EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
医療DXが推進される一方で、医療現場からは「操作が煩雑になった」「PCの前にいる時間が増えた」といった声が後を絶ちません。ITは本来、業務を支え、医療職が専門業務に集中するための手段であるはずです。それにもかかわらず、なぜ負担感が増してしまうのか。医療情報システムの調達・導入を支援してきた立場から、現場で繰り返し見てきた直面しがちな課題を整理します。
電子化したにもかかわらず現場が楽にならない最大の要因は、業務の中身を変えないまま、形だけを置き換えてしまうことにあります。紙で行っていた複雑な二重チェックや、多数の手書き伝票。これらをそのままシステム画面に再現すれば、入力項目や画面遷移が増え、結果として操作が煩雑になるのは避けられません。「電子化したのに、前より時間がかかる」という違和感の多くは、ここに原因があります。IT導入は、本来「その業務は本当に必要か」、「人が判断しなくても良い部分はないか」を問い直す好機です。業務フローの見直し(BPR)を伴わないIT化は、紙から画面へ場所が変わっただけで、現場を楽にはしません。
電子カルテや部門システムによって、情報の検索や共有は格段に楽になりました。一方で、その裏側では「入力」という新たな負担が、制度設計上の意図とは異なり医療職が結果的に担う形になっている現状があると思います。多くのシステムは、データの正確性や再利用性を重視するあまり、細かな選択肢の入力や厳密な構造化を現場に求めがちです。その結果、患者と向き合う時間が削られ、「IT事務」が日常業務に入り込んでしまいます。ここで重要なのは、システムを現場ごとに作り込むことではありません。むしろ、過度なカスタマイズはコスト増大や品質低下を招き、長期的にはマイナスになりがちです。考えるべきは、
という設計の問題です。音声入力やAIによる要約、モバイル端末での簡易入力は、「人に合わせてシステムを作る」ためのものではありません。人が、無理にシステムに合わせなくて済む状態を作るための手段として使われるべきものです。
IT化が進むにつれ、医療職は「医療の専門家」であると同時に「システムのオペレーター」であることも求められるようになりました。操作ミスへの不安、突然のシステムトラブル、パスワード管理など、これらは医療の本質とは直接関係ありませんが、確実に心理的な負担を蓄積させます。この見えないストレスが、現場の疲弊の一因になっているケースも少なくありません。ここで必要なのは、ITの煩雑さを、現場の外側で引き受ける体制です。医療情報担当者、PMO、医師事務作業補助者(クラーク)などが医療職の周囲で「盾」となり、入力や調整、トラブル対応を担う。そうした役割分担があって初めて、医療職は本来の専門業務に集中できるのではないでしょうか。
ITが仕事を楽にするかどうかは、導入したシステムの多機能さで決まるわけではありません。どれだけの業務を現場から切り離せたか。この一点で評価されるべきです。効率化によって生まれた時間を、「もっと多くの患者を診る」ことだけに使えば、現場は疲弊します。事務作業を減らし、その分を患者との対話、チームでのカンファレンス、あるいは適切な休息に充てる。この“余白”を意図的に設計できた時、ITは初めて医療従事者を本当の意味で「楽」にすると考えています。
ITは魔法の道具ではありません。しかし、業務の無駄をそぎ落とし、適切な役割分担(タスク・シフト)を支えるための「道具」にはなり得ます。現場がITを評価する瞬間は、画面が高機能になった時ではありません。「今日は、カルテより患者の顔を見ていたな」と感じられた時です。その状態を、調達・設計・運用の段階から意図的につくれるか。そこにこそ、医療情報システム導入支援に携わるコンサルタントの価値があると考えています。
医療DXが進んでも現場が楽にならないのはなぜか。医療情報システム導入で起こりがちな負担増の原因を整理し、現場に余白を生むための設計視点を解説します。