不動産業における非化石価値取引の概要と非化石証書購入時の会計処理

不動産業における非化石価値取引の概要と非化石証書購入時の会計処理


日本政府は、2050年までにカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを宣言しており、不動産業において、この目標を達成するための手段である非化石価値取引に注目が集まっています。

本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 不動産・ホスピタリティ・建設セクター 公認会計士 川村 晃一
主に不動産業、J-REIT、製造業の監査、株式上場支援業務、会計アドバイザリー業務に従事。セクターメンバーとして、書籍の執筆、研修講師、LTV(Long-term value)およびTCFD担当として活動している。不動産セクターナレッジ職員サブリーダー。

EY新日本有限責任監査法人 不動産・ホスピタリティ・建設セクター 公認会計士 中尾 暁
主に不動産業、J-REIT、建設業など、多くの上場会社の監査業務や株式上場支援業務に従事。EY Entrepreneurial Winning Women™ Japan(EWW)にて、女性経営者のネットワーキングの場を提供する活動を行っている。不動産セクターナレッジ職員サブリーダー。


要点

  • 不動産業では、カーボンニュートラルに向けた動きが加速している。
  • 利用促進のための制度見直しが継続して行われており、各企業における目標を達成するための手段として、非化石価値取引に注目が集まっている。
  • 特にFIT(Feed in Tariff:固定価格買取制度)非化石証書を利用した取引については、2021年11月に需要家の購入を促進するための制度の見直しが行われている。


Ⅰ はじめに

不動産業では、企業の長期的成長を目指す上で重視すべきESGの取組みとして、環境(Environment)に力を入れている企業が多くあります。

各企業において、取組み方針はさまざまですが、非化石価値取引に注目が集まっています。本稿では、非化石価値取引の概要、非化石証書を購入した際の会計処理について解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

 

Ⅱ 非化石価値取引の概要と非化石証書購入時の会計処理

1. 概要

不動産業において、カーボンニュートラルに向けて設定したCO2などの温室効果ガスの削減目標を達成するために、再生可能エネルギー利用促進の動きが高まっています。

しかし、再生可能エネルギーの調達においては、太陽光パネル設置面積の確保や、送配電ロスの問題があり、不動産会社が全ての保有物件で使用する電力を再生可能エネルギーで賄うことには限界があります。そこで、自社が排出する温室効果ガス排出量と相殺することができる価値を持つ非化石証書は、カーボンニュートラルの実現に向け有用な手段の1つとして利用されています。

非化石証書とは、再生可能エネルギーなどの非化石電源により発電された電気を、電力そのものの価値と、環境価値に分けた上で、環境価値のみを売買可能なように証券化したものとなり、その価値の内容は、次の通りです。

  • 非化石価値:エネルギー供給構造高度化法※1上の非化石電源比率の算定時に非化石電源として計上できる価値
  • ゼロエミ価値:地球温暖化対策の推進に関する法律(以下、温対法)における電気の排出係数算定時においてCO2排出量を減算できる価値
  • 環境表示価値:小売電気事業者が需要家に対して付加価値を表示・主張することができる価値

また、非化石証書には、①FIT※2非化石証書(再エネ指定)②非FIT非化石証書(再エネ指定)③非FIT非化石証書(再エネ指定無し)の3種類があります。

このうち、①FIT非化石証書は、2021年11月に制度が見直され、需要家の利便性を向上するため、最低価格の大幅な引き下げ(1.3円/kWhから0.3円/kWh)、需要家の市場での直接購入、及び証書トラッキングの拡充が行われました。この制度の見直しを契機とし、FIT非化石証書の購入を検討する不動産会社が増えてきています。

需要家である不動産会社がFIT非化石証書を購入する取引のスキームは、<図1>の通りです。

図1 FIT非化石証書の取引スキーム

2. 非化石証書購入時の会計処理

電力を使用する需要家が非化石証書を購入する際の会計処理を解説します。需要家は他者へ非化石証書を転売することができない(JEPX お知らせ 2018年4月26日「非化石価値取引市場説明会 ご質問&回答」jepx.org/news/)ことを前提としています。また、現行の会計基準において、明示的な会計処理の定めはなく、現行の制度内容を前提としたものであり、制度内容が変われば会計処理も変わり得ますので、ご留意ください。

非化石証書については、温対法における電気の排出係数算定時において、CO2排出量を減算できる価値を有していることから、実務対応報告第15号「排出量取引の会計処理に関する当面の取扱い」(以下、実務対応報告第15号)の定めに従い会計処理を行うことができるか、論点となります。この点、需要家は他者へ非化石証書を転売できないため、「排出クレジットは財産的価値を有している」とする実務対応報告第15号が想定している性格とは異なるものと考えられるため、実務対応報告第15号の定め※3を直接準用して会計処理を行うことはできないものと考えられます。

次に、上記のとおり、非化石証書は温対法における電気の排出係数算定時において、CO2排出量を減算できる価値を有していることから、実務対応報告第15号の定めを直接準用できなくとも、会計上、資産性の有無を踏まえて無形固定資産やその他の資産として計上することが可能か、論点となります。

わが国の会計基準には、無形資産の会計処理を規定する単一の包括的基準は存在しておらず、一部の無形資産についての基準や企業会計原則及び財務諸表等規則などに無形資産に属する項目が資産の種類ごとに列挙されているのみです。

この点、企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」第29項において、「受け入れた資産に法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産が含まれる場合には、当該無形資産は識別可能なものとして取り扱う」と定められていることから、当該定めを参考に無形資産の認識要否を検討することが考えられます。他者に売却することができない非化石証書の場合には、上記の「分離して譲渡可能」という要件を満たしていないと考えられることから、無形固定資産や投資その他の資産といった資産として計上することはできないものと考えられます。

最後に、非化石証書について、会計上の前払費用に該当するかが論点となります。

ここで、前払費用とは、「一定の契約に従い、継続して役務の提供を受ける場合、いまだ提供されていない役務に対し支払われた対価をいう」と定義されています(企業会計原則注解【注解5】(1))。非化石証書については、何らかの役務が継続して提供されるものではないことから、前払費用として資産性を認められるものではないと考えられます。

以上より、他者へ売却することができない非化石証書の購入に要した支出は、無形固定資産や投資その他の資産、前払費用等として資産計上することはできず、購入時に一時の費用として処理することになるのではないかと考えられます。


Ⅲ おわりに

日本政府から2050年カーボンニュートラルの実現を目指すことが宣言されたことにより、各企業において環境目標を設定し、目標達成に向けた動きが加速しています。

自社における再生可能エネルギー等による脱炭素への取組みに加え、目標達成のために有用な手段である非化石価値取引を含めたカーボンクレジット取引を活用していく企業は今後ますます増えていくことでしょう。


※1 エネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利用及び化石エネルギー原料の有効な利用の促進に関する法律
※2 FITとは、Feed in Tariffの略であり、固定価格買取制度をいう。
※3 実務対応報告第15号では、将来の自社使用を見込んで排出クレジットを他者から購入する場合、第三者への売却可能性に基づく財産的価値を有していることに着目して「無形固定資産」または「投資その他の資産」として資産計上するとされており、第三者へ売却する可能性がないと見込まれる場合には費用とすることが適当であるとされている(実務対応報告第15号4.(1)、[付録2]脚注2参照)。

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サマリー

日本政府は、2050年までにカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを宣言しており、不動産業において、この目標を達成するための手段である非化石価値取引に注目が集まっています。


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