AI時代の企業変革 ─ 次代への挑戦を語る ─ vol.3 AIファーストで挑む関西電力の未来戦略

AI時代の企業変革 -次代への挑戦を語る- vol.3

DXビジョンをゼロベースで再構築――AIファーストで挑む未来戦略


「AI時代の企業変革」をテーマに、最先端でAI活用を進める企業のエグゼクティブと、AIとの向き合い方や組織変革の実践について語り合う対談シリーズ。

第3弾は関西電力株式会社 理事・IT戦略室長である上田晃穂氏と、AIファーストカンパニーへの道筋やAI時代に求められる組織の在り方について考察します。


要点

  • AIを鍵にゼロベースでDXビジョンとロードマップを策定。
  • AIファーストカンパニーを掲げ、AIを前提に事業・業務を再構築。
  • 危機感と好奇心を軸に、顧客志向・挑戦風土・人材育成を整え、AIとデジタルを手段に価値創出を実現。

はじめに

本シリーズは、「AI時代の企業変革」をテーマに、最先端でAI活用を進める企業のエグゼクティブと、AIとの向き合い方や組織変革の実践について語り合います。

第3弾の今回は、2025年11月21日に、関西電力株式会社 理事・IT戦略室長の上田晃穂氏とEY新日本有限責任監査法人 常務理事 クライアントサービス本部副本部長 マーケッツ担当パートナー 矢部直哉による対談を実施しました。

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Session 1

AI産業革命を見据えた関西電力の挑戦

DXビジョン再構築の背景と狙い

矢部:今回は、関西電力様におけるAI・DXの取り組みや組織変革の実践を通じて、今後の企業変革の在り方を探っていきたいと思います。

御社では、2030年頃に起こり得るAI産業革命を前提に、DXビジョンそのものをゼロベースで再構築されたと伺いました。その背景や具体的な戦略について教えていただけますでしょうか。

上田氏(以下、敬称略):まず、私たちエネルギー産業を取り巻く環境変化についてお話しします。私たちはこれを「5つのD」と呼んでいます。

  1. 脱炭素(Decarbonization)

    CO₂排出の削減、カーボンニュートラルの実現は、エネルギー業界において特に強く求められています。

  2. 分散化(Decentralization)

    従来は、火力発電所や原子力発電所といった大規模電源を海沿いに設置し、消費地へ大量送配電するモデルでした。それが現在では、太陽光・風力・水力などの再生可能エネルギーの普及に加え、系統用蓄電池や需要側電源の活用により、電源が地域に分散するモデルへと変化しています。分散したエネルギーリソースを仮想発電所(VPP)の概念で統合的に制御・最適化する技術や仕組みが求められています。

  3. 自由化(Deregulation)

    2016年の電力全面自由化以降、地域や商品を越えた競争が現実化しました。関西電力においても、「関西だけ」「電気だけ」という発想では成立しないのでガスやエネルギーソリューション、さらには情報通信・不動産など、グループとしての総合力で価値提供の幅を広げる必要があります。

  4. 人口減少(Depopulation)

    少子高齢化により、需要の姿や労働力の構造が長期的に変化していきます。
    単なる生産性向上で対応するのではなく、付加価値の源泉そのものを転換することが求められます。

  5. デジタル化(Digitalization)
    以上の4つを横断的に乗り越える鍵がデジタル、特にAIです。

2022年11月にChatGPTが登場した際、これは産業を変える大きなブレークスルーになると感じました。そこで関西電力では、2030年にAI産業革命が起こることを想定し、「その時どのような姿でありたいか」を描き、DXビジョンをゼロベースで再構築しました。さらに、それに向けたDXロードマップを策定し、現在取り組みを進めているところです。

上田 晃穂 氏
関西電力株式会社 理事 IT戦略室長 上田 晃穂 氏
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Session 2

Session 2 AIファーストカンパニーへ

「健全な危機感」と「ワクワクするビジョン」を両輪に、AIを前提に事業・業務をゼロベースで再構築

矢部:DX推進に関して、会社全体が前向きな意識を高めながら進めていらっしゃると感じました。
挑戦する姿勢を持って取り組むことが大切だと思いますが、もともと関西電力様にはそうした文化があったのでしょうか。もしそうでなかった場合、どのように会社を進化させてこられたのでしょうか。

上田氏:電力会社は伝統的な日本企業と思われがちですが、関西電力は少し違うところがあると思っています。

私たちはAI産業革命を見据え、「AIファーストカンパニー」というビジョンを掲げています。

「AIファースト」とは、既存の事業や業務プロセスを前提にAIを「どこに使うのか」を考えるのではなく、AIが存在することを前提に事業や業務プロセスをゼロベースで再構築し、競争優位の源泉にするという意味です。

伝統的企業では、人の仕事や業務プロセスをそのままにして「AIをどこに導入しようか」と考えがちなところもあるのではと思います。

私たちは、AIが世の中にあることを前提に、人は何に注力し、何をAIに任せるのかという視点で、事業・業務プロセスの再構築を進めています。

矢部:たしかに、AIを前提に事業・業務を再構築するのと、既存の事業・業務を前提にAIをどこに使うかを考えるのでは、大きな差が生まれると思いました。
AIファーストカンパニーのビジョンを掲げた際、初めから会社全体が同じ方向を向いていたのでしょうか。

上田氏:最初は驚いた従業員もいたかもしれません。

変革を進める上で大切なことが2つあります。

1つ目は「健全な危機感」の共有です。恐怖心をあおるだけでは行動は生まれません。現状の延長では競争優位が失われる可能性を正しく伝えつつ、その中に大きな機会があることをトップメッセージとして繰り返し発信しました。

2つ目は「ワクワクするビジョン」の提示です。「AIでこう変わる」という未来像を、従業員一人ひとりが自分事として思い描けるよう、言葉と具体事例で示しました。

矢部:トップからのメッセージ発信という点では、具体的にどのようなことを実施されたのでしょうか。

上田氏:社長やCIO・CDOといったデジタルのトップが、あいさつ・イベント・会合などあらゆる場で「AIを武器にする」「AIファーストカンパニーを目指す」と発信しました。
言葉だけでなく、研修への参加や事例の称賛といった行動で本気度を示すことを重視しました。これが現場の信頼につながり、「自分たちの変革だ」という感覚を生みます。

矢部:弊法人でもAI活用に関するトップメッセージ発信を強化しています。全社への浸透には、やはり「続ける」ことが大切でしょうか。

上田氏:はじめの危機感の共有・ビジョンの策定・周知まではトップダウンで一気に進めます。

しかし、トップダウンだけ、ホラーストーリーだけでは変革は隅々まで行き渡りません。

その後は、現場の志願者を増やし、障害を取り除き、成果をたたえる――ここを徹底してボトムアップで進めます。

IT部門や経営は、妨げになる要因を取り除き、必要な場やツールを提供し、成果が出たら素早くたたえる。すると、現場の各所から「やりたい」が無数に生まれる状態になります。

実際、関西電力では勉強会やハッカソンが従業員主導で立ち上がり、参加者が数百人、さらには千人規模へ拡大しました。こうした場から、生成AIのユースケースが全社で554件集まりました。多様な変革のアイデアが生まれる――これこそがボトムアップの強みです。

矢部 直哉
EY新日本有限責任監査法人
常務理事 クライアントサービス本部 副本部長 マーケッツ担当
パートナー 矢部 直哉
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Session 3

ChatGPT Enterprise全社導入の舞台裏

経営層の本気と現場発のアイデアが生んだハイスピード変革

矢部:御社はOpenAI社と連携し、ChatGPT Enterpriseを全従業員8,300名に展開されたと伺っています。

エネルギー産業特有の現場業務、例えば設備管理などはAI活用が迅速に進みにくい特性もあるように思いますが、ハイスピードで全社導入に至った背景や、具体的な活用事例について教えていただけますでしょうか。

上田氏:2025年6月にOpenAI社との戦略的連携のプレスリリースを発表しました。当初は約3,000人からスタートし、限定的に効果を見極める方針でトレーニングを実施し、ユースケースを募ったところ、想像を超える数のアイデアが集まりました。

その状況を目の当たりにし、「これは一部の人のものではない。企業全体の武器にできる」と判断し、全社展開へかじを切りました。全従業員が生成AIを使いこなし、業務を変え、会社全体を変えていけると確信した瞬間です。

導入に際しては、社長を含む全員が研修を受けています。

経営層向けには、経営戦略策定に資する実践的なハンズオンを設け、環境分析・仮説提示・KPI案の生成など、AIが意思決定を下支えする体験を提供しました。

従業員向けには、カスタムGPTを用いたAIエージェント作成を中心にワークショップを設計、提供しています。ハッカソンなどの場で創出されたアイデアは、事業を横断し、あらゆる分野から出てきました。現場の力を強く感じた瞬間です。

矢部:アイデアが現場から次々と生まれる企業文化も素晴らしいですね。

具体的な事例について、もう少し詳しくお聞かせいただけますか。

上田氏:火力発電所では、カメラ・音響センサー・ガス検知器などを備えたロボットが構内を巡視し、収集データを数値系AIで分析することで、設備の異常兆候や詳細点検の要否を早期に検出する仕組みを整えています。

さらに、生成AIを活用し、工事仕様書を読み込ませるだけで、関連法令の申請要否・適用基準・過去のトラブル・注意点を自動提示できるようになりました。

従来、人が膨大な資料を読み、法令や社内ルールを横断的に確認していた作業が大幅に効率化され、安全性とコンプライアンスの確度を同時に高めています。

矢部:たしかに、AIによる法令確認はプロセス効率化に大きく貢献していると感じます。

弊法人でも、監査業務において財務諸表のリスク識別を支援するAIエージェント「UTB(Understanding The Business)Research」を開発しました。

従来は会計士が数日かけて検討していたリスク情報を数時間で識別できるようになり、リスク情報の見落としを防ぐことで、監査の効率化と品質向上が期待されています。

上田氏:関西電力でも、経営層の意思決定を支援するAIエージェントを積極的に開発しています。

例えば、投資案件のリスクや対応策を提案するエージェントや、会議の資料を読み込み、リスクを指摘する「AI悪魔の代弁者」というツールを開発しました。

人間が言うと角が立つような指摘も、AIなら本質を遠慮なく伝えてくれます(笑)。
ただ、指摘だけでは心理的に負担になるため、急きょ「AI天使の代弁者」も開発しました。

「こういうところはよくできています。一方で、こういうリスクがあるので注意してください」と、ポジティブな評価と改善点をセットで提示する仕組みです。

矢部:なるほど!利用するのは人間なので、心理的配慮も重要ですね。

同対談はオンラインで実施いたしました。
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Session 4

DXを加速し成果を出し続けるための「8つの要諦」

AI時代に企業はどうあるべきか

矢部:本日のお話を伺う中で、AIは単なる技術ではなく、人間との関わり方を含めて「いかに使いこなすか」という観点が重要だと感じました。
関西電力様では、その点でさまざまな取り組みをされており、大変刺激になりました。

最後に、AI時代における企業の在り方についてメッセージをいただけますでしょうか。

上田氏:DXを加速し、成果を出すための要諦を8つにまとめています。

  1. 危機感の共有と好奇心をベースに機会を捉える
    恐れるだけでなく、好奇心を持って「機会」として捉える視点が重要です。そしてトップが継続的にメッセージを発信し続けることが不可欠です。

  2. 顧客志向
    目的から逆算し、価値の受け手を明確化することです。「誰のために、どんな価値を生むのか」を忘れないことが大切です。

  3. ワクワクするビジョンを描く
    従業員が自分事として捉えられるワクワクする未来像を、言葉と具体事例で示すことです。

  4. デジタルは手段(課題との掛け算で価値そして成果・成長・変革につながる)
    ツール導入が目的化しないよう、業務課題・経営課題との掛け算で価値創出までやり切ることです。

  5. AIは良質な「データ」を浴びて成長する
    データ品質はAIの精度に直結します。良質なデータ整備とデータマネジメントへの取り組みが不可欠です。

  6. DXを「実行」できる人財の育成
    ビジョンを描くだけで構想だけに終わらないよう、実行しきる人材を育成することが重要です。

  7. 安心して挑戦・失敗できる組織風土を戦略的に作り込む
    心理的安全性を戦略的に確保し、挑戦を促す文化を醸成することが大切です。

  8. 強力な両利きのリーダーシップ(変革型/共感型)
    変革型と共感型の両面で、言葉と行動をもって示し続けることです。

矢部:ありがとうございます。まさに組織の在り方そのものだと思いました。
変革のベースとなる組織風土やトップのリーダーシップも重要であり、AI活用の浸透を通じて、会社全体の在り方自体をより良い方向に改善できるのだと感じました。

矢部:最後に、2030年以降のAI産業革命を見据え、監査を含むプロフェッショナルサービス領域への示唆についても、ぜひお考えを伺いたいです。

上田氏:今後は業界や職種を超えて、人とAIが協働しながら価値を創出する発想が、標準となっていくのではないでしょうか。

「AIが人の仕事を奪う」のではなく、「AIを自在に使いこなす人や企業」が競争力を持つ時代になると考えています。

AIを前提とした世界で、より良い組織の在り方、そして事業・業務の形を探求し続けたいと思います。

矢部:本日は貴重なご示唆に富むお話をありがとうございました。私たち自身も、AI時代の企業変革を自分事として、前進してまいります。

ゲストスピーカー(写真左)

上田 晃穂 氏

関西電力株式会社 理事 IT戦略室長

サマリー

今回の対談を通じて強く感じたのは、AIは単なる技術ではなく、企業文化や人の働き方そのものを変える「前提」になりつつあるということです。私たちも、AIを前提とした世界で、価値創造に集中できる仕組みと文化を築いていきたい――そう強く感じたセッションでした。
本シリーズでは多様な対話を通じ、実践的知見をお届けしてまいります。(EY新日本有限責任監査法人 デジタル戦略部:工代・横山)

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