英国及びEUにおける銀行を取り巻く金融サービス規制動向

情報センサー2024年8月・9月 JBS

英国及びEUにおける銀行を取り巻く金融サービス規制動向


英国及びEUにおける企業を取り巻く規制はBrexit後、多様化が進んでいます。本稿では英国及びEU外に本社を置く銀行を念頭に関連する規制を紹介します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 ロンドン駐在員 公認会計士 諸富 聡

2011年入社後、不動産事業会社・不動産ファンド・証券会社・投資銀行の会計監査及び関連保証業務に従事。22年より英国・ヨーロッパの日系金融機関のサポートに従事。



要点

  • 英国及びEUの銀行監督・規制当局について
  • 英国又はEUで活動する銀行に関連する規制について
  • 英国及びEUの規制は類似しつつも多様化が進んでいる


Ⅰ はじめに

ヨーロッパ最大の金融市場であるシティを有する英国が欧州連合(European Union、EU)を2020年1月に正式に離脱して以降、EU及び英国の両者は金融サービス規制協力に合意しつつも※1それぞれ個別に規制の変更・実施を進めてきました。

本稿では英国・EU外に本社を置く金融機関、特に英国・EUにて金融サービスを提供する日系銀行が影響を受ける可能性のある金融サービス規制を中心にその内容と動向を紹介します。

※1 UK-EU Memorandum of Understanding on Financial Services Cooperation (27 June 2023)


Ⅱ 英国及びEUにおける銀行を取り巻く規制とその多様化

1. 英国・EUにおける銀行監督・規制当局

(1) 英国の監督・規制当局

英国の監督・規制当局

英国の銀行は小規模な場合等の例外を除いて健全性規制機構(Prudential Regulation Authority、PRA)の監督を受けます。PRAはイングランド銀行(Bank of England、BoE)の一部を構成する組織であり、個々の銀行を監督するとともに監督される銀行が従うべき規制の策定も行っています。

PRAが個々の金融機関に着目するのに対し金融行動監視機構(Financial Conduct Authority 、FCA)は金融市場全体の行動規制と消費者保護を担当しています。FCAは個々の金融機関の監督はしませんが、市場の透明性確保や消費者保護のため、時にはPRAと協同して規制の策定を行っています。

(2) EUの監督・規制当局

EUの監督・規制当局

単一監督メカニズム(Single Supervisory Mechanism、SSM)の枠組みに基づいて、規模や経済的重要性などの条件によって重要機関として判断されたEUの銀行は欧州中央銀行(European Central Bank、ECB)の直接監督を受けます。SSMとはユーロ圏における銀行監督を一元化するための仕組みであり、銀行同盟※2の一部として導入されました。ECBの直接監督を受けない中規模・小規模の銀行は各国の監督・規制当局による監督(ECBによる間接監督)を受けます。

EUにおいて銀行規制の設定は欧州銀行機構(European Banking Authority、EBA)が行っています。EBAはEU全体の銀行業の規制と監督を調整し、統一性を確保するための規制を策定しています。EBAによって策定された規制はその種類によりEU各国への適用・受入の方法が異なります(<表1>参照)。

表1 EUにおける規制の種類

表1 EUにおける規制の種類

また、EBAの監督やガイドラインの元となるEU法は欧州議会(European Commission、EC)によって草案が作成され、欧州議会(European Parliament、EP)及び欧州連合理事会(Council of European Union、Council)による審議・合意を経て成立します。

(3) Brexit後のEUと英国の関係性

冒頭に記載の通り金融サービス規制協力に合意しつつも、当該合意は覚書であるため法的な拘束力がありません。そのため、類似する規制が英国・EUの双方に存在する場合でもその詳細が異なることがあります。

※2 欧州連合(EU)のユーロ圏加盟国における銀行監督及び危機管理の一元化を目的としたフレームワーク。単一監督メカニズム(Single Supervisory Mechanism)、単一処理メカニズム(Single Resolution Mechanism)、欧州預金保険制度(European Deposit Insurance Scheme)によって構成される。

2. 規制動向の概要と比較

以下では英国及びEUにおいて銀行を取り巻く規制の概要を説明します。

表2 英国及びEUにおける銀行規制の概要

表2 英国及びEUにおける銀行規制の概要
表2 英国及びEUにおける銀行規制の概要

(1) 支店及び子会社設立要件

英国及びEUのいずれにおいても本社を当地の外に持つ企業が英国・EU域内において銀行業務として規制される業務を行う場合には基本的に当局による認可を受けた子会社あるいは支店を設立し、監督を受ける必要があります。

英国においてはPRAが発行しているSupervisory Statement 5/21(SS5/21)において英国で規制業務を行う場合に子会社の設立が求められるか、あるいは支店での運営が許容されるかの判断の目安が示されています。いずれの形態によって英国での規制業務提供が認められるかの最終的な判断はPRAが行います。SS5/21においては現状ホールセール・バンキング業務における総資産が150億ポンドを超える場合及び預金保護の対象となる個々のリテール顧客又は小規模企業※3からの預金額が1億ポンドを超える場合が閾値として示されていますが、2024年7月にPRAが公表したConsulting Paper 11/24(CP11/24)においては子会社化要件の閾値にリテール顧客及び小規模企業からの預金総額が3億ポンドを超える場合を追加することが提案されています。

EUにおいては2024年6月にEPによって採択された資本要求指令(Capital Requirement Directive, CRD) VIにおいてEU域外の企業が特定の取引※4をEU域内の企業と行う場合(クロスボーダー取引)、限られた例外に該当する場合※5を除いて当局による認可を受けた支店の設立が求められるようになることが見込まれています。CRD VIはEU各国で異なる扱いがなされているクロスボーダー取引に対して統一的なルールを設けることを1つの目的としています。CRD VIはEP及びCouncilによって承認がなされた後、一定期間内にEU各国が自国内法として転換することで適用が開始されます。

また、EUではEU域内におけるグループ総資産額が400億ユーロを超える場合には中間持株会社の設立が求められます。これにより、EU域内のグループ各社の総資産が少額であり、ECBによる直接監督要件に該当しない場合においてもグループレベルで400億ユーロを超える資産を有している場合においては中間持株会社を設立し、ECBによる直接監督を受ける必要が生じます。

(2) オペレーショナル・レジリエンス

英国及びEUのいずれにおいても金融機関に対してオペレーショナル・レジリエンスを向上するための規制を策定しています。

英国においてはPRA及びFCAが協同でPolicy Statement 21/3にて、銀行を含む金融機関やその他の金融サービスプロバイダーがオペレーショナル・レジリエンスを強化するために従うべきルールを策定しました。対象となる銀行等に求められる対応は<表2>をご参照ください。

EUにおいては23年1月に施行されたDigital Operational Resilience Act (DORA)により銀行を含む金融機関及び情報通信技術(Information and Communication Technology、ICT)サービスを提供する企業は25年1月までに対応が求められています。求められる対応の概要は上記<表2>をご参照ください。

EUのDORAはICTリスクに着目し、第三者から受けるICTサービスから生じるリスクも含めて管理を求めている一方、英国のオペレーショナル・レジリエンスは重要なビジネスサービス(Important Business Services、IBS)の特定から始まり、デジタルに限らない幅広いオペレーショナル・レジリエンスの強化が求められています。

(3) リングフェンシングルール

英国においては銀行の安定性と安全性を向上させるため、一定規模の銀行を対象に預金の受け入れ等の商業銀行業務とトレーディング業務等の投資銀行業務を分離することを求めるルールが存在します。一方、EUでは英国のリングフェンシングルールに直接対応するような規制は存在しませんが、銀行の破綻計画において資産を分離することによる顧客資産保護の準備を求める等、他の規制やフレームワークにより銀行の安定性と安全性の向上が図られています。

(4) 報酬規制

報酬規制は銀行における重要なリスクテイカー(Material Risk Taker、MRT)の変動報酬・ボーナスに対して遅延支払いや支給額に制限を設ける(ボーナス・キャップ)ことによって過度なリスクテイクを抑制し、適切なリスク管理を促進するためのルールです。

ボーナス・キャップについて、EUにおいてはCRDにおいてMRTの変動報酬は固定報酬の100%に制限しています。当該上限は株主等の同意がある場合は最大200%まで引き上げることができますが、EU各国は自国法で200%よりも低い上限を設けることができるとされています。

英国においてもEUと同様のボーナス・キャップが設けられていましたが、23年の10月に撤廃されており、現在の英国においては変動報酬額に対する上限はありません。

(5) 上級管理職の承認制度

英国及びEUのいずれにおいても銀行の上級管理職に就任する個人は当局から承認を受ける必要があります。これは、個人の説明責任を強化、ひいては銀行ガバナンスを強化することを目的としています。当局への書類の提出や当局による適格性評価が行われる点で英国とEUのルールは類似していますが、詳細な要件や手続は異なる場合があります。また、銀行は当局によって承認された上級管理職が継続して適切に業務遂行していることを継続的に監視し、管理する必要があります。

※3 年間売上が1,020万ポンドを超えない企業。
※4 預金の受入、貸付、リース等(Capital Requirement Directive, Annex I, 1~6)。
※5 逆勧誘、インターバンク取引、グループ内取引、既存取引等。


Ⅲ おわりに

銀行以外にも関連する規制においても、EUにおける欧州AI規制法などは英国においても詳細をアレンジした上で適用される可能性があり、サステナビリティ開示においてはISSBが公表したIFRSサステナビリティ開示基準を受けて英国においては英国サステナビリティ開示基準の最終化が控えており、英国とEUの規制の多様化は今後ますます進展してゆくと考えられます。

本稿では銀行に焦点を当てましたが、EY英国では保険会社や投資銀行、アセットマネジメント業界含め各金融セクターを取り巻く規制の専門家を取りそろえています。欧州での規制対応でお困りの際はお気兼ねなくご相談ください。本稿が日系企業の企業活動の一助となれば幸いです。


サマリー 

英国及びEUにおける銀行を取り巻く規制は類似しつつも、Brexitを経てその多様化が進んでいます。欧州で事業を展開するに際しては、それぞれの規制が与える影響を分析した上で自社にとって最適な国を選択する必要があります。


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