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通信業界が直面するリスクトップ10(2025年版)

通信事業者が対処しなければならないさまざまな脅威は増大する一方です。2025年に通信事業者が直面するリスクのトップ10について、詳しく解説していきます。


要点

  • セキュリティ上の脅威が増大する中、信頼と人材に関する問題が業界の主要なリスクになるとともに、責任あるAIとデジタルスキルにも焦点が当たっている。
  • 社内外の圧力の変化を反映し、効果的に実行されていないテクノロジートランスフォーメーションとバリューチェーンの混乱が、新たにリスクトップ10に加わった。
  • 2025年を迎えるに当たり、通信事業者はリスクを包括的に、エコシステム全体で捉え、トランスフォーメーションの取り組みにおける人材とテクノロジーの役割を重視する必要がある。



EY Japanの視点 

日本の通信事業者は、欧米に比べて政府や官公庁の政策や規制の影響を受けやすく*1、設備投資や料金設定に一定の制約がありますが、安定した市場構造と高い設備品質により、短期的な収益は確保しやすい状況です。一方で、諸外国と同様に構造的リスクが顕在化しており、日本の通信インフラは、堅牢で災害対策や品質面では評価が高い*2ものの、情報漏えいや不正アクセスなど、個人データ保護やセキュリティ運用面に課題があります。通信事業者は、従来の設備中心・長期インフラ投資型のビジネスモデルから、ソフトウエア人材やアジャイル開発人材の育成が求められる状況下で、DX人材が不足しているといわれています*3。また、ハイパースケーラー*4の成長やAI技術の導入が進む中、通信事業者は、ネットワークサービスやエッジ領域*5の通信インフラにおいて、関連各社との協業・競合関係を見極め、ビジネスを推進することが求められています。

*1 総務省を中心に事業計画・設備投資・料金制度などへの関与が大きい
*2 例えば、総務省の「防災等に資するWi-Fi環境の整備計画」によると、日本の避難所のWi-Fi整備率は2020年時点で85%以上。また、OECD報告「ENHANCING THE RESILIENCE OF COMMUNICATION NETWORKS 2025年5月発行」において、日本はカナダやEU諸国と共に、制度規制的措置と技術的措置(冗長設計等)の両面でネットワークの強靱化を行っている代表例として紹介されている。
*3  IPAが「DX動向2024調査」をもとに作成した「DXを推進する人材の量の過不足」によると、情報通信業においては80%以上が「DX人材がやや不足している」「大幅に不足している」という回答。
*4 大規模なデータセンターを運営し、クラウドコンピューティングやストレージ、ネットワークサービスを提供する企業のこと。代表的な企業としては、Amazon Web Services(AWS)、Microsoft(Azure)、Google (Google Cloud Platform)など。
*5 一例として、ネットワークサービスはVPN、SD-WAN、セキュリティ、ID管理、デバイス管理。エッジ領域はMECやネットワークスライス等のサービス領域。


EY Japanの窓口

宮内 亮
EY Japan テレコムセクター・コンサルティングリーダー
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
テクノロジー/メディア・エンターテインメント/テレコムセクター ディレクター

髙橋 正彬
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
テクノロジー/メディア・エンターテインメント/テレコムセクター シニアマネージャー



過去1年間、通信業界の株価は世界的に比較的堅調に推移しました。これは生活費高騰などの最近の問題に通信業界が、比較的上手に乗り切ってきたことを示唆しています。しかし、業界は既存および新たに生じた重大な脅威に直面しており、全ての通信事業者がこれらを認識して対処する必要があります。

これまでと同様に、通信事業者のリスクは、コンプライアンス、事業、戦略、財務の4つのタイプに大別できます。この包括的な分類の枠組みは変わらないものの、その細部では、過去12カ月の間に多くの変化が生じました。例えば業界のリスクに関する注目点は、トランスフォーメーションの必要性と人材とテクノロジースタックに重点を置く対策により、社内の効率性と俊敏性を向上させる必要性へとシフトしました。同時に、セキュリティ上の課題が急速に新たな方向へと進化し続けています。

また、業界のバリューチェーンに影響を与える脅威が差し迫っていることに加え、ハイパースケーラーなどの、業界外の破壊的な影響力を持つ企業との競争によるリスクも高まっています。さらに人工知能(AI)は、通信事業者に明らかなビジネスチャンスをもたらしますが、一方でAIが引き起こす脅威の影響は、トップ10中のリスクの一部にも波及しています。

通信業界が直面するリスクトップ10(2025年版)

レポートの全文はこちらから。困難な時期にレジリエンスを維持するのに役立つ知見を提供しています。


リスク1. プライバシー、セキュリティ、信頼面における喫緊の課題の変化を軽視している

接続サービスプロバイダーはすでに、特にカスタマーサポートの領域で、生成AI(GenAI)のメリットを享受しています。しかし、EYの調査によると、顧客の3分の2がAIの使用方法について丁寧な説明を求めている一方で、AIの責任ある使用方法に習熟している自信のある従業員は10人中4人(ey.com USのウェブサイト経由)に過ぎません。これに加えて、セキュリティ上の脅威は急速に進化しています。AIによってサイバー攻撃は高度化しています。他方、海底インターネットケーブルに影響を及ぼす妨害行為が増加する中、通信事業者の57% が物理的資産に影響が及ぶセキュリティ侵害について懸念しています。通信事業者は、今後も顧客の信頼を維持していくために、かつてないほどの重圧にさらされています。


リスク2. 人材、スキル、職場文化への対応が不十分

EY 2024 Telco of Tomorrow によると、業界の経営幹部が人材について重視しているのは、能力、スキル、職場文化です。また組織変革の障害についての質問に対して、最も多くの回答者が挙げたのは予算不足でしたが、2番目は社内の協力が不十分なこと、3番目はスキル不足でした。EY Work Reimagined Survey(EY働き方再考に関するグローバル意識調査)において明らかになったように、通信業界ではリモートワークの実施度が比較的高いことが、特に協力とスキル向上の課題になっています。 一方、通信事業者の従業員の85% は、今後5年間のうちに人事部門に大規模または中程度の改革が必要になると考えています。これは、人材管理の改善のためにトランスフォーメーションが必要であること浮き彫りにしています。

リスク3. 新しいテクノロジーによるトランスフォーメーションが効果的に実行されていない

将来さまざまな新しいテクノロジーによって、通信事業者のトランスフォーメーションは推進されていくでしょう。EY  Telco of Tomorrow の調査結果 によると、現在最も重視されているのは、プロセスの自動化とソフトウエアベースのネットワークですが、今後数年のうちにAIがそれらに取って代わると予想されています。これに関して、ユースケースの優先順位付けや独自の大規模言語モデルオープンソースの選択などについて、戦略的に決定する必要があります。極めて重要な点として、通信事業者はどのパフォーマンス指標を使用するべきかについても、重要な決定を迫られています。AIが秘める革新的な能力には高い信頼が寄せられていますが、一方で、トランスフォーメーションの取り組みの進捗状況を評価するには、適切なKPIが不可欠になるでしょう。

テクノロジートランスフォーメーションの指標

人事
システム
プロセス

従業員エンゲージメント/ネットプロモータースコア

廃止されたOSSの割合

AIによってデジタル化/強化されたプロセスの割合

ソフトウエアに関する職務に就く新規雇用者

古いアプリケーションの使用停止

開発されたAPIの数

アジャイルなチームまたは手法(総従業員数に対する割合)

クラウドに移行した業務の割合

デジタル化された主要サービス対応業務の割合

リスキリングへの投資

収益に対するIT支出の割合

ITが社内で利用可能になるまでの時間

出所:EYの分析結果


リスク4. サステナビリティへの取り組みの管理がずさんである

サステナビリティの取り組みの進捗状況について効果的に開示することは、通信事業者にとって極めて重要です。しかし、2024 EY Climate Action Disclosure Barometer(EYグローバル気候変動アクションバロメーター2024)によると、 通信・テクノロジーセクターでは、気候情報開示の質のスコアは55%、カバー率は94%でした。また、気候変動はこの業界の多くの企業にとって重大なリスクとなるとみられますが、財務諸表において気候関連事項について言及している企業はわずか36%で、しかも、定量的説明よりも定性的説明の方が一般的です。同様に懸念されるのは、現在、再生可能エネルギー源への移行計画を開示している通信事業者・テクノロジー企業が51%に過ぎないことです。

リスク5: 新たなビジネスモデルを活用する能力が欠如している

通信事業者は、最近実施しているような契約価格の値上げを継続できない可能性があるため、収益成長の新たな道筋を見いだす必要に迫られています。新たに現れたサービスとしてのネットワーク(NaaS)のビジネスモデルが注目されており、通信事業者のCEOの92%が、これを将来の重要な成長ドライバーだと考えています。一方、多くの事業者はネットワークAPIを倍増させています。この市場の規模は、2028年までに67億米ドルに達すると予測されています。1 しかし、通信事業者の事業において仲介業者が重要な役割を占めていることが、このような目標の達成を困難にしています。同様にB2B顧客からの収益の増加については、「コーペティション(co-opetition、競争関係にある企業同士が、相互に利益を得るために協力すること)」やサービス提供に関する課題などの要因が、実現に向けての障害になる可能性があります。


リスク6. ネットワークの信頼性と復元力が不十分

インフラの継続的な改善にもかかわらず、EYの調査 によると、4分の1を超える世帯が、固定ブロードバンド接続の信頼性の低さに困ることが頻繁にあると回答しており、前年と比べて改善が見られません。モバイルデータ通信の信頼性は、認識レベルと検証スループットレベルの双方で低下しています。一方、パフォーマンスが優れている、より高度な5Gスタンドアロン(SA)ネットワークの普及は迅速に進んでいません。このような厳しい状況の中、AIは、ネットワークの品質向上の機会とリスクの双方をもたらしています。AIを活用することで、事業者はネットワーク管理を向上させることができますが、それによりアップリンクトラフィックが増大し、容量が圧迫される可能性が生じます。

リスク7. 外部エコシステムとの関わり方が効果的ではない

サプライヤーのエコシステムの変化に伴い、通信事業者には、成長と効率化に向けて新たな道が開かれています。オープン無線アクセスネットワーク(Open RAN)への移行によって、事業者は選択可能なベンダーの拡大やネットワーク機能の向上など、複数のメリットを得られるでしょう。しかし、 Open RANが自社のネットワーク戦略の中核だと回答した通信事業者はわずか17%であり、初期段階の導入の多くは依然として単一のベンダーに依存しています。パートナーエコシステムにも力を注ぐ必要があります。 EY Reimagining Industry Futures Survey 2024(産業の未来図を再構築するための調査2024年版)(PDF)では、顧客は、パートナー企業を通じて機能を提供するサービスプロバイダーを選好することが明らかになっています。今後強固なエコシステム関係の構築が、通信事業者にとって極めて重要になるでしょう。

出所:2024 Open RAN Operator Survey, Heavy Reading, July 2024²





リスク8. バリューチェーンの混乱を軽減できない

通信事業者は、自社の競争環境が今後数年間、拡大するとともに進化し、新たな課題が生じると予想しています。通信事業者は現在、自社にとっての競争上の脅威トップ3の中に、他の通信事業者とモバイル仮想ネットワーク事業者(MVNO)を含めていますが、5年後には、ハイパースケールクラウド事業者が競争環境において支配的な地位を占め、衛星事業者がもたらす脅威も増大していくと予想しています。このような変化する圧力下にある通信事業者は、研究開発投資の点でエコシステムの他の企業に後れを取っており、長期的にイノベーションを実行していく能力が抑制される可能性があります。業界に関する調査によると、通信事業者の研究開発投資は収益のわずか1%に過ぎず、17%を投じているネットワーク機器プロバイダーとの間に大きな差が生じています。3

リスク9. 規制環境および政策環境の変化に適応する能力が欠如している

EY Telco of Tomorrow調査によると、業界の経営幹部は、AI規制やデジタル市場などの新たに出現した領域からの影響が増大する中で、対処しなければならない規制や政策に関する問題の範囲が拡大していくと予想しています。 さらなる課題には、ネットワークサプライヤーに対する規制が含まれますが、これは流動的であると同時に、国によって異なります。新たな規制領域の出現に加えて、従来の規制領域に種々の新しい手法が取り入れられています。周波数共有に関する規制は、さまざまな国で提案されたり、更新されたりしています。一方、消費者保護政策によって価格規制の範囲が拡大し、合併の際の救済策の一環として価格統制も実施されています。

出所:EY Telco of Tomorrow調査、2024年6月



リスク10. 価値創造を最大化するための事業モデルが最適ではない

アセットライト戦略の拡大は続いており、複数の地域の事業者が通信タワー、ファイバー、データセンターなどの資産のカーブアウトや分社化を実施しています。EYの調査によると、通信事業者のCEOの72%が、今後12カ月のうちに自社の事業地域でカーブアウトや事業売却が増加すると考えています。さらに44%が、今後5年間で業界の企業は、小売りに重点を置く「サービス事業者」と、卸売りに重点を置く「ネットワーク事業者」に分かれていくと考えています。資産の減少につながるM&Aには財務上のメリットがありますが、事業モデルを再構築する機会は見過ごされています。経営幹部の大半は、ダイベストメント中に、単なるコスト削減にとどまらず、残存事業でより多くのことを実施すべきだったと考えています。

リスク軽減のために通信事業者が取るべき行動

以下の3つの包括的な行動が、上記で明らかにしてきた、通信事業者が直面するリスクの軽減に役立つと考えられます。

1. エコシステムに影響を及ぼす新たな脅威を特定する

接続性がデジタル化に占める中核的役割の重要性が高まる中、通信事業者には、サプライチェーン、競争環境、政策・規制領域などの、社外で新たに生じているリスクの特定が求められます。このようなリスクを特定するには、外部環境を継続的かつ能動的に監視する必要があります。これは特に、変化が急速に進むサイバーセキュリティと政策の領域に当てはまります。

2. 人材とテクノロジーのトランスフォーメーションがもたらす影響に焦点を当てる

通信事業者のトランスフォーメーションの範囲は、最先端技術がもたらす新しい可能性に応じて拡大しています。それらの技術の導入は、効率性とサステナビリティに関するステークホルダーの要求の増大によって加速しています。しかし、新たなテクノロジーの必要性に加え、リスキリングと新規雇用がかつてないほど求められています。つまり、新たなテクノロジーへの移行には、トランスフォーメーションの取り組みが進行する中で事業のレジリエンスを維持するために、明確な企業目的、強固なリスク保護体制、効果的なガバナンスが伴わなければなりません。

3. エンドツーエンドのリスク管理を徹底する

通信事業者はリスク管理について、全社的にリスクを特定、評価、管理するための明確なプロセスを備えた、包括的で計画的なアプローチを取るべきです。これには、リスク管理責任者が部門横断的チームと協力してリスクの追跡と影響評価を行うこと、およびリスク抑制計画と統制の有効性の定期的見直しが含まれます。何よりも、リスクカルチャーを企業全体に根付かせることが不可欠です。これにより、リスクの発生と進化に伴う変化への適応と対応が可能になります。


サマリー

通信事業者は、2025年に踏み出すに当たり、事業と人材のトランスフォーメーションという喫緊の課題の主因である内部的な脅威と、競争環境、技術環境、規制環境の変化に起因する外部的な脅威が混在するリスク環境に直面しています。このような環境でリスク軽減を達成する鍵とは、どのようなものでしょうか。それは、迅速かつ効果的な対応を可能にするリスク重視の企業文化に裏打ちされた、リスクに対する先見的な視点を持つことです。そして、それには、自社と自社のエコシステム全体にわたる脅威を考慮に入れる必要があります。

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