金融機関のサステナビリティリスク管理の高度化 | NGFS短期シナリオ(2025年5月)を踏まえた金融機関のリスク管理・開示戦略の新潮流

金融機関のサステナビリティリスク管理の高度化 | NGFS短期シナリオ(2025年5月)を踏まえた金融機関のリスク管理・開示戦略の新潮流


気候変動リスクの評価はこれまで長期シナリオが中心でしたが、金融機関の経営判断に直結する短期的な影響を捉えるため、NGFSは2025年5月に「短期シナリオ」を公表しました。本稿では、その概要とインパクトを解説します。


要点

  • 従来の長期シナリオでは経営判断への活用が困難だったため、2030年までの時間軸を対象としたNGFS短期シナリオが登場。金融機関の中期経営計画やストレステストに実務的に活用可能。
  • 急速移行・遅延移行・現状維持・混乱移行の4シナリオで構成され、炭素税・GDP・金融市場への影響を定量化。政策対応のスピードに応じたリスクの違いを示す。
  • 中期経営計画との整合、ICAAP・ストレステストへの統合、国別・セクター別PDを活用したリスク管理・投資判断の高度化に有効。

2025年5月、NGFS(Network for Greening the Financial System)は、従来の長期シナリオに加え、2030年までの時間軸を対象とした「短期シナリオ」を新たに公表しました。これは、金融機関が中期経営計画やストレステストに実務的に活用できるツールとして注目されており、今後、規制開示においても活用されることも考えられます。

本稿では、NGFS短期シナリオの概要とその金融機関における活用方法、SSBJ基準との関係、そして今後の展望について解説します。
 

1. NGFS短期シナリオの概要

1-1. 背景と目的

従来のNGFS長期シナリオは、2050年や2100年といった遠い将来を対象としており、経営判断や財務計画への反映が難しいという課題がありました。特に、金融機関においては、資本政策や与信方針に短期的な影響を与える気候関連リスクの定量評価が求められており、長期シナリオではそのニーズに十分に応えられない状況でした。

こうした背景から、NGFSは2030年までの時間軸を対象とした短期シナリオを策定。政策対応のスピードや不確実性に応じた4つのシナリオを提示し、金融市場や実体経済への影響を定量的に評価できるようにしています。

1-2. 4つのシナリオの構成

NGFS短期シナリオは以下の4つで構成されています。

これらのシナリオは、炭素税、GDP成長率、エネルギー価格、クレジットスプレッドなどの主要パラメータを変化させることで、政策対応の違いによる経済・金融への影響を可視化しています。例えば、「急速移行」(HWTP)シナリオでは、炭素価格が急騰し、クレジットスプレッドが拡大する一方、「現状維持」(DAPS)シナリオでは、長期的な信用リスク増加が顕著となっています(図表1)。また、日本においては、「急速移行」(HWTP)シナリオ、「混乱移行」(DIRE)シナリオでは炭素価格の上昇に伴い移行が進む(排出量が減少)一方、遅延移行(SWUC)シナリオでは2027年以降急速に移行が進むことになります。現状維持(DAPS)シナリオは2026年、2027年に災害が発生するシナリオとなっており、当該期間のGDPが大幅に悪化しています(図表2)。さらに、セクターごとの移行リスクと物理的リスクの影響の違いが、デフォルト率水準に現れています(図表3)。

図表1:NGFS短期シナリオ比較
 

シナリオ

政策対応

炭素価格

GDP影響

金融市場影響

急速移行
(Highway to Paris, HWTP)

即時かつ強力

高騰

一時的減速

クレジットスプレッド拡大

遅延移行
(Sudden Wake-up Call, SWUC)

緩慢

急騰(後半)

長期的減速

資産価格変動大

現状維持
(Disasters and Policy Stagnation, DAPS)

なし

低水準

気候リスク顕在化

長期的信用リスク増

混乱移行
(Diverging Realities, DIRE)

不均一

不安定

不確実性高

ボラティリティ増

出典:NGFS Short-Term Climate Scenarios (May 2025)よりEYにて作成

図表2:炭素税・GDP推移(2024~2030年)

炭素価格・日本

炭素価格・日本

炭素価格・世界全体

炭素価格・世界全体

GDP・日本

GDP・日本

GDP・世界全体

GDP・世界全体

出典:NGFS Short-Term Climate Scenarios (May 2025)よりEYにて作成

図表3:デフォルト率(セクターのうち運輸関連の4業種の例)

陸運セクター

陸運セクター

海運

空運

空運

倉庫・運輸付帯サービス

倉庫・運輸付帯サービス

出典:NGFS Short-Term Climate Scenarios (May 2025)よりEYにて作成

2. 金融機関における活用方法

NGFS短期シナリオは、金融機関のリスク管理や経営戦略において、以下の3つの観点から有用です。

2-1. 中期経営計画との整合性

2030年までの時間軸は、金融機関の中期経営計画(3〜5年)と整合しやすく、資本政策やポートフォリオ戦略に直接反映可能です。例えば、炭素価格の上昇が特定セクターの信用リスクに与える影響を評価し、融資方針や投資判断に生かすことができます。また、RAFやERMなど既存の経営管理フレームワークと整合的に機能します。

2-2. ICAAP・ストレステストへの組込み

NGFS短期シナリオは、バーゼル銀行監督委員会(BCBS)の「気候関連金融リスクに関する12原則」にも適合しており、ICAAP(内部資本十分性評価プロセス)への統合が可能です。通常のストレステストに組み込むことで、気候リスクを定量的に評価し、資本の健全性を確保するためのシナリオ分析が実現します。

2-3. リスク管理・投資判断への応用

NGFSは国別・セクター別の確率的デフォルト(PD)を公表しており、これを活用することで、格付判断や与信方針の精緻化が可能です。例えば、炭素集約度の高い業種に対するPD上昇を踏まえた貸出金利の調整や、ポートフォリオの再構成が検討されるようになります。

3. SSBJ基準との関係

気候関連リスクの定量的な評価を行うシナリオ分析の実施は、わが国で義務化が見込まれるサステナビリティ情報開示においても重要な意味を持ちます。シナリオ分析は、SSBJ基準においてはサステナビリティ関連の将来のさまざまな事象の結果を識別及び評価するプロセスとして定義されており、特に気候基準に基づく開示では、気候関連の変化、進展又は不確実性に対応する企業の能力である気候レジリエンスを評価するにあたり、気候関連のシナリオ分析の実施と開示が要求されています。さらに、気候関連のリスク及び機会の識別及び評価、予想される財務的影響の開示の検討、及び移行計画の策定においても使用することができるとされています。

シナリオ分析に関して特定の手法や特定のシナリオを採用することをSSBJ基準は要求しておらず、企業の状況に見合ったアプローチを用いることを許容しています。そのため、金融機関が気候関連のリスクの定量化にあたりNGFSのシナリオを参考にすることは、SSBJ基準への対応において主要な選択肢の1つになると考えられます。欧州では既に2024年度からCSRD/ESRSに基づくサステナビリティ報告が開始されており、金融機関の実務としてNGFSシナリオを特定のポートフォリオのリスク評価に用いる事例や、ECL(予想信用損失)モデルに組み込み与信費用を算定する事例が開示されております。気候関連リスクの管理や開示に活用する先行的な事例としてSSBJ基準対応においても参考になると思われます。

一方で、NGFSシナリオを含むさまざまなシナリオを、どのような方法論(インプット、前提、仮定、モデル等)で用いるかにより、分析対象となるリスクの内容や属性(例えばリスクカテゴリ、リスク指標、時間軸、地理的範囲など)が大きく異なります。シナリオ分析の結果や、その結果をもとにした財務的な影響や将来的な戦略・計画を開示する場合には、シナリオ分析の方法論について十分に開示することが望ましいと考えられます。また、「つながりのある情報」の観点から財務諸表との整合性にも留意する必要があると考えられます。

4. 今後の展望とEYの支援領域

今後、NGFSの短期シナリオは金融機関の経営判断と関係するような幅広い活用が予想されます。金融庁やSSBJによるガイダンスの整備が進む中で、金融機関は以下のような対応が求められるでしょう。

  • 財務シミュレーションの高度化(炭素税・GDP・信用リスクの連動分析)
  • ICAAP・ストレステストへの統合(気候リスクの資本影響評価)
  • 開示対応の高度化(規制開示への対応等)

EYでは、これらの領域において、金融機関の実務対応を支援するサービスを提供しています。特に、NGFS短期シナリオを活用した財務シミュレーション評価や、国際基準に準拠した開示支援に強みを持っており、今後の制度対応に向けたパートナーとして貢献していきます。

おわりに

NGFS短期シナリオは、金融機関にとって気候関連リスクを実務的に評価・管理するための新たなツールです。中期経営計画やストレステストへの統合、SSBJ基準に準拠した規制開示への対応など、今後のリスク管理・開示戦略において中心的な役割を果たすことが期待されます。EYは、こうした変化に対応する金融機関の皆さまを、制度・実務の両面から支援してまいります。

【共同執筆者】

上原 弘人、品川 太志


サマリー

サステナビリティ関連のリスクおよび機会の財務的影響を具体的な数値等を算出して開示することの難易度は高い一方で、注目度も高いと予想されます。
銀行等の金融機関としては信用リスクが財務的影響の中心となることが考えられますので、貸倒引当金の算出にスポットを当て、開示の方法について整理してみました。

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