経済価値ベースのソルベンシー規制~ESRアップデート~

CFOが考えるべきCFOアジェンダ

労働人口減少時代におけるファイナンス組織の在り方とは? -レジリエントなファイナンス組織の実現に向けた人・組織観点の考察-


少子高齢化や若者を中心とした就労意識の変化により労働人口不足が顕在化する一方で、事業環境の複雑化、会計・税務規則の継続的厳格化などによりファイナンス組織に求められる役割は高度化しています。そうした中で、ファイナンス組織はどのような組織運営を目指すべきか、EYが考えるアプローチをご紹介いたします。


要点

  • ファイナンス組織を取り巻く環境変化を踏まえて取り組むべき課題として、自社人的リソースが限られている中で持続的運営が可能な組織の構築と自社ファイナンス機能の高度化という2つがある。
  • 課題解決のアプローチとして、自社ファイナンス組織が注力すべき機能を見極めた上で、それに基づくリソースの配置、機能の配置を検討することが有用である
  • 問題が大きくなる前に早期に検討に着手し、止血施策と本質的課題解決施策を並行して進めながら、環境変化に柔軟に対応可能な「レジリエントなファイナンス組織」を目指すべき



労働人口が量的・質的に不足する現代においては、「自社人的リソースが限られている中で持続的運営が可能な組織の構築」、「高付加価値な役割・機能への転換」により「レジリエントなファイナンス組織」を実現することが重要

CFOおよびファイナンス組織は、取り巻く環境の変化やさまざまなステークホルダーからのプレッシャーに対し、日々フラストレーションを抱えています。少子高齢化や就労意識の変化、低い労働生産性等により人材が量的・質的に不足する中で、ダウンサイドの変化として継続的に改訂される会計基準や税制、サステナビリティや人的資本といった社会的要請に基づく新たな情報開示への対応が求められ、定型業務・ルーティン業務の負荷が高くなっています。一方で、アップサイドの変化として事業ポートフォリオの見直しや新規事業の立ち上げ、グローバルでのM&Aや事業展開に対応していく必要がある中で、ファイナンス組織に期待される役割はより高度なものとなっております。

このような状況を打開するために、「レジリエントなファイナンス組織」となることが必要不可欠となります。その実現のためには、前稿「世の中の環境変化に左右されないレジリエントなファイナンス組織の実現に向けて」でご紹介しました通り、「デジタル」「組織」「人」の3つのイネーブラーがキーとなり、本稿では特に「組織」「人」の観点でどのような施策を講じる必要があるのか考察していきます。

上述の環境変化やフラストレーションに対し、「組織」「人」の観点で「レジリエントなファイナンス組織」を実現する上でCFOおよびファイナンス組織が取り組むべき課題は2つあると考えます。 

1つは、直面している足元の人的リソース不足に対して、自社人的リソースの登用が必要なポジションそのものを削減しつつ、自社人的リソースが限られている中で持続的運営が可能な組織を構築することです。

もう1つは、従来のオペレーション中心の業務機能から発展し、高付加価値な役割・機能への転換を図ることです。年々高度化する役割・期待に対して、自社ファイナンス組織が注力すべき組織機能を見極めた上で、限られた自社人的リソースを投下し、機能を強化することにより、ファイナンス機能の高度化を図ることが必要となります。

課題解決に向けて、自社ファイナンス組織が注力すべき機能を見極めた上で、それに基づくリソースの配置、機能の配置を検討することが有用

先に挙げた取り組むべき2つの課題を解決するためには、①注力すべきファイナンス機能の見極め、②人材等の自社リソース配置の検討、③集約化・外注化等を含む組織機能配置の検討、という3軸を総合的に勘案した組織戦略・人材戦略を策定することが必要となります。

① ファイナンス機能の見極め

ファイナンス組織に求められる高度な役割への期待に応えるためには、取り巻く環境の変化や将来動向を踏まえて組織が今後注力すべき高付加価値機能を見極めた上で、当該機能に集中的にリソースを投下し、機能の強化を図ることが、まずは重要です。高付加価値な役割・機能としては、自社事業の発展や経営意思決定へ貢献する機能、あるいはグループ経営や財務戦略を支える機能が想定され、代表的なものとしてFP&A機能や企画機能・戦略機能が挙げられます。

また、そのような機能の強化は、若年層を中心としたファイナンス人材を引きつける効果も期待されます。昨今の若年層の志向として、オペレーショナルな業務を忌避し、「より新しいこと」「より高度なこと」を求める傾向にあります。高度な役割・機能への転換を果たすことにより、優秀なファイナンス人材を獲得し、さらなる機能の強化につなげることが期待できます。

② リソースの配置

①で定義したファイナンス機能を実現する上で、どのように人的リソースを獲得し、どのように配置をするかも重要です。人材の絶対数が多い海外にも目を向けて広く人材を登用することも当然に必要となってきますし、高齢化社会を踏まえるとシニア人材のさらなる活用も考えるべきです。

例えば、ある大手住宅メーカーではシニア人材活用の取り組みを進めています。同社では、従前のキャリアに応じて役職定年後のキャリアコースを複数用意(メンターコース、マネジメントコース、プレーヤーコース)しており、シニア人材にキャリアコースを選択してもらうことによって、シニア人材の能力・意向に沿った適切な定年後のキャリアを提供しています。

人的リソース活用という意味では、新規の採用のみならず、既存従業員にも目を向けるべきです。業務を熟知した既存従業員の離脱を防ぎ、かつ限りある自社人的リソースの配置を容易にするための施策としては、キャリアパス・研修プログラムを構築することにより、従業員のリスキリングを図ると同時に離職防止につなげることが考えられます。

自身のキャリアに対し、「この仕事を続けていても、どのようなキャリアが描けるか分からない」、「自分は本当にこの会社に残り続けていいのだろうか」と不安を感じているケースは多くあります。そのような場合には、当該業務への従事を通じて自身が今後どのようなキャリアを描くことができるか、またそのキャリアを実現するためにどのような部署でのどのような経験を経て必要なスキルを獲得することができるのかについて、キャリアパスとして可視化することにより、既存従業員が安心感と納得感をもって業務に従事できる環境を構築することができます。

また、リスキリングを通じたスキル習得は、適材適所での配置・ローテーションを可能とします。自社ファイナンス組織の注力機能に対し必要とされるスキルを定義し、そのスキルを習得するための「学習項目」を定義、学習項目を効率的、効果的に習得するための配置・ローテーションと、それを補う計画的な教育・研修施策(トレーニング、外部研修、研修補助 等)に落とし込み、リスキリングの実効性を高めることが可能です。

さらに、人が行う業務について、デジタル技術やAIに代替することも検討すべきです。定型業務・ルーティン業務については、BPOベンダーの活用と合わせて、デジタル活用による自動化・効率化を図ることにより、そもそもの人手を介しない業務の構築を目指します。また、ERP外で行う一部の判断業務についても、AIを活用することにより自動化を図ることが考えられます。例えば、固定資産の資本的支出・収益的支出の判断において、多くの企業ではシステム外で判断し、システムへの登録を行っていますが、当該判断はロジックさえ整理できればAIで自動的に行うことも可能と考えられます。

③ 機能の配置

②のリソース確保と併せて、各ファイナンス機能をどのように組織に配置し、組織運営していくかも検討が必要となります。

短期的には、外部リソースの活用も含めて機能配置を定義します。例えば、決算業務・伝票登録業務等の定型業務や、オペレーショナルなルーティン業務については、それを専門的に行うBPOベンダーを活用する等、積極的な外部リソース活用を進めて、自社人的リソースの投下が必要なポジションそのものの削減を図ります。

また、国内外の税務、トレジャリーといった高い専門性を要する業務については、それに対応する人材を自社で内製化することは、先に述べたような就労意識変化により従業員の長期・安定的な維持が困難な現状を鑑みると容易ではなく、担当者の突然の退職などにより業務継続性の観点でのリスクとなり得ることも考慮すべきです。そのような高度専門業務については、会計士や税理士、またはコンサルタントといった専門スキルを有した外部専門家へ業務委託することも選択肢として考えられます。外部専門家へ外注することにより、専門的知見を生かした効率的な業務運営や、新制度対応等も効率的に行うことも期待されます。さらには、そのような高い専門スキルを有する人材を一時的に派遣社員として受け入れることも、不足するポジションの補填(ほてん)としては有用です。

一方で、長期的には、ファイナンス組織に求められる高度な役割への期待に対応する人材をいかに育成するかが重要となります。各機能を中央へ集約するのか拠点へ分散するのかといった機能配置の論点を検討した上で、計画的なローテーション施策を実行することにより、高度な役割に対応する人材を育成することが可能となります。

例えば、ある大手自動車部品メーカーでは、ファイナンス部門の役割と人材育成方針の見直しを進めています。同社では、従業員の階級別の必要人数を明確化した上で、キャリアパスモデルを策定し、従業員のキャリアプランの検討をサポートするキャリア面談制度を整備しました。これらの施策をベースとして、組織目線・従業員目線を両立した計画的ローテーションに取り組んでいます。

オペレーティングモデル検討の観点

問題が大きくなる前に、まずは課題を早期に可視化し、クイックな施策実行につなげていくべき

先に述べたように、将来の労働力不足は避けられない事象であり、現時点で問題が生じていない企業も、近い将来確実に直面すると考えられます。「レジリエントなファイナンス組織」を構築するまでには、構想から施策実行、効果創出まで含めて3~5年程度の時間を要することが想定されるため、傍観していると手遅れの状況になりかねません。

問題が大きくなる前に、まずは早期に課題を可視化し、クイックな施策実行につなげていくことが重要です。課題の可視化のためには、例えば、ファイナンス業務の生産性についてさまざまな観点で成熟度診断を行い、生産性が低い要因の特定・分析をすることが可能です。また、従業員アンケートによる従業員の問題意識の把握、自社組織の将来人員構成のシミュレーションといった方法が考えられます。人員構成シミュレーションを例として挙げると、退職率や新卒・中途の採用状況等のファクト情報に加えて、少子化傾向・キャリア志向の変化等のトレンド情報を踏まえて、5年後、10年後の年齢人口分布をシミュレートすることにより、人材不足が予見される業務機能と不足が生ずるタイミング、必要な人員数が可視化され、打つべき施策がより具体化されます。

また、本質的な課題解決のための構想検討は最も重要ですが、足元で直面している欠員に対し緊急的にリソース補填する施策、いわば止血施策も同時に考える必要があります。足元のリソース不足を補うための止血施策を実行しながら余力を創出し、本質的な課題解決につなげていくことも考えられます。将来的に自社で対応すべき高度化業務も、一時的な外部リソース活用やAI活用をすることも選択肢になり得ます。外部リソースやAIにより対応している間に、高度化業務に必要なスキルを有する人材を、時間をかけて育成することが可能となります。

このように、問題が大きくなる前に検討着手することが最も重要であり、止血施策と本質的課題解決施策を並行して進めながら、環境変化に柔軟に対応可能な「レジリエントなファイナンス組織」を目指していくことが、ファイナンス組織には求められます。まずは課題の可視化や止血施策等から早期に検討着手することを始めてみてはいかがでしょうか。


サマリー

少子高齢化などを背景として自社人的リソースが不足する中で、持続的運営が可能なファイナンス組織が求められています。実現のためには注力すべき機能の見極めと、リソース/機能の配置の検討が有用であり、具体的対策にはキャリアパス可視化や外部人材活用などが挙げられます。先んじて課題の可視化と長期短期の施策検討が重要です。


関連記事

企業を取り巻くステークホルダーとの強固な協働関係を構築し、事業の発展と持続的な企業価値向上を実現するための5ステップ

“失われた30年”を取り戻すために、短期的な利益追求に重きを置く経営から、長期的な価値創造とすべての企業関係者への公平な価値分配を掲げるマルチステークホルダー経営への経営方針転換が進んでいます。

世の中の環境変化に左右されないレジリエントなファイナンス組織の実現に向けて

外部環境や事業環境が目まぐるしく変化する状況下で、CFOは日々の業務を安定的に遂行しながら、ビジネスパートナーとしての役割高度化にも並行して取り組んでいく必要性に迫られています。

企業の長期的価値創造プロセスの中でCFOが担うべき役割の変化とは?

長期的価値創造が求められる中で、CFOのマネジメント領域は“単なる財務状況からもたらされる帳簿価値”から“財務・非財務問わず全てのビジネスアクションから生み出される企業価値”へと遷移しています。

現代のCFOが抱える3つのジレンマとその解消に向け取り組むべき7つのアジェンダ

EYが多くのCFOと対話する中で、CFOが典型的に抱える3つのジレンマを解明し、そのジレンマを解消するための施策について7つのCFOアジェンダとして整理しました。

    この記事について