EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
日系多国籍企業は伝統的に分権型であり、海外子会社における税務リスクや税務調査に対して本社から積極的に関与することは行ってこなかった傾向にあります。
これに対して欧米系企業の場合、本社の税務部門が本国のみならず海外子会社の税務リスクの課題について、タックスアドバイザーと協力して積極的に関与しています。
しかしながら、アジアを中心とした新興国の税務当局はアグレッシブな税務調査を展開しており、多くの日系企業の子会社が税務リスクにさらされています。本社として十分な関与を行わなかった場合、多額の課税に伴う財務や評判(レピュテーション)リスクに加え、関係企業間の取引に係る移転価格課税の場合は課税後の税務当局間の調整も難しくなります。
日系企業にとっても、海外子会社の税務に係る情報や動向を定期的に把握し、必要に応じて税務リスクを低減する施策をとるグローバル税務ガバナンス体制の構築が今まで以上に求められています。
税務リスクや税務係争における急速な環境変化は、経営幹部にとって新たなジレンマとなっています。
税務上のコストとリスク(財務リスクおよびレピュテーションリスク)と全体的な効率性との間でバランスを取ることは、以前から取締役会、監査委員会、経営幹部のアジェンダの上位に置かれていました。しかし、世界がパンデミックから抜け出そうとしている中、こうした志向における危険性は⾼まっています。⾚字が膨らんでいたり、余剰資⾦を使い果たしている国があることに加え、今、税務⾏政がより強固な税法の執⾏に焦点を当てているためです。
この二重の影響は、ビジネスリーダーが持続可能な成長を促進しているのと同時に、短期的な業績目標を達成するよう圧力を受けていることから生じています。こうした環境の変化は、税務係争の増加、財務リスクの拡大、企業ブランドに対するリスクの増大につながります。これら全てが長期的価値の創造に悪影響を及ぼすことになります。
従って、2021年EY税務リスクと税務係争に関する調査における回答の3分の2で、経営幹部のうち特に複数の国・地域で事業を展開している企業の幹部が、この3年間で自社の税務プロファイルの管理にますます関心を持ち、深く関与するようになったと指摘されているのも不思議ではありません。この割合は2017~18年の調査から14%増加しており、収束しつつあるトレンドについて、経営幹部が理解を深めるにつれ、さらに上昇すると予想されます。この結果、企業は税務リスクの特定と管理に一層の注意を払うようになり、今後10年間の税務執行環境は極めて厳しいものとなります。
税務執行の範囲は、圧倒的な規模で拡大しています。現在、租税裁判では、課税所得の調整を巡って数億ドル(時には数十億ドル)を超える規模の訴訟が日常化しており、ビジネスリーダーはコストと評価の両方に焦点を合わせる必要に迫られています。同時に、格差や気候変動に対する取り組みの波が新たに発生したことによって、税務は再び脚光を浴びる分野となりました。しかしその一方で、税務係争の手段として刑事制裁が大きく議論されるようになり、確実に不安が広がっています。こうした動きは、納税者の情報を税務当局間で自動的に交換する新たなモデルによってますます複雑化しており、このモデルでは、納税者を評価するためのデジタル技術が新たに駆使されています。
こうした税務行政の複合的な変化は、各国が新たな税制や増税に軸足を移すにつれて進展しており、各国政府は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響を受けた経済を支え、刺激するために数兆ドルを費やした後の立て直しを図っています。既に複数の国で増税が行われており、回答の51%が今後3年以内の直接税増税を予想しています。この数値は英国で66%、米国では93%の上昇となりました。より強固な税務執行は、予算の均衡を取り戻す取り組みを進める上で重要な役割を果たします。回答の53%が税務執行の強化を予想しており、インドで61%、米国で68%、ロシアでは70%に上りました。
最近では経営幹部が税務に対して関心を強め、全面的な監視を行っていますが、それにもかかわらず、税務執行の強化に対処する態勢を整えている企業は多くありません。税務調査、係争、訴訟をグローバルで完全に把握しているとの回答はわずか24%であり、移転価格リスクと付加的コスト(EYの調査では、8年連続で4回、移転価格が最大のリスクとして挙げられている)に対し、この分野での一般的な係争回避手段であるAPA(事前確認)を積極的に活用して自衛手段を取っていると回答したのは10人当たり4人未満にとどまっています。
全ての企業がここ数年の間に大きな税務係争を経験しているわけではありませんが、あらゆる企業がより慎重に先行きを注視する必要があります。また、変化し、今なお進化し続けるグローバルな税務リスク環境を乗り切るために、態勢を整えなければなりません。
クロスボーダー企業のうち、移転価格を設定している企業、モバイルワーカーを擁する企業、知的財産の使用が極めて多い企業、企業内でのファイナンス活動を行っている企業、グループ内のサービス業務を行っている企業、ビジネスモデルの一部にデジタル化の要素を含む企業は特に警戒が必要です。しかし、現在進められている税制改正は、特にデジタル経済の影響を考慮に入れた場合、あらゆる規模の企業に影響を及ぼします。
急成長の途上にあるか既に国外で事業を展開しているかを問わず、EYは大企業向けに、戦略的なレベルでの対応を行わなかった場合に、今後数年間で税務係争が大混乱を引き起こす可能性のある主な要因として、5つを特定しました。
明るい点として、明確に確立された優れたリーディングプラクティスがいくつもあり、これらを取り入れることで、企業にとって最適な態勢を取れるということがあります。こうした対策は大まかに税務係争のライフサイクルにおける主要な3つのフェーズで講じられており、以下のように、第一に係争を未然に回避することに重点を置いています。
これまで、多くの多国籍企業は、最終措置となることの多い3つ目の対策に重点を置いてきており、他の2つを検討しないこともあったため、税務リスクが税務係争に発展する可能性を減らす機会を逃していました。とはいえ、より早い段階で税務リスクを積極的に管理し、透明性、積極性、一貫性、予測可能性に重点を置く方法が別にあります。
拡大する税務執行環境に備えるには、投資と取り組みが必要であり、経営幹部レベルでの計画の再考が求められるかもしれません。特に、2020年 EY税務・財務業務(TFO)調査で、今後2年間での税務・財務部門のコスト削減を計画していると答えた79%の経営幹部はなおさらです。こうした一時的なコスト削減の意欲は、状況が厳しい時には一般的といえるかもしれませんが、将来の税務リスクに対する備えを欠いているため、長期的にはむしろコストの増大を招いてしまう可能性があります。
将来の国税リスクと係争モデルに向けた本格的な変革は、性急に行う必要はありません。この分野で最も進んでいるとEYが考える企業は、いずれも時間をかけて、最も高い価値、最も差し迫った優先事項(簡単に達成できる目標)を慎重に見極めています。同時に、その他のリーディングプラクティスのうち、どれが変革に向けた長期的な戦略的ロードマップとなるのかを明確に定めています。実際に、そうした企業は未来の税務係争部門を、一度にではなく少しずつ、適応可能な将来像を明確に設定しながら構築しています。
経営幹部は、組織内のこうした取り組みをサポートする、あるいは先導することを検討する必要があります。
近年では、経営幹部は自社の税務プロファイルの管理により熱心に取り組むようになりました。しかし、税務リスクと係争を取り巻く環境は急速に拡大しているため、企業の収益と評価の両方を守るには、具体的な行動が必要です。
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