EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
Session1
グローバルな地政学リスクが高まる中、米国では国家安全保障に関する管理体制がますます厳格化しています。こうした動きは日本企業による対米投資にも影響を及ぼしつつあり、新たな視点からの備えが求められています。本セッションでは、米国におけるCFIUS(対米外国投資委員会)の審査動向、日本の経済安全保障政策の変化と企業が取るべき戦略的対応について、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジック インパクト シニアマネージャー 泙野が解説しました。
2023年5月、米『フィナンシャル・タイムズ』紙は、CFIUS(対米外国投資委員会)の審査メンバーが、日本企業による投資に対して安全保障上の懸念を抱いていると報じました1。
「CFIUSは、外国資本による米国企業への投資について、国家安全保障上のリスクがないかを複数省庁が横断的に審査する米国政府の機関です。米国企業が中国企業と関わる場合に審査が厳格化するのは知られていますが、日本企業であっても、中国との資本関係や市場依存が疑われれば、CFIUSの審査対象となります」(泙野)
例えば、中国企業からの出資、あるいは中国市場への過度な依存がある日本企業による米国企業への投資は、「情報流出リスク」として米当局の警戒対象となる可能性があります。
「表向きは日本企業であっても、実質的に中国との経済的な結び付きがあれば、安全保障上の懸念は払拭されないというのが米国側の見方です」(泙野)
そのため現在では、日本企業が対米投資を行う際には、自社の株主構成や資本関係、そして中国企業との直接的・間接的な関係性について透明性をもって整理・開示し、「中国に依存していない」ことを証明する説明責任が強く求められています2。
日本製鉄が米国企業の買収を試みた案件では、一度バイデン政権下で中断され、その後トランプ大統領により承認されました。この件について泙野は、OSINTプラットフォーム「WireScreen」のデータベースをもとに、日本製鉄の子会社である日鉄物産が中国企業へ製品を供給していた事実を挙げ、「断定はできませんが、CFIUSの審査対象とされていた可能性は十分にある」と指摘します。
同様の事例は他にもあります。2024年には、ワイオミング州の空軍基地近くで中国系企業のビットコインマイニング施設に対し、国家安全保障上の懸念から大統領令による売却命令が出されました3。設備がスパイ活動に使われていた可能性が指摘されたためです。
「この施設に機材を供給していた中国系企業についてWireScreenで調べたところ、企業自体はアメリカの制裁対象ではありませんでしたが、役員の一部が中国の人民解放軍と関係のある企業に関与していたことが確認されました。米国はこうした企業の背後関係に至るまで、極めて精緻なレベルで情報収集と審査を行っています」(泙野)
日本国内でも経済安全保障をめぐる制度整備が急ピッチで進んでいます。
2025年5月16日に施行された「セキュリティ・クリアランス制度」は、従来の特定秘密保護法に類似した仕組みを持ちつつ、対象範囲を大幅に拡大した制度です。特定秘密保護法では、主に防衛・外交・スパイ活動・テロ関連の国家機密が対象でしたが、当制度では「経済安全保障に関わる機密情報」の管理にまで踏み込んでいます。契約を結んだ企業と行政機関の間で、機密情報を扱う従業員に対して適性調査を行い、クリアランスを付与するこの制度は、特に上場企業に対して株主構成の把握や継続的な調査・報告を義務付けています。
さらに泙野は、現在検討中の外為法(外国為替及び外国貿易法)に基づく対内直接投資審査制度のルール改正へも注視が必要であると述べます。
「今回の改正案では、特定業種の日本企業への外国投資に対して、事前審査の義務付けが強化されています。これまで認められていた審査の『例外適用』が大幅に縮小され、より多くのケースが審査対象になる見込みです」(泙野)
改正案では、新たに「特定外国投資家」と「それに準ずる者」という区分が設けられました。
「政府は名指しこそしていませんが、実質的には中国を想定した制度設計であると専門家の間では見られています。審査の主体はあくまで投資家側ですが、投資を受ける日本企業側も、相手先の属性や出資元を事前に把握するリスク管理が求められます。後から払い戻し命令が出されれば、金銭的損失だけでなく、企業評価への影響も避けられません」(泙野)
こうした法制度への対応や情報管理の強化において、有効な手段となるのがOSINT(オープンソースインテリジェンス)の活用です。政府の有識者会議でも、民間企業におけるオープンソース・デューデリジェンス(DD)の重要性が指摘されています。
例えば、人材の過去の職歴や関係企業とのつながりによるスパイ懸念の洗い出し、安全保障貿易管理や輸出管理のリスク評価など、幅広い活用が想定されます。特に米国由来の技術や製品を輸出する際には、輸出先の企業だけでなく、その親会社や関連会社も含めたリスク評価が不可欠です。
「一見問題のなさそうな企業でも、調査を進めると親会社が米国のエンティティ・リストに掲載されているケースもあります」(泙野)
2023年には、産業技術総合研究所(産総研)に雇用されていた中国人研究者がスパイ容疑で逮捕され、有罪判決が下されました。この研究者は、表向きは民間の科学者として活動していたものの、実際には中国国内で9社の企業役員を務めており、その中には人民解放軍とつながりのある企業も含まれていました4。
「もし当時、産総研がOSINTツールを用いて事前に調査していれば、こうしたリスクは未然に防げた可能性があります」(泙野)
泙野は、今後のリスク管理において「高度な情報収集と分析」が企業競争力の鍵になると強調します。
「EYでは、OSINTを活用した経済安保対応支援サービスを展開しています。懸念国への投資判断の支援、米当局の審査事例を踏まえたリスク評価など、多角的な視点から企業の意思決定をサポートしています。これからの時代、情報分析の精度こそが、経営の安定と信頼を守る大きな力になるでしょう」(泙野)
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジック・インパクト
シニアマネージャー 泙野 将太朗
Session2
経済安全保障の文脈において、対中国リスクの可視化はますます重要性を増しています。本セッションでは、中国企業との関係性やリスクを可視化するOSINTプラットフォーム「WireScreen」について、WireScreen社の研修チームリーダーであるPete James氏が実際にツールのデモ画面を投影し、実践例を交えて解説しました。以下はその要約です。
WireScreenは、中国企業に対するデューデリジェンスを支援するコーポレートインテリジェンス・プラットフォームです。開発者は、ピューリッツァー賞を2度受賞した元ニューヨーク・タイムズ上海支局長のジャーナリスト、David Barboza氏。中国における情報の非透明性やネット規制、政府と民間の境界が曖昧な実情を背景に、誰もが高度な調査を行えるよう設計されました。
「WireScreenは、継続的なデータ更新と重複情報の統合を徹底。精度と一貫性に優れた企業・人物プロファイルを提供しています」とJames氏は解説します。
「WireScreenの特長は、企業の所有構造や役員情報、連絡先などから関係性を可視化できる点にあります。例えば、半導体関連企業 A社を検索した際には、所有構造を遡ることで、米国の制裁対象であるB社が同社株式の12.8%を保有している事実が明らかになりました。
さらに、SDN(Specially Designated Nationals)リストや米国のエンティティ・リスト掲載企業、強制労働・軍事・共産党との関与が疑われる企業には、自動的にフラグが付与され、迅速なリスク判断を支援します。このフラグは単独の企業だけでなく、所有・支配・取引など関連性を持つ企業ネットワーク全体に波及。表面化していない間接的なリスクを浮き彫りにすることが可能となります。」
WireScreenの最大の強みは、企業単体の分析にとどまらず、出資関係や役員人事を通じた子会社・関係会社との「つながり」まで詳細に可視化できる点にある、とJames氏は言います。
「複数の登記名義や名称の揺れを吸収し、間接的な所有関係まで含めて正確に企業を特定できます」(James氏)
人物調査機能も充実しており、役員の過去の職歴・兼任状況・政府関連団体との関与など、広範な背景情報が把握可能です。例えば、先ほどのA社役員を調査してみると、別の企業でも同様の役職を務めており、その企業自体が米国のエンティティ・リストに登録されているといった構造的リスクも浮かび上がりました。
加えて、WireScreen独自のネットワークグラフ機能により、企業・個人間の関係性を視覚的に把握可能。直接的な関係のみならず、間接的な支配や影響関係まで把握できるため、複雑なリスク構造の全体像を見ることができます。
WireScreenは検索機能にも柔軟さがあり、企業名だけでなく、電話番号やメールアドレス、登記住所、Webドメイン、登録資本、業種など、多角的な条件からの調査が可能です。
また、最大1,000件のCSVファイルを一括アップロードして、既存データとWireScreenの情報を突合することも可能。これにより、大規模なスクリーニングやリスク調査の効率化が実現します。
2025年6月現在、WireScreenでは、1400万以上の企業プロフィール、2500万以上の人物プロフィール、200万件以上の取引情報を保有。取引先や仕入先情報を通じて、制裁逃れや第三国経由の迂回取引の兆候も捉えることができます。例えば、ある香港の企業C社を調査したところ、実際の製造元は台湾拠点の別会社であることが判明。背後に回避構造が存在する典型例です。
WireScreenは、ユーザーインターフェースが直感的に操作可能で、、チュートリアルやナレッジベース、画面上のガイドなどを備えています。さらに、ユーザーからの情報更新リクエストにも対応し、常に最新かつ信頼性の高い情報提供を目指している、とJames氏は解説します。
「現在、WireScreenは中国企業に関するインテリジェンスの主要プロバイダーとして、多くの政府機関やシンクタンク、多国籍企業に活用されています」(James氏)
経済安保対応の精度を高めるためには、個別のリスクを「点」で見るだけでなく、関係性や影響範囲を含めた「構造的理解」が欠かせません。WireScreenは、まさにそのための実践的な手段を提供するプラットフォームとして、企業や組織の意思決定において重要な存在となりつつあります。
WireScreen Director of Training and Development
Pete James 氏
経済安全保障の重要性が高まる中、企業には取引先や株主の背景を多角的に把握し、リスクを可視化する力が求められています。OSINTの活用により、表面的な情報にとどまらず、企業間の構造的な関係性や制裁回避リスクを把握することで、より実効的なガバナンスと意思決定が可能になります。
関連イベント・セミナー
経済安全保障OSINT活用セミナー第2回:米国政府における対中リスク管理の手法~国防総省の大手ITサプライヤーへの調査事例~
安全保障環境が激変し、エコノミック・ステイトクラフトが激しさを増す中で、日本企業は経済安全保障を念頭に置いた経営戦略が必須となっています。米国における最新の経済安全保障政策の動向を解説し、日本企業にも求められる対策や、そのために有効なソリューションをご紹介します。
経済安全保障OSINT活用セミナー第1回:米国輸出規制の強化と今後の対中政策の行方~来年発動予定のBISによる50%ルール~
安全保障環境が激変し、エコノミック・ステイトクラフトが激しさを増す中で、日本企業は経済安全保障を念頭に置いた経営戦略が必須となっています。米国における最新の経済安全保障政策の動向を解説し、日本企業にも求められる対策や、そのために有効なソリューションをご紹介します。 今後発動が早まる可能性もあり、延期となった上でも引き続き注目すべき内容ですので、ぜひご参加ください。
ニュースリリース
EY Japan、OSINTを活用して、経済安保に関するクライアントの意思決定を支援するコンサルティングサービス提供開始
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社(東京都千代田区、代表取締役社長:近藤 聡)は、7月1日より経済安全保障に関連する政策情報とOSINTプラットフォームを活用して、企業や政府などクライアントの意思決定を支援するコンサルティングサービスの提供を本格的に開始します。
EYの関連サービス
今やOSINT(Open Source Intelligence)プラットフォームの活用は、経済安全保障に係る意思決定に不可欠です。 EYストラテジー・アンド・コンサルティング(以下、EYSC)の ストラテジック インパクトでは、これまでに培ってきた日本や諸外国の経済安全保障に関連する政策情報とOSINTを活用して、企業・政府の意思決定を支援いたします。
続きを読むEYでは経済安全保障の政策動向について、各国のルールや新常識の動向を収集・分析し、⽇本に影響を及ぼし得るシナリオと想定される経営リスクを常時モニタリングし、機会に転じる経営戦略の策定からビジネスモデル改革、サプライチェーン改革、サイバーセキュリティ体制の構築まで、⽇本政府や企業・業界団体などに対してさまざまな提⾔や支援を⾏っています。
続きを読む2023年11月に特定社会基盤事業者が各省庁により指定され、対象事業者には2024年5月17日から特定重要設備等の導入に際し、委託先企業やその役員の国籍情報等の提供、サイバーセキュリティ対策、物理対策などを実施した上で事前審査が求められます。審査に通過できない場合、特定重要設備の導入等ができず、事業に大きな影響を来たします。EYは制度の主旨および経済安保対応のグローバルスタンダードに基づく独自の水準を用いて、政府審査に通過するための支援を行います。
続きを読む世界は新たな秩序を競う合う時代に突入しています。EYでは、さまざまなステークホルダーとともに、日本から新たな秩序を形成する活動を展開することと並行し、新たな秩序に適合した企業経営の実践をサポートします。
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