事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウト  カーブアウトの準備と手続き ──譲渡完了までの要諦と全体プロセスを知る

事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウト

カーブアウトの準備と手続き ──
譲渡完了までの要諦と全体プロセスを知る #2


企業カーブアウト(事業切り出し)の効果と具体的な実行スキームについて知る連載シリーズの第2回。今回は、日本の大企業が直面するコングロマリット・ディスカウントの実情を踏まえ、カーブアウト実行に向けた準備と手続きのポイントおよび全体プロセスについてまとめます。


要点

  • 事業の全体最適化を進める上で、大企業がカーブアウトを検討するのは避けられない状況になりつつある。
  • 自社がベストオーナーではないと判断される事業はカーブアウトで切り離し、新オーナーの下で本来の価値を顕在化させるべきである。
  • カーブアウト完了までに要する期間は約1年半。準備に必要な5つのポイントを踏まえ、短期集中でスムーズに進めたい。

全体最適化とカーブアウトの必然性

前回は、企業による事業の切り出しである「カーブアウト」が日本においても増加している背景について、主に株主アクティビズムの観点から紹介しました。そこには、多角化経営で巨大化した企業に見られる「コングロマリット・ディスカウント」からの脱却を求め、取締役会に対して圧力を強めるアクティビストの動きも大きく関係しています。これを踏まえて今回は、なぜ企業経営者はカーブアウトを視野に入れなければならないのか、大企業の場合を中心にその理由をもう少し詳しく見てみましょう。なお、本シリーズでは、原則としてカーブアウトの実施主体を

「売主」、切り出しの対象となる事業を「対象事業」、その最終的な新オーナーをを「買主」と呼ぶことにします。
 

なぜ、カーブアウトなのか。それを考える前提となるのが、売主が自社の事業に対して必然的に持つ「全体最適」の視点です。この場合の売主とは、多数の事業を擁する上場企業を想定していますが、その個々の事業に対する投資をどのような配分で行うか、つまり資金や人材などの経営資源をどの事業にどれだけ投下するかによって、事業全体の最適化を図ろうとするのは当然のことです。例えば、収益性は未知数ながら重点的に成長させたい事業Aと、祖業として安定した収益が維持できると思われる事業Bがあったとき、Bから得た利益の余剰をAの成長資金に回すことはよくあります。
 

しかし、本来ならBの成長性維持のために再投資すべきだった資源までもAに振り向けられることが続いた結果、気がつけばBの事業価値が毀損(きそん)され、企業全体の価値低下を招く事態にまで至ってしまう。そういうケースは日本の大企業によく見られます。つまり、個々の事業が持つ根源的な価値を合計した値と、企業全体に対する株式市場からの評価の間に乖離(かいり)が生まれる現象。これがコングロマリット・ディスカウントです。
 

このような状況は、経営資源の配分が、必ずしも個々の事業レベルでは最適化されないことによって生じます。上記のような事情をはじめ、競合他社を買収すべき機会を逸するなどの投資不足に起因して、競争力を落としてしまう事業も出てきます。また、一つひとつの事業を個別に見れば強くても、それらの間のシナジーが希薄な場合もあるでしょう。
 

こうしてコングロマリットの度合いが高まれば高まるほど、外から見てどのような全体最適がなされているのか判然とせず、「この企業は何に投資しているのか?」が見えづらくなり、投資家からも敬遠されます。投資家にしてみれば、同種の事業を専業とするピュアプレイの企業に投資した方が将来性が見通しやすく、株式のパフォーマンスもより期待できるということになるのです。その先には、上場企業でありながら、株式市場から十分な成長資金が得られないという結果が待っています。

コングロマリット・ディスカウントは日本企業に限った話ではありません。海外の大企業でも起こり得る現象ですが、特に米国では、その弊害が顕在化する前にカーブアウトで対象事業を切り離し、事業再編によって企業価値を高める企業が目立ちます。それを繰り返しながら柔軟に成長する組織の新陳代謝の良さは、さながらアメーバのようでもあります。

日本にも、もはやそうした時代が訪れようとしています。売主が、ある事業に対して自社がベストオーナー(事業価値を最大化できる持ち主)ではないと判断する場合、カーブアウトで新オーナーに譲渡することにより、過小評価されていたその事業の根源価値を顕在化させること。それは単なる撤退とは異なる重要な意味を持つ戦略といえます。

 

カーブアウト準備段階5つのポイント

では実際に、カーブアウトを実施するに当たって、または実施すべきか否かを判断するにあ当たって欠かせない視点とプロセスについて見ていきます。そのポイントは、大きく次の5つに集約されます。

1)カーブアウト範囲(切り出す対象事業)の確認

ヒト、モノ(有形・無形)、カネの観点から、切り出すべき対象事業を判断します。収益性の低い事業、今後の展開が見通しにくい事業、自社の成長戦略から外れる事業など、ノンコア事業が対象となるケースが一般的ですが、前回の記事でも述べたように、成長性の見込める事業を子会社として独立させ、競争力を強化する戦略もあります。事業ポートフォリオを検証し、各事業を取り巻く外部環境、業績、競合他社の状況、資金調達の可能性、カーブアウトによる効果とリスクなどを分析して総合的に判断します。


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2)カーブアウト分析

対象事業が独立した事業体(スタンドアロン)として運営されるためのオペレーティングモデルを設計します。独立した子会社を手放す場合とは異なり、本社のさまざまな機能を共有し、組織体制の一部に組み込まれてきた事業を切り出すスキームは極めて複雑です。例えば、対象事業と残る事業とで共通の営業組織や製造ラインを有する場合、どのように配分するのかしないのか、依存関係の実態を明らかにしない限りは判断できません。そのような現状分析を、業務プロセスや人事、システムなどの各面にわたって行い、新オーナーの下で業務が始まる「Day 1」とその先に想定される新しい運営体制の姿を描きます。

3)スタンドアロン・イシューの把握

対象事業が独立事業体として運営される際に発生する課題やリスクを総称して、「スタンドアロン・イシュー」と呼びます。例えば、人事や経理・財務、総務・法務、ITシステムなどといった機能は独立して事業を営む上で欠かせませんが、本社機能に依存しているため対象事業と一緒に切り出すのは困難です。そのような新体制に足りない機能について洗い出しを行います。これはカーブアウト分析に含まれる重要な要素でもあります。

4)対象事業の財務数値と事業計画

対象事業のこれまでの業績(財務数値)を把握し、カーブアウト財務諸表を作成します。これは対象事業を適正な価格で売却するために不可欠な作業ですが、本社に依存していた機能のコスト配分などを巡って細かな調整を必要とします。管理会計上なされていた従来の費用配分が、必ずしも実態に即していない場合があるからです。また、この財務諸表をもとに、今後の事業戦略や財務計画を含む独立事業体としての事業計画を策定します。

5)経済合理性の把握

対象事業の売却によって企業価値にどのような貢献が期待できるのか、またはどのような損失が懸念されるかなどについて売主の立場から分析し、対象事業の売却期待価格を算定して経済合理性を明らかにします。投下資本利益率(ROIC)、自己資本利益率(ROE)、1株当たり純利益(EPS)など、カーブアウト前後の主要財務諸表に関する比較分析を実施。例えば、売却に伴い設備投資が不要となって資本効率が改善したり、本社費用の負担先が減るため管理部門の削減が求められたりすることもあるでしょう。


短期集中で進めたいカーブアウトの全工程

上述した5つのポイントを含む準備段階から、新オーナーへの譲渡が完了するクロージング段階まで、カーブアウト・ディールのプロセスは大きく4つのフェーズに分けられます。これに要する期間は通常1〜1.5年ほど。その大まかな内訳は以下に示したとおりですが、全体的に言えるのは、可能な限り短期間で進めるのが有効だということです。ディールはいわば生き物です。長く時間がかかれば、対象事業の業績が変わってきたり、買主候補の心証を損ねたりすることにもなり、情報漏えいのリスクも高まります。

①準備フェーズ[2〜4カ月] 前項1)〜5)の遂行
②マーケティング・フェーズ[2〜3カ月] 買主候補への打診 〜 一次意向表明回収
③ディール・フェーズ[3〜4カ月] DD受け入れ 〜 最終契約締結
④クロージング・フェーズ[4〜6カ月] カーブアウト実施、新オーナーへ譲渡完了
⑤TSAフェーズ[期間は内容次第] 譲渡完了 〜 TSA契約満了

第2段階のマーケティング・フェーズでは、買主候補の企業に対して対象事業の情報をまとめた書類(インフォメーション・メモランダム)を開示し、買収希望価格を記載した一次意向表明書を提出してもらいます。候補は情報漏えいのリスクも考慮し、最大10〜20社程度に抑えるのが妥当でしょう。

次いでディール・フェーズでは、一次意向表明の内容をもとに買主候補を絞り込み、財務調査などの各種デューデリジェンス(DD)を受け入れつつ、買主候補との交渉を進めます。最終の意向表明を経て、各社からの提示内容を比較検討し、最終的に合意した1社と契約を結びます。

この後、いよいよカーブアウトを実行するわけですが、法務・税務の手続きをはじめ、従業員への説明や移籍手続きなどには時間がかかり、契約締結からDay 1を迎えるまでには通常半年ほどを要します。この間に、ITシステムなど事業運営に必要な最低限の基盤インフラも整備しなくてはなりません。

とはいえ、事業運営に必要なすべての機能をDay 1までに整えるのは現実的ではありません。売却後の一定期間、新オーナーが対象事業を滞りなく運営できるよう、売主の機能の一部を継続して使用する契約を結ぶのが一般的です。これをTSA(Transition Service Agreement)といい、前述のスタンドアロン・イシューに当たる人事・経理などのバックオフィス系、サーバーや基幹システムなどのIT系、生産設備や倉庫などのサプライチェーン系など、その内容や契約期間はさまざまです。

以上、見てきたようにカーブアウトの準備と手続きは一般的な印象以上に複雑で、専門的な知識やノウハウも必要とされます。機密保持の観点からも必要最低限のメンバーで検討を始め、短期集中的に進めなければなりません。そのチーム体制をいかに敷くかも、カーブアウト成否のポイントとい言えるでしょう。

次回は、準備段階において重要な鍵を握る「カーブアウト分析」についてまとめます。


サマリー

この事業の価値を最大化する上で、果たして自分たちはベストオーナーと言えるのか。その観点からカーブアウトを検討する日本の企業が増えています。しかし、その実行プロセスは思った以上に複雑で、精緻な分析と入念な準備を必要とします。初期段階で、経営者自身がその要諦と全体像を把握することが大切です。


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