情報センサー

収益認識会計基準が海運業に与える影響および開示


情報センサー2021年5月号 業種別シリーズ


EY新日本有限責任監査法人 海運セクター 公認会計士 老沼淳一郎

海運、不動産、建設業等の上場、非上場、IPO(株式上場)準備会社の会計監査に従事する他、執筆や当法人の海運業セクターナレッジメンバーとして各種ワーキンググループでの活動を行っている。現在、一般事業会社へ出向し、決算支援業務に従事している。

EY新日本有限責任監査法人 海運セクター 公認会計士 山中 武

海運業、自動車等の上場、非上場会社の会計監査に従事する他、一般事業会社への出向経験を活かし、執筆や当法人の海運業セクターナレッジメンバーとして各種ワーキンググループの活動を行っている。


Ⅰ はじめに

企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下、新収益認識基準)および企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」の原則適用が始まりました。当該基準適用後の開示の論点について現行の実務との相違点を中心に解説します。

なお、文中の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

Ⅱ 海運業における主な論点

1. 収益計上の方法とタイミング

海運業ビジネスにおける収益(海運業収益)は、海運企業財務諸表準則特有の定めにより、運賃、貸船料、その他海運業収益の3種類に大別されます。貸船料については契約によって定められた傭船期間のうち事業年度内に経過した日数を日割で計上しているケースがほとんどであり、新収益認識基準の適用後も収益認識のタイミングや考え方に大きな変更はないと考えられます。そのため、ここでは新収益認識基準の適用により会計処理および開示について影響が想定される運賃を中心に解説します。

従来の海運業の会計慣行においては、運賃の売上計上基準として、積切出港(出帆)基準、航海日割基準(複合輸送進行基準を含む)、および航海完了基準の3種類の基準から、企業が最も自社のビジネスに適合する方法を選択適用しているものと考えられます。

しかし、一般的に船舶による運送サービスは、新収益認識基準第38項等に定める「一定の期間にわたり充足される履行義務」の要件(1)~(3)(特に(1)企業が顧客との契約における義務を履行するにつれて、顧客が便益を享受すること)を満たしている場合が多いと考えられることから、一定の期間にわたって収益を認識することとなり、これまで認められてきた積切出港(出帆)基準や航海完了基準は原則として認められなくなります。

以下、一定期間にわたり履行義務を充足し収益を認識する場合の開示の留意点を設例に基づき解説します。

2. 設例に基づく開示の解説

【設例】

海運業であるA社は、不定期船事業を営んでおり、契約は各航海単位で締結されている。前提条件は、以下のとおりである。

  • 運賃総額:1,000
  • 貨物の積切までに充足した履行義務に相当する運賃金額:200
  • 期末時点で充足した履行義務に相当する運賃金額:700
  • 貨物の積切後、速やかに運賃総額を入金する契約条件となっている。
  • 期末時点で、対価を受け取る期限が到来しているが、前受入金はないものとする。
  • 1航海は、成約~当航海揚切(貨物の荷主への引き渡し完了)とする。
  • 当該船舶による運送サービスは、「一定の期間にわたり充足される履行義務」として、一定の期間にわたって収益を認識する。
  • 消費税は考慮しない。

※ 当事例では貨物の積切時にて運賃総額の請求権が発生するものとする。

用語等

  • 積切:港から貨物を積む作業の「完了」のことをいう。
  • 揚切:貨物の港への陸揚げ作業の「完了」のことをいう。
当設例における航海のイメージ

【会計処理】

① 貨物の積切前まで(充足した履行義務に相当する収益の認識)
① 貨物の積切前まで(充足した履行義務に相当する収益の認識)

当設例においては貨物の積込み完了において運賃総額の請求権(法的な請求権)が発生するものとしており、この前提で成約~貨物の積込み完了前までの間に履行した義務に相当する収益を認識する場合、対価に対する無条件の権利(「顧客との契約から生じた債権」の定義より)を有さないことから、収益の相手勘定は「契約資産」として会計処理します。

なお、対価に対する無条件の権利とは、対価を受け取る期限が到来する前に必要となるのが時の経過のみであるものをいいます(新収益認識基準第150項)。①の段階においては貨物の積込みが完了していないことから、無条件の権利を有しているとはいえず、「契約資産」として処理を行うこととなります。

② 貨物の積切(運賃の請求権が発生した時点)
② 貨物の積切(運賃の請求権が発生した時点)

①にて認識した「契約資産」200から法的な請求権(新収益認識基準第12項)がある「海運業未収金」1,000(注1)へ振り替え、差額となる積切時以降に充足すべき履行義務たる「契約負債」800(注2)を認識します。

(注1) 1,000のうち、200については法的な請求権およびサービスに対する対価性を具備しています。一方、残り800については、法的な請求権はあるが、対価性を有していない(未履行のサービスである)ことから分けて記載しましたが、いずれも表示は「海運業未収金」としています。

(注2) 対価を受け取る期限は到来しているものとしています。

③ 期末時
③ 期末時

期末時点で充足した履行義務に相当する「売上高(運賃)」700に対して、貨物の積込み完了前までに充足した履行義務に相当する「売上高(運賃)」200を差し引いた500を収益として認識し、同額の「契約負債」を取り崩します。

(①~③) 合算

なお、運賃総額の請求権(法的な請求権)の発生時期については海運業の慣行や契約条件により各社で解釈が分かれることが想定されます。

当設例では貨物の積込み完了をもって運賃総額を請求し、対価を受け取る期限が到来することを前提にしました。

一方、貨物の揚切(航海の完了)をもって、請求した運賃の対価を受け取る期限が到来する場合に用いる勘定科目は<表1>のとおりです。

表1 貨物の揚切(航海の完了)をもって対価を受け取る期限が到来する場合の請求パターン別勘定科目

Ⅲ おわりに

開示において契約資産、顧客との契約から生じた債権のいずれで表示するかを判断するには、運賃の請求権の発生のタイミングを把握することが必要です。各契約において運賃の請求権の発生のタイミングが異なることが想定されるため、各航海における運賃請求権の発生時期を網羅的に把握できる管理体制が必要です。

各航海における貨物の積切、請求書の発行、揚切等、どのフェーズにあるのか適時に把握できる管理体制の整備・強化が望まれます。

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2021年5月号
 

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

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