2026年コーポレートガバナンス・コード改訂で見直すべき役員報酬設計

2026年のコーポレートガバナンス・コード改訂を踏まえ、役員報酬はどのような機能を果たすべきか


コーポレートガバナンス・コードの2026年改訂は、成長投資と経営資源の配分を取締役会の重要課題として位置付けています。役員報酬制度も、経営資源の配分・成長投資・リスクテイクを支える仕組みとして再検討が求められます。



要点

  • コーポレートガバナンス・コード(CGコード)2026年改訂版は、取締役会に成長の道筋と経営資源の配分の不断の検証を求めています。
  • 役員報酬は、経営陣が行う経営資源の配分とリスクテイクを方向付ける仕組みとして再設計が必要です。
  • 報酬委員会には、KPI設計、支給結果、リスク調整、開示を一体で検証する運営が求められます。


1. 2026年コーポレートガバナンス・コード改訂のポイント

2026年7月21日、金融庁および東京証券取引所はコーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)を確定・公表し、同日施行しました。「成長投資の促進に向けた」今回の改訂では、取締役会が成長の道筋を構築し、設備・研究開発・人的資本・知的財産等への成長投資や事業ポートフォリオの見直しを含む経営資源の配分について、何を実行するのかを説明し、その適切性を不断に検証することが新たに求められました。従来求められてきた資本コストを踏まえた資本政策や収益力・資本効率の目標を、成長投資と経営資源の配分の実行・検証にまで結び付けた改訂といえます。

 

これを踏まえると、報酬委員会が単年度の業績連動報酬や株式報酬の水準を確認するだけでは不十分です。成長の道筋、資本政策、成長投資、事業ポートフォリオ、人的資本、リスクテイクの方針を、役員報酬制度にどう反映するかが論点になります。

本稿ではこのような背景を踏まえ、役員報酬制度の見直しポイントを、以下の5つの観点から解説します。

  1. KPI設計
  2. STI(Short-Term Incentive:短期インセンティブ) 
  3. LTI(Long-Term Incentive:長期インセンティブ)
  4. 米国実務を基にした事例
  5. 報酬委員会の運営

2. 2026年コーポレートガバナンス・コード改訂で、役員報酬はどう変わる? 

CGコードは以前から、経営陣の報酬に中長期的な業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するインセンティブ付けを求めています。今回、経営資源の配分を実行・検証する責任が取締役会に明確に求められたことで、報酬制度がその配分判断と整合しているかが問われる範囲は広がりました。役員報酬との接点は3つあります。

第一に、「成長の道筋」との接続です。役員報酬制度は、取締役会が構築する成長の道筋に向けて、経営陣の時間配分、経営資源の配分、リスクテイクを方向付ける仕組みであるべきです。

第二に、資本コスト・資本効率との接続です。報酬KPIも、資本コストを踏まえた資本政策や収益力・資本効率の目標、自社の価値創造モデルと結び付けて設計する必要があります。

第三に、リスクテイクとの接続です。今回の改訂では、内部統制や全社的リスク管理体制が経営陣の果断なリスクテイクの裏付けとなり得ることが解釈指針に示されました。報酬制度でも、成果に報いる仕組みだけでなく、重大リスク顕在化時のマルス、クローバック、裁量調整の設計が重要になります。

この結果、報酬委員会で扱うべき問いは次のように変わります。

従来の問い今後の問い
STI・LTIを導入しているかSTI・LTIは、どの経営判断を促しているか
どのKPIを採用するか採用KPIは、どの企業価値ドライバーに効いているか
支給率は算式どおりか支給結果は、業績・資本効率・株主価値・リスク事象と整合しているか
他社と比べて報酬水準は妥当か自社の成長戦略と人材市場の双方から見て、報酬水準は説明可能か
法定の開示項目を満たしているか投資家が複数年で報酬制度と企業価値向上の関係を理解できるか

3. KPI設計は、経営資源の配分の優先順位から始める

報酬制度の見直しでは、どの指標を採用するかの議論になりがちですが、「企業価値向上に向けて、経営資源をどこに優先的に配分するか」から議論を始めることで、適切な指標の選定に資する議論を行うことができます。

例えば、低ROIC事業を抱える企業が営業利益だけを強く評価すると、撤退や資産売却で短期的に利益が減る判断が報酬上不利になり、必要な事業の入れ替えを妨げるおそれがあります。成長投資が必要な企業で単年度のROEだけを重視すれば、回収に時間のかかる研究開発や人材投資が先送りされかねません。

報酬委員会では、次の順序で議論することが有効です。

設計ステップ報酬委員会で確認すべき問い
企業価値ドライバーの特定企業価値を制約している要因は、成長性、収益性、資本効率、リスク、人的資本のどれか
経営資源の配分課題の特定どの事業、資産、人材、投資領域に経営資源を優先配分すべきか
望ましい経営行動の定義どの意思決定を促し、どの行動を抑制すべきか
KPIの選定その行動を最も適切に測定できる指標は何か
目標水準の設定資本コスト、市場期待、過去実績、同業比較から見て挑戦的か
支給結果の検証支給結果は業績、TSR、資本効率、リスク事象と整合しているか

4. STIは「利益の質」を確認する仕組みにする

短期インセンティブ(STI)では、予算管理と接続しやすい営業利益や事業利益が中心指標になることが一般的です。しかし、過度な連動は短期的なコスト削減、研究開発費や人材投資の抑制、構造改革の先送りを誘発し得ます。実際の経営では「利益額」だけでなく、「利益の質」も考慮していることを考えると、その評価制度であるSTIでも「利益の質」を考慮する設計が実態と整合的なインセンティブ設計といえます。

例えば、営業利益を主指標としつつ、次の要素を組み込む設計が考えられます。    

STIの要素目的/指標例
収益責任単年度の収益力を確認する:営業利益、事業利益、EBIT
キャッシュ規律利益の現金化と投資余力を確認する:営業CF、FCF
戦略実行中計上の重要施策の進捗を確認する:価格改定、構造改革、M&A統合、撤退・売却
リスクゲート短期成果のための過度なリスクを抑制する:重大不祥事、品質、安全、サイバー、内部統制

5. LTIは、経営資源の配分の結果責任を問う制度にする

長期インセンティブ(LTI)も、株式報酬比率を高める以外の議論の方向があり得ます。

改訂の趣旨を踏まえると、経営陣がどこに資本を投じ、どの事業を伸ばし、どの事業から撤退し、資本コストを上回るリターンを生んだのかを複数年で検証する制度として設計することも有効です。

設計要素としては、次の組み合わせが考えられます。


お問い合わせ

より詳しい情報をご希望の方はご連絡ください。


LTI設計要素役割
相対TSR株主との利害共有、同業・市場対比での成果検証
ROIC投下資本に対する収益性、資本コスト超過リターンの確認
FCF投資規律とキャッシュ創出力の確認
戦略マイルストーン事業ポートフォリオ改革、M&A統合、新規事業、R&D、人的資本投資の進捗確認
株式保有ガイドライン退任前後を含む株主との継続的な利害共有
マルス・クローバック事後的に判明した不正、重大リスク、会計修正への対応

6. 米国実務事例から得られる示唆:複数年での事後検証

日本でも有価証券報告書で業績連動報酬の指標、選定理由、目標と実績の開示が求められていますが、多くは当該年度の算定結果の説明にとどまります。これに対し米国SECのPay Versus Performance開示では、直近5事業年度(小規模報告会社は3事業年度)について、実質支給報酬、会社TSR、ピアグループTSR、純利益、会社選定指標等を表形式で示し、報酬と業績の関係を説明することが求められます。報酬と業績が結果として整合していたかを外部から確認可能にする実務として、参照の価値があります。

日本企業の報酬委員会でも、年1回、次の観点で過去5年を振り返るレビューを行うことが考えられます。

検証領域確認すべき内容
業績売上高、営業利益、EPS、ROE、ROIC、FCF
株主価値株価、相対TSR、PBR、時価総額、株主還元
報酬CEO報酬、役員報酬総額、STI支給率、LTI付与額・支給率
経営資源の配分成長投資、R&D、人的資本投資、M&A、撤退・売却、政策保有株式
リスク事象不祥事、品質問題、安全事故、サイバー、内部統制、規制違反
説明可能性支給結果が業績、株主価値、資本効率、リスク事象と整合しているか

7. 報酬委員会事務局に求められる役割の拡大

今回の改訂では、取締役会を支援するコーポレートセクレタリー等の事務局機能の強化も解釈指針に示されました。報酬委員会の事務局にも、報酬制度と経営戦略、資本政策、リスク管理、開示を接続する役割が求められ、次の資料体系を整えることが有効です。

資料目的
企業価値ドライバー・マップ経営戦略・資本政策・成長投資・人的資本・リスク管理と報酬KPIの関係を示す
5年レビュー報酬、業績、TSR、資本効率、リスク事象の整合性を検証する
裁量判断・リスク調整為替、M&A、減損、不祥事、品質問題等の扱いを整理する
開示ドラフトKPI選定理由、目標水準、支給結果、前年からの変更点を説明する

8. まず報酬委員会で確認すべき5つの問い

CGコード改訂を踏まえ、報酬委員会では、まず次の5つの問いを確認することが有効です。

  1. 当社の報酬制度は、経営陣にどの経営資源の配分判断を促しているか
    成長投資、撤退・売却、事業ポートフォリオの見直し、人的資本投資、株主還元、リスクテイクのどこに効いているのかを明確にする必要があります。

  2. KPIは自社の企業価値ドライバーと接続しているか
    営業利益、ROE、ROIC、TSR、ESG指標を採用していること自体よりも、それぞれの指標がどの価値創造要因を測定しているのかが重要です。

  3. 目標水準は、資本コスト、市場期待、同業比較、過去実績を踏まえて説明可能か
    業績連動報酬の実効性は、KPIの選定だけでなく、目標水準の挑戦度によって大きく変わります。

  4. 支給結果は、複数年で見て説明可能か
    単年度では算式どおりでも、第6章の5年レビューで業績・株主価値・リスク事象と整合しない支給結果は、投資家に説明しづらくなります。

  5. 重大リスク顕在時に、算式上の支給結果を修正できる仕組みがあるか
    マルス、クローバック、リスクゲート、裁量調整の設計は、適切なリスクテイクを支える上で不可欠です。

役員報酬の高度化とは、制度を複雑にすることではありません。経営陣に何を求め、どの成果に報い、どのリスクを抑制するのかを明確にし、それを株主・投資家に説明できる状態にすることです。今回の改訂は、報酬委員会に対し、自社の報酬制度が経営陣にどのような行動を促し、どのようなリスクを抑制しているのかを改めて確認する契機になります。
 

2026年コーポレートガバナンス・コード改訂に関するFAQ

2026年コーポレートガバナンス・コード改訂の要点は何ですか?

2026年改訂では、取締役会が成長の道筋を構築した上で、成長投資や事業ポートフォリオを含む経営資源の配分について、実行内容を説明し、その適切性を継続的に検証することが求められています。資本コストを踏まえた目標設定だけでなく、成長投資と経営資源の配分を実行・検証することが、より明確に重視されています。

コーポレートガバナンス・コード改訂によって、役員報酬はどのように見直す必要がありますか?

役員報酬を単年度の業績に連動させるだけでなく、成長戦略、資本政策、経営資源の配分、リスクテイクと整合させる必要があります。経営陣にどのような判断や行動を促す制度なのかを明確にし、その結果を複数年で検証できる設計とすることが重要です。

役員報酬のKPIはどのように選定すべきですか?

KPIの選定は、一般的な指標や他社事例から始めるのではなく、自社の企業価値を左右する要因と、経営資源を優先的に配分すべき領域の特定から始めます。その上で、促すべき経営判断や行動を定義し、それを適切に測定できる指標と目標水準を設定します。

STIとLTIはどのように使い分けるべきですか?

STIは、単年度の利益だけでなく、キャッシュ創出、戦略施策の進捗、重大リスクなどを含めて「利益の質」を確認する仕組みとして設計します。LTIは、資本効率、株主価値、事業ポートフォリオ改革、成長投資など、経営資源の配分による成果を複数年で検証する制度として位置付けることが考えられます。

報酬委員会の運営では何を重視すべきですか?

報酬委員会では、KPIや報酬水準の決定だけでなく、報酬制度が成長戦略や経営資源の配分と整合しているかを確認する必要があります。また、支給結果を業績、株主価値、資本効率、リスク事象と照らして複数年で検証し、必要に応じて裁量調整やマルス・クローバックを適用できる体制を整えることが重要です。


共同執筆者

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ピープル・コンサルティング マネージャー
髙橋 弘海

※所属・役職は記事公開当時のものです。




お問い合わせ
より詳しい情報をご希望の方はご連絡ください。


サマリー 

コーポレートガバナンス・コードの2026年改訂を踏まえ、役員報酬は経営資源の配分、成長投資、リスクテイクを支えるガバナンス手段として再設計する必要があります。今回の改訂は、自社の成長戦略と役員報酬制度の整合性を見直す一つの契機といえます。



この記事について