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プライベートエクイティの価値創造の原動力はどう変化しているのか

不確実な市場においてプライベートエクイティの価値創造を促進する鍵となる5つの要因を解き明かします。


3つの質問

  • プライベートエクイティの価値創造を計画に沿って順調に進めるために、PEファームにできることは何か?
  • 現下のマクロ環境は、企業のアプローチにどんな変化をもたらしているか?
  • PEファームは、コスト、資金、テクノロジー、人材、ESGなど、価値創造を推進する中核的要因およびイネーブラーをどのように再評価し、取り組んでいるか?


EY Japanの視点

世界各国・地域で政治・経済の不確実性が高まっていますが、日本も例外ではありません。それ故に、日本企業においても企業規模や業種を問わず、事業に付加価値をもたらす施策を講じて、ビジネスレジリエンスの構築を積極的に推し進めることが非常に重要です。プライベートエクイティ(PE)ファームの場合、日本市場ではかつての様に金融的な手法だけに依拠してリターンを生み出すことが難しくなっており、日本国内の企業をターゲットとしたPEにとっては、価値創造戦略を適切に実行する能力が重要な差別化要因となるでしょう。このように、PE業界では価値創造への関心が増していますが、さまざまな施策/手法がある中でも、キャッシュマネジメント、コストマネジメント、人材マネジメント、ESG、AIの利用といった領域が注目されています。特にAIの利用は、ビジネスに与え得る影響の大きさを踏まえると、今後ますます重要であり、その潜在的な影響やビジネスへの応用について理解を深めることが不可欠となります。そして、進化し続ける世界にPEが適応し続けるためには、PEの投資家(PEに対して資金拠出をしている投資家)に対して超過収益を生み出し続けることができるよう、投資先企業の価値を高めるための戦略を継続的に再考し、再構築する必要があるでしょう。


EY Japanの窓口

清水石 覚
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 プライベートエクイティ・リーダー パートナー

プライベートエクイティ(PE)ファームは、たとえ困難な時期であっても、優れた企業を買収し、成⻑させることで⾃らも発展します。PEファームの強みは、迅速に価値を創造できること、そして状況の変化に応じて計画を柔軟に変更できることです。また、常に他の投資アクターとは一線を画すアプローチで競争優位性を担保していることや、PEファームの本質である介⼊(投資先企業の経営への積極的な関与)が競争の激しい市場でリターンを得るための鍵となっていることも特筆すべき点です。

しかし今、マクロ経済環境が⼤きく変動しています。そうした状況が続く中で、プライベートエクイティの価値創造計画を滞りなく進めるためには、PEファームはアプローチをどのように見直す必要があるでしょうか。

2年前に導入したプライベートエクイティの価値創造戦略は、現在の状況にあてはまらない仮定に基づいて策定されている可能性があります。2年前と言えば、ちょうど世界が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックから回復し始めた時期です。あれから2年経ち、その間に、インフレ率は、現在は低下基調にあるものの、劇的に上昇し、サプライチェーンは混乱し、負債は上昇し、世界経済は途⽅もない不安定さに見舞われ続けました。

また、イグジット(投資先企業からの撤退)活動が著しく鈍化しているため、保有期間が長引き、目標とする評価額を達成することがより困難になっています。先般のEY CEO Outlook Pulse調査報告書(PDF版)でも、PEファームの経営幹部の81%が、保有期間について過去の平均よりも最⻑で3年間⻑期化していると回答しています。その他にも、雇⽤可能な給与⽔準の優秀⼈材が不⾜していることや、⼈⼯知能(AI)を始めとする先端技術がビジネス環境全般にさまざまなディスラプションをもたらしていることなどが主因となって、イグジット時に望ましいマルチプルを達成することが、通常よりもさらに難しくなっています。

 

こうした状況を受け、事業に付加価値をもたらす重要性は⾼まる⼀⽅です。先般のPEの動向調査(EY PE Pulse Survey)で、2年前にイグジットしたPEディールと今後24カ⽉以内にイグジットすると予想されるPEディールについて、それぞれのリターンに大きく寄与する要因の相対的な貢献度を尋ねたところ、回答者は、PEリターンの主要な推進要因はこれまでのマルチプルエクスパンションから事業に付加価値をもたらす投資へと大きく変わるだろうと確信を持って予想しています。

 

マルチプルエクスパンションの可能性の低下と借⼊コストの上昇に伴い、当⾯は、事業に付加価値をもたらす投資がリターンを押し上げる要因になるでしょう。

ディールのリターン動向

ディールのリターン動向

プライベートエクイティの価値創造を促進する5つの要因

1. ⾼度な資⾦管理を通じてレジリエンス向上と成⻑促進を図る

借入⽐率の⾼い企業にとって、⼿元資⾦の価値は通常の企業に比べはるかに⼤きいです。そのため、このような企業が利⽤可能な資⾦を最⼤化することは、PEファームの事業運営において常に重要です。実際、PEファームの投資先企業は、⾃社の全ての事業ドメインと地域で、従来と⽐較にならないほど洗練された⽅法で、滞留資⾦を活⽤するようになっています。

流動性の優先度は格段に⾼まっています。EYのCEO Outlook Pulse調査報告書(PDF版)でも、ビジネスリーダーの41%が、どの投資先企業も運転資⾦と財務管理を来年度の戦略的優先課題のトップに位置付けていると回答しています。また、PEファームの投資先企業では多くが、⼀元管理される流動性の最⼤化や、運転資⾦の管理、資⾦のさらなる有効活⽤を目的に、自社のバランスシートの入念な分析や、より優れたツールを活用した資⾦需要予測、資金の本国送金・保有システムの高度化などを進めています。

検討すべき優先事項は以下の通りです。

  • 運転資⾦を最適化する
    投資先企業がデータ分析ツールにより顧客ごとのパフォーマンス指標を統合することで、運転資金の用途のより詳細な把握と正確な理解が可能になります。これにより、企業が運転資金の利用を最適化するために必要な、タイムリーで適切な情報を得ることができます。

  • 資⾦管理向上のための投資機会を再検討する
    先進的な企業は、柔軟な資⾦調達構造の採⽤や、滞留資⾦の活⽤、資⾦プールの形成などを通じて、流動性の最適化に注⼒しています。また、在庫⾦融などの代替資金源の有無、そのコスト、ならびに効果的な活⽤法について綿密な評価を行っています。

  • キャッシュフロー実績を追跡し、問題が発生した際には速やかに上層部へ報告する
    運転資本指標と資⾦予測の変動を確実に監視することが成功の鍵です。その⽅法の1つは、あらゆるシナリオにおける実際に利用可能な流動資⾦を特定するためにボトムアップ方式で短期キャッシュフロー予測を週次で実施し、その予測に合致するように社内の各部⾨を管理することでキャッシュ重視の⽂化を根付かせることです。

2. コストを厳密に管理する

PEファームが保有する企業にとって、コスト管理は極めて重要です。しかし、そのアプローチに変化が見られます。ファンドは今、投資先企業のコスト管理能⼒を刷新するため、財務機能の強化に焦点を絞った投資を集中的に⾏っています。先般のPEの動向調査でも、コスト管理は、現下の市場環境における重要な優先事項の2位(トップは「効果的な資⾦管理」)にランクインしており、ジェネラル・パートナー(GP)の70%が、通常よりも「やや」または「かなり」重点的にコスト削減に取り組んでいることが明らかになっています。

新たな優先事項としては、コストに関して細部にわたる意思決定を行う際に必要となる「データに基づく洞察を生み出す」こと、そして⽀出や投資に関する意思決定および報告に対して「より強固なガバナンス統制を組み込む」ことなどが含まれます。

また、PEファンドは、投資先企業の成⻑とともに運用レバレッジを高めることができるような事業構造の構築にも注⼒しています。この取り組みを進めるために、特定の財務機能を担うオペレーティングパートナーを起⽤したファンドもあります。

検討すべき優先事項は以下の通りです。

  • ニアショアリングや調達のさらなる効率化を通じたサプライチェーン強化に重点的に取り組む
    ニアショアリングは、輸送コストとリードタイムの削減、ならびに品質管理と柔軟性の向上をもたらします。また、契約の再交渉や先進的な調達分析により、⽀出を最適化している企業もあります。
  • AIによる⾃動化と重複業務の削減を通じてインフレの影響を相殺できる領域を特定する
    AIや機械学習を導⼊することにより、重複する業務やプロセスの検出・削減が可能になります。これにより、⼈員配置レベルやスキルミックスが最適化され、間接費の削減が実現します。
  • 新たなビジネスケース全てが、より厳格な検証に耐えられるようにする
    先進的な企業は、間接コストを含め、あらゆる種類の⽀出に⽬を配っています。また、より効率的でレジリエントな組織の構築を⽬指して、ゼロベースの視点で統制とポリシーを確⽴しています。

3. ⼈材管理を抜本的に変⾰し、価値創造の増幅につなげる

PEモデルの基盤となってきたのは、常に、最⾼の経営陣の起⽤です。⼈材の定着と採⽤は、かつてないほどに重要になっています。こうした動向を受けて、ファンドは⼈材の管理⽅法の見直しを進めながら、⼈材の活性化を模索しています。また、ファンドの企業保有期間が⻑期化しているため、特にデータとテクノロジーの分野で、専⾨スキル・能⼒を備えた⼈材の需要が⾼まっています。

⼈材管理の⼀環として、財務やテクノロジーなどの分野の⼈材に、パフォーマンス向上に必要なツールやサポートを提供することも多くあります。また、ファンドは買収を実施するにあたって、⼈材に関して以前にも増して詳細に調査するようになっており、例えば、⼈材が持つスキルやそのスキルの改善⽅法、ならびに⼈材を集積または移転して他の投資先企業で有効に活⽤できる可能性(サイバー攻撃リスクへの備えとして専⾨の企業間チームを⽴ち上げるなど)を注意深く検討しています。

検討すべき優先事項は以下の通りです。

  • 組織のニーズを完全に満たす⼈材を確保する
    先進的な企業は、適合性評価を通じて、構造的な⾮効率性、テクノロジーとAIへの投資による業務改善の機会、業績向上に必要なスキルを従業員が習得できるようにする⽅法を特定しています。
    • 従業員が価値を置くものを提供する⽅法を⾒いだす
      成功に⾄る道筋には、多くの場合、重要な⼈材を引き付け、活性化し、維持するために必要な、従業員に対する魅⼒的な価値提案が⽋かせません。それには、競争⼒のある報酬、柔軟な雇⽤プログラム、ウェルビーイングの取り組み、専⾨能⼒開発の機会が含まれます。
      • ⼈間中⼼で優れたパフォーマンスを発揮する経営チームを形成する
        多くの企業が、継続的な学習、従業員のエンパワーメント、持続可能な変⾰の推進、関連する特定のインセンティブを備えた、⼈を中⼼とした⽂化の浸透などを重視する機敏で変⾰志向の経営チームの形成に取り組んでいます。

      4.AIを活⽤してテクノロジー課題の解決を促進する

      企業は、財務的に圧迫している時期には、⼤規模なデジタル変革への意欲が低下します。そのため、ファンドは、すでに保有しているテクノロジーから得られる価値をいかにして増⼤させるかに焦点を当てています。

       

      AIの普及を背景に、PEファームの経営幹部の多くがテクノロジーの優先順位を再検討しています。AIの潜在的な影響は、この1年間で、デューデリジェンスの領域でますます顕著になっています。こうした状況を受けて、ファンドは次のような疑問について考えています。「AIは、企業⾃体、そのオペレーティングモデル、およびバランスシートにどのようなディスラプション(破壊的創造)をもたらす可能性があるのか」「AIはどの領域で機会を⽣み出し、どの領域で脅威となるのか」「AIによって参⼊障壁はどのように低減する可能性があるのか。新たな競合他社が市場に参⼊しやすくなったり、既存の企業が隣接する市場やセグメントに進出する機会が⽣まれたりするのか」

       

      ファンドは、こうした戦略的な検討事項と並⾏して、AIを効果的に活⽤するために必要なデータを⽣成・収集するなど、投資先企業がAIを活⽤できる態勢を整備できるよう数多くの実務的作業を⾏っています。またAIの導⼊により、企業の再評価やマルチプルの向上を通じて、売却時の価値が⾼まっています。先般のPEの動向調査でも、GPの85%近くが、今後5年超の期間にAIは事業運営⽅法に重⼤な、または変⾰的な影響をもたらすと予想しています。しかし、10⽉のCEO Outlook Puls調査でインタビューに参加したCEOのうち、AI戦略の成熟度について「⾃社は先行している」と回答したのはわずか4%でした。

       

      検討すべき優先事項は以下の通りです。

       

      • 直ちに実⾏できる⽣成AIのユースケースを特定する
        先進的な企業は、最⼤の価値を提供できる⽣成AIのユースケースを特定して優先課題として取り組み、事業成⻑と業務最適化を推し進めています。そのような企業では、⾼品質のデータ、イノベーションの⽂化、⽣成AIの倫理的で責任ある利⽤の取り組みなど、導⼊を成功に導くための適切な基盤が整備されています。
        • ⽬に⾒える実益を迅速に追求する
          企業は、⻑期的な取り組みに限ることなくAIについて検討し、⽬に⾒える実益を迅速に達成できるテクノロジーの導⼊に努めることで成果を挙げています。そのような企業では、より早期の利益実現に向けて戦術的なアプローチに従ってAIを導⼊し、投資先企業のイグジット時の魅⼒(リターン)を⾼めるため、ディールのデューデリジェンス段階でAIを活⽤したロードマップを策定・開始しています。
          • データを整備する
            企業は、AI利⽤のためのデータの正確性、完全性、信頼性を保証するために、強固なデータガバナンスのフレームワークとデータ品質管理プロセスを導⼊しています。また、異なるデータソースを統合し、AIのために利⽤できる統合データレイクを構築するための、データプラットフォームとインフラへの投資も進めています。

          5. ESGは価値創造の触媒

          ESG原則の採⽤が劇的に増加しています。Pitchbookによると、画期的な責任投資原則(PRI)に署名したGPは、2010年にはわずか155社でした。現在、その数は2,000社を超えています。もっとも重要なのは、サステナビリティがコンプライアンス上の取り組みを超えて、価値創造戦略の不可⽋な要素になったことです。企業がESG報告要件を充⾜できない場合、イグジット時に⼀部の新規株式公開(IPO)の道筋が閉ざされることになるでしょう。

           

          ファンドが先進的なESGアプローチを堅持するようになっている理由は他にもあります。ファンドが受ける投資には、多くの場合、ESGコミットメントが付随していることです。ESGの投資への寄与を過⼤評価するべきではないとはいえ、PEファンドはESGをリスクの問題ではなく、価値の源泉と捉える傾向は⾼まっています。

           

          検討すべき優先事項は以下の通りです。

          • 世界のマクロトレンドの進化とサステナビリティ関連規制の増加に対処する
            先進的な企業は、確実に規制に準拠するため、ESG報告のための包括的なフレームワークと統制を導⼊するとともに、ネットゼロ⽬標達成とグリーンファイナンス/インセンティブの利⽤に向けて、ロードマップを策定しています。
            • 投資先企業の企業戦略にESGの基本原則を組み込む
              多くの企業がESG成熟度評価を実施し、⻑期的なレジリエンス構築のため、重要なESG要因を事業戦略、オペレーティングモデル、バリューチェーン活動に組み込んでいます。
              • 消費者やステークホルダーの進化する要望の先⼿を打つ
                今後なすべきこととして、⻑期的にトップラインとボトムラインの成⻑を実現するための持続可能な戦略とアプローチの策定が考えられます。

              価値の創出にたゆまず⼒を注ぐ

              ⼀部のファンドは企業の保有期間を⻑期化させていますが、それが価値創造のペースの鈍化を意味するわけではありません。PEファームは常に介⼊に積極的なアプローチを堅持し、もっとも重要なことにたゆまず⼒を注いできました。

               

              このような先⾏きが不透明な時代にあっても、企業はアプローチを⾰新・適応させ、⻑期化する保有期間中の業績の最適化に向けて投資先企業を⽀援するとともに、機会が訪れた時の選択とイグジットについて俊敏性を⾼めています。

               

              本記事は、hbr.orgに掲載されているスポンサードコンテンツシリーズの⼀部です。

              サマリー

              今⽇の市場環境において、PEが事業に付加価値をもたらす能⼒は、かつてないほど重要になっています。18カ⽉前に前提とされた想定は、今ではあてはまらない可能性があります。企業は、期待されている最適なリターンを実現するために、戦略、ならびに、資⾦、コスト、⼈材、テクノロジー、ESGという価値創造の要因を再評価する必要があります。

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