EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
本シリーズは、「AI時代の企業変革」をテーマに、最先端でAI活用を進める企業のエグゼクティブと、AIとの向き合い方や組織変革の実践について語り合います。
第2弾となる今回は、2025年11月18日、株式会社NTTデータグループ 執行役員 財務本部長の日下部 啓介氏とEY新日本有限責任監査法人 常務理事 クライアントサービス本部副本部長 マーケッツ担当パートナー 矢部直哉による対談を実施しました。
Session 1
部門を問わず、AIを日常業務に組み込む
矢部:日下部様は現在、財務本部長というご立場ですが、これまで多様なキャリアを歩まれてきたと伺っています。
日下部氏(以下、敬称略):そうですね。新卒でNTTデータに入り、最初は経理・財務でしたが、その後コンサルティング部門やIR、営業なども経験しました。クライアント企業のIT部門との接点が多く、AIの萌芽(ほうが)期から先進的なお客さまの取り組みを見てきました。既に2010年頃には、データ活用を積極的に進める企業が現れ始めていましたね。
矢部:先進的なお客さまともいろいろとお話をされてということですね。御社はAI活用の取り組みにおいても高い関心を集めていらっしゃいます。社内外でどのようにAI活用を推進されているか教えていただけますでしょうか。
日下部:AIは積極的な活用とガバナンスの両立を基本方針としており、その両輪で取り組みを進めています。事業戦略としてのAI活用と、社内利用の大きく二つの軸があります。
「AI-empowered New Value & Productivity」を掲げ、お客さまに対しては、汎用(はんよう)的なAIではなく、業種や業界に特化したAIを積極的に導入する方向で進めています。こうした取り組みを支えるため、NTTデータはOpenAIのようなAIプラットフォーマーをはじめ、Amazon Web Services(AWS)やGoogle Cloud、Microsoftといったハイパースケーラー、さらにサイバーセキュリティのプレーヤーともアライアンスを組み、フルスタックで価値提供できる体制を構築しています。
事業面では、AIをどのようにオファリング化し、ビジネスとして収益化するかが最も重要な課題の一つです。
社内ではセキュアな環境を構築し、AIやバイブコーディング(AIによるコード生成)の進化を取り込み、生産性をどれだけ高められるかに取り組んでいます。社員が日常的にAIを使える環境を整え、さまざまなユースケースを創出しています。
「クライアントゼロ※」として、財務部門のようなバックオフィスでもAIを積極活用しています。
※自らが最初のユーザー(最初の顧客・ゼロ番目のクライアント)として最新のテクノロジーを徹底的に活用すること。
矢部:ビジネス部門とコーポレート部門では、導入スピードに差がある場合もあると伺うのですが、実際はいかがでしょうか。一般的には、事業部門の方が新しい技術に触れる機会が多く、先行するイメージがありますが、御社ではどうでしょうか。
日下部:必ずしもそうではありません。コーポレート部門もほぼ同じスピード感で進めています。その背景の一つとして、社内認定制度の存在があります。
Session 2
全社員がAIスキルを段階的に習得し、組織力を底上げする仕組み
矢部:なるほど、認定制度が鍵になっているのですね。社員のスキルを見える化する仕組みがあると、全社的な底上げにつながりそうです。具体的にはどのような制度なのでしょうか。
日下部:グループ約20万人の全社員を対象とした生成AIの人財フレームワークを開発し、柔道の帯に例えた“ベルト制度”にてグローバルで統一された人財レベル定義をしています。ホワイト、イエロー、グリーン、ブラックと段階的にスキルを認定します。イエローベルトまではオンライン研修で取得できますが、グリーン以上は実務経験が必要です。グリーンベルトは「複雑な生成AI活用案件を主体的に推進し、成功に導くことができる高度な人財レベル」と定義していますが、財務本部でも既に複数名がグリーンベルトを取得しています。
矢部:全社員がチャレンジできる仕組みなのですね。そうした制度があると、AI活用が一部の人だけの取り組みではなく、組織全体の文化として根付いていきそうです。
日下部:はい。当初は2026年度末までに3万人がイエローベルト取得という目標でしたが、2025年10月時点で既に大幅に更新し7万人に到達しています。現在はNTTデータグループ全社員である約20万人がイエロー以上を目指す方針にアップデートしています。
矢部:私どもも、社内でDigital Fluency Programというデジタルリテラシー向上施策を行っており、非常に共感します。AI活用のための基礎となるデジタルリテラシーを保持しているレベルであるエキスパートレベルを、当初2025年度中に2,000人以上にする目標を立てていましたが、2025年10月に4,120人まで拡大することができました。こういった施策によってAI活用が一部の専門家だけの取り組みではなく、組織全体に広がり、文化として根付いていくのだと改めて感じました。目標の前倒しでの達成は、組織全体のAI活用レベルを引き上げる大きな要因になっています。
Session 3
トップのコミットメントと現場の創意がAI活用を全社に広げる
矢部:御社におけるAI活用の急速な浸透の背景には何があるのでしょうか。
日下部:トップによる強いメッセージと、社員の自発的な取り組みです。経営層がAI活用を最重要テーマとして掲げ、KPIに人財育成やユースケース数を設定しています。そして、社内のオンラインコミュニティでは社員同士がユースケースや活用アイデアを共有し、セミナーやコンテスト開催に関する情報共有も自然発生的に広がっています。周囲が積極的に活用している環境が、自然と学習意欲を刺激し、社員が自発的にスキル習得へ前向きに取り組む雰囲気が広がっています。当社はグローバル展開していることもあって、アメリカ等ではスタッフ部門でも積極的にAIを活用することが進んでおり、その動きを肌で感じると、日本も乗り遅れるわけにはいかないという意識が強まります。
矢部:やはりトップのメッセージが重要なのですね。以前、他の企業経営者の方との対談でも「トップのコミットメントが不可欠」とおっしゃっていましたが、まさにその通りだと感じます。
日下部:はい、不可欠です。トップが「進めていこう」と伝えるだけでなく、実際に自ら施策を推進したりKPIに組み込んだりすることで、組織全体が本気で取り組む雰囲気になります。そして、社員同士のコミュニティ活動がそれを加速させます。こうした二つの力が融合することで、AI活用は一部の人だけのものではなく、組織文化として根付いていきます。
Session 4
AIは特別なツールではなく、業務を支える“頼れるパートナー”へ
矢部:最も多く使われているユースケースはどのようなものでしょうか。
日下部:組織的なユースケースは業務プロセスの自動化などですが、個人レベルでは“頼れる身近なサポート役”として活用する場面が多く見られます。業務を支えるパートナーとして検索の代替やアイデア出しの壁打ちなど、日常業務に自然に組み込まれており、AIはもはや特別なツールではなく、日常業務に自然に溶け込んでいる存在です。
矢部:わかります。私も同じです。気軽に質問できるのは本当に助かりますし、アイデアを出すときの壁打ち相手としても優秀だと感じます。
日下部:そうですね。ただ、ユースケースを明確に「定義」するのは難しい面もあります。むしろ、社員同士がコミュニティで「こんな機能が追加された」「こう使うと便利だった」といった情報を共有する方が、実践的で広がりやすいでしょう。
矢部:そのコミュニティ活動について、もう少し詳しく教えてください。
日下部:コミュニティは自主的な活動ですが、非常に活発です。AIに限らず、さまざまなテーマでコミュニティ活動が行われ、同じテーマを持つ社員同士が組織の垣根を越えて情報交換や交流を行い、そこで得られた知見や人財を自らの業務に活かしています。最近では、会社としてこうした活動を後押しする動きも始まっています。例えば、コミュニティの活動資金を会社が支援したり、経営幹部がアンバサダーとして活動を応援したりしています。
こうした支援によって、コミュニティはさらに成長し、組織文化そのものが変わりつつあると感じます。イントラネットでコミュニティ紹介が頻繁に掲載され、当たり前のように認知される雰囲気が広がっています。
Session 5
付加価値業務に集中できる環境へ
矢部:ここまで文化や推進施策のお話を伺いましたが、財務部門での具体的なAI活用についても伺えますでしょうか。
日下部:まだ発展途上ですが、いくつか成果が出ています。最も進んでいるのは支払審査業務です。財務部門では、請求書や領収書などの証憑(しょうひょう)と、システムに入力されたデータとの照合作業が大量に発生します。従来は人手で確認していたため、時間と労力がかかり、ヒューマンエラーのリスクもありました。現在はAIを活用し、証跡と入力内容の照合といった審査業務の自動化トライアルを進めています。初期段階では処理スピードの大幅な向上と、一定の精度での審査が確認されています。今後は、AIエージェントによる審査の完全自動化に向けて精度を高めつつ、異なる手続きへの適用も進めていく予定です。
さらに、データ準備(データプレパレーション)の効率化にも取り組んでいます。当社グループでは複数の会計システムやExcelで作成された財務情報の集約や、ダッシュボードに連携する作業があり、これまで人手に頼る部分も多かったのが実態です。AIを導入することで、データの整形や統合を自動化し、分析にかかる時間を大幅に短縮します。これまでなかなかシステム化できていなかった領域が生成AIで対応できるようになります。これにより、担当者は単純作業から解放され、より付加価値の高い業務に集中できるようになるでしょう。
さらに、決算期の経営報告や質疑応答の自動化にも挑戦しています。例えば、業績の対前年度増減や計画との差異要因をAIが分析し、CFO等への報告や質疑対応を行うエージェントを開発中です。決算説明の準備やその場の質疑で持ち帰りになった宿題対応には膨大な時間がかかっていますが、AIを活用することで、持ち帰る宿題も減らすことができますし、人間の役割をより深い情報収集や決算発表シナリオの検討にシフトすることができます。次の四半期決算では、こうした仕組みを実際に社内で使えるようにする予定です。
矢部:決算業務だけでなく、IR業務にも広がっているのですね。それ以外にも具体的に活用されているケースはありますか?
日下部:はい。決算説明会の質疑応答模様を会社のホームページに掲載していますが、それはAIがテキスト化したものを人間がチェックするというプロセスで作成しています。人間が全てを行うと煩雑で時間がかかり、表記ゆれなどのミスも発生し得る作業ですが、AIは非常に得意です。例えば、「NTT」と「NTT持株」など、同じ対象を異なる呼び方で記載してしまうケースも、AIが自動で表記統一します。こうした取り組みにより、時間との勝負になる業務を効率化し、精度も向上しています。
Session 6
人に求められるのは、判断力と実行力
矢部: AIが経営判断にも関わる時代が到来しつつあります。組織構造や意思決定のあり方も変化する中で、企業はどのように対応すべきでしょうか。
日下部:日本企業はグローバル競争の中でさらなる対応力が問われる状況にあると思います。人口減少が進む日本で、欧米企業と対峙(たいじ)していくためには、AIの活用は不可欠です。業種や職種を問わず、ほぼすべての領域でAIが必要になるでしょう。欧米企業が既に進めている中、日本が乗り遅れれば、それは競争に敗れることを意味します。だからこそ、AIを取り入れる姿勢は「勝つための必要条件」だと考えています。
AIが得意とするのは膨大な情報を構造的に整理し、質の高いインプットを人間に提供することですが、これは財務領域や経営においてとても大きな戦力になります。AIの活用により、人間はより精度の高い判断材料を得られます。今後、経営者にはその情報をもとに「どう判断し、どう実行するか」という力が問われる時代になります。
財務担当者も同様です。従来は正しい会計処理を行い、数字を説明できれば評価される時代もあったかもしれません。しかし、これからそうした作業はAIが担うようになります。これからは、会社の意思決定に対して示唆を与え、行動を起こす際に実行力を発揮できる人財が求められるのです。
矢部:日下部さんのお話に強く共感します。日本企業がグローバル競争の中で生き残るために、AIの活用が「勝つための必要条件」であるという点は、まさにその通りだと思います。特に財務領域で、AIが膨大な情報を整理し、質の高いインプットを提供することで、経営判断の精度が高まるというご指摘は非常に示唆に富んでいます。
私たち監査法人にとっても、クライアント企業がどのようにAIを取り入れ、業務の在り方を変えていくのかを深く理解することは不可欠です。
AIが担う領域と、人間が果たすべき役割の境界が変わる中で、監査やアドバイザリーの価値をどう高めていくかが問われています。本日の議論を踏まえ、私たち自身も新しい視点を持って、クライアントとともにこの変革に取り組んでいきたいと思います。
日下部: 監査業務の生産性向上にAIは大きな可能性を持っています。グローバルでの監査体制の強化や、内部統制の在り方もデジタルを前提に変わっていくでしょう。将来的には、AIのガバナンスや品質管理そのものが監査対象になる時代が来るのではないかと考えています。AIを活用することで監査の価値を高め、企業の持続的成長を支える役割を果たしていただけることを期待しています。
ゲストスピーカー(写真左)
日下部 啓介 氏
株式会社NTTデータグループ 執行役員 財務本部長
AIは特別なツールではなく、日常業務に溶け込む存在へと進化しています。トップの揺るぎないコミットメントと社員の主体性が融合し、企業文化として根付くことこそ、持続的成長の鍵であると改めて認識しました。本シリーズでは、多様な議論を通じて企業成長に資する知見を引き続きお届けしてまいります。(EY新日本有限責任監査法人 デジタル戦略部:工代・横山)
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