SaaS企業におけるよくある会計論点(ソフトウェア、原価計算)

情報センサー2024年8月・9月 業種別シリーズ

SaaS企業におけるよくある会計論点(ソフトウェア、原価計算)


近年、特にSaaSのスタートアップ企業も多く増えてきていますが、SaaS取引は現行の「研究開発費等に係る会計基準」等の会計基準設定時に想定されていない新たな取引に該当するものと考えられることから、どのように会計処理すべきかは各社の経済的実態を踏まえて、判断する必要があります。実態判断を行う上で、基本的な考え方について解説します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 ソフトウェアセクター 第2事業部 公認会計士 髙橋 良太

IT関連企業を中心にさまざまな業界の監査業務及びIPO支援業務に従事。IT関連企業については、国内大手のソフトウェア開発企業からスタートアップIT企業まで幅広い規模、業種を担当。またソフトウェア関連の書籍執筆や法人内のソフトウェアセクターナレッジの運営、YouTubeを通じた情報発信に従事。



要点

  • SaaS企業のソフトウェアの会計処理としては、①自社利用のソフトウェアとして資産計上、②市場販売目的のソフトウェアとして資産計上、③全て発生時に費用処理が考えられる。
  • SaaS企業で原価計算を行う際は、プロジェクト別原価計算が想定される。
  • 原価計算の留意事項としては、①原価部門と販売費及び一般管理費部門の決定、②直接費及び間接費の範囲決定、③間接費の配賦基準及び配賦方法の決定、④プロジェクト別の費用集計方法の決定、が挙げられる。


Ⅰ はじめに

近年、ベンダーが提供するクラウドサーバーにあるソフトウェアをサービスとして顧客が利用する形態(Software as a Service:以下、SaaS)での契約は増えており、われわれの身近な生活に欠かせないサービスの1つとなりつつあります。そのような状況の中で、SaaS型のサービス提供を行う企業も、スタートアップを中心に増えています。

SaaSサービスを提供する企業が会計処理を行うに当たって、ソフトウェア資産の計上や原価計算の方法については、会計基準等が制定された後で実務が確立された分野であることから、各企業にとっては、その整備が悩ましく、投資家にとっても財務諸表を理解するのが難しい分野かと思います。

整備するポイントは各企業の経済的実態を最も反映する方法を選択することとなりますが、選択に当たっての基本的な考え方や留意事項について解説します。


Ⅱ SaaS企業のソフトウェアに関する会計上及び税務上の留意事項

SaaS取引は、現行の企業会計審議会から公表された「研究開発費等に係る会計基準※1」(以下、会計基準)、移管指針第8号「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針※2」(以下、実務指針)の設定時に想定されていない新たな取引に該当するものと考えられることから、どのように会計処理すべきかが論点となります。ここでは、SaaS企業が取り扱うソフトウェアの特徴と会計上及び税務上の留意事項について解説します。

※1 「研究開発費等に係る会計基準」 、www.fsa.go.jp/p_mof/singikai/kaikei/tosin/1a909e2.htm(2024年10月18日アクセス)
※2 移管指針第8号「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」、www.asb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/4/ikan_20240701_17.pdf(2024年10月18日アクセス)
 

1. SaaS企業のソフトウェアの特徴と会計処理の考え方

(1) 自社利用のソフトウェアとして会計処理する考え方

企業会計審議会から公表された「研究開発費等に係る会計基準の設定に関する意見書※3」三3(3)②では、市場販売目的のソフトウェアに係る説明が記載されており、ソフトウェアを市場で販売する場合には、製品マスター(複写可能な完成品)を制作し、これを複写したものを販売することとされています。ここでSaaSサービスでは、複写したソフトウェアを販売するのではなく、ソフトウェアが顧客に移転するものではないため、上記の市場販売目的のソフトウェアの定義には該当しないことから、自社利用のソフトウェアと整理することが考えられます。

また、SaaS企業のソフトウェアは実務指針第11項①で自社利用のソフトウェアの例示として記載されている、「通信ソフトウェア又は第三者への業務処理サービスの提供に用いるソフトウェア等を利用することにより、会社(ソフトウェアを利用した情報処理サービスの提供者)が、契約に基づいて情報等の提供を行い、受益者からその対価を得ることとなる場合」という考え方に類似していることから、自社利用のソフトウェアと整理することが考えられます。

なお、会計制度委員会研究資料第7号「ソフトウェア制作費等に係る会計処理及び開示に関する研究資料~DX環境下におけるソフトウェア関連取引への対応※4」(以下、ソフトウェア研究資料)では、有価証券報告書の「企業の概況」の「事業の内容」において「SaaS」という用語を使用している企業を対象として、それぞれの企業の監査人となっている監査人にアンケートを実施していますが、26社中16社から自社利用のソフトウェアとして分類しているとの回答結果が得られています。

※3 企業会計審議会「研究開発費等に係る会計基準の設定に関する意見書」、www.fsa.go.jp/p_mof/singikai/kaikei/tosin/1a909e1.htm(2024年10月18日アクセス)
※4 会計制度委員会研究資料第7号「ソフトウェア制作費等に係る会計処理及び開示に関する研究資料~DX環境下におけるソフトウェア関連取引への対応」、jicpa.or.jp/specialized_field/files/2-11-7-2-20220630.pdf(2024年10月18日アクセス)


(2) 市場販売目的ソフトウェアとして会計処理する考え方

一方、実務ではSaaS企業のソフトウェアを市場販売目的のソフトウェアとして資産計上しているケースも見受けられます。これはSaaS企業のソフトウェアは、ソフトウェアの機能そのものを顧客に提供し、その対価として収益を獲得する点でソフトウェアを市場で販売する取引(複写して販売するソフトウェア、ライセンス販売するソフトウェア)に類似していることに着目し、市場販売目的のソフトウェアと整理しているものと考えられます。特にライセンスを付与する販売方法は、ソフトウェア自体は移転しないという点でSaaS企業のソフトウェアと実態が大きく変わらない点を論拠とすることが考えられます。

なお、ソフトウェア研究資料によるアンケートの結果、26社中1社から市場販売目的のソフトウェアとして分類しているとの回答結果が得られています。

(3) ソフトウェアとして資産計上の要件を満たさず、開発費を発生時に全て費用処理するケース

(1)と(2)では、資産計上する場合の考え方について説明しましたが、ここではソフトウェア開発費を資産計上しないで費用処理するケースを取り上げます。例えば新規サービスにおいて、将来の収益獲得が確実であることの立証が困難な場合、ソフトウェア開発費を資産計上することはできず、全額費用処理することとなります。また、アジャイル開発の手法等を採用し、短い期間内に細かく区切った単位での開発を行っている場合、開発単位での収支管理を行っていないため将来の収益獲得が確実であることの立証が困難であることを論拠に、発生時に全て費用処理することが考えられます。

なお、ソフトウェア研究資料によるアンケートの結果、26社中9社から資産計上していないとの回答結果が得られています。


2. ソフトウェアを市場販売目的、又は自社利用に整理した場合の会計上の論点整理について

いずれに該当するかにより、資産計上の開始時点、償却方法及び償却期間、減損処理の取扱いが異なることが想定されます。それぞれの論点について、現行の会計基準、実務指針に照らして判断することが必要になります。

相違点についてまとめたものが<表1>となります。

表1

表1

いずれの会計処理を行う際も、会社の経済的実態に基づき会計処理を行う必要がある点、留意が必要となります。


3. ソフトウェアを市場販売目的、又は自社利用に整理した場合の会計と税務の相違点について

ソフトウェアを市場販売目的あるいは自社利用のいずれに区分するかによって、会計及び税務上の取扱いが異なります。相違点についてまとめたものが<表2>となります。

表2

表2

Ⅲ SaaS企業の原価計算

SaaS企業がソフトウェアを資産計上する際には、原価計算が必要になりますが、当該原価計算の方法はプロジェクト別原価計算(個別原価計算)が想定されます。

プロジェクト別原価計算を実施する上では、一般的には費目別部門別原価計算を採用されることが多いですが、その際には以下の点に留意する必要があります。

  1. 部門別原価計算としての原価部門と販売費及び一般管理費部門の決定
  2. 費目別原価計算としての直接費及び間接費の範囲の決定
  3. 間接費の配賦基準及び配賦方法の決定
  4. 直接費及び間接費のプロジェクト別の集計方法の決定

これらの項目について実際に図解したものが、<図1>及び<図2>となります。こちらの図に沿って、それぞれの留意点を具体的に解説します。

図1 費用別部門別原価計算

図1 費用別部門別原価計算

<図1>は、費目別部門別原価計算の過程を示したものです。横軸に部門、縦軸に費目を表しています。

まず1点目の原価部門と販売費及び一般管理費部門の決定ですが、横軸の部門について、会社の組織図等を基に、どの部門が原価部門に該当するのか、販売費及び一般管理費部門に該当するのか、販売費及び一般管理費の中でも特に研究開発費部門に該当するかの分類を行うことが考えられます。

次に2点目の直接費及び間接費の範囲の決定ですが、縦軸の費目について、人件費や外注費、家賃等といった全ての費目をリストアップして、費目別に直接費あるいは間接費(共通費)に区分します。直接費は各部門に直接ひも付けるとともに、間接費(共通費)は図右側にていったん集計します。

そして3点目の間接費の配賦基準及び配賦方法の決定ですが、図右側にて集計した間接費(共通費)は図中央の点線の箇所で、合理的な按分基準を用いて費目ごとに各部門へ配賦することとなります。按分基準を決定する際には、各企業の経済的実態に即した基準を用いることが重要となります。按分基準の例示項目としては、各部門の人員数や面積数、人件費金額等が考えられます。

図2 プロジェクト別原価計算

図2 プロジェクト別原価計算

次に<図2>は、プロジェクト別原価計算の過程を示したものです。図上側の費目別原価計算及び図下側部門別原価計算は<図1>で解説した通りです。この中で、図中央に記載している開発部門から、下のPJ(プロジェクト)1・2・3・4と原価を配分することとなります。ここで、各プロジェクト単位で正しく費用を集計するに当たっては、エンジニア等の工数管理が必要となります。この点は、必要に応じてシステム等を利用して集計した数値を用いて、精緻な集計を行うことが重要となります。プロジェクト単位での費用の集計が終わった後で、プロジェクトごとにソフトウェアとして資産計上すべき金額、売上原価として費用処理すべき金額、研究開発費へ振替すべき金額の算定が可能となります。ソフトウェアについては、当初PJのコード発番時に資産計上の判定を行うこととなりますが、資産計上すべき金額の算定を行った上で、コード発番時に予定していた金額から大幅に乖離(かいり)していないか、当初予定していた開発内容から質的観点からも変更点がないか(全て資産計上の会計処理で問題ないか)等を最終判定した上で、資産の計上金額を確定することとなります。


Ⅳ おわりに

SaaS企業におけるソフトウェアに関する会計上及び税務上の留意事項と、原価計算に係る留意事項を解説しました。いずれにおいても、本記事で取り扱った基本的な考え方を参考に、会社の経済的実態を踏まえて各社においてソフトウェアの会計及び税務上の取扱いや原価計算の方法を定めることが必要となります。

そして、一度採用した会計方針は、会計数値・財務諸表数値の比較可能性を担保する上で、継続して採用することが重要です。また会計方針の詳細をポジションペーパーとしてまとめることで、会社の会計処理方法が具体的かつ明確に定められるとともに、経理実務担当者の異動が生じた際も、スムーズに引継ぎを行うことができるものと考えられます。
 


サマリー 

SaaS企業において、ソフトウェアに関する会計上及び税務上の留意事項、及びプロジェクト別原価計算を採用する上での留意事項を解説しました。いずれにおいても、本記事で取り扱った基本的な考え方を基に、会社の経済的実態を踏まえて各社においてソフトウェアの会計及び税務上の取扱い及び原価計算の方法を定めることが必要となります。


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