実務対応報告公開草案第70号「非化石価値の特定の購入取引における需要家の会計処理に関する当面の取扱い(案)」のポイント

EY新日本有限責任監査法人
公認会計士 加藤 紘司

<企業会計基準委員会が2025年3月11日に公表>

企業会計基準委員会(以下「ASBJ」という。)は、2025年3月11日に、以下の実務対応報告の公開草案を公表しました。

  • 実務対応報告公開草案第70号「非化石価値の特定の購入取引における需要家の会計処理に関する当面の取扱い(案)」(以下「本公開草案」という。)

本公開草案のポイント

近年、多くの企業が脱炭素、低炭素化に向けた取組みを活発化させており、当該取組みの1つとしていわゆるバーチャル電力購入契約(Virtual Power Purchase Agreement)(以下「バーチャルPPA」という。)により取得した非化石価値と別途調達する再生可能電力でない電力を組み合わせることで実質的に再生可能電力を調達したのと同じ効果を得られる手法がみられます。今後も各企業の環境意識の高まりとともに、バーチャルPPAの利用がさらに拡大することが見込まれます。

こうした状況を踏まえて、ASBJにおいて、バーチャルPPAにおいて取引される非化石価値に係る需要家の会計処理に関する当面の取扱いについての検討が行われ、本公開草案が公表されました。


Ⅰ. 本公開草案の概要

1. 範囲

(1) 本公開草案の対象者の範囲(本公開草案第1項、第3項(2)及びBC5項)

本公開草案では、非化石価値の特定の購入取引における需要家の取扱いを定めることとすることが提案されています。ここで需要家とは、後述の(2)の特徴を有する契約を締結する者のうち、非化石価値を自己使用目的で購入する者をいうとされています。

このように本公開草案の対象者の範囲を限定したのは、企業会計基準諮問会議に寄せられたテーマ提案において、本公開草案を適用する契約の当事者である需要家及び発電事業者の双方の会計上の取扱いを検討する場合には一定の時間を要することが予想される中、早期の対応が必要であることに鑑み、より広範囲に影響があると考えられる需要家のみの会計上の取扱いを検討することが提案されたことによるもので、これを踏まえASBJにおいてバーチャルPPAについて需要家の観点から優先度の高い論点に範囲を限定して会計上の取扱いが検討されたことによるものです。本公開草案においては需要家の取扱いを定めることとされ、発電事業者の取扱いは定めないこととすることが提案されています。

(2) 本公開草案を適用する契約の範囲(本公開草案第2項及びBC6項)

本公開草案を適用する契約の範囲については、非化石価値取引において需要家による非化石価値の転売が想定されておらず、発電事業者から需要家に電力の取引を伴わずに非化石価値を移転する契約のうち概ね次の特徴を有するものとすることが提案されています。

➀ 発電事業者と需要家の相対の契約である
② 需要家は、発電事業者との間で、契約で指定された再生可能電力発電設備の発電量に応じた量の非化石価値を購入する契約を締結する
③ 需要家は、当該非化石価値を買い取る義務を負う

このように本公開草案の契約の範囲が提案されたのは、企業会計基準諮問会議からの提言が、本公開草案の開発時点の我が国におけるバーチャルPPAに関する実務を考慮して当面の取扱いを定めた上で、実務の進展や国際的な会計基準の審議の動向を注視し、国際的な会計基準における取扱いがより明確になったこと等を契機として必要に応じて見直しを行うというものであり、これを踏まえASBJにおいて現在我が国において行われているバーチャルPPAの一般的な取引形態において需要家が取得する非化石価値の性質や取引条件等を基礎として整理が行われたことによるものです。

2. 実務上の取扱い

(1) 会計上の考え方(本公開草案BC10項及びBC11項)

企業会計基準諮問会議に寄せられたテーマ提案では、非化石価値の対価として、契約上の固定価格と卸売電力市場で決定される電力価格(以下「卸電力市場価格」という。)の差額に契約で指定された再生可能電力発電設備の発電に応じた電力量を乗じて得た金額を発電事業者と需要家との間で決済する(以下「差金決済」という。)ことが一般的であるとされ、差金決済の想定元本等の量が定まらない場合に、デリバティブに該当するか否かについて明確化することを検討することが挙げられていました。

この点に関して、上述の1.(2)の特徴を有する契約には、需要家が支払う対価を固定価格とするものであり、契約上の固定価格と卸電力市場価格の差額を非化石価値の価格とすることは需要家が支払う対価を決定する1つの方法であると考えられるため、ASBJは、契約に含まれる差金決済という特徴のみに着目してデリバティブに該当するか否かの検討を行うのではなく、需要家にとって契約の主たる目的であると考えられる非化石価値の取得について、非化石価値取引の概要や非化石価値の特徴を踏まえてどのような会計処理が経済実態を表すのかの検討を行うこととしたとされています。

(2) 非化石価値を受け取る権利及び対価の支払義務に関する会計処理(本公開草案第4項、第5項、BC12項(4)、BC13項(3)、BC14項からBC16項及びBC18項からBC21項)

本公開草案では、非化石価値を受け取る権利及び対価の支払義務に関する会計処理に関し、➀非化石価値を受け取る権利及び対価の支払義務の認識時点及び②非化石価値を受け取る権利の認識時点の会計処理について、次のとおり定めることが提案されています。

非化石価値を受け取る権利及び対価の支払義務に関する会計処理

➀ 非化石価値を受け取る権利及び対価の支払義務の認識時点

金額を合理的に見積ることが可能となった時点で会計処理を行うことが提案されています。ここで、遅くとも国による電力量の認定時点までに金額を合理的に見積ることが提案されています。

② 非化石価値を受け取る権利の認識時点の会計処理

費用処理を行い、対価の支払義務に係る負債を計上することが提案されています。

➀ 非化石価値を受け取る権利及び対価の支払義務の認識時点

本公開草案では、需要家は、発電により生じた、非化石価値を受け取る権利について、金額を合理的に見積ることが可能となった時点において会計処理を行い、対価の支払義務に係る負債を計上することが提案されています。ここで、遅くとも国による電力量の認定時点までに金額を合理的に見積ることが提案されています。

また、本公開草案では、本公開草案を適用する契約において、発電により将来非化石価値を受け取る権利及び対価の支払義務が需要家に生じていることを考慮すると、発電時点において会計処理を行うことが考えられことが示されていますが、国による電力量の認定時点より前は非化石価値の量が確定していないこと等により発電時点において会計処理を行うことが実務的に困難な場合があることが想定されることを踏まえ、需要家は、金額を合理的に見積ることが可能となった時点で会計処理を行うことが提案されています。

この場合、具体的にどの時点で金額を合理的に見積ることが可能となるかは個々の契約により異なると考えられますが、国による発電量の認定により、非化石価値が取引可能となり量が確定することとなり、また、この時点においては、契約内容や卸電力市場価格等に基づき価格についても見積ることができると考えられるため、遅くとも国による電力量の認定時点までに金額を合理的に見積ることが提案されています。

なお、本公開草案では、電力量の認定結果は発電月から3か月後の月末(電力量の申請期限から1か月後)に、国から発電事業者へ通知され、また、国は、認定した電力量を取引所へ通知することが示されています。

② 非化石価値を受け取る権利の認識時点の会計処理

本公開草案において、我が国の会計基準では、資産の定義及び認識要件は明示的に定められていませんが、将来の経済的便益の流入又は将来の経済的資源の流出の削減をもたらす蓋然性が高い項目について、会計上資産を認識していると考えられることが示されています。

これについて、本公開草案では、本公開草案の開発時点の我が国における制度において、需要家が取得する非化石価値は第三者への転売が想定されておらず、また、非化石価値は、温室効果ガスの排出量の報告において温室効果ガスの削減相当量として報告すること等を通じて、間接的には将来の経済的便益の流入又は経済的資源の流出の削減をもたらす蓋然性はあると考えられるものの、需要家に温室効果ガスの排出量の削減義務は課されていないことが示されています。これらの点を踏まえ、将来の経済的便益の流入又は経済的便益の流出の削減をもたらすかどうかについて不確実性があると考えられることから、非化石価値及び非化石価値を受け取る権利を費用処理することが提案されています。

(3) 対価の差金決済を行う場合の取扱い(本公開草案第6項、BC22項及びBC24項からBC25項)

本公開草案では、非化石価値の対価として差金決済を行う場合において、卸電力市場価格が契約上の固定価格を上回ることにより、需要家が対価を受け取ることとなるときは、当該対価を費用から減額することが提案されています。

本公開草案では、非化石価値の対価の支払条件が差金決済の場合は、需要家が支払う対価がマイナスとなる場合があり得ますが、これは、卸電力市場価格が契約で合意した一定の価格を上回る場合であり、電力量がマイナスとなって需要家が発電事業者に対して非化石価値を引き渡す義務を負うことはないことが示されています。この点を踏まえると、需要家は常に非化石価値を取得しており、その対価はプラスにもマイナスにもなり得るものと考えられ、本公開草案では非化石価値を受け取る権利について費用処理することが提案されていることから、需要家が支払う対価がマイナスとなる場合には、マイナスの対価を費用から減額することが提案されています。

3. 開示に関する検討(本公開草案BC28項及びBC29項)

開示について、非化石価値を自己使用目的で取得するという本公開草案の範囲では、次の理由から、特段の開示は求めないことが提案されています。

(1) 本公開草案を適用する契約では、自己使用目的の下、自社の電力の消費量の範囲で非化石価値を購入するものと想定される。本公開草案の開発時点で観察される契約における非化石価値の金額は、電力料金に比べて相対的に少額であり、財務諸表において、電力関連費用を区分して開示していない実務が多い中、非化石価値に関してのみ開示を求めた場合には、電力関連費用の一部のみが開示されることとなり、有用性は乏しいと考えられる。

(2) 自己使用目的で財又はサービスを購入する長期契約(例えば商品や材料を購入する長期契約)については、本公開草案の開発時点の実務において特段の開示は求められていないと考えられる。

(3) 本公開草案を適用する契約では、対価の差金決済を行う場合、卸電力市場価格が下落したときは、需要家の支払額が増加することとなるが、支払額は契約上の固定価格が上限となると考えられる。

ただし、今後、非化石価値に関する取引の進展や規制等の変化に対応して、本公開草案が対象とする範囲を拡大することを検討する場合には、非化石価値取引に関する契約の特徴を踏まえて追加的な開示を行うことの要否を検討することが提案されています。

4. 適用時期等

(1) 適用時期(本公開草案第7項及びBC30項)

本公開草案では、適用時期について次のように提案されています。

➀ 20XX年4月1日(2026年4月1日が想定されている。)以後最初に開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用する。
② ただし、公表日以後最初に開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用することができる。

(2) 経過措置(本公開草案第8項及びBC31項)

本公開草案では、本公開草案を適用することによりこれまでの会計処理と異なることとなる場合、適用初年度の期首において既に需要家が非化石価値を受け取る権利を有しており、金額を合理的に見積ることができるものについては、当該金額を適用初年度の期首の利益剰余金に加減することが提案されています。

この点、本公開草案を遡及適用する場合、どの時点で金額を合理的に見積ることが可能となるかを判断することになりますが、当該判断にあたり用いた情報が対象となる過去の財務諸表が作成された時点で入手可能であった情報か、又はその後に判明した情報であるかどうかを判断することが困難な場合があることが考えられることが示されています。

ただし、適用初年度の期首において既に需要家が非化石価値を受け取る権利を有しているものについては、当該期首時点において金額を合理的に見積ることが可能かどうかの判断を行うことができると考えられるため、本公開草案では遡及適用を求めないこととし、経過措置として適用初年度の期首において上述のとおり会計処理を行うことが提案されています。

5. 現在検討されている制度変更の可能性への対応(本公開草案BC5項及びBC21項)

本公開草案では、本公開草案の公表時点において、制度上、実質的に需要家自らの非化石エネルギーの調達であると考えられる場合に、需要家である親会社の口座で管理された非化石価値を子会社も利用可能とするかどうかの検討が行われていることが示されています。

これは本公開草案において制度変更の可能性への対応についてあらかじめコメント募集を行うことで、制度の変更後に迅速に取扱いを検討することができることが考えられるためとされ、本公開草案の結論の背景においてその旨と制度の変更が確定した場合の会計処理の基本的な考え方が次のとおり示されています。

(1) 本公開草案の開発時点において、制度上、実質的に需要家自らの非化石エネルギー調達であると考えられる場合に、需要家である親会社の口座で管理された非化石価値を子会社も利用可能とするかどうかの検討が行われている。検討の結果、当該制度変更が行われ、需要家である親会社の口座で管理された非化石価値をその子会社も利用可能となり、親会社が子会社のために非化石価値を購入した場合であっても、当該親会社は本公開草案における需要家として取り扱うことが考えられる。

(2) 需要家である親会社の口座で管理された非化石価値をその子会社も利用可能となった場合、当該親会社とその子会社との間の取引については、両者の合意内容に基づき会計処理を行うことが考えられる。


Ⅱ. 本公開草案に対するコメント

本公開草案に対するコメント募集に際し、以下の個別の質問が示されています。

質問1:本公開草案で提案している会計処理に同意するか否か。

質問2:本公開草案の範囲では特段の開示を求めない提案に同意するか否か。

質問3:適用時期及び経過措置に関する提案に同意するか否か。

質問4:現在検討されている制度変更の可能性への対応として示された考え方に同意するか否か。

質問5:その他



なお、本稿は本公開草案の概要を記述したものであり、詳細については本文をご参照ください。

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