EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
本シリーズは、「AI時代の企業変革」をテーマに、最先端でAI活用を進める企業のエグゼクティブと、AIとの向き合い方や組織変革の実践について語り合います。
今後さまざまな企業経営層との対談を順次お届けしていく予定であり、今回はその第1弾となります。
2025年10月3日、GMOインターネットグループ本社にて、GMOインターネットグループ株式会社 グループ副社長執行役員・CFO 安田昌史氏と、EY新日本有限責任監査法人 常務理事 クライアントサービス本部副本部長 マーケッツ担当パートナー 矢部直哉による対談を実施しました。
Session 1
重要なのは「とにかく触れてみること」
矢部:はじめに、昨今のAIを取り巻く状況について、御社でのお取り組みや、組織としての変化について、ご教示いただけますでしょうか?
安田氏(以下、敬称略):ありがとうございます。AIの進化は本当に目覚ましく、特に自然言語処理の精度向上によって、組織内での情報整理や要約、意思決定の支援など、従来は人間が担っていた領域においても、AIが力を発揮する場面が増えてきています。
たとえば、資料の取りまとめや動画編集といった作業も、AIに任せることで明らかに効率が上がり、作業負担も大幅に軽減されます。こうした変化は、AIが単なる補助ツールではなく、業務の一部を担う存在へと進化していることを実感する瞬間です。
AIが日々賢くなっていることを肌で感じる中で、業務の質やスピードに対する考え方も大きく変わりつつあります。重要なのは「とにかく触れてみること」だと思っています。実際にAIを使っている人と、まだ使っていない人とでは、できることの幅や業務の進め方に大きな差が生まれています。何ができるか、何ができないかは、実際に体験してみないと分からない部分が多いです。
当グループでは、AI活用率が現在95%に達しており、パートナー(従業員)一人ひとりがAIを“自分ごと”として捉え、日々の業務に取り入れています。1995年がインターネット産業の元年だとすれば、2022年のChatGPTの登場により、インターネット後半戦はAIが主役となっています。
Session 2
AI活用の方針を「時間とコストの節約」「既存サービスの質の向上」「AI産業への新サービス提供」と定め、現場主導でAI活用を浸透
矢部:GMOインターネットグループでは「AIで未来を創る No.1企業グループへ」というキャッチコピーのもと、全社的なAI活用を推進されていると伺っています。AI活用を進めるに当たり、どのような方針や施策を掲げているのでしょうか? また、現場での具体的な取り組みや苦労した点があれば教えてください。
安田:AI活用の方針としては、「時間とコストの節約」「既存サービスの質の向上」「AI産業への新サービス提供」の3つを掲げています。これらの方針のもと、全パートナー(従業員)を対象にAIスキル強化策を展開しています。
たとえば、非エンジニア向けの短期育成プログラム「虎の穴」では、3カ月間でAI活用の基礎から応用までを学び、実際に業務で使えるレベルまで引き上げることを目指しています。AIセミナーやAIパスポートというオリジナル試験など、現場を巻き込む工夫もしています。
特に「GMO AIブースト支援金」制度は、全パートナー(従業員)一人ひとりが毎月1万円まで有料AIサービスを自由に使える仕組みです。グループ全体で年間十数億円規模は生産性やアウトプットの質が向上しており、十分に回収できると実感しています。
AI活用の成功の鍵は、現場の巻き込みと段階的な導入です。実際に使ってみることで「AIの便利さ」を体感してもらうことが重要です。自然言語でAIに指示を出してコードを生成する“バイブコーディング”のような手法を活用することで、非エンジニアでも積極的に学び、自分でアプリケーションを作るようになってきています。
こうした取り組みを通じて、AI活用が徐々に浸透し、業務品質や生産性の向上につながっていると感じています。
矢部:当法人では、デジタル領域のスキルセットを測定・可視化する独自の「デジタルフルーエンシー測定プログラム」を実施しています。本年度は、エキスパート(レベル3)以上の人材が3,000名を超えるまでに成長しており、現場を着実に巻き込んできた成果を実感しています。
Session 3
実務に直結する業務からAI活用が進展
矢部:経理・財務領域におけるAI活用について、具体的な事例や現場の声を教えてください。
安田:現時点では、生成AIは計算処理に関してはまだ発展途上という印象があります。そのため、経理・財務領域では、まずは証憑の自動読み込みや、非エンジニアによるExcelマクロの作成など、実務に直結する部分から活用を進めています。
たとえば、自然言語でAIに指示を出してコードを生成する“バイブコーディング”を活用することで、専門的なプログラミングスキルがなくても業務効率化が図れるようになっています。
近い将来、AIが証憑データを読み取り、自動で仕訳を行い、台帳まで完成する──そんな世界が実現すると予想しています。現段階ではまだ一部の工程にとどまっていますが、技術の進化とともに、より広範な業務への適用が可能になると考えています。
一方で、IRや経営企画といった領域では、すでにAI活用がかなり浸透しています。過去の業績データの分析や、説明資料の自動生成やシナリオの整理など、AIが情報整理と意思決定支援の役割を果たしています。
矢部:当法人では財務諸表のリスク識別を支援するAIエージェントを開発し、従来会計士が数日かけて検討していたリスク情報を数時間で識別、リスク情報の見落としを防ぐことで、監査の効率化と品質向上への貢献を目指した取り組みを行っています。
財務領域においても、今後さまざまなAIエージェントが展開されることで、安田様がおっしゃったような世界に、私たちは日々近づいていると実感しています。
Session 4
IQだけでなくEQを磨くことが、AI時代には重要
矢部:AI時代に求められる人間の力について、どのようにお考えですか?
安田:AIを使いこなすにはIQ(Intelligence Quotient:知能指数)だけでなくEQ(Emotional Intelligence Quotient:心の知能指数)も非常に重要だと考えています。ITリテラシーを高め、AIを使いこなす力が求められます。
最終的に意思決定や判断を下すのは人間です。だからこそ、AIを使いこなすための知的能力(IQ)と同時に、感情や人間関係を理解し、共感しながら物事を進める力(EQ)を磨いていくことが、これからの時代においてますます重要になってくるのではないでしょうか。
矢部:最後に、AI時代の監査法人への期待についてメッセージをお願いします。
安田:プロフェッショナルファームやそこに所属する専門人材が持つ知識や経験は、AIによって完全に代替されるものではありません。むしろ、AIを自在に使いこなすスキルを備えた人材こそが、これからの時代において一層の価値を発揮し、優位性を高めていくと考えています。
将来的にAGI(Artificial General Intelligence:汎用(はんよう)人工知能)がASI(Artificial Super Intelligence:人工超知能)へと進化した際には、監査の品質と効率は大きく向上し、今まで以上に先回り型の助言や示唆が得られるようになることを期待しています。
AIは補完ではなく、知的業務の拡張をもたらす存在として、プロフェッショナルの力をさらに引き出すものになると期待しています。
ゲストスピーカー(写真右)
安田 昌史 氏
GMOインターネットグループ株式会社
取締役
グループ副社長執行役員・CFO(公認会計士)
グループ代表補佐
AI時代の企業変革は「人」の向き合い方が鍵です。段階的かつ現場を巻き込んだ導入が成功要因と実感しました。本シリーズでは多様な対話を通じ、実践的知見をお届けしてまいります。(EY新日本有限責任監査法人 デジタル戦略部:工代・横山)