EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY-Parthenonは、EYにおけるブランドの一つであり、このブランドのもとで世界中の多くのEYメンバーファームが戦略コンサルティングサービスを提供しています。
要点
日本の化学産業においても、過去から言われていた「国内生産設備の統合・最適化の必要性」に、「中国での急激な新設・増産」がさらに加わったことで、大手化学メーカー各社による分社化・企業間提携も進んでおり、北米同様に複雑なカーブアウトを確実に実行しきることの重要性が増してきています。特に日系化学メーカーは、以前より海外拠点を含めたサプライチェーンの工夫を積み重ねてきており、逆に工夫しすぎてきたが故にカーブアウトをさらに複雑・困難なものにしている側面もあります。そのような背景から、日系大手化学メーカーにおいては、より事前にどのようにダイベストメントをするかの「戦略的準備」の重要性は、欧米系化学メーカーよりも高いと考えられます。EYはグローバルベースで化学産業におけるカーブアウトの知見を有しており、日本でも企業間提携・再編を数多く支援することを通じて、わが国の化学産業のポートフォリオ変革を後押ししてまいります。
EY Japanの窓口
東 亮太朗
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EY-Parthenon ストラテジー・アンド・エグゼキューション ストラテジー パートナー
米国の化学業界の企業は、競争優位性の強化を求めるアクティビスト投資家からの圧力が強まる中、非中核資産のカーブアウトにおいて取引価値の毀損を防ぐための対応策を講じる必要性に迫られています。
EY-Parthenonが2025年3月から4月にかけて実施した「CEO Outlook 調査」によれば、全業界の企業の35%が2025年にダイベストメント、スピンオフまたはIPOを実施する予定だと回答しています。同様の動きは化学業界にも見られます。同業界では、過去数十年にわたる業界統合を経て事業運営が複雑化しており、アクティビスト投資家からは、主力事業以外の資産を手放してポートフォリオを強化するよう求める声が強まっています。一方で、化学品需要の世界的低迷が続く中、アジアや中東では供給が増加しており、こうした要因が重なって、米国の化学品輸出に対する海外市場の需要が鈍化しています。
このような状況を背景に、化学企業の多くがダイベストメントに着手していますが、カーブアウトに際し、業界特有の複雑さに対応しつつ価値を最大化することができる戦略が不可欠となっています。
化学業界におけるカーブアウトは、計画が不十分なまま進めると、取引完了の大幅な遅延を招く可能性があります。こうしたリスクは、あらゆる買い手にとって懸念事項ですが、特にPEファンドにとっては深刻です。たとえクロージングを早める代替策を講じたとしても、それには追加の一時的なコストが発生し、結果としてディール価値を最大限に引き出すまでに時間がかることがよくあります。このような遅延は、多くの場合、カーブアウト対象事業の切り離し過程に起因しています。これは、生産・流通・事業運営などのプロセスが複雑に絡み合っていることが要因であり、その結果、予想外の追加コストや遅延が発生し、化学業界における資産のカーブアウトは一層困難になっています。EY-Parthenonの分析によると、2~6カ月の遅延が発生した場合、ディール価値の2~5%(ディール価値10億米ドルあたり2,000万~5,000万米ドル)が失われ、ディールの戦略的意義に大きな影響を及ぼす可能性があります。
化学企業の資産をカーブアウトする際には、人材・ITシステムなど、取引に関連する通常の課題への慎重な対応が不可欠ですが、これらに加えて、売り手側は特に以下の3つの困難な領域にも注力が求められます。
化学企業がカーブアウトに伴う課題に取り組むには、問題を明確化し、解決策を提示し、次に取るべき最適な行動について助言を得ることが重要です。EY-Parthenonは、これに関して以下の行動を推奨しています。
化学品の製造工程は、原材料から最終製品まで複数の段階にわたり高度に統合されていることが多く、特に大手化学企業ではその傾向が顕著です。そのため、生産拠点や設備などの資産を分離するのは容易ではありません。
こうした状況を背景に、リスク管理の観点から、買い手と売り手の間で数十年に及ぶ複雑な契約を作成する必要性が生じるケースが多々見られます。
想定される形態の1つとしては、買い手が「賃借人」として生産施設内の資産を取得して運営し、売り手が「貸主」として生産施設と付随サービスを提供するという方式が挙げられます。また別の形としては、所有権を譲渡した上で、売り手が資産の運営を継続するという選択肢も考えられます。
これに関して、ある米化学企業の事例があります。同社は、中核事業への集中を図るため、樹脂製品の生産施設をカーブアウトすることを検討していました。しかし、複数の工程が相互に関連していたため、カーブアウトを実行するにあたっては、業務の重複、売却後も買い手が途切れなく生産を継続できる体制の整備、トランザクションを円滑に進めるための明確な事業契約の迅速な策定など、複雑かつ多岐にわたる課題への対応が必要でした。EY-Parthenonのチームは、売却後も生産施設の運用を売り手が継続することを含む、買い手と売り手それぞれの役割と責任を明確にした堅固な事業契約の策定を支援することで、円滑な移行を実現し、タイムリーな取引完了を可能にしました。
図1:複数の汎用化学品が混在する生産工程
出典:EY-Parthenonによる分析
上記の図に示されているように、売り手が複数の化学品を製造する設備を保有している場合、特定の変換設備をカーブアウトするには、買い手と売り手の間で、中間体の売却、および買い手による継続的な運営を可能にするための、必要な敷地内サービスの提供に関する事業契約を締結する必要があります。さらに、中間体を一方の当事者が製造し、他方に販売する場合には、追加で長期的な供給契約の締結も必要になるでしょう。
こうした連続プロセス生産型の化学業界資産をカーブアウトするにあたっては、以下のような対応が重要となります。
特殊化学品の場合、通常、1カ所で完成品まで製造され、世界各地に出荷されます。そのため、サプライチェーンや物流・流通管理は非常に複雑になります。
例えば、製品は、工場から複数の外部流通センターへ移送されることがあります。また、製品が複数の国に輸出され、最終顧客に届けられる前に、輸入国の流通センターで保管されるケースもあります。顧客が希望するインコタームズ(国際貿易条件)が多様であるため、メーカーはそれぞれの条件に応じて、世界各地で記録輸出者(exporter-of-record)または記録輸入者(importer-of-record)としての通関上の責任を負うことになります。こうした状況は、変動する関税制度によってさらに複雑化しています。
図2:工場から世界各国への製品の流れ(簡略図)
出典:EY-Parthenonによる分析
EY-Parthenonができること
EYの事業売却のプロフェッショナルは、企業全体の売却、カーブアウト、スピンオフ、合弁事業などの価値向上の支援をします。詳しい内容を知る
続きを読むカーブアウトを検討する際には、製品の国際的な流通経路を把握し、それを対象事業でも再現できるよう、早期に計画・調整を行う必要があります。これには、世界各地における製品の物理的な流通経路、ならびに売り手側の複数の法人間の取引フローを把握することが含まれます。通常、製品は製造部門で生産された後、社内取引を通じて所有権が移転し、最終的には顧客への代金請求を担当する法人に帰属します。また、カーブアウト対象事業の製品は、複数国にまたがる化学物質規制への準拠が求められます。代表的なものとして、EUのREACH規則(化学物質の登録・評価・認可・制限に関する規制)が挙げられます。さらに、多くの場合、機能別チームが往々にして縦割りで業務を進めているため、完成品が顧客に届くまでの流れを体系的に記録した文書が整備されていないという現状があり、これが課題の複雑さに拍車をかけています。
これに関して、米国の特殊化学品企業の事例があります。EY-Parthenonのチームは、ジョイントベンチャーや事業のカーブアウト売却、スピンオフなどを検討していた同社に対し、こうした課題への対応を支援しました。売り手である同社はまず、事業運営の現状を体系的に文書化し、既存の製品フローを明確化しました。そして、それをもとに新体制初日から円滑に事業を継続できるよう、綿密な計画を策定しました。
サプライチェーンや流通に関する課題への対応においては、以下のような解決策が選択肢として考えられます。
規制リスクへの備えが不十分な場合、特に許認可の取得に要する期間が世界的にも地域間でも異なることを踏まえると、深刻な遅延が生じてトランザクションの価値を損なう可能性があります。
こうしたリスクを軽減するためには、事業許可や製品関連の許認可・登録に長いリードタイムを要する国を特定することが重要です。そして、売り手および/または買い手は、早い段階から規制当局との交渉を開始する必要があります。例えば、各部門の責任者や現地の弁護士と連携し、問題が発生した場合に備えて、可能な回避策を事前に検討・準備しておくことが不可欠です。
これに関して、米国の大手化学企業の事例があります。EY-Parthenonのチームは、同社に対し、特殊化学品事業をPEファンドに売却する際に直面した課題への対応を支援しました。同社のカーブアウト対象事業は、事業許可の移転に関して厳格な法律上の要件を持つ国で運営されていました。一方、買い手側のPEファンドは、早期に取引を完了させて事業改善に着手することを望んでいました。そこで同社は、委託生産・加工などを含む実効性の高い対応策を講じることで、事業の継続性を担保し、予定どおりの取引完了を実現しました。その結果、買い手は、許認可取得に非常に長い時間を要する国々においても、必要な手続きを進めるのに十分な時間を確保することができました。
化学業界のカーブアウトを成功させるには、事業運営と製品に関する規制の複雑な課題への対応が不可欠です。そのために講じるべき主な対応策として、以下のような取り組みが推奨されます。
ディールを迅速に進め、価値を最大限に引き出すためには、複数のカーブアウト・シナリオにおける財務面への影響を見極めるとともに、事業分離に関わる実務を着実に遂行する必要があります。これにより、取引の早期完了が可能になります。
化学業界の企業がカーブアウトの価値を高めるには、各機能の分離に適切なフォーカスを維持しつつ、人材・テクノロジー・法人・契約といった部門横断的な重要事項にも十分に配慮したガバナンス体制を構築することが不可欠です。これにより、カーブアウトの価値を高め、取引完了時のリスクを効果的に軽減することができます(図3参照)。
図3:化学企業の複雑なカーブアウトのためのガバナンス体制
出典:EY-Parthenonによる分析
化学業界におけるカーブアウト成功の要諦は、綿密な分離戦略にあります。ディール価値の低下を招かないためには、まず、対応に時間を要する課題に早期から取り組む必要があります。また、包括的な分離計画の一環として、適切な代替策を含めることも欠かせません。こうした先回りの対応が、取引完了の遅延リスク軽減につながり、複雑な化学業界でもディール価値を守ることができます。
化学業界特有の複雑なカーブアウトを成功へと導くには、先を見越した綿密な戦略が不可欠です。カーブアウトに伴う課題には、同一設備で複数製品を製造する連続プロセス/併産型運用体制の分離、国際的な流通網の管理、規制リスクへの対応などの課題が伴います。これらの課題に対し、先回りして対応策を講じることで、取引の遅延を回避し、ディール価値を守ることが可能になります。