する脅威の軽減に努めています。また、資産管理を強化し、厳格なサードパーティリスク管理を適用し、AIモデルの暗号検証を採用することで、外部AIソフトウェアによってもたらされ得る隠れた依存関係や脆弱性を減少させています。

    軽減されるリスク:

    • 複雑性、隠れた依存関係、追加的な脆弱性:こうした脅威は現実に発生しており、61%の企業が過去1年間にサードパーティによるセキュリティ侵害を経験しています10

    5. AIシステムの強靱化

    各企業はCISOを中心として、セキュリティを設計から運用までの開発・導入ライフサイクル全体に組み込むことによって、AIシステムの強靱化に努めています。この重要性は広く認識されており、EYの調査(英語版のみ)によると、リーダーの83%が「より強固なデータ基盤が整えば、AI導入はもっと迅速に進む」と考えています。EY Global Cyber Chief Technology OfficerのDan Mellenは次のように語ります。「AI導入プロセスに適切なセキュリティ管理を組み込みAIシステムを強靱化することで、サイバーセキュリティチームは全社の模範となり、責任あるAIの実装をけん引する存在となります」

    このため、企業はMLOps(Machine Learning Operations:機械学習モデルの開発・運用を効率化する手法)にセキュアコーディングとモデルガバナンスを統合し、敵対的テストやレッドチーム演習を実施しています。また、強力な構成管理とセグメンテーションの実施、脆弱性管理基準を徹底しています。こうした手法を取ることで、エラーや設定ミスを低減し、インフラレベルの脆弱性からセキュリティを保護し、AIモデルやエージェントが強靱な基盤上に展開されることが担保されます。


    軽減されるリスク:

    • 拙速な開発と専門知識の不足によって生じるエラー、設定ミス、脆弱なコード:クラウドおよびAIの設定ミスは極めて頻繁に起こっており、98.6%の企業が「重大なクラウドの設定ミスを抱えている」と回答しています。
    • 基盤インフラの脆弱性:脆弱なインフラはAI導入においてリスクであり、推進を阻む障害にもなり得ます。EYの調査(英語版のみ)によると、リーダーの67%が「盤石とは言えないインフラがAIのイニシアチブを阻んでいる」と回答しています。

    これらのサイバーセキュリティ上のガードレールを総合的に活用することで、CISOは全社的なAI導入を安全確実に推進することが可能となり、さらにはサイバーセキュリティ部門の価値を高めることにつながります。ガードレールへの投資を価値創出に直結する領域に集中させることで、CISOは社内における自らの部門の価値を高め、サイバーセキュリティのケイパビリティを迅速に強化することとなり、そして企業はNAVIの世界に乗り出す体制を整えられます。

    本記事の執筆に当たっては、Ernst & Young LLP Associate DirectorのAnnMarie Pino、Assistant DirectorのWilliam Reid、EYGS LLP Associate DirectorのJoe Morecroftの協力を得ました。


    サマリー

    企業が社内AIプログラムを構築し、AIプロバイダーと連携を進める中で、サイバー空間は非線形的に、加速的に、不安定に、そして相互接続が進むように変容しています。CISOは、全社的なAI導入を安全確実に推進するために、サイバーセキュリティ上のガードレールを構築することが求められます。

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