EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本のパートナーであり、企業成長サポートセンターでスタートアップ支援に従事する藤原選が、東京証券取引所上場推進部長である荒井啓祐氏をお招きして、2026年以降のIPOの俯瞰とフォローアップ会議が示すグロース市場の見直しの狙いや上場後の成長を促す制度設計について探ります。
要点
藤原:ここからは2026年以降のIPOについてお話ししていきたいと思います。
まずIPOの社数についてですが、2026年は2025年と同水準と予想している市場関係者が多いように見受けられます。小規模IPOは減少傾向である一方で、事業規模が限定的などの理由で資本市場を活かせない企業は上場しにくくなり、2025年の振り返りでも話題に出たように量より質を重視する「選別」「大型化」「黒字化」がキーワードになると考えます。2026年のIPOの社数に関する見立てについて、一般市場とTPMに分けて教えてください。
荒井氏:はい、まず一般市場についてですが、私たちが主幹事証券会社各社から聞いている限りでは、成長性に加え、業績面でもしっかり成果が出ている企業を見極めるといった投資家の“選別”傾向は2026年も継続する見込みです。
また、非上場段階における資金調達環境の拡充やM&Aの活発化、さらに上場後の投資家評価も見据え、企業は上場の目的や時期をしっかり見極める動きもあり、これらによって “黒字化”や“大型化”につながっていくと考えられます。
そして証券会社におけるパイプラインについては、2026年は前年と同程度、あるいはやや多いくらいとのことなので、企業によるIPOへの意欲は引き続き旺盛との認識をもっています。
もちろん株式相場等にも大きく左右されるため、正確な見通しを示すことは困難ですが、大きな環境変化がなければ2025年と大きく変わらない水準となると見ています。
なお、ここで念のため強調しておきたいのは、私たち東証はIPOの件数だけを追求する姿勢はとっておらず、つねに“高い成長を目指すIPO”を増やしていくスタンスをとっているということです。
次にTPM に関する見立てですが、J-Adviser各社とコミュニケーションをとる中では、2024年、2025年と同程度の水準となるのではないかと見ています。TPMで地固めをして大きく成長できる体制を整えてから一般市場に上場しよう……そのように考えている企業が増加傾向にあり、私たちも「一般市場上場とその後の成長を目指す企業が集う市場」として活用していただければと期待しています。
藤原:「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議(以下、フォローアップ会議)」などで現在検討されている議論にもふれておきましょう。同会議の議論がスタートアップ関係者を中心に2025年は注目されてきました。特にグロース市場の上場維持基準を2030年以降は「上場5年経過後から時価総額100億円以上」へ変更する改正が公表されました。
フォローアップ会議や、グロース市場の見直しの背景について、ぜひお話をお聞かせください。
荒井氏:まずフォローアップ会議の目的・設置経緯についてお話しさせてください。私たち東証は、2022年4月に、上場会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上を支え、国内外の多様な投資家から高い支持を得られる“魅力的な現物市場”を提供することを目的として、市場区分の見直しを実施しました。
その後、同年7月より、エコノミスト、投資家、上場会社、学識経験者などの市場関係者が参加する有識者会議である「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」を設置することになりました。
この目的は、市場区分見直しの実効性向上のため、各種施策の進捗状況や投資家の評価などを継続的にフォローアップし、上場会社の企業価値向上に向けた取組みやベンチャー企業への資金供給などに関する追加的な対応について議論を行うことです。
フォローアップ会議設置以降、まずプライム市場を中心に議論が行われ、グローバルな投資家を意識した市場というコンセプトをより一層発揮すべく、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請、また英文開示の義務化などを進めてきました。
一方、グロース市場については、上場後に時価総額が10倍以上に成長した会社が全体の5%ほどであったところ、上場後に高い成長を実現する企業を1社でも多く増やしていくことが重要であると考え、当該市場が「『高い成長を目指す企業』が集う市場」となるよう、2025年9月以降、上場前から上場後まで持続的に高い成長に向けて取り組んでいただくための施策をパッケージで推進しています。
当該パッケージの1つとして、2025年12月には、「上場10年経過後から時価総額40億円以上」の上場維持基準を「上場5年経過後から時価総額100億円以上」とする規則改正を行いました。これは多くの方に「5年100億円ルール」と呼ばれているものですね。
市場関係者へのヒアリングでは、成長戦略や事業計画をブラッシュアップするに当たっては機関投資家の目線を意識した経営や対話が重要であることが指摘されています。この度の上場維持基準の見直しは、「『高い成長を目指す企業』が集う市場」というコンセプトであるグロース市場の上場企業の方々に、できるだけ早く機関投資家の投資対象となり得る規模へと高く成長していただけるよう、制度の面から動機付けることを目的としたものです。
藤原:JPXのウェブサイトにフォローアップ会議の会議資料がアップされていますね。
荒井氏:はい。ぜひ多くの方にご覧いただきたいと思っています。
では続けて、フォローアップ会議によるグロース市場の見直しに関する検討、上場維持基準の見直しについてもお話させていただきます。
2026年1月開催の「第25回 市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」でも言及されましたが、上場維持基準の見直しについては2025年12月に規則改正が完了しており、今後、東証としてグロース上場企業経営者やIPOを目指す経営者など、スタートアップ経営者向けの説明を継続していくとともに、2030年の新しい上場維持基準の適用も見据えながら、積極的に取組みを進める企業のサポートを行っていきたいと考えています。これらのサポートについて、足元では2025年12月に「投資家が評価しているグロース上場企業の取組み事例集」を公表した他、2026年2月からは積極的に取組みを進める企業の投資家への見える化(一覧化)をスタートする予定です。
また、IPOを目指す企業に関しては、上場維持基準の見直しにより時価総額の小規模なIPOが困難となったという声もあるのですが、新規上場基準の引き上げは行っていないという情報発信と証券会社の引受スタンスに関する説明を繰り返し実施していきます。「IPO社数にかかわらず、高い成長を目指すIPOを増やしていく」。これからもこのような東証の市場運営方針について、IPOを目指す企業や関係者向けの啓発を進めていく所存です。
藤原:上場維持基準見直しは新規上場のハードルを上げるのではなく、上場企業の高い成長率を求めているわけですね。
荒井氏:ええ、そこが極めて重要なポイントなのです。スタートアップの方々には、グロース市場は投資家から「上場後の高い成長」が強く期待されている市場だということをよくご理解いただくことが重要と考えています。
投資家から期待されている具体的な内容は、2025年12月に公表された「投資家が評価しているグロース上場企業の取組み事例集」に明示しており、たとえば、成長の持続・加速を期待させるビジョン・戦略を示すことや具体的かつ説得力のあるエクイティ・ストーリーを示すことなどが挙げられています。
藤原:2025年12月に新たなグロース株価指数である「JPXスタートアップ急成長100指数」の骨子をグロース市場の見直しの一環として公表されました。新指数を含めて、 グロース市場の見直しに伴う、東証のスタートアップ支援・サポートの今後の強化策につき教えてください。
荒井氏:はい、まず1つ目が積極的に取組みを進める企業の投資家への“見える化(一覧化)”の推進、もう1つは「JPXスタートアップ急成長100指数」です。
まず、高い成長の実現に向けて積極的に取り組むグロース上場企業の状況を投資家へ見える化し、投資家に対する情報発信を後押しするため、今年2月6日から、JPXのグループ会社であるJPX総研が提供する「JPxData Portal」において、グロース上場企業の「事業計画及び成長可能性に関する事項」の開示を一覧化した特設ページを開設します。この特設ページは、2025年9月に東証が公表した『「高い成長を目指した経営」の実現に向けた対応のお願い』を踏まえて企業側が練り直した成長戦略などについて、より広く投資家にアピールしていきたいという上場企業のニーズと、積極的に取り組む企業やその取組み内容について、手軽に探せる場所があると良いという投資家のニーズの双方を満たすものです。
次に「JPXスタートアップ急成長100指数」です。これはJPX総研が新たに算出する指数で、東証グロース市場の見直しの一環として作られた指数です。売上高成長率と時価総額成長率を基に、東証グロース市場の上場銘柄と東証グロース市場からの市場変更後一定期間の銘柄から高成長企業100社が選定され浮動株時価総額加重方式で算出されます。2026年3月9日からのこの指数の算出(及び配信)開始により、企業においては成長を一層意識した経営の推進、投資家においては成長を実現する新興企業への投資拡大がなされることを期待しています。
藤原:荒井さんのお話に出てきた「投資家が評価しているグロース上場企業の取組み事例集」は素晴らしい取組みであると関心を抱いています。グロース上場企業に対する投資家の期待と、高い成長に向けた取組み事例のポイントや留意事項につきぜひ詳しく教えてください。
荒井氏:「投資家が評価しているグロース上場企業の取組み事例集」は、主にグロース株・中小型株に投資する中長期目線の機関投資家や、スタートアップ関係者からのフィードバックに基づき、取りまとめられたものです。グロース上場企業に対する投資家の期待や経営者のマインドとギャップのある事項を把握し、自社の取組みを点検し、その結果を踏まえて改善していくといった形でご活用いただくことが重要だと考えています。
また、この事例集を公表した同じ日に、投資家の視点を踏まえた「資本コストや株価を意識した経営」のポイントと事例の一環として「課題解決に向けた企業の取組み事例集」も公表しております。これらの事例集はJPXのウェブサイトでも閲覧できますので、ぜひ参考にしていただきたいと思います。
藤原:現在、プライム・スタンダード市場を対象に「資本コストや株価を意識した経営」の要請強化とプライム・スタンダード・グロースの各市場のコンセプトの再定義、直近では特に“スタンダード市場の質の向上”が重要テーマになっています。そのあたりの東証としての検討状況や今後の方向性についてはいかがですか?
荒井氏:「資本コストや株価を意識した経営」については、「開示」から「実行」へフェーズが移っていく中で、企業の取組みや投資家との実効的な対話を加速させるための環境整備やサポートを進めていきます。その際、企業・投資家の双方において、お互いの短期志向(ショートターミズム)を懸念する声が聞かれることから、要請の趣旨をあらためて周知しながら進めていくことが重要と考えています。
プライム市場、グロース市場については、新たな施策を打ち出す段階から、企業側の実行フェーズに移り、東証としてはその実行状況を開示していく段階に入っていくという認識です。
ご指摘のスタンダード市場ですが、この市場はプライム市場やグロース市場のような際立った特徴はないものの、3つの市場区分においてベースとなる市場であり、多様な企業の受入れを想定した、市場インフラとして重要なマーケットです。
スタンダード市場の実態として、上場経緯や規模・その他の特徴もさまざまな企業が上場しており、こうしたコンセプトは維持していくものの、株主・投資者を意識して“企業価値向上”を目指す視点はより強調していく必要があると考えています。
たとえば、スタンダード市場上場企業における「資本コストや株価を意識した経営」に対する取組み状況については、プライム市場とは異なりバラつきがあるため、類型化を図り、たとえば経営者や独立社外取締役の啓発などの具体策を検討・進めていきたいという考えです。
藤原:その点における資本収益性などの考え方はまさに機関投資家が求めているものですので、グロース市場の企業、また上場準備をされている方々にもぜひ参考にしていただきたいですね。
藤原:現在、特定投資家向け銘柄制度、いわゆるJ-Ships、また未上場ベンチャーファンドなどの未上場ラウンドでの資金調達環境の整備が進んできています。こうした一般市場へつなぐ未上場段階の資金調達のマーケットについて、ぜひTPMを含めたコメントをお願いいたします。
荒井氏:はい、ご指摘のように政府・関係各所においては、非上場企業への資金供給機能の強化に向けた取組みが進められています。
プライマリ市場では、成長資金供給の多様化を目的に、2022年7月、日本証券業協会が非上場企業と特定投資家を結ぶ資金調達仲介制度としてJ-shipsを創設し、活用が進んでいるところです。セカンダリ市場では、東証が既存のベンチャーファンド市場を刷新して、現在、ファンド組成の可能性の高いアセットマネジメント会社やベンチャーキャピタルなどに制度周知を進めており、確実に関心が高まっている状況にあります。
このように未上場段階での資金調達環境の整備が進む一方で、グロース市場の上場維持基準の見直しにより、一般市場に上場する企業の規模がこれまでよりも大型化していくことが想定される中で、TPMが非上場と一般市場の間に生まれた隙間をつなぐ橋渡しの機能を担えないかという声が市場関係者の間で高まっています。
こうした環境の変化を踏まえ、東証では2025年11月に開催した「第24回 市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」において、TPMを「一般市場上場とその後の成長を目指す企業が集う市場」と位置付け、そうした企業を市場関係者と連携しながら支えていくことが考えられないか、といった方向性を打ち出しました。この方向性は有識者の方々にもご賛同いただいています。
今後は、TPMの目指す方向性やその実現に向けた具体的な打ち手について、引き続きフォローアップ会議の場において検討していくこととなるでしょう。
藤原:ありがとうございます。では最後にスタートアップの方々へのメッセージをお願いいたします。
荒井氏:はい、2点だけお話させてください。
まずは毛色の違うクロスボーダー企業の上場についてです。
手前味噌となりますが、私たち東証は時価総額や売買代金の規模から見て世界有数の株式市場であり、売買のプレーヤーの60%以上が海外投資家であるため、間違いなくグローバルなマーケットといえるでしょう。しかしながら、上場企業の大半が日本企業であるため、以前より東証として外国企業の上場誘致に取り組んできました。その結果、少しずつアジア企業を中心に成果が出てきている状況で、この流れを確実にするため、2024年3月に「東証アジアスタートアップハブ」をスタートしました。
この取組みでは、上場希望時期の4~5年前の企業を支援対象とし、EY新日本を含む国境を越えた多様なパートナーとともに、日本での認知度向上やビジネス支援といった手厚いサポートを行うことにしました。ターゲットを早めの成長段階の企業にしたのは、一連のサポートを通じて「日本とのゆかり(日本フレーバー)」を強めて成長していただくことで、東証市場を選んでいただきやすくなると考えたからです。現時点で、支援対象企業は7つの国と地域から20社を選定しており、この中から近い将来に東証上場が実現することを心より楽しみにしています。
もう1点は、企業の方々へのIPOに関するメッセージです。
いうまでもなくIPOとは成長のための手段です。「上場後の高い成長」がより期待されるようになっている今、「単に上場を目指すだけ」では立ち行かない状況にあります。
一方で、資本市場を活用した多額の資金調達など、IPOが成長を大きく加速させる非常に強力なツールであることは、今も昔も変わらないものであり、この強力なツールをうまく活用できれば、飛躍的な成長の実現につながると私たちは確信しています。
重要なのは、IPOという手段を活用してどのように成長を実現していくのかということです。スタートアップの方々にはIPOを起点に、その後の成長戦略をしっかりと描いた上で、上場を目指していただければ幸いです。
藤原:荒井さん、数々の貴重なお話をありがとうございました。今日のお話の中にもあった通り、おそらく2026年は「量から質」へのシフトが本格化する年になりそうです。スタートアップの方々にはフォローアップ会議の背景や趣旨を十分ご理解いただき、それぞれの事業展開に役立てていただきたいと思います。
荒井氏:はい、ぜひそう願います。こちらこそ本日は貴重な機会をいただきありがとうございました。
2026年以降のIPO市場を展望。「量から質」へとシフトする上場環境の中で、黒字化・大型化・選別化の行方や、グロース市場の見直し、投資家との対話を促す新施策を解説します。
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