EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY Japanではこの潮流を踏まえ、「生成AI時代の経営と人材戦略を構想する―次世代を担うマネジメントによるTECHラウンドテーブル―」を開催。各界を代表するリーダーが一堂に会し、AIがもたらす組織変革と人材育成の未来について、多角的な視点で議論を深めました。
要点
開催に先立ち、EY新日本有限責任監査法人(以下、EY新日本) 常務理事の矢部が、生成AI時代の経営と人材戦略をテーマとした本企画の趣旨と登壇者への期待について挨拶しました。
EYストラテジー・アンド・コンサルティングでデジタル・イノベーション AI&データ所属パートナー 山本のファシリテーションにより、ラウンドテーブルがスタートしました。
冒頭、山本はAIを取り巻く環境変化のスピードに触れ、「新たなトレンドを理解する上で、CES(Consumer Electronics Show)を一つのベンチマークとして活用している」として、次のように述べました。
「2024年の主役は生成AIでしたが、2025年はAIエージェントの時代が到来しつつあります。自律的に行動し、ハードデバイスと融合することで、生活のあらゆる場面に入り込み、より高度なパーソナライゼーションが進むでしょう。やがて“エージェントコマース”のような新たな世界観が打ち出されていくと予測しています」
さらに、AIエージェントが人々の生活にどのような変化をもたらすかを、AIエージェントが生活の中に入り込んだシナリオをベースに概念を紹介しました。
人の生活の中、例えばスマートフォンやパソコンはもちろん、冷蔵庫やテレビ等の家電類にもAIエージェントが入り込むことで、人の生活は圧倒的に合理化され、現在の生活とはまったく異なる生活体験が生まれます。AIが人の生活を支える未来の生活像について言及しました。
「AIが家電等のエッジ側で稼働するようになると、消費者側で膨大なデータが生成されます。それらをどう活用し、生活そのものの在り方をデザインできるかが、企業にとって重要な競争要素になるでしょう」
続けて、人間の欲求構造をマズローの5段階欲求説に重ね合わせ、次のように述べました。
「日本では、おおむね生理的・安全欲求は満たされていると言えます。GAFAが社会的・承認欲求の領域を制した今、次の主戦場となるのは“自己実現”や“自己超越”の領域です。この領域にはいまだ明確な勝者はおらず、今後はさまざまなドメインごとに新たなリーダーが台頭するでしょう。まだ可視化されていない自己実現のニーズを発見し、新たな価値を創造することこそが、次世代ビジネスの鍵になります」
こうした変化の中核を担うのが「人材」です。山本は人材の構造を「起承転結」に例え1 、「日本企業に不足しているのは、『起』にあたるゼロからイチを生み出す“スーパースター”の発掘と、それを軸にグランドデザインを描く『承』人材の育成である」と指摘。「AIの活用を通じて、まさにそうした人材の育成の在り方が大きく変化していくのではないか」と今後の展望を示しました。
登壇者:
フランチャイズビジネスインキュベーション株式会社 取締役 最高財務責任者(CFO) 伊藤 光茂 氏
jinjer株式会社 CFO 最高財務責任者 木村 哲哉 氏
株式会社メルカリ 取締役 President(会長) 小泉 文明 氏
ライフイズテック株式会社 取締役副社長 COO 小森 勇太 氏
Sakana AI株式会社 コーポレート本部長 田丸 雄太 氏
Minerva Growth Partners 創業パートナー 長澤 啓 氏
ServiceNow Japan合同会社 執行役員 金融公共戦略ビジネス事業本部 事業本部長 松本 大 氏
UiPath株式会社 執行役員 ソリューション本部 本部長 樅田 泰宏 氏
株式会社enechain 取締役 CFO 藪内 悠貴 氏
ファシリテーター:
EYストラテジー・アンド・コンサルティング デジタル・イノベーション AI&データ パートナー 山本 直人
山本が最初に投げかけたテーマは「生成AIの登場から3年が経とうとする今、新しいテクノロジーをどのように事業へ取り入れているか」でした。
AI開発をリードするSakana AIの田丸氏は、有料AIアカウントを構成員に付与し、積極的な利用を促していると紹介。その上でAI活用のスキル格差が顕在化している現状を指摘しました。
「教え方や段取りが上手な人ほど、AIにも的確な指示が出せる。一方で、AIを“新しいWord”程度にしか捉えていない人は、効果的なプロンプトを打てず、仕事に生かしきれていない」
これを受けて山本は、「コンサルティング活動の中で企業のAIに対する取り組みについて議論をすることが多いが、『問いを立てる』点に苦慮されているケースが多い。いわゆる『気づきを得ている状態』であると言える」と紹介。企業間・社員間でAI活用度に大きな差がある現実を示唆しました。
フランチャイズビジネスインキュベーションの伊藤氏は、「AIは、誰もが使いこなす時代になればそれ自体が差別化の源泉にはならない。重要なのは“何が自社の競争力や差別化の源泉なのか”を再考することではないか。それによって自社のAIとの関わりや人材戦略の在り方が決定される」と指摘。
山本も強く共感し、コンサルティング活動の中で対話した企業とのやり取りを引き合いに出しながら、「AIの機能のみを単純利用したサービスは模倣されやすく、すぐに価値を失う。自社の本質的な強みをいかに事業価値に結びつけられるか。それを実現できる企業こそが“Next GAFA”になり得る」と述べ、議論を次のテーマへとつなげました。
続いて山本は、人材投資における視点の違いをテーマに掲げました。事業を構想し、実現まで導く「転結」人材の育成は投資家の理解を得やすい一方、将来のビジネスの種を作る「起承」人材への投資は理解を得にくいのではないか、と問いかけました。
メルカリの小泉氏は、同社でAIタスクフォースを設置し、3,800もの業務の棚卸しを実施した結果、業務の約60%がAIで効率化され、社員の96%が日常的にAIを活用していると紹介。その上で「起承転結すべてが高速化する今、区分け自体がナンセンスになりつつある」と語りました。
エクイティ・ファンドMinerva Growth Partnersの長澤氏は、「多くの企業が生成AIを導入しても生産性向上にとどまり、売り上げ成長には結びついていない」と指摘。今後は「起承」人材の獲得が一層重要になると述べました。
一方、「AIエージェントによる自動化の進展に強い危機感を抱いている」と切り出したのは、HR SaaSを手がけるjinjerの木村氏です。「“SaaS is Dead”と言われて久しいが、自社の強みはこれまで蓄積してきた従業員データにある」と強調。AI活用については、「例えば“満足している”と言いながらも勤怠が乱れている社員は離職リスクが高いなど、スコアに表れない兆候を把握することにAIの価値がある。エンジニアに限らず、社内全体でAIの活用を推進していく」と述べました。
教育・人材育成領域を専門とするライフイズテックの小森氏は、「企業で求められる人材要件と現実とのスキルギャップを埋めるAI導入支援を展開している」と紹介。各社員に割り当てられる業務が(一人が単一の役割を担う)シングルロールの時代は終わり、(複数の役割を兼ねる)マルチロールが前提になるとの見方を示し、「さまざまなロールを越境でき、起承転結を一人で担える人材の育成が急務である」と語りました。
山本は次に、経営者・管理職・現場など、企業の各階層がAIに向き合う中で生じるギャップの捉え方について意見を求めました。
RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を主体に事業を展開するUiPathの樅田氏は、従来は模倣作業にとどまっていたRPAが、AI技術によって脳や手足として活躍できると解説。現在はPoC(Proof of Concept:概念実証)が盛んに行われる一方で、「単に業務を自動化するだけでいいのか」といった根本的な問いが突きつけられていると指摘しました。
「AIが合理的な提案をしても、『A部署とB部署の関係が悪く、実行できない』など、実際には現実的な課題がある。組織固有のコンテキストをどう理解させるか、あるいは人がどう調整するかが次の課題」
クラウドベース型総合プラットフォームを展開するServiceNowの松本氏は、「多くの日本企業では、依然としてAIを“業務効率化ツール”として捉えており、経営戦略の中核には据えられていない」と指摘。さらに「業務に精通し、データリテラシーがあり、プロンプトも使いこなせる“スーパースター”人材が不可欠になる。しかし現状では希少なこうした人材スキルも、5年後には当たり前の標準スキルになっていくだろう」と予測し、「中間管理層は将来的にAIに代替される可能性が高い」と述べました。
これを受けて山本は、「イノベーティブな技術が存在しても、イノベーションが起きていない」ことに違和感を示し、「個人の効率化は砂粒を積み上げてお城を作り上げるようなものである。積み上げ型ではなく、イノベーティブなAIがあるからこそ実現できる『ありたい姿』を描き、そこからバックキャストしていくことが重要。積み上げ型とは異なる非線形な成長を描くことが可能となり、そのためには『起』や『承』にあたる人材によるAIの本質に着目した構想力と積み上げが重要」と強調しました。
BtoB領域でエネルギーの卸取引マーケットプレイスを展開するenechainの藪内氏は、「当社はAIによってネットワーク効果が一層強化されるビジネスモデル」と語り、AIをビジネスモデルの強みと位置付ける一方で、課題として組織内のスピード感を挙げました。
「経営層や中間管理層は過去の実績が周囲に認められて今のような立場にある。しかし、すでにゲームは変わっている。その現実を上層部がいかに早く認識し、アジャストできるかが鍵。AIはHowであるべきだが、AIをまず“使う”こと自体を目的化し、成果を“面”として示すことが重要な局面もある」
山本は藪内氏の話を受け、「まさに点を線に、線を面にしていくことは大事な観点」と応じ、「AIを単なる機能として捉えるのではなく、人の知能を拡張する手段として活用できれば、これまでにない洞察が生まれるのではないか」とまとめました。
最後は、EY新日本 デジタル戦略部長の加藤が登壇し、生成AIの本格活用に伴うリスクとガバナンスの在り方をテーマに議論を展開しました。
加藤は「AIが人の判断領域に踏み込みつつあり、著作権侵害や風評リスクなど新たな課題への備えが必要になっている」と指摘。企業には説明責任、透明性、公平性の確保が求められ、全社的なAIガバナンス体制の整備が不可欠であると強調しました。
EY新日本では、人が最終責任を負うHuman-in-the Loopを原則とし、AIツール開発や人材育成を推進。リスク管理・品質管理部門と連携し、実効性と統制のバランスを取る仕組みを整えています。
監査業務では、開示チェック、契約書分析、証憑の突合、リスク情報の収集などに生成AIを活用。また、クライアントの経理業務においても、不正検知やデータ分析、またIR資料のドラフトや問答集までも自動作成するケースなどAI導入が急速に進んでいるため、監査人には「その処理が人によるものか、AIによるものかを見極める力」が求められるようになっています。
このような財務報告プロセスにおけるAIのリスク評価として、EY新日本では、例えば契約書読み取りのように処理過程が見えないケースではアウトプット検証を行い、信用リスク評価などのケースではロジックそのものを検証するなど、リスク特性に応じて使い分けています。
登壇者へのリアルタイムアンケートでは、「AIのリスクはどこまで人がカバーできるのか」に対し、半数以上が「50%程度」と回答。AIと人間のいずれにも限界があるという共通認識が示されました。また、AIエージェント導入時の課題として、「AIエージェントが業務を代替し始めると、その業務を経験していない人材が出力を評価することになる」という育成上のジレンマも生じます。アンケートでも「内部統制において、どこまで人が確認するか不明確である」という声が多く寄せられました。
アンケート結果を受けて、jinjerの木村氏は、BtoB企業としての信用・法務リスクを踏まえた自社のAIリスク対策を紹介しました。
ネガティブチェックを先に敷いた上で現場での活用を促す同社のアプローチは、ガバナンスと迅速な実装の両立策として、会場に大きな示唆を与えました。
最後に、EY Japan テクノロジー・メディア&エンターテインメント・テレコム(以下、TMT) 監査サービス クライアント・アンド・インダストリー(以下、C&I)リーダー 山口が挨拶に立ち、次の言葉でラウンドテーブルを締めくくりました。
「本日は、現場の課題感をはるかに先取りし、未来を見据えた視点が数多く示されたと感じています。皆さまのお話を伺い『日本はこれからもまだまだ飛躍できる』という強い手応えを感じました。今後もEYから継続して情報発信するとともにこのようなネットワーキング機会を提供させていただき、皆さまと共に学び、考え、未来を創っていきたいと考えています」
前列向かって左より
ServiceNow Japan合同会社 執行役員 金融公共戦略ビジネス事業本部 事業本部長 松本 大 氏
UiPath株式会社 執行役員 ソリューション本部 本部長 樅田 泰宏 氏
株式会社enechain 取締役 CFO 藪内 悠貴 氏
Minerva Growth Partners 創業パートナー 長澤 啓 氏
Sakana AI株式会社 コーポレート本部長 田丸 雄太 氏
ライフイズテック株式会社 取締役副社長 COO 小森 勇太 氏
jinjer株式会社 CFO 最高財務責任者 木村 哲哉 氏
フランチャイズビジネスインキュベーション株式会社 取締役 最高財務責任者(CFO) 伊藤 光茂 氏
株式会社メルカリ 取締役 President(会長) 小泉 文明 氏
後列向かって左より
EY新日本有限責任監査法人 常務理事 矢部 直哉
EY 新日本有限責任監査法人 テクノロジーセクター シニアマネージャー 髙橋 稔
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 デジタル・イノベーション AI&データ パートナー 山本 直人
EY新日本有限責任監査法人 パートナー TMT 監査サービス C&Iリーダー 山口 学
EY新日本有限責任監査法人 デジタル戦略部 部長 パートナー 加藤 信彦
EY新日本有限責任監査法人 Technology Risk事業部 パートナー 吉村 拓
EY新日本有限責任監査法人 Technology Risk事業部 プリンシパル 坂本 和良
生成AIからAIエージェントへの進化は、単なる業務効率化にとどまらず、人間の欲求や暮らしの本質にまで踏み込む変化をもたらしています。企業には、構想力を備えた「起承」人材への投資はもちろん、AIリスクへの実践的な対応、そしてAIと共創する持続的な成長戦略の構築が求められています。
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