地政学戦略から見た10大リスク:インド太平洋地域における地政学的な競争の激化

地政学戦略から見た10大リスク:インド太平洋地域における地政学的な競争の激化


インド太平洋地域は、21世紀におけるグローバル競争の中心舞台になりつつあります。

地域的な包括的経済連携協定(RCEP)の最終決定の交渉が再開され、2020年11月に署名されました。今後は政府介入が企業の成長、投資戦略に大きく影響を及ぼすでしょう。


要点

  • 地域⼤国・ミドルパワーの関与が積極的なインド太平洋地域は、21世紀におけるグローバル競争の中⼼舞台となりつつあり、特に各国が軍事⼒を拡⼤する中で、安全保障をめぐる情勢は不透明感を増しています。
  • 新型コロナウイルス感染症によって国家競争戦略の重要性が強まったことを受け、各国政府は国家競争⼒の向上をますます重視し、特に医薬品や医療機器などの「戦略的」産業では国内⽣産が奨励されると⾒られます。
  • 各国の政策によりサプライチェーンの再編が引き起こされる可能性があり、また、テクノロジー、メディア、通信分野の政治利⽤によりデータ管理が複雑化するでしょう。

インド太平洋地域は、21世紀におけるグローバル競争の中心舞台となりつつあります。新型コロナウイルス感染症による経済的な混乱がありながらも、地域的な包括的経済連携協定(RCEP)の最終決定の交渉が再開され、2020年11月には署名にいたりました。しかし、各国が軍事力を拡大する中で、安全保障をめぐる情勢は不透明感を増しています。南シナ海や東シナ海、中印国境などにおける地政学的緊張は、紛争化のリスクもはらんでいます。
 

地域大国・ミドルパワーの関与が積極的になるなかで、2021年のインド太平洋地域の地政学的な競争は激化していくことになります(図10を参照)。オーストラリア・インド・日本・米国間で生まれた日米豪印戦略対話(Quad)は、地域大国・ミドルパワーがインド太平洋地域政策に多国間で取り組む姿勢を見せた一例です。また、オーストラリア、インド、日本が先日発表したサプライチェーン強化構想(SCRI)は、2021年以降、段階的な導入が見込まれます。これは製薬分野におけるサプライチェーンの中国依存を軽減する広範な取り組みの一環として、新型コロナウイルスワクチンの開発を推進するためにも利用されます。
 

同地域では、各国政府が自国優先の立場から地政学的戦略を形成しようとする傾向もあります。日本の外交政策は、引き続き多国間関係を強化しながらも、地域リーダーとしての役割を駆使したものになるでしょう。日本政府にとって、経済外交は今後も優先事項であり、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)の加盟国拡大に努めています。
 

オーストラリアでは、中国との緊張関係を示す40%という大幅な防衛費拡大と外国からの投資に対する規制の厳格化が2021年も継続すると見られます。しかし、輸出業者、大学、不動産開発業者には中国政府との良好な関係を支持する見方もあるため、政府の方針が軟化することも考えられます。
 

インドは、オーストラリアや日本などとの協調関係と米国との新しい軍事協力を通じて、同地域での戦略的・外交的足場の大幅拡大を狙っていますが、インド政府の保護貿易政策により地域への影響力が狭まる可能性があります。さらに、インド洋における領土問題とラダックの実効支配線が今後も火種となり、中国との緊張関係が続くでしょう。
 

東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国は引き続き、おもにRCEPを通じた地域的経済統合の強化に取り組み、米中どちらかへの偏重を避けて中立の立場を維持すると見られます。ただし、地域における中国の影響力の拡大にどう対応するかについて、加盟国間の不調和が見られ始めています。同様に、韓国も米中との関係でバランスを保とうとしていますが、日本政府との緊張関係によって韓国の外交政策が複雑化する可能性があります。
 

実際、米中間の戦略的競争の継続は、インド太平洋地域のすべての国にとって事態を複雑化する要因となります。ドイツは先頃インド太平洋政策を採択し、ヨーロッパではフランスに続き2番目にインド太平洋地域に関する正式な戦略を定めましたが、これはヨーロッパ各国やEUの同地域での活動活発化を示しています。


ビジネスへの影響

政府介入が成長・投資戦略に影響を及ぼすことになります。新型コロナウイルス感染症によって景気回復に対する国家競争戦略の重要性が強まったことを受け、各国政府は国家競争力の向上をますます重視しています。医薬品や医療機器などの「戦略的」産業では国内生産が奨励されると見られるため、該当製品の輸出を目指す企業にとって新たな課題となるでしょう。また、国内・国外企業ともに、地域経済への貢献を示すことが一層強く求められるでしょう。

貿易協定と海運政策によりサプライチェーンの再編が引き起こされる可能性があります。RCEPの発効は2022年以降と見込まれており、参加15カ国に共通の原産地規則が新しく適用されます。これにより、「チャイナプラス」モデルに従い、関税・コンプライアンスコストの削減を目的として、RCEP参加国へのインド太平洋地域のサプライチェーン構築または移転開始が促進される可能性があります。同時に、海上境界線を巡って続く緊張状態により、一部の輸送経路に混乱が生じるかもしれません。国際貿易の大部分がアジア地域の海域を通過することから、この影響は多数の企業のサプライチェーンに及ぶと思われます。

テクノロジー、メディア、通信分野の政治利用により、データ管理が複雑化するでしょう。5Gワイヤレスネットワークが同地域全体に展開されるにつれ、経済のデジタル化が進み、新たな政治リスクが企業にもたらされると見られます。これが特に当てはまる中国のテクノロジー企業は、一部の主要市場で制限または禁止措置を科されています。広範な影響に目を向けると、デジタルテクノロジー関連のシステム、標準規格、規制が各国間で統一されていないことから、越境データフローおよびデータ管理が複雑になると思われます。

図10 : インド太平洋地域で地政学的に積極的な姿勢に出る国が増加

地政学を踏まえた戦略的判断

  • 同地域で予想される貿易協定と既存協定の拡大による自社拠点および企業戦略への影響を評価する
  • サプライチェーン規制の将来的な方向付けと余剰・レジリエンスの釣り合いの形成に関して、規制機関および政策当局と連携する
  • インド太平洋地域での協調関係のシフトにより生じる新たな貿易・投資パターンを考慮したシナリオ計画を活用する
  • 政府政策がもたらすシフトの経済的影響を評価し、これに応じて企業戦略を調整する

サマリー

インド太平洋地域は、21世紀におけるグローバル競争の中心舞台となりつつあります。地域大国・ミドルパワーの関与が積極的になるなかで、2021年のインド太平洋地域の地政学的な競争は激化していくことになります。これらの競争のビジネスへの影響を評価し、戦略に取り入れていくことが重要です。


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